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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第三話》『アンドロイドの行きつきし袋小路』
16/33

4.

 高層ビルに匹敵する高さの建物群が、白い雲の流れる大空の元自己主張をしている。その様は、まるでこの場所だけが別世界のよう。栄えた街の一角に存在する場所で、それ以上の発展を周囲に知らしめるそれは、いわば神聖たる居城にすらも思える。

 そんな圧倒的外観が、全てが一つの敷地のうちに収められているその区画。申し訳程度に土地の周囲を樹木で覆ってはいるが、まるで鋼の巨人の軍団のようにそこに寄り集まり群れを形成しているかのようだ。


 ここは「アイテール研究所」。AE化現象の研究、その中心地と言ってもよいような場所で、研究の第一人者たるエイティル・アイテール氏が所長を務めている。


「思ってたよりは近かったな」


 その門前より離れた位置に立つは二人の刑事。小田嶋とエプティは、文字通り見上げる程の建築物にやや圧倒されながら、いかに入るかを考えていた。


 警備員たちは、青空の元ご苦労なことに、真面目に立って職務を行っている。横へスライドするタイプの門は背丈がおよそ1m程度。それを、数人が警備している。


「――信じられません」

「主語」

「アポ無しで会おうだなんて」

「だははっ、非常識極まりねぇわな、そりゃ」


 エプティの制止をよそに、小田嶋は思い立ったが吉日と言わんばかりにここへと足を運んだ。

 目的は、多量虐殺犯に関する情報を得るため。ロアと会った直後の集団による尾行から考えて、その犯人である霧仁 奏瑪を組織的に追っている者が、かつて研究を横取りしたというアイテール博士の手の者である可能性が非常に高い。ならばこちらが握る情報を渡す前に、まずあちら側に交渉しようと言うわけだ。


「けどな、アポ無しはわざとやってんだよ。そのまま連絡を取っても、会ってくれないか、もしくは適当な言い訳を考える時間を与えちまうかもしれねぇ」

「考えてるんですね」

「話を信じるなら、霧仁 奏瑪とアイテール博士の間にはきな臭ェいざこざがある。そして、それをはぐらかされねぇようにするためには、突然押しかけるのがベストと思ってな」

「――どう入るつもりですか?」

「――まあ、アポ取ってりゃ、普通に入れたんだろうけどな」


 エプティが止めた理由がそれならば、小田嶋がその時思い至れなかった行動もそれである。

 相手は世界的にも重要な人物。この研究所もまた、厳重な警備が成されている。事前に申請しておかねば、一歩たりとも入れてはもらえないだろう。


「脇から忍び込むか?」

「どうするんですか。“警官が犯罪をして”」

「んな事言ったってよォ」


 門の付近にいる警備兵が、ちらちらと二人へと視線をやっている。完全に怪しまれていた。刑事二人が、まるで不審者だ。


「――ん? 待てよ……」

「どうしました?」

「いや、行けるかもしれねぇ。一か八かだけどな」


 小田嶋はそう言うと、警備員のところへと歩いて行く。その大きな背中を、エプティは眼を瞬かせながら見ていた。

 しばらく、何事か小田嶋は会話をし――少しして、女性刑事の元へと戻ってくる。


「何を?」

「緊急事態っつって、アイテール博士に『霧仁 奏瑪』の名前と、それについて相談がある、って話を出した」

「ストレートですね」

「何の話をしたいかまでは言ってねぇ。いわゆる、『情報を小出しにして興味を煽る』ってヤツだ。あんまりこう言う方法は、好きじゃねぇんだがな」

「小癪ですね。先輩のくせに」

「俺でもたまには小癪な手を使いたくなるってこった」


 それからまたしばらくして、警備員がアイテール氏の返答を二人へと通達した。中へ来て、話をしよう、とのことである。


「うまくいったな!」

「行きすぎな気もしますが」

「何かひっかかんのか?」

「――いえ。何とも、この時点では」


 別の警備員がやってきて、研究所内を案内される。所内の外部は専用の車両で。到着してからの建物内の廊下も、円盤型の宙に浮いた移動台にそれぞれが乗り、階層の移動はエレベーターで行う。


「――この移動台、手すり低すぎねぇか?」

「大きすぎるだけでは。“先輩が”。まあ、こんなモノ用いずとも移動できる気持ちは分かりますが」

「念動力のこと言ってる? 悪いが、俺には壁を上るくらいしか面白い移動方法はねぇぞ」

「言ったつもりはありませんよ。“面白いことは”」


 案内する警備員と小田嶋とエプティ。それぞれ移動台の手すりに手を置きながら、進むこと十数分。


「こちらです」

「おう、案内ありがとよ」


 小田嶋とエプティが案内されたのは、「所長室」と言うタグが扉上部に付けられは部屋だ。機械的な様相を呈した両開きの扉で、中央にはキーのついた操作パネルが取り付けられている。

 小田嶋は、そこにある「呼び出し」のボタンを押す。すると、スピーカーより男の声が発せられた。


『誰だ?』

「警視庁の、小田嶋と言う者です。連絡が行ってるかと思いますが」

『チッ、入れ』


 通話が切られ、扉が両側に開く。


「歓迎しねぇぞ、警視庁の犬ッコロ」


 入口正面の大机についた初老の男――エイティル・アイテールは、まるで腐臭でも嗅いでいるかのような顔でそう言った。


 白髪交じりの髪を短く切った、丸メガネをかけた男。髭は綺麗に剃られており、白衣もシミ一つとしてない真っ白なモノ。口元や眼尻に走る皺は、まるで周到に物事を見続けた結果が刻まれているかのよう。

 眼鏡の奥の瞳は、漆黒を湛えているようで、何を考えているのかを読むことは誰にとっても困難であろう。一言で言えば、油断ならなさを整えて人型にすれば、このようになるに違いない。アイテール博士とは、そう形容するにふさわしい男性だった。


「犬ッコロ――ふふっ」

「俺だけの事言ってるんじゃねぇぞ、多分。しかし、警備の同行も無しに入れてくれるとは思わなかったぜ」

「心配にゃ及ばねぇ。警備兵なんざなくったって、この部屋にはいくらでも儂を守る手段が在るこちとら、無理やりこの時間をねじ込んだんだ。さっさと用件を済ませさせてもらうぜ」


 アイテールは、不機嫌さを隠すことなく刑事の二人を睨んだ。AE化技術研究所の所長ともなると、その多忙さは野良刑事など足元にも及ばない。


「まず聞くが、てめぇらあの名をどこで知った? その名と、どう言う関わりでここへ来た」

「あの名――『霧仁 奏瑪』の事っすよね?」

「っ、そうだ。その名をここで口にした意味を言ってみろ。なんで警視庁の犬ッコロが、『儂の城』でその名前を出した?」


 何かがおかしい。小田嶋もエプティも、同時に思った。ロアを送り込んだり、尾行を突けたりする人物の会話ではない。


「ちょっと確認させてもらっていいっすか?」

「あ? 質問してんのは儂の方だが? ――まあいいぜ」

「あんたが、使いを寄越して俺達に協力を仰いだんじゃないんっすか?」

「あぁ――? それこそ何のことだ」


 アイテール博士の言葉と状況に、何やら食い違いがある。開始早々、雲行きが怪しかった。


 そもそも二人の刑事は、ロアとの会合後の尾行から、霧仁 奏瑪の捜索が個人的なモノではなく組織的なモノであると考えた。そして、それを行うならばほぼ確実に話に上がったアイテール博士と関連した集団であるとも。


 だが今の彼の口ぶりは、それらの状況とはまるっきり合致しないのである。

 あるいは、自分達がそれらを嗅ぎ付けここに来たためにしらを切っているのか。


「失礼、私から。『ロア』、聞き覚えは?」

「あぁ? 何だそりゃ――……あ、」

「覚えがあるようで」

「――ねぇな」


 意味が分からない、という様子の顔が、一瞬に何かに思い至った顔に変わった。だが、すぐにそれは隠れてしまう。無論、それを見逃す刑事二人ではない。


「実はロアと名乗るそいつが、俺達に個人的に話を持ち掛けて来ましてね」

「へぇ、そいつはまたご苦労なこった」

「それが、『霧仁 奏瑪』の捜索。元々俺達は別件を追ってましてね? 救済機関リ・アクティヴィティの事件はご存知かもしれませんが、彼女が、その犯人が彼である、と」

「ハッ、そんなんだから警官が無能って言われんだよ。報道が全部を言ってるとは思ってねぇが、その様子じゃ少なくとも警官のアホウ共は犯人の推測すらついてねぇんだろ? にもかかわらず、どうしてその発言を鵜呑みにできるってんだ」

「んなモン簡単っすよ。その証拠も一緒に提示してきたんっすから」

「…………」

「犯行現場の映像記録を俺達に提供してくれましてね。どう考えてもその映像は作りものじゃない。その上で敢えて全く関係のない人物の名を口にするとは思えない」

「――まさか本気で丸々信じてるってぇのか? どこの誰とも分からねぇヤツのいかにもアヤシゲな情報を」

「100%ではありませんが」


 アイテール博士は、まるで今にも頬をつねりそうな程眉間をしかめていた。


「ともかく、儂は知らねぇな。ロアとか言うヤツのことは勿論、事件の事なんて知る由もねぇ」


 アイテール博士は、椅子から立ち上がる。


「話はそんだけか? じゃあとっとと帰んな。さっきも言った通り、こっちも暇じゃ――、」

「『霧仁 奏瑪』」

「――っ、」


 ピクリと、博士の目元が引きつる。


「あなたが横取りをしたそうですね。“AE化研究”」

「何のこと言ってんのかさっぱりわかんねぇなお嬢ちゃん――」

「こう明かされました。本来、霧仁 奏瑪が発見したモノであると」


 エプティ刑事は、ロアの述べていた情報をそのまま口にする。すると、アイテール博士の眉間の皺が、見る見るうちに深くなっていった。


「そうして奪い取った研究。巨万の富を得ている。成果など。“あなたの成果など、ここには一つもない。”違いますか?」

「うるせぇ! AE化は、儂が発見した法則だ! O原体の決まり事を無視し、U技術そのものにも変革をもたらす可能性の塊だ! それをどうしてどこの誰とも知らねぇ馬の骨が発見できる!?」


 博士は、机にドンと拳を振り下ろす。


「本来の物理法則を根本から無視した現象! エネルギーのやりくりにも福音をもたらしうる! 兵器に転用すれば直撃を受けた対象も一時的にAE化! 場合によっちゃ、島を丸ごと消せる可能性だって持ちうる、まさしく神の技術だ!」

「だが、それは霧仁 奏瑪が見つけ出したものなんだろ」

「だから、違うって――、」

「じゃなきゃ、どこの誰とも知らない馬の骨の名で俺達をここまで招きゃしねぇ。違うか?」

「ぐ、ぅ、ぐぐぅ、ぐ――……ッ」


 入る際、「霧仁 奏瑪」の名前を出して招かれたと言う事は、博士が彼についてに何らかの感情を抱いているからに他ならない。

 そしてそれは。「恐れ」であると、小田嶋の嗅覚は感じ取っていた。


「もう一度。『ロア』に聞き覚えは?」

「…………」

「アイテールさん?」

「いちいち呼びかけ直さなくても耳は衰えちゃいねぇよ!」


 アイテール博士はもう一度椅子にどかっと座ると。胸ポケットから煙草の箱を取り出し、その中から一本抜いてライターで火をつけ吸い始めた。


「――『ロア』。本名を『稗田 菫』」

「何だ、知ってんじゃ――」


「とっくの昔にくたばったヤツだよ。享年10歳くらいか」


 小田嶋は、部屋の空気が一気に冷え込んだように感じた。


「えっ、それ、どう言う――え……」

「霧仁 奏瑪は――あのガキは、そいつを生き返らせるための方法を模索していた。そこに手を貸したのが誰であろう、この儂だ」

「生き返らせる――死んでいた、ですか」


 言葉として存在するが、現象そのものはあり得ない“生き返らせる”。二人の刑事が、耳を疑ったのは言うまでもない。


「だが研究は失敗。あのガキの幼馴染である稗田 菫は、戻ってくることはなかった。詳細は省くが、事の流れとしちゃそんなところだ。ついでに言や、AE化合体はそん時の副産物でな。ああ、そうだよ。儂らが研究を横取りしたのは半分間違っちゃいねぇ」

「じゃあ、そのなんだ――? ロアってのは……? ロアに俺達と話しをさせたのも、尾行をさせたのもあんたじゃねぇのか?」

「尾行ゥ? 何で下っ端刑事に儂がそんな事しなきゃならねぇ。さっきから言ってるが、少なくともお前らが会った『ロア』ってのはまるで知らねぇ。あと犬ッコロ、敬語剥がれてんぞ」

「本当に失敗を?」

「本当は成功していたかも、ってか? それはあり得ねぇ話だ」


 アイテール博士が大きく息を吸うと、煙草の先端が赤熱する。


「そもそも生き返らせるとか言ってたが、まず最初の段階で躓いてやがったんだ。お前ら、幽霊現象やら魂やらの正体って知ってっか?」

「な、なんだそりゃ? なんでいきなりオカルト的話ブッ込んでくるんだよ――?」

「電気信号」


 小田嶋は唐突な畑違いの話に狼狽するが、エプティははっきりとそう返答した。


「そっちのお嬢ちゃんの方がよっぽど物を知ってんな。幽霊っつぅのは、いわゆる脳から抜け出した、複雑に絡み合ってる電気信号だ。何かの拍子に――例えば、突然頭をかち割られるなどをした際、その脳と言う思考媒体の物理的崩壊についていけなかったそれが形を残したまま飛び出し、いわゆる『幽霊』の原因になる。まあ、魂ってのはそう言うアレだ」


 灰皿にトントンと、アイテール博士は灰を落とす。


「だが、魂ってヤツは所詮形成された信号だ。思考するわけじゃねぇ。怪奇現象なんかも、死亡直前の思考や日常行動を電気信号の束がU原体に影響を及ぼして起こってるだけだ。加えて、ほとんどの場合そう長く形を維持できず、勝手にほどけて消えていっちまう。だが、当時10歳のあのガキはそこに目を付けた」

「そこ――?」

「ロアの電気信号の形を維持したまま、脳の代わりに思考を代用する道具さ。魂がそこに入れば、元の人格のまま思考できる一個人を蘇生できるってことだな」

「できるの、ですか?」

「実際、あのガキはそれを作りやがったからな。しかもたった9日で。電気信号の中で、変容を受けないO原体部分をU原体で構築し直して、そのまま思考の媒体になる――何だったか。『U思考媒体』だったか? それを作り上げやがった。儂が手を貸したモンなんざ、貧乏人が手を出せない設備くらいなもんだ。実験も成功してた通り、間違いなくアレは機能してたぜ」

「だが、失敗したんだろ――? 何故だ?」

「単純に、遅かったんだよ。魂ってのは、外に居ても分解されちまうが、死んだ脳の中に居ても同じことだ。時間が経てば崩壊する。ロアのそれに、開発が間に合わなかったんだ」


 霧仁 奏瑪と言う少年――同い年であるというロアの享年を考えれば、同じく当時10歳。そんな少年が、幼馴染の少女を救うために尽力したが、それは叶う事がなかった。

 それはさぞ辛かっただろうなと、小田嶋は少しだけ憐れみを覚えた。


「だからお前らが会ったロアって名乗ってる女は、“ロア”じゃねぇのは間違い無ェ。なら誰かって? てめぇで調べろよ。当時の事知ってるヤツは、儂とあのガキ以外死んでるからな」

「命を?」

「他の奴らは殺されたんだよ。霧仁 奏瑪を追う際、ヤツの手駒にな」


 煙草の煙が、老年の男の口から吐き出された。まるで、煙の中に事実が内包されているかのようだが、それは不透明でつかみどころがない。


「まあ、U思考媒体の一件でそいつの頭脳に着目した儂らは、その後も研究のバックアップを続けた。期待通り、いや、期待以上にあのガキは研究の成果を上げ、AE化研究の基礎まで論理を組み立てやがった。誰にも何も、どんなことやってるのかさっぱり分からない勢いでな」

「それで、横取りしたのか」

「儂だって、研究させてた当初はそこまで思っちゃいなかったぜ。何せ、放っておけばどんどん金を作ってくれてるようなモンだ。けどよ、」


 アイテール博士は、煙草を灰皿に置いて、机の上で両手を組んだ。


「いつまで経っても行き詰る様子の無いそれに、いつからか儂らは恐怖を覚えた」


 険しい眼差しは、目の前の二人を見ているようで見ていない。当時のことを思い出すように、どこか遠くを見つめている。


「正体の分からねぇモンってのは面白ェモンだと思ってた。儂だって、研究者の端くれだ。AE化現象を始めて目にしたときは、そりゃあきっと、ガキが新しいおもちゃを見つけたみたいな顔をしてただろうよ。そんな目を、あのガキに対しても儂は、儂らは向けていた」

「…………」

「だが、いつからかその臨界点を越えた。謂わばアレだ。さっきまで大漁でそれに大はしゃぎしていた湖のその底が、まるで見通せないことに気が付いたみてぇな。何かが潜んでいるような気がして気の休まらねぇ、そんな感覚だ。だが、そんなこっちの気も知らず、あいつは次から次へと勝手にやらかしまくる」


 いつからか、アイテール博士の声は震えていた。顔の血色も、どことなく青ざめている。


「気がつけば、どこからともなくヤベェバケモンを発掘してくる。身の回りの世話にくれてやったはずのアンドロイドがオーバーテクノロジーの塊になってる。毎日が過ぎ去れば過ぎ去っていくほど、自分の目にしているモノがワケのわからねぇモンに変わってくんだ。分かるか?」


 ごくりと唾を飲んだのは、その部屋の誰だったか。


「パンドラの箱の蓋を開けちまったかのような、その感覚が」


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