5.
「余計な事してくれやがってッ!」
男の怒鳴り声が、奏瑪の書斎で上がる。それに、向かい合って立つエルフの女性はびくりと肩を震わせた。
「余計な、こと――?」
「そうだよ、余計なことだよッ! 俺はてめぇがよぼよぼの老人になった姿を見るためにつきあってたわけじゃねぇんだ!」
男――空音 毘錬は、先ほどまでごく普通の人間だった。しかし、奏瑪の作り上げた装置と、一人のエルフの女性の手によって、本物の不老不死となるに至った。
だが彼は、そんな今の状況に怒りを示している。とても冗談を言っているようではない。
「毘錬、どういう事――?」
エルフの女性エーシルは、恋人の怒りに戸惑いを隠せず問い返した。
エルフと人間では寿命が違う。だから、なるべく長い間愛し合っていられるよう、目の前の少年へと相談したというのに。恋人の青年は、どうしてそれに怒りを抱くのか。
件の少年は、何とも愉快そうな笑みを浮かべている。その様子は、子供が虫眼鏡で蟻を焼く様子によく似ていた。
「エーシルさん。どうして彼が、あなたに愛を囁いていたかをご存知かい?」
書斎には、いつも同様机についた奏瑪。その首に腕を回して抱き着く愛月、背後に控えるイルがいた。
そして正面に用意された椅子を蹴り立ち上がっている毘錬。そのそばで困惑しているエーシルが居る。
「それは君がエルフだからだ。もっと言うと、君が人間よりも長生きで、そして若い時間が人間よりもずっと長い種族だからだ」
奏瑪が既にそれを知っていたことを、イルは認知している。毘錬の身辺調査を行ったのは他ならぬ彼女であり、そしてその命令は当然奏瑪が下した。
「いつまでも若い、人間である自分が寿命を迎えるその時までずっと美しい姿。人間の男の下らない願望のもと、君は選ばれたのさ。君が君だからじゃない。君がエルフだからだ。そこに君の求めるような愛は、どれくらいあるんだろうね」
エルフと言う種族は、概ね整った顔立ちをしている。その中でもエーシルは取り立てて美麗な容姿をしていた。
ひとつとしてシミの無い、ミルクのような色合いの肌。吸い込まれそうな深いグリーンの眼差し、黄金の糸のような後頭部で纏められた髪。そして一部の隙も無い程均整の取れたスレンダーな体つきなど。人知を超えた美貌。
「何がおかしいってんだよ!」
毘錬は、文字通り開き直る様子で言葉を放った。
「恋人に、女に永遠に美しく居てほしいと思うのはおかしい事か!? 結ばれて、老いて、自分の死のその瞬間まで! 変わることの無い若さの女がずっと隣に居るんだぞ!? 男なら誰もが夢見るようなそれを、俺は手にできるところだった! ところだったんだよッ!」
「で、ですがあなたは、長い時間共にいられればいいな、と、そう仰ったではありませんか!?」
「そんなモン耳障りのいい建前に決まってんだろうが!」
身勝手な欲望の押し付け。それを自覚しているのかしていないのか、毘錬はエーシルの肩を掴んで揺すった。
「いっ、痛――ッ、」
「それをお前、勝手にこんなことしやがって! 不老不死だァ? いらねぇよ、なんで俺が萎びていくお前を看取ってやらなきゃならねぇんだよッ!?」
「……――っっっ」
人間より長く生きるとは言っても、エルフは老いないわけではない。必ず腰は曲がり、頭は弱くなり、容姿は萎れてゆく。
対して、不老不死となった毘錬にはそれが無くなった。U原体のみで構築し直されたその身体に、不老不死の魔法をかけられた彼は、エーシルが例え骨となっても今の姿のまま生き続けることになるだろう。
――一方愛月は、そんな彼らの様子を冷めた目で見ていた。
興味がない、というのがまず一つだが。それ以前に、その言い争いそのものが馬鹿馬鹿しいためだった。愛を語っておきながら、どうして彼らはこんな些細なことで言い争っているのか。
「霧仁さん、あなた――知っていてわざと……ッ」
「エルフは知能が高いと聞いていたが、どうやら一時の感情が理性を鈍らせるのは人間と同じのようだね。よかったじゃないか。その歳で一つ、社会勉強できたんだから」
エーシルは俯いて黙ってしまう。そんな様子を、奏瑪は首のリボンに指を這わせながら、愉快そうに眺めている。
「おい、エーシルッ! 何とか言えよ、おいッ!」
そんな中でも、毘錬は自分勝手に喚き散らしていた。釈明が欲しいのか、元の状態へと戻ることを望んでいるのか。それはきっと、本人にすらわかっていない。
「……――り、もの」
「あァッ!?」
それまでの世間の常識を外れた結果。不老不死。それに納得できず、どうして良いかなど、彼にはわからなかったのだ。
それを知ってか知らずか。エーシルは、こう返す。
「――裏切り者」
エルフの女性がそう言葉を口にした途端、毘錬は全身を炎に包まれた。
「――――――――ッッッッッッッぎィああぁああぁぁあぁあぁああぁあぁぁあぁッッ!!?」
「裏切り者。うらぎりもの。ウラギリモノ」
暗闇を――深淵の黒さをたたえた、エーシルの瞳。そこには、後ろに転倒して燃え盛る毘錬の姿が映されている。
「囁いてくれた愛は。熱い抱擁は。甘い日々は。全て嘘だったと? 全てはあなたの欲望を叶えるための建前であったと? わたくしの献身は全てあなたの身勝手を満たすためだけのものであったと?」
聞こえているのか、聞こえていないのか。もはや毘錬は一言も口を聞けず、炭化してゆく。エーシルはそんな彼を、冷めた目で見下ろしていた。
「僕の家を汚してしまうのは勘弁してほしかったな」
「――っ、あなたは……ッ! あなたのせいで――ッ!」
「おっと、僕に責任を求めるならお門違いだ。なにせ僕は、君の依頼通りに事を遂行したに過ぎない。それで文句を言われるのは、理不尽極まりないと思うのだけどね?」
エーシルを中心に、密度の濃いU原体が渦を巻く。人間には決して見えない、しかしエルフは古くから”魔力”と呼んでいたそれは、高い濃度となった時それをおぼろげに視覚に捉えることが出来る。
「許さない――」
――エーシルは、人間の都市から離れた場所にある、エルフの集落出身だった。
自然と共に生き、ひっそりと暮らす。外と関わりを持つことの無い、一般的なエルフ一族、その長の娘だ。
エーシルは、そんなエルフの中にありながら、外に興味を持った女性だった。周りが止めるのも聞かず飛び出して、そして人間の街で散々迷った。
そんな時だったのだ。彼女が、毘錬と出会い、そして助けられたのは。助けられ、そしてそれがきっかけで二人は恋に落ちたのは。
そう、エーシルは思っていた。真の意味で愛し合っていると――そう、思っていた。
「ちがう」
空気を、静かな声が打った。
「あ、」
エーシルの瞳が見開く。――そこには、一人の狐少女の姿が映っていた。
「あなたたちのそれは、ちがう」
痙攣。血。目、鼻、口、毛穴と言う毛穴から、滴る――、
「なのに、わたしたちにさわらないで」
血。
「あ、あ、ああ、あ、あ、あ――……、」
エーシルの全身から、炎が上がった。
美しかった肌も、髪も、瞳も。その容姿が、全て――全て、炭化していく。
「きえて。きたない」
炎はエルフの命を一瞬にして奪ったにもかかわらず、その勢いを収めることは無かった。
雷に打たれた一本の木のごとく燃え続けるそれ。かつて神と呼ばれた狐のU生体は、その様子を冷たい眼差しで見つめている。
――炎は、炭を燃やし続け。しかし、それが灰になっても収まらなかった。何故ならそれは、神の愛しく想う者に妖術、魔法、U技術にて触れようとしたためだ。
神のもたらす災いは、その辺りの雑多な呪いごときとはわけが違った。
「奏瑪――」
しかし、最初から一人のエルフになど興味の無かった愛月は早々に顔を背けてしまう。その愛しい少年へと耳と髪をこすりつけるためだ。
より強く抱き寄せるその様子は。さながら、動物が自らの縄張りを主張する姿のようだった。
「やれやれ、カーペットは取り替えざるを得ないかな。やっておきなよイル」
「――かしこまりました」
太古のU生体の力を目の当たりにしたアンドロイドは、人間と全く同じ感情で、眉をひそめた。それだけ、「亜月」の力は強力だった。近くに置いておくことの危険性を、嫌でも理解せざるを得ない程に。
「ぎ、ァあああああ、ああああ、ァあああァあああああああああ、あァァあああァァッッ!!」
そんな中、不死と化した空音 毘錬が、完全に元の姿へと戻る前に立ち上がった。
それは何を考えているのか。いや、思考さえしているのかどうか。未だ大半が炭化したままの身体で、ふらふらと虚空に手を伸ばす。
「愛月、あれは解呪してやるんだ。術式の記録が装置に残っているから、やり方は指示するよ」
「うん」
太古より呼び覚まされし、狐のU生体。百年、二百年生きた程度のエルフの組んだ術式は、彼女の前では容易く解ける程度のものだった。




