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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第四話》『巡り巡る巡り模様』
21/33

4.

 目的の家のある街へとたどり着き、そこからさらに車を走らせる小田嶋。

 車の通りは少なく、まさしく都会より少し離れた位置にある住宅街、と言った様子が正しい光景。時折見える歩行者も一般の人物で、そこに違和感と呼べるものは何も無かった。


 そして――、


「うえっぷ」

「もう少し、もう少しだから押さえろ頼むッ!」


 助手席で青い顔をしているのは、ペスタ・エプティ刑事。言うまでも無くこの青い顔は、揺れる車の中で酔ったのである。


「悪い、です。“運転が”」

「運転に文句言うなよ、お前が軟弱なのが悪いんだっての!」

「無理無理無理限界危険臨界点突破寸前」

「わーっ!? わーっ!? 分かった止める! 止めるからちょっと待てェ!」


 小田嶋が急いで車を止めると、エプティはドアを開けてすぐさま外に飛び出した。

 口元を押さえ、下を俯き――しかし深呼吸するだけにとどまり、徐々に息は整っていく。


「いっそ、戻しちまった方が楽なんじゃねぇのか? ――ぶわっ!?」


 エプティの念動力に、小田嶋の筋肉質な身体は軽々吹き飛ばされた。


「――晒したくありません」

「だからってぶっ飛ばすのはやり過ぎだろ!?」

「デリカシーが無いのが悪いです」

「何だったら、そこの店にトイレでも借りて来てだな――」


 小田嶋は正面の店を指さしてそう言った。店頭になぜかゴシックドレスの並んだ、小ぢんまりとした服屋である。


「しつこいです。殴ります」

「殴られる代わりの事を既にされてる」


 これ以上何か言うと本気で怒られそうだったので、小田嶋は適当に宥めてそれ以上何か言うことはやめた。


 小田嶋は、周囲の光景に、やはり何の変哲もない町だなと感想を抱く。


 ここは、二人が所属する警察署より18km離れた地点にある、よくも無く悪くも無く、敢えて説明を付けても“普通”としかつけられない町だった。

 とてもではないが、世間を震わせるような少年の住んでいる所とは、小田嶋は思えなかった。それが単なる先入観に過ぎない、と言われればそれまでだが。


「――落ち着きました」

「大丈夫か? 何なら、もう少し休んでもいいんだぞ?」

「――いえ。あまりのんびりは」


 エプティは、表情変わらず車へと乗りこんだ。小田嶋は、変に気遣うとまた怒り出すことが分かっているので、それ以上何も言わない。


「エプティ、お前が見た限りではどうだ? この町は」


 再び車を走らせながら、相棒兼後輩へと、小田嶋は問いかける。


「変わりなく。普通です。U原体の反応も」

「やっぱ、お前もそう思うか。ヤツの住処周辺だから、ちょっと構えてたんだが」


 襲撃か何かがくるか、程度には構えていた。しかし、着いてみればご覧の通りの平和な有様。両者共に安心した想いはあるが、やはり気を抜ける様子ではなかった。


「――ここか」


 そうして、車は一軒の家の前に止まる。


「荒れ放題――」


 大して大きくも無く、庭も無く。両隣は空き地で何も建っていない、ボロボロの家。窓ガラスは割れ、扉は半開き。入口から見える向こうには――闇がたたえられている。


「――やっぱ俺、帰ろうかな」

「情けないです、先輩」

「んなこと言ったって何か出そうじゃねぇかよォッ!?」

「相変わらず幽霊苦手ですね、先輩」


 幽霊とは、脳の中で複雑に絡み合った状態の電気信号が、何らかの理由でそのまま外部へと飛び出してしまったモノである、と言う研究発表が成されている。

 一見意志があるようでいて、しかし記憶のままに行動をなぞっているだけに過ぎないただの現象。電気信号がU原体を多く含めば多く含む程、それだけ元の持ち主の想い、もといU原体の動きが活発であればあるほど、形成される確率が高い、とされている。


「所詮現象です。必要はありません」

「気にする必要はある! 絶対あァる!」

「はぁ――刑事ですか。それでも」


 警官である以上、そう言った現場に出くわすことは両者共に多々あるわけだが――小田嶋は、どれだけ現象を説明されようとも、やはり幽霊と言う思念の残滓が苦手だった。


「行きますよ。子供じゃないんです」

「ひぎぃいいいいっ! 鬼! 悪魔! 冷血女!」


 エプティは先輩・小田嶋 義昭の腕を引き、引きずるようにボロ家の中へと足を踏み入れる。


 家の中も、外観同様荒れ放題だった。木製メインの造りであるその家は、腐った木の床の至る所に穴が空き、かつては使われていたであろう四足のテーブルや椅子も、今は見る影もない。

 本棚からも、本と言う本が抜き取られ。あるいは下に落ち、新品の状態がまるで想像のできない程、劣化している。


 エプティは電灯のスイッチに手を伸ばす――が、案の定、電気は通っていないようだった。


「――この場所でよいのでしょうか」

「だが、データ的にはここなんだろ? あんまりにもスピーディに進めやがるから、何やってるか俺にはまるで分んなかったけどよ」


 小田嶋は、調査中のエプティの様子を思い出す。電話を両手に、次から次へと話しを進めて今の状況まで持ってきてしまったのだ。

 小田嶋がその時やったことと言えば、お茶を淹れたことくらいだった。


「それはそれとして、マジで何か出そうなんだが――」


 この惨状からは、テクノロジーはまるで感じられない。それどころか、一昔前のあばら家のような雰囲気さえも漂っており、目的の人物がここに潜伏しているとはあまり思えなかった。


「ひっ、今どっかでぱきっつった!」

「歩きにくいです。一先ず、見て回ってから考えましょう。“家の中を”」

「がくがくぶるぶるがくがくぶるぶる」


 大柄な体躯を縮めて、後輩の背中に隠れて周囲をおっかなびっくり見回す獣人刑事。その様子は、まさに震える子犬のようだった。


「――うん?」

「な、なんだ!? どした!?」


 先ほどまで呆れていたエプティが、突然何かに気がついたかのように喉を鳴らすのを、小田嶋はその敏感な耳で聞き逃さなかった。


「まさか、幽霊が――」

「これは――“いいえ”」


 エプティが自らの探知によって感じ取った、微弱なU原体を含む生命――いや、元・生命の反応を感じ取った。

 女性刑事は、男性刑事を背後に伴ったまま、それが知覚できる場所へとたどり着く。

 入口から歩いて、家の最も奥の部屋。あまり使われていない、しかし散らかっている物品のおかげで、納戸と判断できる。


「――誰かいます」

「ひっ、幽霊か!?」

「この下に、誰かが埋まっています」

「だから主語その他もろもろを言えってよォ! ……――そいつァホントか」

「はい、ホントです」

「――わかった」


 先ほどまで震えていた様子は一変。小田嶋は、エプティの背中から離れて、木の床を引っぺがした。――床下の土が、露わになる。


「――確かに、臭いが残ってやがるな。ちょっと待ってろ、今掘り返す」


 小田嶋はエプティに離れさせ、上着を預ける。そうしてから、両手で穴を掘り始めた。

 獣人の両腕から繰り出されるパワーが、どんどん土をかき分けていく。さながら、狼が穴を掘っている姿そのもので、作業スピードは人間がスコップを使うよりも早いものだった。


「――っ! 何か当たったな」


 小田嶋の指の先が、何か硬いモノに触れた。掘り方を変え、慎重に土をかき分けていく。


「っ、これは――」

「そういう事かよ」


 白茶けた白骨が。穴の中窪んだ眼窩で、刑事二人を見返していた。


「――っ、っ、」

「相変わらず、幽霊は大丈夫で死体は駄目みたいだな」

「――本能で、近くにあると反応してしまうのです。……身体が、死体に」

「つまり、幽霊とはまた違う、ってか? つらいなら、見なくていいぞ」

「いえ――」

「まあ、無理すんなよ」

「――また、か弱い扱いを……」

「とにかく、周りの土も取り除いてみるぜ」


 小田嶋は丁寧な作業に切り替え土を退かしていくと、その全体像が浮き出てくる。


「――なんとまあ、見た事ある服装だな」


 白いワンピース。それが、白骨に着せられている。土の色がしみ込んでいなければ、それこそ純白だっただろう。それなりの時間、この場所に埋まっていたことが伺える。


「『ロア』――」

「ああ。色だけじゃねぇ。デザインまでもがそっくりだ」


 ただし、身長含めそのサイズは大分と小さく思えた。小田嶋は10歳前後だろうと推測する。


「先輩、頭――」


 そして、その遺体の頭は割れていた。時間の経過によるものか、それとも生前の外的要因かは定かではないが。


「――俺、幽霊以外のホトケさんはまあそれなりに慣れてるが、寒気してきた」

「既にしていますが。“どうしてですか?”」

「お、俺達が会ってたの、幽霊じゃねーの――?」


 喫茶店に呼び出され、会話していた『ロア』と名乗る少女。目の前の白骨遺体と酷似したデザインのワンピースを着用し、どこか人間とは異なる雰囲気を帯びていた。

小田嶋は体毛の下に、鳥肌を作る。


「あり得ません」


 しかし、エプティはぴしゃりとそう断言する。


「できませんよ」

「――主語」

「“コーヒーを飲んだり、明確な意識をもった会話したり”はできませんよ。“幽霊は”」

「じゃ、じゃあ、何だっていうんだよあいつは――?」

「さあ――。先輩、光ってます。“足元”」

「え、あ、何?」


 エプティに言われ足元を見ると、小田嶋は確かに光を反射する物体を見つけた。拾い上げると、それは旧式の記録媒体だった。細長く、端の方のコネクタにはカバーが被せられている。


「思えませんが」

「無関係には、な」

「こちらに。携帯端末につなぎます」

「そう言えば、お前は変換コネクタも持ち歩いてたな。旧式にも対応してるんだっけか」


 エプティは小田嶋の手から念動力でそれを引き寄せると、早速手持ちの端末とそれを繋ぎ、中を確認する。


「む。――日記、ですね」

「日記ィ? 誰のだ?」


 小田嶋に問われ、エプティは記憶媒体の外観に書かれた名前を読みあげる。


「霧仁 奏瑪の、です」


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