日常。迷宮入りの怪異(前編)
怪異と人は似てると思う。
何処か魅力的なんだ。惹き付けられるんだ。
怪異に関わっても人に関わっても、どっちもただじゃ済まないところまで。
「怪異に惹かれたら多分、厄介なことしか待って無いがな……」
時刻は午前零時。
草木も寝静まった夜闇の中だ。
俺はとある高校に立ち寄ると、閉ざされた校門から中に忍び込んだ。忍び込むにしても地味によじ登って向こう側に落ちるだけ。「お疲れさん」と声をかけて校門の前を徘徊する警備員の前を素通りである。
勿論、警備員に俺の姿なんか見えて無いけどな。
見付かりたくない時はそれ相応の道具だの術だのを使う。
その紹介はまたの機会に。
偏差値の高い私立の学校だそうで厳重だ。
俺の訊いた情報によると、この学校の生徒が随分な悪戯をしてるんだとか。
怪異寄りの。
「怪異の噂ってのは、ありふれた日常とやらに退屈してる人間を惹き付ける、らしいからな」
「はァ。らしい、か」
俺の言葉に上空の鴉が呟いた。
タダの鴉じゃない。
夜目も利くし、人語を操る。これも化生の術を使ってる鴉天狗、紅ちゃんと同じく俺の監視役の怪異。
「日常ってのは幸せだ。幸福なことだろう?」
何でうんざりなんだって言うんだろう?
名前は八柳。
八柳は俺の続けた言葉に暫く黙っていると、
「そろそろ零時だぞ?」
「午前零時って言うと、ちょっと昔はお前と殺し合いを始める合図だったよな? お前、千尋に情が移ってわりとすぐクビになったけど」
昔は、俺は鴉天狗と縄張りを守る為に毎晩刀を交えたりもしていたのだが。時代も変わればこいつら怪異もちょっと変わるらしい。今は事情が変わって俺を見張ることを重視している。
俺の皮肉の混ざった昔話を訊くと、
「む。雛の成長を見る親鳥の気持ちになってしまったからな」
当時の殺し役は苦く零した。
しかし、お前もそうだろう? と続けられると返せる言葉は無くなってしまう。
千尋を妹として見るのではなく、親の気持ちになってしまうのは何故だろうか。
「で、お前。子供達を説得出来なければ解るよな?」
俺の氷のような言葉に声を失ったのは人間を嫌う鴉の方だった。
※
噂だった。
本当によくある学校の怪談。いわゆる七不思議。
その学校の保健室の前には大きな鏡があるんだが、異次元に繋がってるらしい。鏡の前に立って合言葉を四回繰り返すと鏡の中に引っ張り込まれる。
二度と、元の世界には戻れない。
廊下を歩く警備員二人とすれ違い、俺は早速保健室の鏡を見付けた。
さて、視えない術を解除。
中を覗くと、
「……」
これもタダの鏡ではないと納得する。
まず、俺の姿が映らない。もう術は解いているわけで。それでも鏡は人を映さない。
次の確認。ちょっと力を込め、鏡を割ろうと拳を作り……、
「よっと!!」
殴ったものの、びくともしない。音も出ない。
これは異常である。
「本当に異次元と繋がっているな」
「俺の素の力で殴ったんだけどな」
「素!?」
俺の言葉に肩にのっている八柳の声が裏返った。俺の素の力と言うと、トラックが全速力で突っ込んだ時と同等なんだが。
「それでも割れないとなるとこれは…、」
「待て。ちょっと待て。万が一に普通の鏡だった場合、保健室に大穴を空ける可能性もあったわけで」
「あ」
「あ、じゃない! お前が怪談を創ってしまうところだったぞ!!」
下らない雑談の中、俺は人の音を察知した。
幾ら足音を殺そうと、俺の聴力はやっぱり普通じゃないので。
「二人、か」
俺はそっちに瞳を向けた。