4.
警察署の会議室。規模故に未だ調査中ではあるが、現状収集された情報によって今後の捜査方針の公表が署員たちになされた。
リ・アクティヴィティはとても巨大な規模の新興宗教組織だった。その崩壊が何者によってもたらされたかどうかはとても重要な事項であり、新たなる脅威の可能性もあり、当然放置しておくことはできない。
無論、余計な混乱を引き起こさないためにも、世間に公表される情報はかなり規制を掛けられている。
とは言え、情報が容易く蝶のように飛び交う時代でもあるこのご時世。完全に流出を防ぐ、というのもかなり困難だった。そのため、結局あちらこちらで妙な噂が立つなども起こっている。
世間が、この唐突な爆発事件、ひいてはリ・アクティヴィティの壊滅にざわついてた。此度の爆発事件は、それ程世間に多大な影響を与えたのだ。
「どうしてああ思ったのか、もう一度確認させてくれよエプティ」
会議室から事務所へと戻って来た小田嶋は、同じくして会議へと出ていたエプティに問いかける。
「妄想です。気にする必要はありません」
「拗ねんなって! 誰も聞く耳持ってくれなかったからってよォ!」
エプティ刑事は先ほどの会議の際、個人、あるいは少人数の犯行の可能性を示唆した。しかしながら誇大妄想だと笑われるだけで上司も同輩もまともに受け取ろうとはせず、女性刑事のまるまった背中と言う結果に終わったのである。
「考えればわかるでしょうに」
「誰も分からねぇどころか、想像から大きく離れているからああなったんだろ。あんなデカい組織、誰も個人でやれるとは思えねぇって」
「援護射撃してください」
「そう思ったのなら、ってか? けどよ、サプライズ的な顔をして『会議までの秘密』っつたのはどこのどいつだよ?」
「無能ですね」
「そこまで自分を卑下しなくてもいいだ、」
「先輩が」
「だから主語を言えってばよォ!? というか言ってもよろしくねぇし!」
相変わらずのことに呆れながら、小田嶋は事務所の隅にある小型冷蔵庫から500ml容器に入ったコーラを取り出した。冷蔵庫は彼専用と言うわけでもないが、今ではほぼほぼ小田嶋 義昭の飲料もとい、コーラばかりが備蓄されている。
「ぷはっ、お前も飲むか?」
「結構です」
「――で、結局どうしてそう思ったんだ。上みたいに、概要を聞く前から突っぱねたりしねぇから、話してみろって」
「――分かりました」
毛むくじゃらの手にしわしと頭を撫でられ、エプティは唇を尖らせる。子ども扱いしてほしくない。
しかし、聞く耳持ってくれるのは目の前のガサツな獣人だけ。このまま誰にも話さないのもそれはそれでつまらないので、渋々、エプティは目の前の先輩へと話すことにした。
「まず、なぜ大多数、もしくは大規模組織だと? ――“皆さんが思いましたか”」
「いや、そりゃそうだろ。リ・アクティヴィティの大きさを、知らねぇわけじゃねぇだろ? 一人、二人でどうこうできる規模を越えた組織だ」
「対抗できるか否かで?」
「そう考えるのが普通ってこった」
「誤認を招いていますね。――“その先入観が”」
「どう言うこった?」
「人数は、まず必要ありません。“多数の人間を殺すのに”」
「うん?」
「爆破すればいいんですから。――“現場のように”」
小田嶋は虚をつかれたように目を瞬かせる。しかし、それだけで納得いくものではない。
「そ、そりゃあ、言ってしまえばそうかもしれねぇけどよ。だったら、アレだ。それをするにも一か所に集めなきゃならねぇだろ? だが、そんなモンそれこそ一人二人じゃ難しいぜ? 仮にできたとしても、二万人あそこに残る事はねぇ。普通大半が逃げ出すことに成功してる」
「方法ならありますよ」
「あ――?」
「集めればいいんです。“教祖が”」
小田嶋は、危うくコーラを落としかけた。
「教祖が集めて殺した、とでも言いたいのか? だが、それこそ狂気的だぜ? それじゃあまるで、二万人殺すために教団を打ち立てたみてぇじゃねぇか。歴史的集団自殺だ」
「まさか。思い出してください」
「主語をくれ」
「――“教祖の死体の発見状況を”」
そう言われて小田嶋は思い返す。教団が所持する建物――住居も兼ねているだろう屋敷の一室で、愛葉 親太朗は殺されていた。頭部の半分を消し飛ばされるようにして。
そして傍らには、彼の妻と子供の遺体も。同じように、どのような力をぶつけたらそうなるのか、頭の上半分が消滅してしまっている。
本人と、その家族の遺体。ここから導き出される光景は、おのずと決まってくる。
「――おいおい。脅された、とでも言うつもりか?」
「その通りです。おそらく、“事件から数日前より”。“愛葉 親太朗の家族を人質に”、教団員を講堂に集めさせたのです。組織のトップたる教祖が実権を大きく握っていたのでしょう」
「だがちょっと待て。人質を取れる程、教祖や周りの守りが薄い筈ねぇだろ? 少なくとも、個人規模でそれが行えると俺は思えねぇんだが」
「不可能でしょう。――“まともな方法なら”。そもそも、“娘の愛葉 希望は学校へと通わず、教祖・愛葉 親太朗が教師を呼び”教育を行っていたようですから」
「外にも出ることはないってか。だったら尚更――、」
「故に、難易度が高いと考えます。“目立つ多人数での誘拐を個人で行うより”。人目につかなければ極少人数でも可能でしょう。“監視カメラの映像は当日と一週間前の部分が消去されていましたので”」
エプティはあまり動かない表情のまま、断言する。
だが、小田嶋は釈然としない顔をする。確かに、筋は通っているが、と言ったところではあるが。
「やはり、否定なさるのでは」
「ち、ちげぇよ! ただ、何と言うか――」
「何です?」
「その方法でも可能、と言うだけじゃねぇのか今のは?」
「そうですね」
「そうですねって――」
「『個人・あるいは少人数の方が効率的に行える』という程度です。“今の段階では”。しかし、同建物内の焼死体と、教団員の放った弾道から察すると、彼らもまた少人数に殺害された可能性が濃厚です」
「――あの私兵らしき奴らか」
講堂の焼死体、教祖やその家族の死体以外にも、教団の私兵と思わしき者達の焼き殺された遺体が、屋敷内部やその周辺に幾らか転がっていた。
だが、それらは一つの何かに皆殺しにされた、という方がしっくりくる惨状だったと小田嶋は記憶している。壁に残る弾痕は、一つの動き回る的を狙っているようだったのだ。
「――結局、あいつらを殺したヤツってのは何なんだ」
「それはまだ。『可能性がある』という程度の段階でもありますし。ですが、充分有力な可能性であるかと思われます。“少人数での犯行は”」
エプティとしては、まず犯人の目星がまるでつかない、というのも少人数の犯行の可能性を上げる理由の一つだった。
救済機関リ・アクティヴィティは巨大な組織。それゆえ、信者は多いが逆に恨まれることも多分に存在する。対抗組織にしても同様だ。
だが、だからこそ下手な手に出ることはできないのだ。信者が多く、私兵まで抱えており、資金は潤沢。対抗組織からすれば、怨めしくても恐ろしく、手出しが困難な相手の筈で、動くにはそれなりに準備と言う動きがあるものだ。
しかし、それらは今回まるで情報が無い。あまりに唐突に、街のど真ん中で陥没事故が起こったようなモノだ。
「――よし」
小田嶋はコーラの残りを飲み干すと、その容器を握り潰した。
「俺達で、もう一度調べ直すぞ」
「先輩?」
「妙な確信があるんだろ? だったら、それを無視するわけにもいかねぇ」
「――どうしてやる気に。治安維持は大切ですが」
エプティはこう言いたかった。U原体主体の生命である小田嶋、そして高いU技術操作能力を持つエプティからしてみれば、リ・アクティヴィティはやはりありがたくなかった組織。
やる気がわくかと言えば、正直怪しい。それに、小田嶋本人はその宗教組織絡みの事件で、一度重傷を負ったこともあった。
にもかかわらず、彼のいい方には、まるで「仇を取ってやろう」めいた心意気を感じたのだ。
「決まってんだろうが」
「何がですか?」
「たとえどんな馬鹿野郎共でも、あんな死に方していいはずがねぇ。それに、どうにもお前の言う通りだとしたら、やり口に嫌な『きな臭さ』があるように思えてな」
「きな臭さ?」
「嘲笑ってる、って言うか、だな。人質取っておいて集めさせ、結局それを殺しちまってんだろ? 底意地の悪さが、どうにも透けて見えるんだよ」
小田嶋は濡れた鼻を、すん、と鳴らした。
「どんな奴にだって、人としての尊厳っつぅモノがあるモンだ。それに唾を吐くようなヤツってのは、それがどんなヤツで誰を相手取ったモノだったとしても、俺は気に食わねぇ」
そう言って小田嶋は、事務所の出口へと向かう。おそらく上司に話をつけるつもりなのだろう。エプティは、そう推測した。
彼は、エプティの推測を、ひとつの可能性として理解してくれたのである。
「――先輩」
「何だ?」
「開いてますよ」
「あん?」
「ズボンのチャックが」
「だから主語を言えってんだよォッ!?」




