2.
「トンデモねぇモン出てきたなァ」
ロアと分かれ、車に乗り込んだ小田嶋とエプティ。駐車した車の中で獣人刑事は、記憶媒体を指先で弄びながら、訝し気な様子で頬杖をついている。
「筈の無い映像、ですか」
「問い合わせ先が嘘ついてるとかじゃなきゃ、またもやどうやって映したかの分からん映像ってこった。リ・アクティヴィティの件と言い、どこから持ってくるんだこんなの」
車内で、先程映像を確認したばかり。確かに、そこには件の事件と同じメイドの姿があることを二人は視た。加えて、和服を身に纏った複数本の獣の尻尾を持つ少女も映っている。
二人はそれぞれ、全く別のタイミングでとある家屋を出入りしていた。映像から場所を特定し調べてみると、その場所には長く放置されている家がある。所有者を何故か特定できず、現在そのまま放置されているのだとか。
「隠れ家にはうってつけだろうな。そう言う建物は」
「言っているようなものです」
「この映像は場所そのものをな。――だが、映像を入手しておきながら霧仁 奏瑪の居場所が分からないたぁ、どう言うこった?」
電子メールで問いかけると、ロアは「破損した情報を片っ端から集めていたため」と言う返答をして来た。普通で考えれば、霧仁 奏瑪の妨害工作にあった情報を拾ってきたと考えるところだが、小田嶋の直感は妙な引っかかりを覚えている。
「――言えるのは」
エプティは口元に指を添えながら話し出す。
「立つことです」
「主語」
「“この映像に関しては”二つの推測が立つことです」
「二つ?」
「ここが霧仁 奏瑪の隠れ家である事。“一つは”。もう一つは、我々をここへ誘いたいから」
「何のために?」
「情報不足です」
ロアは自分ではこの情報を扱うことが難しい、と言ってコレを渡して来た。それを小田嶋は、自分では場所を特定する手段が無い、と取ったが、考えてみればおかしなことでもある。どうして、場所のわからないカメラの映像を入手するに至れたのか。
「どうしますか?」
「…………」
彼女の問いは、このままこの地点へ訪ねに行くかどうかも含めた、あらゆる行動の問い掛けを意味している。小田嶋も、それは理解している。
もしエプティの言った「誘いたいから」という理由があれば、意味が分からなかった。その気になれば対面できる相手をわざわざ分かれてから誘って、何の意味があるのか。
もしくは怨みがあって何らかの報復を行いたいのだろうかとも、小田嶋は考える。刑事という職業柄、逆恨みはよくある話だ。食いつきそうなネタを提供し、人目のつかない場所に誘い出したければ、あるいはこう言う手もありかもしれない。
だが、そうするとこの映像の意味が分からない。どうして、この映像に霧仁 奏瑪の仲間が映っているのか。当然だが、小田嶋達は彼らとは何の面識もない。
「――あるいは」
「うん?」
「ロアと言う名前は他に彼らしか知りません。我々、霧仁 奏瑪の存在を疑うが故に、誘いを掛けられているのでは」
「――っ! じゃあこれそのものが罠じゃねぇか!」
「ですが、回りくどすぎます。“やり方が”。その線も薄いかと」
「結局何が言いたいんだお前は」
「――まだ行動する時ではありません。“定まらない以上”」
エプティの言う事も尤もだった。小田嶋は唸り声を口腔内で響かせる。
だがこうも考えている。踏み込めるときに踏み込まねば、機会を逃すのではないか、と。
実際、小田嶋の勘は、この映像の示す先に行けば進展があると感じていた。リスキーではあるが、それでしり込みしていては進むものも進まない。
「――エプティ」
「何です?」
「お前、この捜査から降りろ」
「――え?」
「これ以上は、マジでやべぇと思う。それをお前が、気が付いてないわけないだろ」
「…………」
いかにもアヤシゲな情報。しかし、求める何かがそこにあるのではないかと言う直感。だが勘だけで考えなしに進めるほど、小田嶋も猪突猛進ではないつもりだった。
加えて、霧仁 奏瑪は予想以上に危険な様子が伺えた。捜査を進めれば進める程、その危険性も上がっていく。
端的に言って、小田嶋はこの後輩を巻き込みたくなかった。
「そうですね」
「もっと早く言い出せればよかったんだがな。とりあえず、一旦署に――」
「先輩は?」
「俺か? 俺ァ当然捜査を続けるぜ。警官としての義務とポリシーってヤツだ」
小田嶋はそう言って笑う。勿論、その笑顔はエプティに対して「心配しなくとも大丈夫」と言うミーニングも含まれている。――の、だが。
「――ふざけないでください」
抑揚は、いつもと変わらないその言葉。しかし小田嶋は、その一言に怒気を感じた。
「お前、そうは言うけどなぁ」
「そうは言うから、なんですか? 大丈夫と言うつもりですか。“自分だけは”」
「そうは言ってねぇよ。わっかんねぇかなァ――」
この言っても聞かなそうな後輩を、どう説得して追い返したものか小田嶋は頭を悩ませる。
無論、捜査を降りろと言ったのは危険から遠ざけるためだ。しかし、そんな理由の元そう告げていることをエプティが理解していない筈がない。
「いつもそうですね。先輩は」
そう言うとエプティは、小田嶋がハンドルに添えている毛むくじゃらの手に、自らの白い手を重ね合わせた。
「エプティ――?」
「この右手。機械式の義手になりました。あの時私を助けるために」
この日より一年ほど前。救済機関リ・アクティヴィティ絡みの爆破事件に置いて、小田嶋は自身の右手を失った。瓦礫の下敷きになっていたエプティを助けるために、完全に挟まれていた右腕を引きちぎったのだ。
「私の油断でした。“招いた原因は”。そして多くの同僚が命を落としました。しかし先輩はそんな私の命を救いました」
「――んなモン当たり前だろ。目の前に死にかけてる同僚がいるのに、それを見捨てるヤツが何処にいるってんだよ」
「同じです。“私のこれも”。目の前の同僚が死ぬかもしれないところへと行くのに、それを見捨て行くことはできません。私も同じです」
「…………」
「微力かもしれません。でも二人なら、出来ることは倍以上である筈です。――嫌ですよ。ニュースで先輩の悲報を聞くの」
当時の事件の後、エプティは他の同僚から白い目で見られることも幾度となくあった。それは彼女の勝手な先走りから起こった、先日の悲劇が原因である。
しかし、そんなエプティにも小田嶋はいつも通りの様子で声をかけた。打ちひしがれる彼女に追い打つような言葉に対しても庇い、反撃したのもその獣人刑事だ。
それにより小田嶋も、一部の署員から同じ目で見られることになったのは言うまでもない。だが、後悔した様子は無く、いつも豪快に笑っている。
エプティは命だけでなく、他のあらゆることから小田嶋によって救われたのだ。
「『我が身を顧みず』。言葉の耳の触りはいいかもしれません。けれど、それで先輩はいつも傷ついてしまって、けれどそれを笑ってごまかして。見ていられないです」
普段は冷めた目をしているエプティ。しかし、この時ばかりはその視線に熱が籠っていた。
小田嶋は、そんな彼女の瞳に言葉を詰まらせる。いつも理詰めでモノを言う彼女が、心で物事を語るその姿に。一言で表すのが困難な想いを受けたのだ。
「――わかった。もうこれ以上、俺に言えそうな事はねぇ」
「先輩――」
「けど、本気の本気でヤバいと思ったら即座に引いてもらうからな?」
「勿論です。そして、そんな時一緒に連れ帰るのも。先輩を連れ帰るのも、私の仕事です」
「俺は首輪つけられたワンちゃんじゃねぇぞ。――何はともあれ、一旦署に戻る。そっから、いろんなところに問い合わせてみるぞ」
「はい。よろしくお願いします先輩。“改めて”」
小田嶋は車のエンジンをかけハンドルを握る。
美女と野獣コンビの結束は、とてつもなく強固だった。




