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千尋編。「早乙女中学校の七不思議」

千尋ちゃん目線です。

 

 あの世とこの世の狭間にある世界を、黄泉(よみ)、と言う。

 亡霊、亡霊の成りかけ、あやかしもの、……そう、そこは僕達怪異の世界。

 漂う空気はあの世。

 現世と同じ、楽しみと浮き立つ心の泡立つ世界。

 


 僕は、黒鵺(くろぬえ) 千尋(ちひろ)

 赤ん坊の頃は黄泉を彷徨っていたんだ。

 

 僕は、人間と怪異の混血。なので僕の心は人間寄り。僕の脆さも人間寄りだったの。

 お化けなのにね。


「怪異、なのに」


「千尋?」

 

 ん?

 兄ぃの声で僕の目が覚める。瞼を開けると、兄ぃが僕を覗き込んで、……って。

「んー、兄ぃ? 今、何時?」

 よくあることなんだけど、僕は兄ぃの布団に潜り込んでそのまま朝を迎えてしまった様子。これを八柳や、紅に見付かれば「はしたない」だの、「怪異の威厳を持ちなさいよ、もー」と突っ付かれることは間違いないわけで。


「寝ててもいいんだぜ。今……、朝の五時」

「兄ぃってば早起き」

 

 土地神さまの騒動から一週間が過ぎ、兄ぃの体調はどんどんよくなった。あ、何時体調を崩したのかって? 人間にされると物凄く体調が崩れるんだ。兄ぃ。

 目まいと、吐き気と、脱力感に襲われるんだって。

 

 今日は兄ぃに与えられた自由時間。兄ぃだって一年間、一月、二十四時間、八咫烏に監視されてるわけじゃないんだよ。今日は兄ぃのフリータイム。


 割烹着に着替えた兄ぃが僕を見てたみたい。

「お前、すげェうなされててさ。……朝食、とってくか?」

「い、いらなーい」

 

 僕は怪異として大人になった。

 多分、見た目は二十歳前後のおねいさん。体付きだって怪異としてちゃんと男を誘惑出来るくらいの魅力も備わってる、らしい。

 大人になった僕は朝日に弱くなっていた。怪異が元気になるのは夜更けだもの。

 

 僕はちゃんと小学生をしてた。中学生、高校も通った。

 ……で、怪異として大人になった僕は仕事に惹かれたのだ。人間は大人になると働き、お金を貰う。兄ぃだって悪霊の相談に乗ったり、祓ったり、滅したりでちゃんとお金を得て暮らしているのだ。


 うん。怪異にもちゃんとお仕事はあるんだよ。

 怪異にもよるけど、鴉天狗の僕のお仕事は人を驚かすこと。……お化けだしね。


 で、僕は早乙女中学校で七不思議の六番目を務めてるのだ。

 内容はこう。

「だァれも居ない図書室で、本を読む紫の瞳のお化けが居る」

 ……これだけ。

 早乙女市の早乙女中学校。結構な(いわ)れがある学校で、僕は生徒を脅かすのも勿論だけど生徒の怪事件の相談も気紛れに受け付けてたりする。


 こんな朝っぱらから学校に出没する七不思議は居ない。


「くああ」

 欠伸を噛み殺して僕は二度寝を始めるのだった。



「おやおや、図書室の鴉天狗さん。何時もお早い貴方が遅刻とは珍しい!!」

 

 寝過ごした。

 九時には学校に来たかったんだけど朝はホントにダメなんだ。中学校はとっくに昼休みの時間にさしかかっていた。


 僕の前の石像(・・)は続ける。

「校門を潜り、下駄箱を履き、可愛い生徒達はわたしの前を通るのです。勿論、わたしはただの像。……先生に隠れて下校しない、夜半に神聖な学園に潜む、そんないたずらっ子の首を狩るのがわたくしの仕事ですので」

 

 オーバーキル。

 この石像は学校を創設した老人の姿を遺している。

 本を読み、豪華な椅子に腰かけているのが何時もの彼だ。

 僕等、七不思議はこの石像を校長先生と呼ぶ。

 彼は七不思議の三番目に数えられている。

 勿論、本当に首を狩ったことは無いらしいのだ。


 ただ、脅かす。夜の学校は危険だから。生徒のことを考えて死ぬほど脅かす。

 首をよこせ、首斬るぞ、彼は亡霊の声で夜の生徒をそうやって叱って、追いかけ回しているのだ。


 ……いい人だって思うんだよね。

 

 七不思議の中には本当に恐怖を追及する外道も居るんだけど、さ。


「僕、……おっと」

 

 僕は何時もの口調で続けようとするけど、紅に教えられた「素敵な怪異」を目指し、口調を変える。


「わたしは図書館に行きます。わたしの姿を一目見ようと生徒が噂しているかも知れないし」

「解りました。下校時間。夜の戸張が降りる時に再び逢いましょう」


「ええ、それじゃあね。校長先生」


 この口調結構疲れるんだけどね。

 僕は廊下を歩き出す。まるで、早乙女中学校の一員になったみたいに。すると、僕の味気ないラフな服装が早乙女中学の指定の制服に変わって行く。

 真っ黒くて、僕の髪もよく映える制服に。

 見た目の歳も変化する。二十歳から、中学生に。 


 僕とすれ違った教師が、

「……あれ、んん? 何年の子だっけな」

 なーんて漏らしてる。


 僕に対する記憶は曖昧。それが七不思議の権利。



「誰も居ないよね?」


「い、何時もは窓際の机にいるらしいよ。真っ黒な髪で、凄く綺麗な紫の瞳のお化け」

「噂よ、噂!」

「で、でも、二組の子がお化けの相談に乗ってくれたって言ってた。七不思議で一番凶悪じゃない感じじゃん。この六番目」


 さァ、みんな大好き! 放課後の時間です。

 僕は正に窓際の机で兄ぃの作ってくれたお弁当をもぐもぐと食べていた。完全な怪異だと食事って要らないらしいんだけど、僕、混血だし。

 

 ……でも、こう目の前で居ない居ないと騒がれるのも可笑しな(はなし)


 多分、彼女達には感性が無い。霊感と言うものだ。僕がまるで視えていないのだ。


「何よ、結局居ないじゃない」

「……暇潰しでしょ。居たら困るわ」

「夜中じゃないと見えないとか?」


 夜中に来るのは絶対にお薦めしない。貴方達の首が飛んじゃうよ? 

 ……仕方ないなァ。

 僕は彼女達の前にぐぐっと身を乗り出した。うん、勿論気付かれない。掌をちょっと向けて息を吹きかける。


「え!?」


 窓も開いていない図書室の中で、


 寒ーーい、黒い羽根を(はら)んだ風が自分達だけに吹き付けて来たら、結構怖いと思うんだけど。

 

 ど、どうかな?


「黒い、羽?」

「ちょ、ちょっと」



「おい、お前等煩いぞ。早く帰れ」


 ここで、生徒指導の先生に見付かって彼女たちはハッと我に返るのだ。そう、黒い羽根なんか何処にも無い。でも、見てしまった。

 彼女達が驚いて、帰る中で僕はちょっと囁くだけでいい。

 

 さァ、僕の練習した演技を見るがいい。


「くすくすくす。今度は夜中に来るのね。身の毛も逆立つ恐ろしいものが見えるわ。ふふ、くっくっくく、あーははははははははは!!」


「ひ、」

「きゃああああああああああああああああああ!!」


「ん、何だ? おい、お前達!?」


 やった。やりきった!

 ……ん、んーと我に返ると結構恥ずかしいものがある。

 演技指導は紅。脚本は八柳。流石に僕口調だと怖がらないからね。

 生徒達にしか聞こえない脅し。きっと先生は何が起こったのか解からない。それでいい。

 

 夜に来ちゃダメだよ。何より、七不思議より怖いものに遭遇することだってあるんだし。僕は血相を変えて逃げる彼女達に手を振った。


 今日脅かした人数は、今のを入れて4人かな。

 順調順調。




 そして、夜が更ける。

 丁度、零時だ。

 

「さァ、わたしの、わたしの時間よおおおおおおお! 肉ゥゥ!!」

 学校中に一際大きな声が響き渡った。僕も声に驚いて肩を震わせてしまうくらいに。


「何時もこの時間になるとお化けは輝きますね。今の声は歌うモナリザ殿でしょう」

 美術室に飾られたモナリザの絵。

 多分、あの(ひと)は暴力と食欲しか持ち合わせていない。僕だって関わりたくない危険極まる怪異だ。実際、歌うモナリザは三人食べてるのだ。


「校長先生石像さん。お疲れ様」

「お疲れお嬢さん。さて、園芸部から草刈り用の鎌を調達に行きますかな」

 彼は椅子に腰かけて、そのまま廊下を進んで行った。……器用だなァ。そして園芸部の備品で首を狩るのは止めて欲しい。生徒が泣くよ?



 僕達、怪異の時間に、お客さんが来たのはその時だった。



 そう、お待ちかねの生徒が来たのだ。


 

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