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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第三話》『アンドロイドの行きつきし袋小路』
17/33

5.

「――どう思われます?」


 アイテール博士の部屋を出て、呼んだ移動用円盤に乗り込んだところで。普段滅多に自分から言葉を口にしないエプティが、その沈黙を破った。


「少なくとも、俺達の会ったロアや尾行とは関係が無い、と言うのは分かった」


 移動台を操作し、エレベーターへ。浮遊したそれに乗ったまま、棟の階下へと向かう。あの博士の様子が全て作り物だったならば、あまりにも多芸すぎる。


「違います。私の言いたいことは、」

「――わぁってるよ。霧仁 奏瑪のことだろ」


 結局、行方を晦ませている霧仁 奏瑪の居所はつかめなかった。件の一軒から関わりたくない様子を見せていたため、もはやアイテール博士が自ら彼を探すとは小田嶋もエプティも思えず。結局ほとんど無駄足と言う形に終わってしまったと言っていいだろう。


「当事者ではありません。よって、“想像するしかありませんが”」

「その恐怖ってぇのは、相当なモンらしいな。あの怯え方は、決して演技なんかじゃねぇ」

「理解しています。加えて、分かりませんでしたね。“ロアさんのことも”」


 分からないことが、増えたともいう。死んでいる筈の人間なんだとしたら、アレは誰なのか。少なくとも、霧仁 奏瑪の過去を知る人物であることは間違いないのだが。


そんな話をしているうちに、いつの間にやら一階へとたどり着いていた。そのまま移動台に乗りながら、外のゲートへと二人は向かう。


「一応、見ますが」

「主語」

「一応、“戸籍から何から、情報を漁っては”見ますが」


 今後の方針を話合いながら、正面ゲートにたどり着く二人。――すると、どうしてか警備員が手を振って刑事達を止めた。


「おいおいおいおい、待て待て待て!」

「あん?」


 入口、メインゲートまで戻って来た小田嶋とエプティは、警備員に慌てた様子で詰め寄られた。警備員は、困り顔で二人の乗っている移動台を示している。


「困るよ、それをここまで乗ってこられちゃぁ」

「えっ、あ、マジ? 駄目?」

「駄目だから注意してるんですけど!」

「言われませんでしたが」


 所内の建物で借りる際、二人共そのようなことは一言も聞かなかった。戻りの車両も無し。だから、ここまで乗って来た次第である。


「あいつら、仕事サボりやがって――」

「も、戻してきた方がいいか?」

「いや、いい、いい。こっちでやっとく。どこの棟で乗ったのかだけ言ってくれればいいから」

「すみません」


 小田嶋とエプティは移動台を警備員に渡し、メインゲートから外に出る。そのまま歩いて、小田嶋の車が止めてある駐車場へと向かうのだ。


 ――一方その数分後。アイテール研究所前のバス停に、一台のバスが停車する。


「さて、見ない間に、随分とご立派になられましたね、この研究所ハ」


 霧仁 奏瑪の所有するライフサポートアンドロイド・イルは、そびえ立つビル群を見上げる。ここには、表向きはAE化研究の第一人者とされているエイティル・アイテール博士がいる。


 はたして、どのようにすればその目的の人物に会えるか。今回の目的はそれであり、そのために手段を選ぶ必要は無いと彼女は考える。

そして彼女の頭脳たるマイクロプロセッサが、続けてあらゆる可能性を想定、計算、確率をはじき出し――数秒ほどでそれを完了させた。


「まあ、このようにするのがやはり最も手っ取り早いデショウ。さて、作戦行動を開始といたしましょうカ」


 なんとなくそう呟きながら、メイド型アンドロイドは研究所の正面ゲートへと向かう。実に、落ち着いた召使いの姿で。


 ――するとそこでは、警備員三人が何やら言い争っていた。


「お前が受け取ったんだから、お前返してこいよ」

「えぇ――? 面倒くせぇな……」

「誰かが返しに行かなきゃなんねぇんだから仕方ねぇだろ」


 イルは、それに構うことなく声をかける。


「すみマセン」

「ん?」


《敵性勢力:12人》《武装分析:5発装填対人ワイヤレステーザー》《危険度:小》


 イルの中で、その場の状況が分析される。当然、警備員たちはそんな彼女の様子など知る由もない。


「どうかされまし――なんだ、アンドロイドか。ここはアイテール研究所だが、何か用か?」

「とある方に、ご用がございマシテ」

「用件を言ってくれ。あと、相手が誰なのかも」

「ご用先はエイティル・アイテール博士。用向きは――」


《分析:移動用トランスポーター/接続中――――…………完了》


 二台の移動用トランスポーターが、突如として買ってに動き出した。


「っ、何だ!? うわぁああああああああああああああっ!」


 動き出した移動台が、それぞれ警備員一人ずつ、計二人を跳ね飛ばした。


「少し、お話を伺いたいと思いマシテ」

「あ!? げばっ、」


 機械の暴走でそちらを振り向いていた、イルの前に立つ警備員。アンドロイドの無感情な言葉にもう一度振り向くと、その側頭部が彼女の裏拳によって殴りつけられた。

 頭蓋骨は陥没し、耳や鼻、口から血を吹き出し。目玉が眼窩から弾き出る。


「――っ!? おいお前ッ!」


 移動台――トランスポーターに気を取られていた残り9人が一斉に振り向く。内一人は無線機を取り出し始めた。


《分析:無線通話機/接続中――……完了 動作変更:オフ》


「こっ、こちらエリアA1メインゲートだッ! 侵入者――」


 8人が構えるテーザー。トランスポーター二台がまたそれぞれ一人ずつを跳ね飛ばす。


「くそっ、何だってんだ!」


 6人が一斉にテーザーをメイドに向かって射出。一発は外れたが、5発が腕や胴体に突き刺さる。


《高圧電流感知:レベル1》《機能障害:無》


 イルは電流をものともせずに、頭の潰れた警備兵の所持していたテーザーを拾う。そして素早い動作で構え、弾倉に入った五発を全て五人の警備兵に命中させた。


「くそっ、効かねぇなんだこいつ!?」

「何だ、おい、繋がらねぇ!?」


 構えている残り一人、それから無線機へと無駄に通信を試みようとしている一人。イルは刺さっているテーザーの針を抜くと、まだ帯電しているそれを二人へと向かって投げつけた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」

「いぎぇああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!」


 二人の悲鳴がメインゲートに響き渡る。


《残存人数:3人》


 先程トランスポーターに跳ね飛ばされた4人のうち、3人はすぐに息を吹き返す。そう判断したイルは、別のテーザーを拾って倒れている3人共に撃ち込んだ。


《回線探索――……完了/ゲート:開放》《所内マップ:ダウンロード中――……完了》


 イルはセキュリティシステムにハッキングし、自動開閉式の門を開けて所内へと侵入する。さらにまだ弾の使われていない別のテーザー一丁拾い、トランスポーターに乗り込んで目的地へと向かおうとする。アイテール博士の現在いる場所を突き止めたのだ。


「う――」


 呻き声。イルはそれに振り向く。情報に誤差があったらしく、最初に跳ねられた一人が目を覚まそうとしている。

 ――イルは乗らなかったもう一台のトランスポーターに手をかけ、それを投げつけた。


「ぐえっ」


 グシャリと言う音と共に、カエルを潰したかのような声。対象の意識が閉じるのを確認すると、イルは目的の研究棟へと向かった。


 警備の様子は大したことが無い。コンピュータにハッキングし、施設の防衛系統を引っ掻き回しながら、イルは思う。

 程なくして、たいした障害も無くメイド型アンドロイドは、目的の研究棟に到着する。


《無線感知:ウォリアーアンドロイド・オリオン/オートサーチ機銃/接続中――……完了》


 棟内に存在する防衛網に、イルは直接割り込んだ。警備を任されているロボットを全て起動、その視界を自身の視界とリンクさせつつ、妨害行動を行うであろう警備兵の掃討を開始する。

 オートサーチ機銃のような有線のみで繋がっているデバイスであっても、アンドロイドから管理システムを経由、そこから掌握することがイルには可能だった。


 短時間で、この研究棟はイルの支配下に置かれた。


《接続状況:ウォリアーアンドロイド・53機/オートサーチ機銃・208機/監視カメラ・472機/所内・外部への通信回線》


 イルの聴覚センサーに、アラームや研究員や警備員の混乱の悲鳴、各種警備システムの銃撃音が鳴り響く。そんな中を、悠々とトランスポーターで移動する。

 そして、遠隔操作であらかじめ一階へ呼び出しておいたエレベーターに乗り込み、目的の階層へ。コントロールルームで様々な対応がされていることをイルは知覚するが、そこにもウォリアーアンドロイドを2機向かわせることに成功する。


 アイテール博士の部屋、そして本人がいるであろう階層に到着。監視カメラの記録映像から、博士が部屋から出ていないことは分かっている。全て、事は順調に進んでいた。


{武装:アンドロイド用可変銃器/モード変更:プラズマビームガン}


 エレベーターを降り、イルは廊下へ出――……、


 イルの細い胴体を、プラズマ弾の強い衝撃が襲った。


 メイド型アンドロイドは、それにより3m程吹き飛ばされた。仰向けに倒れた彼女の右肩は大きく抉れ、金属色のフレームが露わになってしまう。


 そんな彼女へと近づく、重々しく、規則正しい足音。


 破断に強い耐性を持つ骨格を堅牢な装甲で幾重にも覆った、人型の身長2m程もある巨大なアンドロイド。両手には人間が携帯不可能な重量の可変武器を装備し、高度な索敵能力を有している戦闘に特化したマシーン。

 ウォリアーアンドロイド・オリオン。主に地上戦で使われる汎用人型兵器で、戦争から警備から、幅広く採用されている。


 オリオンは転がる侵入者を確認するために歩き寄ると見下ろした。このタイプは無線接続のされていない完全自律機動型で、棟内のアラームに反応、起動するようになっている。故に、イルの干渉を受けなかったのだ。


《武装分析:アンドロイド用可変銃器・モード:プラズマビームガン》

{敵性機体:不明/該当するデータが存在しません}{付与ダメージ:無}


 イルは素早く起き上がると、オリオンが反応する前に両手で突き飛ばした。

 数m程吹き飛び、先ほどのイルと同様に仰向けに倒れるオリオン。それは起き上がろうと試みるが、速足で隣接したイルは機兵の首元の開口部を交差した腕でつかみ、持ち上げて一回転。遠心力と共に、もう一度放り投げた。


 オリオンの巨体がぶつかり、突き当りにある部屋の壁が抜ける。その向こうにあった研究機材が破壊され、火花が散った。


{衝撃確認/動作状況:良好}{ダメージ:無}

《敵動作状況:良好/攻撃続行/対象の首に脆弱性を確認》


 壊れた壁をまたいで、イルは隣接。オリオンが状況処理をしきる前にと、足を振り上げる――……、


{攻撃続行/隣接距離/座標確認}


「――っ、」


 上半身を起こしたオリオンが、イルを殴り飛ばす。ガツンと言う、金属と金属がかち合う音。それと同時に、イルの身体が宙に浮いた。


《衝撃確認/動作状況:良好》《ダメージ:無》


 廊下を転がりうつ伏せで倒れたイルは起き上がろうと試みる。


{敵動作状況:良好/攻撃続行}


 が、その最中を素早く隣接したオリオンが蹴り飛ばし、イルは再び床にうつ伏せになった。


{武装選択:アンドロイド用可変武器/モード変更:プラズマビームキャノン}


 数m吹き飛んだ後に、高出力に可変したプラズマ弾が発射される。両側一丁ずつ、計二発。装甲車を撃ち抜く火力があり、オリオンはそれが必要であると判断した。

 ――しかし、それは命中しない。高火力射撃を予測していたイルは即座に起き上がり、プラズマ弾を上体を低くして回避し、迫ったためだ。


{武装:アンドロイド用可変武器/モード変更:プラズマビームマシンガン}


 オリオンは、低出力のプラズマビームマシンガンで動き回る彼女を牽制する。数発がイルに命中する。


《衝撃確認/動作状況:良好》《ダメージ:無》


 ほぼ減速することなく詰め寄ったイルは、隣接してオリオンの片腕を掴む。そして装甲を握り歪めつつ、胴体を蹴飛ばした。


{衝撃確認/動作状況:右腕部の破損を確認}


 オリオンの片腕がもがれる。イルはそこから、指ごとプラズマガンをひったくる。

 大柄なプラズマビームガンを手動でライフルモードに変更。蹴飛ばされ、部屋の中横向きに倒れるオリオンへの頭部と動力部へとプラズマビームを撃ち込んだ。


{衝撃確/衝撃/衝/sgk確n:}{//動作動動動況、;@:。‘#“}


 一発、二発、三発、四発、五発。イルは、オリオンが機能停止に陥るまで撃ち込んでゆく。

 容赦なく、寸分の狂いも無く。脆弱な箇所、機能に致命的なダメージを与える箇所を正確に狙い、直撃させてゆく。


 合計数十発に及ぶプラズマの弾丸。蜂の巣にされたオリオンは、瞬く間に機能停止に陥った。


《敵動作状況:停止》


 オリオンの停止を確認したイルは、奪取したガンを携えたまま目的の部屋へ歩き出す。その部屋は、今自身がいる場所のすぐ近くだ。


《オートロックにアクセス――……拒否》


 緊急状況であるためか、扉は如何なる干渉も受け付けなかった。一応と思い、イルはパネルを操作してみるが――やはり操作を受け付ける様子はない。

 そこで、試しに先ほど奪ったガンを高出力キャノンモードへと変更し、一発撃ち込んでみる。――しかし、案の定と言うべきか、全く効果は見られない。


《材質分析:AE化合応用多重チタン合金》


 イルはそれを、自身の装甲と同じ方法で作られたモノであると分析した。しかも、一枚の扉と言う厚みで使われているため、より強固で、破るのが困難である。


《対応可能武装検索――――………完了》


「――はぁ……、」


 一応、時間をかければハッキングにより開けることが可能とイルは判断する。しかし、相手に時間を与えてしまえば、それだけ対応される確率が上がるため、それは避けるべきだと結論付けた。

 だから手段を検索したのだが――突き当たった選択肢があまり選びたくない手だったため、思わずメイド型アンドロイドはため息をついてしまう。


「――背に腹は代えられマセン、ネ」


《右手可変:AEビームカッター》


 イルは右腕の肌スキンを剥ぎ取った。質感から何から人間そのものだった右腕の前腕が、金属光沢を放つ五本指のアームを露わにする。

 それが、変形、形を変えて行く。内部に仕込まれていた、複数の武器に適応できるパーツを組み換え、目的の機構を持つ形へと変えるのだ。


 そうして出来上がった右手。稼働させられると、そこから刃渡り80cm程の、闇そのものを凝固させたかのような、黒いビーム刃が形成された。


 その刃に、厚みは一切感じられない。誰にも、それがそれであると、認識することはできないだろう。しかし、それはどの角度から見ても同じ太さを持っている。


 イルはその刃を数回扉に叩きつける。AE化合体の特性、世界を形成するO原体、U原体をも一時的にAE化させる、その特性を利用した万能切断兵器だ。

 しかし難点は、目標物だけに切断が収まらないこと。振るわれた軌跡を描いた空間そのものにすら、虚無の切れ目が出来上がってしまう。


 空間の裂け目と思しきものは数秒後には元通りになるが――その切れ目が存在そのものにどれくらいの影響を及ぼすか未知数であるため、やはりイルは使うことを避けたかった。

 それに、自前の武装を使う際には、スキンを剥す必要もある。数分後には自己治癒されるとはいえ、あまり身だしなみがいいとは言えなくなってしまうのである。


 主に仕えるメイドの姿である以上、見た目と言うのは非常に重要な要素なのだ。


「っ、おま――っ、まさか、お前……ッ」

「お久しぶりデス、アイテール博士」


 イルは、正面の机に着いたまま、自身へと恐怖を向けている博士へと声をかける。


「ま、まさか、この騒ぎはてめぇの仕業か?」

「言わずとも分かっているデショウ」

「っ、動くんじゃねぇ――ッ! 動くと蜂の巣にすっぞッ!」


 アイテールは、机の下のスイッチを押しこんだ。

 ――しかし、何も起こらない。


「な、何故――」

「ハァ――この部屋の対侵入者用セキュリティですよネ? そんなモノ、とっくに無力化しているに決まっているじゃないデスカ」

「舐めてんじゃねぇポンコツ機械風情が!」


 機械は頼りにならないと、アイテール博士は机の下から拳銃を取り出した。それを、アンドロイドの眉間に目掛け照準を合わせる。

 何度も引かれる引き金。アイテールは研究者でありながら射撃の名手でもあり、その銃弾は頭部や視覚センサーなど、アンドロイドにとって充分急所となり得る場所にヒットし火花を上げた。


《衝撃確認/動作状況:良好》《ダメージ:無》


 ――が、イルにはまるで効果が無かった。


「な、なんで――ッ!」

「奏瑪により強化改修された今のワタシに、そのような豆鉄砲は効きませんヨ?」

「調子乗ってんじゃねぇッ! ここまでして、ただで帰れると――」

「帰れますヨ? ここのシステムは、ほぼ掌握してイマス。ウォリアーアンドロイドたちを使って、危険物を暴走させることも可能デス」

「っ、やめっ、やめろッ! 何が、何が目的だッ!?」


 机の前で止まったイルに、アイテールは戦慄を覚えながらも訪ねる。

 目の前に立つメイドの皮膚はところどころが裂け、金属のフレームが覗いていた。その姿は、まるで地獄より生者を引きずりこむべき這い上がって来た、ゾンビのようでもあった。


 そんなゾンビが、機械的に作った柔らかな笑みを浮かべ問いかける。


「『ロア』について、情報を頂きにまいりマシタ」

「ロ、ロアって――儂なんかよりよっぽどお前らの方が知ってるじゃねぇかッ!」

「ええ、彼女のことは確かに、奏瑪の方がよく分かってイマス。今、我々の周囲を嗅ぎまわっている『ロア』以外ハ」

「ハ、ァ――?」


 アイテール博士の顔が、意味を理解できずマヌケ面に。が、すぐにそれは怒りの顔に変わる。


「またそれかよ! 何で別々の奴に何度も知らねぇなんて言う言葉を吐かなきゃならねぇんだ!?」

「別々の? 誰か、ワタシ意外にこの件で訪ねてこられたのデスカ?」

「二人の刑事だよ! そいつらにも言ったし、もう一度言わせてもらうが俺は何にも知らねぇからな! 何でとっくに死んだヤツのことを話題にしなきゃならねぇんだッ!」


 刑事――それはもしかすると、先程バス内でネットワークから情報を拾っていた際に出た「小田嶋 義昭」と「ペスタ・エプティ」かもしれないと、イルは思った。

 その刑事が、『ロア』について聞きに来た。とすると、彼に情報を渡したいと連絡したメールの主が『ロア』である可能性はかなり高い。

 だが、そんな刑事に情報をわざわざ渡すほど、アイテール博士は親切ではないだろう。イルは尋問を続けることにした。


「本当デスカ? 隠すとためになりませんヨ?」

「こんな状況で隠していられるほど図太いつもりはねぇッ!」


《心拍数:変化無し/発汗量:変化無し/瞳孔:変化無し》《返答に虚偽無しと断定》


 イルはセンサーを動員して、その言葉が正しいかどうかを見極める――が、嘘を言っている様子は無いことを確認した。


「用はそれだけか!?」

「はい、それだけデス」

「っ、だったら早く出てけッ! そして二度と儂の前へと現れるなッ!」

「分かりマシタ。それでは、ご機嫌ヨウ」


 取り乱したままのアイテールにお辞儀をして、イルはその場を出て行こうとする。言いたいことはそれこそいくらでもあるが、今はそんな時ではないのだ。


「くっそ、あんな人間の出来損ないにはやっぱかかわるべきじゃなかった――ッ」

「――なんですッテ?」


 しかし、イルの高機能な聴覚センサーがそれを聞き取った時。その足は止まった。

 人間の出来損ない。アイテール博士のかつての物言いから、それは奏瑪のことを言っている、と言うのをイルは察知した。


「っ、何だよ、さっさと出ていきやがれよ!」

「――確かに、かかわったのは奏瑪の方からデショウ。設備も何も持っていない奏瑪は、誰かに頼らざるを得なカッタ」


 今の言葉は、イルにとっては聞き捨てならなかった。研究所に比較的軽度の損害を与えるだけに行動をとどめていたCPUが、急速にオーバーヒートを始める。


「アナタ方が奏瑪の知力に目をつけ、そうしてたどり着いた新たな境地。それを奪い取る、などと言う行為にさえ出なければ、今もこのようなことにはなっていなかった筈デス」

「儂とて最初は迎え入れてやるつもりだった! 世の中じゃ決して認められることのねぇあいつを、役立ててやるつもりだった! けどどうだ、蓋を開ければあいつは化け物――」


《右手可変:AEビームガン》


 振り返ったイルの右腕から、文字通り空間を裂くビームが発射された。

 そのビームは、アイテールの頭を一瞬で融解、消滅させた。


「もう喋らないでくだサイ。ノイズが著しいノデ」


 もしあのようなことが無ければ、どんな日々を過ごしていただろう。


 朝、奏瑪は遅い時間、自分に起こされる。いつものように愛月がベッドに紛れ込んでいる。

 食事をして。普通の人間のように身支度をし。第一人者としてAE化研究を行い。

 昼食を食べて、また仕事に戻り。一段落したところへ帰宅。自分や愛月と特に意味のあるわけでもない雑談をしながら夕食を食べ、入浴した後は普通に眠りにつく。


 普通。当然。あって然るべきの当たり前の光景。


 しかし、全ては無くなってしまった可能性の話。イルはもはやそんなありえるハズの無い想像を電子回路の上から端に寄せ、アイテール研究所を後にした。


 今の奏瑪は、放心状態の亡霊そのものだ。気まぐれに、自らの仲間を増やすかのように他者を不幸へと陥れ、しかしそれでは満たされず、そして他に何かをする気も大半は起きず。ただ生活サイクルを回しているだけ。

 時々は知的好奇心故に何かを自ら行うこともあるが、所詮ただの暇つぶしだ。それはまるで、不具合を連発したまま延々と稼働し続ける機械のようである。


「せめて奏瑪の命だけは。ワタシたちが守りマス」

 ライフサポートアンドロイド・アルテミス・タイプE、固体名称イル。かつて奏瑪により、現在の文明が生み出せる人工知能の数歩先を行く知能を与えられ、今となっては外観とCPU程度しか本来の部分は残されていない程改造を加えられたロボット。


 しかし彼女がどれだけ高性能なマイクロプロセッサを働かせても。現状を打破する明確な回答を発見することはできなかった。全てが全て、奏瑪の不幸に行きついてしまう。どの道筋も、人間が本来幸福と定める結果へとたどり着くことは無い。


 主は、このまま真に孤独にある中、朽ちて行ってしまうのか。


イルは、自らの無力さを胸に秘めながら、ただ彼より賜った力を振るう他なかった。



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