炎の章ー出会いー
とりあえず2話目です。よろしくお願い申し上げます。m(_ _)m
俺は新しい町に来ていた。結局ここまでの旅でも人生の目標は見つからなかった。まぁ、10年間も見つかっていないものがそうそう見つかるとも思えないが…。
兎に角、まずは宿の確保だ。いつまでバレずにいられるかは判らないが、それまでの間拠点にする場所は必要だからな。とりあえず高級な宿は対象外とし、こじんまりとした宿屋を探して町を歩く。大きな町ではないが活気はあるようだ。俺のような日陰者には少々居心地が悪いかもしれん。
町の中心部に向けて歩いて行くと、嫌なものを見つけた。貴族の屋敷だ。どうやらここは貴族が治める町らしい。俺自身も元貴族だが、無能者となった今では貴族なんてものとは関わるだけ損をする。踵を返し、元来た道を戻ることにする。半分ほど戻ったところで悩む。所持金は正直心許ない。少しだけでも金を稼いだほうがいいだろう。
「となると、やはり宿をみつけないとな…」
独り言を呟きつつ溜め息を吐く。野宿でもいいのだが、ここまで歩いて旅してきたので疲労が溜まっている。久しぶりにベッドで寝たいという欲求が振り切れない。が、貴族が居る町に長居もしたくない。どうしたものかと考えていると、
「あのぉ、宿屋をお探しなのですか?」
どうやら俺の独り言が聞こえたらしい。少し遠慮がちな声が背後からかかった。声に反応して振り向くと、俺は思わず眼を見張った。
そこに居たのは若い女性。それもとびっきりの美人だ。年のほどは俺と同じぐらいに見える。背は俺の肩より少し高く、腰まで届くブロンド色の髪を下ろしている。サファイアのような青い瞳は大きく、唇はふっくらとしていて仄かに色付いている。ああ、俺の人生の目標はここに…
「あの…?」
と、何処かに逝きかけていた俺の精神が彼女の呼びかけで戻ってくる。
「あ、ああ。申し訳ない。あまり人と話すことに慣れていなくて…」
「あ、ごめんなさい、急に声をかけてしまって。何か困っているようだったから…」
「い、いえ、一人旅が長かったのでつい驚いてしまっただけですから!むしろ貴女と話せて嬉しいです!?」
「え…?」
彼女が首を傾げるのを見てようやく俺は自分が口走った内容を理解する。俺は何を口走ってるんだ?!まずい、顔から火が出そうだ!頭を抱えてこの場から走り去りたいが彼女の前でそんな奇行は出来ない。…あぁ、首を傾げる仕草も可愛いな…。ではなくてっ!あぁ!彼女を前にすると思考が纏まらない!くそっ、今までこんな事なかったのに…。
「ふふっ」
すると俺がテンパっている様子が面白かったのか、彼女がクスクスと笑い始めた。
「あ、ごめんなさい。冷静そうなのに凄く焦ってるようだったから」
「いえ、俺の焦った姿で笑ってくれるならいくらでも焦りますよ」
「まぁ」
少し驚いた表情をしてまた笑い始めた彼女を見て、俺は開き直った。うん、今日の俺は駄目だ。恐らく今の俺はだらしのない顔をしているだろう。彼女の笑顔が見れるなら俺が混乱するぐらい安いものだ。
「あ、そうだ。宿屋をお探しなのですか?」
「ああ、そうなんです。恥ずかしい話ですが、あまり所持金も無いので安い宿屋がないかと思い探していまして…」
「では、うちにいらっしゃいますか?」
「…は?!」
なに?!一体なにが起きた?!うちにこい?討ちに来い?一体何を討てと?魔獣か?あぁ、先に討伐金を稼いでこいってことか?
「私の家も宿屋なんです。妹と二人でやっているので、すごく小さくて寝る場所と朝食ぐらいしか提供できないのですが…」
と、彼女は微笑みながら話す。
「え?!そ、それはとても有り難いのですが…。」
正直有り難いどころの話ではない。…が、残念なことにこれまでの人生はここで舞い上がることを許してくれるほど楽なものではなかった。
確実に裏があると考えるのは仕方がないことだろう。問題はどんな裏があるのか、ということだ。まだ俺が無能者であるとバレたわけではないだろう。もっとも無能者なんぞに利用価値などないわけだが…。
あるとすれば路地裏にでも連れ込まれ身包み剥がされるような事態だが…、彼女からはそういった裏の人間特有の匂いが感じられない。単純に客引きなのか…?
「あ、ごめんなさい。もしもご迷惑なら他の宿屋さんを案内できますよ?」
言い淀んだ俺の返答をどう思ったか、彼女はそう言った。
どうする…?彼女の宿に行くか…?
ならず者たちが待ち構えていたとしても逃げられる程度には鍛えているつもりだ。それに正直彼女を疑いきれない…。これが一目惚れというやつなのだろうか。
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結局俺は彼女に着いて行くことにした。騙されたらその時だ。まあ、未練も特に思い浮かばないからな。むしろそちらの方が楽になれるかもしれないな。
「あの、大丈夫ですか?」
彼女の宿に向かう途中、考え込んでしまった俺を心配したのか彼女が声をかけてきた。
まさか『いっそ死んでしまった方が楽になるか?』などと考えていた、などと言う訳にはいかんな。
ちょうどいい、気になっていた事もあるし聞いてみるか。
「いえ、貴女がどうして俺に声を掛けてきたのかを考えていまして…。俺は見ての通り草臥れた格好ですし、怪しい人と言われても反論出来ない程度には怪しいと思いますよ?」
「まあ、貴方は私が見た目で人を判断するっていいたいのね?」
「いえ!、そういうわけでは…!」
「ふふ、冗談ですよ♪」
クスクスと笑う彼女を見て、胸の中になんともいえない感情が湧き上がってくる。いかんな、どうにも彼女の前では冷静でいられない。それを悪くないと思ってしまう。
「そうですね…。声を掛けたのはたまたまですよ。私の宿屋に誘ったのは…貴方の目を見たからだと思います。」
「目…?」
「はい。なんだかとても疲れているように見えました。暗い、絶望に囚われてしまったような目を、です。」
…ずいぶんとハッキリ言う。
「そんな目をしている人間ならむしろ避けるのが当たり前なのでは?」
「そうですね。でも、ほっとけないって思ってしまったんです。それに…妹に似ていたんです。私の妹も昔……いいえ、少し前まで貴方の様な目をしていました。それに気付いてしまった以上、私に出来ることをしたいと思ってしまったんです。」
「………。」
彼女の言葉から嘘は感じられない。そこに憐憫はあるのだろう。同情もあるのだろう。だがそれ以上にもっと温かいものを感じられた。その温かいものに覚えはない。…いや、10年以上前まではよく感じていた…。
やはり俺は彼女に着いてくるべきではなかったのだろう。彼女と出会ってから忘れていたことを思い出してしまった。久しぶりに感じた、10年前に失ってしまったこれを、そして遅かれ早かれ再び失うであろう現実を……。
「すまないが、俺は…」
「着きましたよ!此処が私の宿屋です!」
そう言って彼女か指し示したのは一軒の家。
彼女と妹の姉妹二人暮らしと考えれば充分過ぎる大きさ。だが宿屋というには狭い、というか普通に個人の家にしか見えない。
「すまない、宿屋と聞いていた気がしていたんだが…?」
「二階の部屋は使っていないので、宿屋として開放しているんです。両親が遺してくれた家なんですが、私達二人で暮らすには大きいので…。」
「いやいや、色々言いたいことはあるが…危険だろう!」
「?」
何故そこで首を傾げる!?
「考えてみろ!姉妹二人暮らしの家に見知らぬ男が転がり込むなど…!」
「大丈夫ですよ。ここは表通りからは外れてますけど、人通りがないわけじゃないです。それに不埒な人は魔法で撃退できますから。」
「……君の魔法は戦闘向きなのか?」
「ふふ、秘密です♪ 貴方は?」
「っ!!……詳細は伏せるが戦闘向けだ…。」
「では、悪い人が出たら頼りにさせてもらいますね♪」
「いや、だからそういうことではなく…」
「ふふ、先程から言葉遣いが砕けてますよ?」
「っ!……くそ、調子が狂う…!」
「そちらのほうがいいです。せっかく一緒に暮らすのですから。」
「いや、俺はまだここに泊まると……っ!」
家の前でお互いに話していると家のドアが開いた。
「…おねぇちゃん……?」
中から姿を見せたのは一人の少女。髪の色は白よりも銀に近く、姉と同じように腰まで伸ばしいる。背低く俺の腰より少し高い程度。だか何より俺の目を惹いたのは、薄い青色の瞳をもつその目だった。
彼女の目を見た瞬間、俺は雷に撃たれたように硬直した。ああ、一目で解る。
彼女は俺の無能者だ。
2話目ですがまだ登場人物の名前が出てないです。次話では出る予定です。お読み頂きありがとうございました!