6.
「くすくす。わたくしのことは『ロア』とお呼びしていただけると助かりますわ」
小田嶋とエプティは、情報提供者と名乗る少女との待ち合わせ場所へとたどり着いた。
「――俺ァ、こう言う店は苦手なんだからな」
「がさつですから」
「そいつは主語が無くても誰に言ってるのかわかるぞコンニャロウ」
そこは、どこにでもある喫茶店。出てくるモノも、コーヒーだとか紅茶だとかパンケーキなどのような一般的な飲食物。内装も落ち着いたシックなモノで、そして客入りもそれなり。
小田嶋はそんな普通の店の中、居心地悪そうに肩をすくめていた。彼としては、こう言った店よりも自販機の前の方が気楽なのだ。
「コーラあるか? いてっ、叩くなよ!?」
「忘れないでください」
「目的はちゃんと覚えてるっての! けど何か注文しないと失礼だろ店に!?」
「くすくす。どうぞ、ご自由にしていただいて構いませんわ」
自らを『ロア』と名乗る少女は、おかしそうに笑って見せる。
少しの黒みもない、絹の糸のごとく白く、繊細で長い髪。ふわりと端々にフリルのあしらわれたワンピースもまた白く。まるで存在感を歪めるような風体をしている十代後半と思われる容姿をした少女。
その中で、エメラルドグリーンの瞳だけが色鮮やかで、色彩のあるモノとして自己主張している。しかし、それだけでは物足りない色合いは、周囲に不思議な不安を覚えさせる様子もあり、それはまるで幽霊のようで、彼女が本当にそこにいるのかを曖昧にさせていた。
二人の刑事は件の事件から情報収集を行っていた。そんな最中、エプティの端末に、「事件を起こし、教団を壊滅させた犯人の情報をお教えします」と言うメッセージが入ってきたのだ。
此度の状況は、それに刑事二人が呼び出しに応じたことにより成立した次第である。
「では、わたくしはコーヒーを。そちらは? 小田嶋さんはコーラでしたわね」
「紅茶を。――何者ですか?」
「主語言えって、な? 俺はともかく、初対面の相手はそうそう察してくれねぇからな?」
「わたくしの事、ですわよね?」
「察してくれてる!?」
「失礼ですよ。“分からないと勝手に決めつけるのは”」
「エプティさんにも、わたくしにも?」
「なんで俺だけ妙に風当たりがつえぇんだ!」
男女差別など毛頭する気などない小田嶋だったが、こう言う時ばかりは、女ってヤツは――と思わざるを得なかった。居心地の悪さは、喫茶店だから、と言うだけでもないようだ。
「それで、わたくしが何者か、ですか。くすくす。誰だと思います?」
注文は、紙に書いて呼びつけた店員に渡す仕組みの店だった。ロアは恐ろしくお手本通りの字で注文を三つ記すと、丁寧な手つきでそれを渡す。
「犯人」
エプティは注文を店員が持って行った直後、ハッキリとそう述べた。
「っ、おま――っ、主語、」
「近しいヒト。“あるいは”」
ロアはくすくすと、実に愉快気に笑う。少女の姿でありながら、その仕草は老獪な魔女のようでもあった。
「犯人ではありませんが――近しいヒト、と言う事は当たっていますね。どうしてわかったのでしょう?」
「我々だけに送信されてきた事です」
エプティはそう言って、端末のホログラフ画面を見せる。送信者のアドレスは、一般的なネットワークサイトのメッセージ機能を活用された際に記されるものだった。
「不明の送り主。何らかの秘匿意志を含んでいると考えられます。しかし、今その上で現在対面している。これは、極秘に個人に伝えたい考えの現れです。文面上で充分ですから。“情報を流したいだけならば”」
「だが、それがどうして近しい人間、と言うことに?」
「個人的願いである。何らかの感情を持ち、懇願したくなくばこうはなりません。知る相手の少ない方が、都合がいいのです。我々だけが呼び出された理由です」
「つまりアレか、個人的な願い事をするなら把握しきれない多人数より、目をつけた一人、二人の方がよくて。そしてそう言う頼みは、大勢を前に口にしても動かすには足りないから、と」
「もう一つ付け加えるならば、あなた方だけが、件の事件において現状見当違いの方向を向いていないから、とも言えます。――っと、来ましたわね」
飲み物が運ばれてくると、ロアは真っ先に自身のコーヒーに口をつけた。
「ではまず、犯人の名から述べるとしましょうか」
小田嶋もコーラのストローに、エプティもまたカップにそれぞれ口をつける。
「彼の名は『霧仁 奏瑪』。長い時の中、焦がれ焦がされ続けても未だに再会叶わぬ、愛おしい一人の殿方ですわ」
エプティは、紅茶がとても不味く感じた。対象に犯人と言うタグを付けられておきながら、まるで遠く離れた恋人を想う言い方をされたためだ。
そもそもこの少女は、どうして自分達だけが犯人を少人数と考えているかを知っているのか。それすら未だ、明かしていない。気味の悪い事この上なかった。
「『霧仁 奏瑪』。それが犯人の名か。それにしても『彼』とは――随分と親しみのこもった呼び方だな。どう言うヤツなんだ」
「救済機関リ・アクティヴィティを壊滅させた大量虐殺犯、霧仁 奏瑪。わたくしと同じ、現在は18歳でありながら、AE変化を最初に発見し、その研究の第一人者ですわ」
「悪い、俺そう言う難しい話は――」
「アイテールと言う学者だったと記憶していますが」
「ええ、記録上では発見者はそうなっていますわね。しかし、真にAE化現象を見つけたのは他ならぬ彼。アイテール氏をはじめとした学者たちは、それを横取りしたにすぎません」
「――なぁ、その、えーいーかげんしょう、って、何だった?」
相変わらずの小田嶋に、エプティはため息をつく。ロアはくすくすと笑い、説明を始めた。
「O原体とU原体は分かりますね? それらは同じ法則の元世界を構成しながら、混ざり合うことの無い異なるモノ。U原体はU原体へと強く干渉し、一方O原体はO原体へは影響を及ぼせない。そして、U原体もまたO原体に影響を与えることもできない。これが、定説でした」
ロアは両の指でそれぞれ輪っかを作り、二つをくっつけた。
「しかしOとU、二つが混ざり合い全く別のモノへと変化を成します。“AE化現象は”。そうして出来上がったそれがAE化合体と名付けられました」
「――この時点でわっけわかんねぇんだが」
「要するに、AE化現象によってO原体物質とU原体物質が複合されたモノが、AE化合体と呼ばれているわけなのですわ」
「一瞬です。AE化合体であり続けられるのは。U技術の干渉も受けません」
「エプティさんはよくご存知ですわね。いわばAE化合体は、この世界の概念の外にありますが、短時間で元のO原体とU原体に分離してしまう。あなたのご存知の通りですわ」
「当たり前です。ウチの先輩は例外として、世間の情報を頭に入れておく、というのは」
「こう言う時だけ律儀に主語加えるのやめろ」
今までになかった技術と言うのは、それだけで研究の価値が高い。この原体変化を活用し、何ができるか。それは、世界中で現在、競うように探求がなされている。
それだけ、AE化現象は将来への期待がされているのだ。
「話が脱線してしまいましたわね」
「馬鹿が申し訳ありません」
「直接的すぎねぇ――? いい加減俺泣いちゃうぜ?」
「それで、どうしてわたくしがあなた方に協力をお願いしているかと言うと、ですね。それはわたくしが、長年会う事の叶わなかった彼と、対面を果たしたいからですわ」
コーヒーを一口ロアは啜り、ふっと息を吐く。唐突に、その一瞬だけ。その姿は、恋焦がれる乙女のようだった。だが、すぐに元の読めない様子に戻る。
「彼は現在、行方を晦ませています。研究を奪われる際、あらぬ罪を着せられ逃げた、と言うのがその理由なのですが。そのせいで、見つけることが叶わないのです」
「つまり、俺達にも霧仁 奏瑪を探してほしい、っつぅことか」
「ええ、その通りです」
犯人を、そしてロアが対面を望む相手を探す。いわゆるこれは、利害の一致だった。しかし、エプティには気になることがあった。
「何故、彼の仕業であると?」
今までの話の中に、救済機関リ・アクティヴィティを壊滅させる理由たる要素は話されていなかった。敢えて推測するならば、AE化現象における研究の横取りに、教団が一枚噛んでいたから、であるが。
「ご存知ありませんか? 『如何なる難題をも解決する悪魔』の都市伝説を」
「悪魔――?」
エプティは首をひねる。そもそも、都市伝説などと言う眉唾な話には興味のないタチなのだ。
「あ、それ俺聞いたことあるかも」
「おや、小田嶋さんはご存知の様子ですね?」
「先輩のくせに」
「悪いかよ!? ――ちょっと前だが、捕まえたヤツにやたらお喋りでそう言うのが好きなヤツが居たんだよ。手錠掛けられてもへらへらしてるヤツだったけどな」
アレはうっとおしかったと小田嶋は記憶している。立場を自覚しろと叱りつけても、延々としゃべりたくるのだ。流石に最後には諦めて、口を動かすままにさせたのだが。
「何だったかな。どんな難題でも、興味を持たせることができれば請け負ってくれるとか」
「その通りです。と言っても、その助けを受けた人物と思われる相手に接触しても、そんな少年など知らない、と返されるばかりですが」
「では何故?」
「何故そんな都市伝説ができたか。簡単ですよ。本人は自覚なくとも、周りが依頼した人物の変化を見ている。誰の目から見ても解決不可能と思われていた事態が、ある日突然クリアされてしまう。そんな話がたびたび起これば、そんな間に潜む透明な存在を、誰もが思い浮かべるものでしょう」
「自分を知られたくないのに知られてるあたり、詰めが甘いんじゃねぇか?」
「彼にとっては自身の居場所さえ守ることが出来さえすればいいのですからね。他にも細々と細工はしているでしょうが、概ねそんなところですわ」
だが、エプティはそれを聞いてもどうにも納得しがたかった。それと霧仁 奏瑪が、どうして繋がってくるのか。
「そのお顔、まるで繋がる線が見えてこない、という表情ですね?」
「――ええ。“要素が”関連付けられる様子がまるでありませんから」
「簡単な理由ですよ。わたくしが、彼の最初のお客さんなのですから」
小田嶋もエプティも、虚をつかれ目を丸くした。
「い、いや、だったら所在地知らねぇってどう言う――」
「逃げているのですから、潜伏先もたびたび変わりますわよ。かつて彼が居た場所は、今は建物ごと無くなり公園になっています」
ロアはコーヒーを啜ってから、話を続ける。
「その時解決していただいた内容はお話することはできませんが、その力は個人でそれこそ膨れ上がった組織を潰してしまえる程大きいと断言できます。そして、此度の事件はもはや、彼の仕業である以外に説明がつかない」
「いくらでも考えつくかと思いますが」
「あなたも、彼の力を目にすればわたくしと同じ意見を抱くことになるかと思いますよ。間近で体験したわたくしを、信用してくださいまし」
「――あんたは、なんで霧仁 奏瑪を探しているんだ?」
「それは当然、もう一度会ってお礼を述べたいから。彼のおかげで、今のわたくしが生きているのです。言葉だけでは語りつくせない程の感謝が、わたくしにはあるのです」
どこか演技がかっている、小田嶋は思った。無駄に大袈裟すぎる。
「――しかし、人を殺すことは罪です。それは許されてはならない禁忌。感謝こそあれど、だからこそ彼に罪を自覚してほしい。だから、わたくしはあなた方に話を持ち掛けたのです」
「――先輩」
エプティは、相方がどう出るのか。それを確認したいがために、呼び掛ける。未だ気になる要素は数多いが、一先ず意見を聞いておくべきだと考えた。
「あんたの熱意は、まあ、わかったぜ」
小田嶋は、ストローは使わず、グラスから直接コーラを呷ってそう言った。
「だが、悪いが乗る気にはなれねぇ」
「それは何故?」
「あんたが胡散臭すぎるからだ」
小田嶋は、氷をバリバリと噛み砕きながらそう述べる。
「ここまであんたは、ほとんど自身の素性を明かそうとしない。そして、その目的も私情塗れも甚だしい。こっちも一応は公務員でな、そう簡単にその手の話を聞いてちゃ、時間がいくらあっても足りねぇんだ」
「ふむ――」
「もう一つおまけに言えば、その『霧仁 奏瑪』とやらが犯人である確証は微塵もねぇ。あんたとしては他に事件を起こせるヤツが思い浮かばねぇんだろうが、そんな掴みどころのないあやふやな話で、俺達は動けねぇんだ」
ロアは小田嶋の言葉を、ゆっくりと噛み砕くように目を瞬かせた。数秒間、テーブルの上で沈黙の時間が過ぎる。
「――なるほど、ごもっとも。例えどれだけ熱弁したとしても、あなた方にはやはり伝わりづらいでしょう。では、代わりにこんなのはいかがで?」
しかし程なくして、ロアは微笑んでそう返した。そして、手品のように掌から、記録媒体を取り出してくる。
「ここに、事件当日のカメラの映像が記録されています。場所は、教祖・愛葉 親太朗の私室のもの」
「――どういうこと、ですか?」
「当日の映像は残っていなかった筈だ――それを、どうしてあんたが持ってる?」
「さぁ、どうしてでしょう? くすくす」
ロアは茶化すように笑う。
「ですが、映像は本物ですよ。嘘だと思うならば、検査にかけてみればいいと思いますわ」
「言うつもりはない、というのは理解しました」
笑うロアに、エプティは隠す様子もなく不満を口にした。が、それでも白い少女はくすくすと笑うのをやめない。
「わたくしは奏瑪に会える。あなたがたは真犯人を捕まえられる。これ以上なく、互いにとって理のある話でしょう? たたらを踏む理由が、どこにありますか?」
「そう言うところが胡散臭ェって、少しは自覚したほうが交渉上手になれるぜ?」
「くすくす。それもまた、ごもっともですわね」
小田嶋もエプティも、またさらに言い訳を付け加えてくるか。そう思って、その妙に癪に障る笑い声を聞いていた。
――だが、ロアは予想に反して突然席を立つ。
「では、わたくしはこれで」
「っ、おい――ッ! 言いたいことだけ言って帰るつもりか!?」
「本日は、協力していただけるかどうかのお話をしたかっただけですので」
ロアはやはり何を考えているのか掴むことの難しい笑みでそう述べる。
「それでは、ご健闘――いえ、それ以前にご検討でしょうか? いずれにせよ、それを願っています。その気になったなら、またご連絡ください」
その場を後にするロアの様子は、捉えどころのない流水のようであり、実体をも感じさせない。空のコーヒーカップだけが、少女の居た残滓を示している。
机の上には、彼女の取り出した記憶媒体と飲み物の代金が残されていた。




