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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第三話》『アンドロイドの行きつきし袋小路』
15/33

3.

 イルの演算装置は、『ロア』が本人である可能性は極めて低いという結論を出していた。


 即ち、その名前が意図的なモノであれば、それは奏瑪を意識した行動である可能性が高い。

 その正体は不明だが、その名前を出してくるということはこちらからのアクションを期待したモノであることが考えられる。


 いずれにせよ相手方を明確にする必要が今はあった。そしてそれが奏瑪にとって危険であるならば――排除しなければならない。


「案の定、と申しマスカ。やはり、特定の居場所を掴むのは困難デスネ。メールは汎用的なネットワークサイトを経由。それの使用もどこぞの店舗カラ」


 先日のエルフの女性も、『ロア』とは直接話したわけではなかった。奏瑪の後ろで話を聞いていたイルは、話の内容をすべて把握している。


「(断片を繋ぎ合わせると、ある日突然、恋人の不老不死について持ち掛けられた様子が伺えマス。推測するに、もはやそそのかされた、と言ってもよいような。彼女は最初から、恋人の身体を死なぬように作り替えよう、とは思っていなかったようですシ)」


 そして彼女は、それら以来の話をする前に、開口一番こう言った。


 自分は、『ロア』さんの紹介で参りました、と。


 以前から、どこからか奏瑪の事を知った者が、あのように依頼に現れることはあった。紅麻もまた、その一人であったと、イルは推測する。

 しかし、その頻度はこれほど短い間隔で訪れることは滅多になく、そして奏瑪も必ずしも依頼を受けるとは限らなかった。受けるときは決まって、誰かの人生を壊せる時ばかり。


「(先日のエルフに関して言えば、紹介が『ロア』だったことも大きな理由デショウ。ご自分から口に出すことはされませんでしたが、もしかすると、偶然や虚構と断ずれない何かを、奏瑪は感じていたのかもしれマセン)」


 しかし、情報が足りなかった。だから自分に情報を集めさせようとしているのだろうと、イルは考える。

 そして、こうも考える。何者かが、あのエルフの女性をメッセンジャーボーイ――もとい、メッセンジャーガールとして使ったのではないか、と。


「(きっと、自分の名前を出せば依頼を受けてもらえル。そうやって、あちらは唆したに違いありマセン。そして依頼者はその通りに『ロア』の名を口にする。それが意味するところハ――、)」


 イルの知る限り、その名前を知るのはおそらく一人しかいなかった。


 エイティル・アイテール博士。奏瑪の話に興味を抱き、そしてその支援を行った人物である。


 彼が奏瑪を呼んでいるのだろうか? イルはそう考えを巡らせ、かぶりを振った。


 むしろ彼からすれば、奏瑪は邪魔な存在である。あの手この手を使って奏瑪を追いだし、その研究を奪い。そして殺そうとしたことは、イルのメモリーにしっかり刻まれていた。あまりにも、憎々しいことに。


 とすれば、未だ姿を隠したままの奏瑪を炙り出そうとしているのか。しかし、奏瑪がそんな粗末な手に乗るような人物でないことは、向こうも承知の筈である。加えて、研究を大成させた今、改めてそれをする理由がない。


 何故なら、例えこれから奏瑪が自身の功績だと公表したところで、今更誰も信じないからだ。アイテール博士はそれをおそらく理解しているだろうし、それを未だに恐れるような小心者とは程遠い人物である。

 だが、「探している」と言う一点をみれば、博士が主導なのはかなり高確率だ。


「(もう少し、情報を探ってみる必要がありマスネ)」


 公共のバスを乗り継ぐイルは、今現在、アイテール博士の元へと向かっていた。

 つり革を掴まず、立ち続け現在、およそ2時間。向こうからすれば、意外と近い位置に、今の奏瑪の自宅はある。近くに潜伏したほうが、遠方よりも時間がかからず、そして網を張られない。


 未だ探しているのか。しかしイルは否定する。仮にアイテール博士が探していたとして、それならば向こうから直接アプローチがある筈。エルフの女性が直接訪ねてきた以上、場所は既にバレている可能性が高いからだ。


「(サイト上のハッキング範囲を拡大。精査――……、)」


 一つのサイトだけでなく、同じメール機能を持つ場所全てを処理の網に通す。足はバスを乗り継ぎながら。無線ネットワークに接続した状態で、現実世界では一人のメイド型アンドロイドが、用向きで出かけているという体を装う。


「(これは――やはり、予想通りでしたねネ)」


 案の定、と言うべきか。エルフの女性のように、ただの人間では解決不可能な事態に対する者への福音を告げる文面が複数サルベージできた。アカウントごと削除されてはいたが、サイト機能によるモノ程度ならば、イルには容易に復元が可能だった。

 おそらく、少しこの手の技術を学んだ者でも発見が可能であっただろう。相手は、大分とこの手のことに素人であることが伺える。


「(様々な場所に、まるで釣り糸を垂らすようなやり方デスネ)」


 それぞれに共通点らしい共通点はない。せいぜい、確認した通りの難題ぞろい、という程度。だが――そうして辿っていくうちに、イルは興味深いメールを見つけた。


「(『事件を起こし、教団を壊滅させた犯人の情報をお教えします』――これは、どういう事でショウカ?)」


 あの案件と、もしや関係があるのだろうか? 差出人は不明。『ロア』とも何とも書かれておらず、イルは危うく見逃してしまうところだった。


 この消されたアカウントから送られているメールは、これ一通のみ。送り先のアドレスは、個人の携帯端末である。

 これは、この手の世間で話題になるニュースが出た際によく蔓延る、記者なりなんなりの餌。最初こそイルはそう思った。実際、ネットワークの大海を漁っていると、その手の連絡はザクザク出てくる。

しかしイルは妙に何かが引っかかった。それにしてはどうにも不自然なのだ。


 足が尽きたくないから、この文面を送るためだけのアカウントを作った、というのは分かる。仮に特定の相手を呼び出すため。あるいは詐欺のため。いずれにせよ、送り手側からすれば、消すのはそう不思議ではない。

 しかし、普通は小出しにした情報を多少添付するであろう。例えそれが嘘っぱちでも、信用の無いメールが相手を誘うには、どうしても興味を引く文面が必要だからだ。

 しかし、これにはそれが記されていない。――まるで、相手が今、何に対して何をどう思っているのか、それを察知しているかのような文面なのである。


 これは釣り針ではなく、ピンポイントに狙いを付けた銛のようなメールだった。


「(返信は一件、デスカ。『小田嶋 義昭』。端末そのモノは『ペスタ・エプティ』と言う方のもののようですが、この二人は――なるほど、警察官のようデスネ)」


 その文面は、送り主の正体を問うモノだ。イルのマイクロプロセッサは、メールが突然送られてきたことに対する困惑を意味するのだろうと推測した。


 待ち合わせ場所は書かれているが、その日時は昨日。既に過ぎ去ってしまっている。


「(――使えるかどうかは分かりませんが、警察庁のファイルにハッキングして、この方の情報をくすねさせていただきマショウ)」


 年齢33歳の、獣人刑事。そして25歳の女性刑事。その顔が、イルの頭脳にインプットされる。これで、自ら消去でもしない限り忘れることは無い。


「さて、アイテール博士の研究所は――あと、停留所二つデスネ」


 妙にわざとらしくイルはそう口にして、視覚センサーと聴覚センサーをフル起動させる。


 もしかしたら、今自分達は何者かに狙われているのかもしれない。であるならば、いち早く察知する必要があると、イルは思いを確かに緊張した。


「オラッ、どけよババァッ!」


 緊張していたから、驚いてその大声に跳び上がった。


「ひ、ひぃ――い、今立ちあがりますから……」


 イルが振り返ると、若い二人組の男が、年配の女性を恫喝している姿を目撃する。

 挙動を見る限り、女性は足に不調を抱えている。二人掛けの席で、奥に詰めていたのだが、男たちは自分達がその席を占有せんと考えているようだった。


「(な、なんと酷い方々デショウ! ご老人から席を取り上げるナド!)」


 正直なところ、イルは老人を助けたかった。だが、自身の任されていることを考えると、目立つことはなるべく避けたいところである。


「おっせェんだよ殺すぞババァ!」

「早くどけっつってんだろオラァッ!」


 その声に、周囲の乗客たちが注目している。しかし、誰一人として立ち上がらない。自動運行のバス内で、老人を助けんと立ち上がる勇者は一人としていなかった。


「窓から投げ捨てたろかクソババァ!」

「…………」

「痛い目見ねぇとわかんねぇかよ?」

「…………」

「ちょ、ちょっと待ってください、あ、足が――」

「(ああっ、モウッ!)」


 見てみぬふりなど、イルには出来なかった。揺れるバスの中、ふらつくことなく後方まで歩きゆき、チンピラ二人を前に仁王立ちする。


「アナタたち、恥ずかしくないんデスカ! こんなご老人から席を奪おうなどト!」

「あァ? メイド?」

「筋力は充分持久性があるデショウ! ならばそのまま立ち続けておくべきでしょうガ!」

「おいおい、こいつロボットだぜ」

「マジかよ。ロボットが人間様に説教してやがるぜ」


 一見人間のようだが、イルの少し抑揚が特徴的な違和感を聞いて、二人は嘲笑する。

 ライフサポートアンドロイドに限らないが、ロボットは人間の命令にただただ感情無く従うモノである。だから、このような態度を取られるのも日常的で、そしてそれはイルも理解していた。


 しかし、そんな事など彼女にとってはどうでもよかった。


「話をそらさないでくだサイ! 全く、情けなくはないんデスカ!」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ、機械の癖によォ!」


 男の片割れが、拳を振り上げイルに殴りかかる。


 ライフサポートアンドロイドと言うのは、それなりに頑丈には出来ている。しかし、体重は人間とほぼ変わらないし、そして素早い反射神経も持ち合わせてはいない。


 だから、文字通り「ぶっとばそう」と、男は拳を掲げたのだった。――が、


 それは当たった。それだけだった。


「いっ、」


 痛ってぇ。男はそう言おうとしたのだろう。しかし、想定とは異なる結果が、その先の言葉を詰まらせた。


「アナタ方がその気ならば、こちらも対応シマス『《敵性勢力:2人 危険度:極小》』」


 拳を顔面で受け、衝撃は片足で支え止めたイル。彼女は自分を打った腕を掴みあげると、人間よりはるかに重い握力に任せて捩じり上げる。


「ぎィああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!?」

「っ、こンのやろォッ!」


 もう一人が、どうしてか手に持っていた鉄パイプでイルの頭を殴りつける。

 しかし、衝撃で頭が30度程回転しただけで、目線はすぐさまチンピラへと返る。


「…………『《衝撃確認 ダメージ:無》《無力化行動:続行》』」


 イルはチンピラの腕を捩じり上げたまま後方――バスの前方へと投げ飛ばし、パイプで殴ってきた方を強めに押した。それだけで男は後方座席に頭を打ち、パイプを落としてしまう。


 イルはその鉄パイプを拾い、開脚している股の前にガツンとそれを突き刺した。


「ひぃいッ!?」

「分かりましたか? もう、お年寄りを苛めちゃだめデスヨ?」


 全力で頭を縦に振るチンピラ。床に刺さったままのパイプはそのままに、イルはお年寄りを振り返った。


「おばあさん、大丈夫デスカ!《対象のダメージを検知――……完了 ダメージ:無》」

「え、えぇ――けれど、あんまりやり過ぎちゃだめよメイドさん……?」

「悪いヒトには、あれくらいのお灸をすえてあげなくテハ!」

「え、ええと、そうじゃなくて――」

「――?」


 老人は、後ろの床に深々と刺さった鉄パイプを。そして、車両前方に投げ飛ばされたチンピラ――で割れたフロントガラスを交互に見やる。


「しぃまったアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ!!?」


 器物損壊。弁償。イルはもう少し後先を計算して行動すべきだったと、今更ながらに全力で後悔した。


 ――もう少し、アイテール研究所に到着するのは遅れそうだった。


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