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日常。vs!! の怪異(後編)

 永い間捜していた。

 俺って、一体何なんだろうな。

 答えを探して生き続けて来た。悪霊を、精霊を、 邪魔になるものなら神さんさえ滅して来た。

 


 俺って、一体何なんだろうな。



「ん」

「千尋!? あらァ、不味いわね。神気が高まって来てる。本気ね神さま」

 見てみると上空の千尋がちょっと表情を曇らせて蒼ざめていた。


「肌が焼けるようだな。これではこの土地の化生の者達は一体も残らず俺達と共に蒸発して消し飛ぶぞ……!!」


「おいおい」

 本気で時間が無い。

 俺は何も感じないが上の三羽の鴉天狗の妖気が一気に弱まって来た。

 妖気。

 妖怪の持つ生命力だと俺はそう解釈している。

「ったく。神さん、アンタの守るべきものの為に必死になるのはよく解るぜ」

 上半身を覆う布を乱暴に剥ぐ。


「鳴神! ちょっと待て!! 上の許可なくそれ(・・)は…、」

「……兄ぃ」

 

「俺にも出来たんだ。守るもの。俺と繋がる、大事なもん」

 それは神さまにも奪わせねェ。


『……んだ。何だ、それは』

 土地神が口を開く。明らかに熱に浮かされたようだった瞳の色が変わった。俺の上半身に刻まれたのは俺が弱くある為(・・・・・)の呪文で真っ黒になった肌。

 黒く、模様のような感じがびっちりと肌に刻まれて見た目は不気味に映るだろう。

 

 この文字を、消す。

 一文字でも消せばこの呪文の効果は消えるから。

「待て! 貴様、素の状態に戻ったら土地神をまた滅してしまうぞ!! ……慈宮(じぐう)大天狗様の許可を得ないと」


 この呪文を俺に刻んでくれたのは他ならぬ慈宮大天狗様。

 俺を監視する怪異の組織のボスだな。

 

「天狗様の小言なら後でたっぷり訊くぜ。術も通じねェ。時間も無ェ。このままじゃ、この神さんは自分の土地の守るべきものも何も解らないままに殺しちまう」

 あんまりだろ。



 その時だった。

 

「ちょ……、何か息苦しくね?」

「ん? あれ。あれ見てよ。何かの撮影? 写メとる?」

 

 能天気な声にふり返ると、公園の横道を通りかかる二人の女が見えた。制服を見るに女子高生か。何で夜明け前のこんな時間に一般人!!?

 俺の焦りをよそにスマホを向ける人間に、大鹿は無差別に無慈悲に角を向けた。

 ばきばきっと嫌な音が響き、角が鋭利な棘のように変化する!!


「ま、」

 待て待て待て!!


「え」

 神さんの殺気を向けられただけでスマホを構えた女子高生が噴水のように血を吐き出した。

「ひ、ひィぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」

「あ、ああ、アツ子ォォ!!?」


 アツ子と呼ばれた子は血を噴き、卒倒する。

 神の圧倒的存在を前に人間の体は軋み、押し潰されるようにひしゃげてしまう。

 祟りと言うか、神気の暴力と言うか。

『災いめ。またさくらを、わたしの守るものを奪いに来たか』

 

 もう、躊躇している暇は無かった。


 唖然と腰を抜かしたもう一人の女子高生に神さんは猛然と剣のような角を向けて突進して――――、


「神さま、ダメ!!」

 千尋が声を上げた。

 

 俺は一瞬で呪文の一字を爪で強引にかき消して大鹿の前に一瞬で回り込むと右の拳を固める。


一文字でも削られれば、呪文は呪文の効力を失う。 

俺の体が元に戻って行く、感覚。解放されて行く体が軽くなる感覚!

 

 正拳突きを繰り出すと土地神さんは口を開き、

「ひゅうううん!!」

 息吹を吐き出した。

 焼けるような痛みと共に拳の表皮が蒸発する。それでも構わない。


「でええええええええい!!」

 

 次の瞬間、硝子を割るような澄み渡った音が辺り一面に響き渡った。

 皮を奪われた右の拳がその神々しい角を粉々に粉砕する!!


『……な!?』

 止まった土地神さんを見ると息を吐いた。

 流石にこの姿の俺を見れば一発で目覚めるだろう。



「ばば、化け物……」

 助けたはずの女子高生は神さんじゃなく、俺に脅えていた。

 

「ま、否定はしねェよ」

 呪文は俺の素の形を閉じ込めて置くものだから、今の俺は化け物だろう。

 

 墨のように真っ黒な体。

 三百cmを越える猫背の曲がった体躯。丸太を思わせる醜い両腕。

 黒い霞を吐き出し、ただ暗闇が人の形を成したもの。



 これが、黒鵺 鳴神。


『……!! わたしは? わたしは、一体何、を?』

 角を砕かれたショックか、素の俺を見ちまったショックか大鹿の土地神の瞳に正気が戻った。

 

 とりあえず、彼女の記憶を消してアツ子って子の体も治さなくちゃな。

 

「兄ぃ」

「……」

 八柳は早速、俺の呪文を刻み直す為に準備をしているようで。紅ちゃんは彼女二人の様子を見たり、鴉天狗の術で体を治癒していたり。

「全く。運のいい人間だわァ。失血は酷いけど何とか生きてるわね」


 千尋がまだ青ざめたまま俺の前に降り立った。

 俺は堪らずそっぽを向いてしまう。

「兄ぃ?」

「千尋。千尋、あまり見るな」

「?」

 困ったように零すと千尋は怒ったように俺の右手を掴まえ、ぎゅっと握り締めて来た。ああ、俺の指しか掴めない小さな(てのひら)だな。……違うか。俺の手が大き過ぎるんだ。この場合。

「……!!」

「何で逃げるの!?」


 そりゃ。

 不気味だろう。醜いだろう。昔は沢山の人間に、怪異に怖がられて忌み嫌われたこの体だ。神さんの暴走を止める為とは言え、出来れば見られたくなかったんだよ。

 力加減を間違えれば今だって千尋の骨を砕いてしまう。


 千尋にはあんまり見られたくない。


『……わたしが殺してしまったのか』

 神さんは不良達の無残な死体を見ると言葉を失って佇んでいた。


「目ェ、覚めたかよ?」

『……お前は、何だ? 災い、いや、そんな生易しい(・・・・)ものじゃないな。わたしの目を覚ましてくれた。霊でも生きもの(・・・・)でも何でも無い。お前は一体』

 

 俺は、何なんだろうな。

 永く生きた今でもそれだけが解からない。


「僕の兄ぃです。自慢のお兄ちゃんです」


『は?』

「へ?」


「違うの?」

 千尋にじーっと見上げられる。


「あ、ああ。違わねェ。俺は黒鵺 鳴神。黒鵺 千尋のお兄ちゃんだ」


 それだけ言うと俺は吹き出してしまった。千尋の今の解答が、俺の探し続けていたものだったかも知れねェ。

 随分と呆気無く見付かったな。



 答え。


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