prologue 1
俺と義理の妹に血の繋がりは無い。
俺にあの子を除いて「繋がり」など存在するんだろうか?
存在するわな。
……あの子には沢山のものを貰った。それは俺自身の名前だったり、居場所だったり、仕事だったり、敵だったり、仲間だったりする。
俺の年齢と言うのも意識するようになった。
「っと。ちょっと塩辛いな」
「まァ、何よ。人越者。随分と可愛い格好してるんじゃなァい? まるで人間みたァい」
味噌を溶かしおわったみそ汁の味を見ると、トーンの高い声が聞こえる。
俺の格好? ……割烹着だな。
俺が己の服装をまじまじと見下ろすと、ぶっちゃけ不法侵入者の女は怪しく笑った。今日も窓から忍び込んだに違いねェ。頼むから窓を割って来るのは止めてくれ。
「くく、見た目は三十前の男なのに」
わたくし達と同じ、それこそ百を越える年齢なんだもの。
そんなことを怪しく続けられて思わず苦笑する。そうそう、俺の年齢なんだが、恐らく百は越えてると思うんだよなァ。何しろ桜の開く季節を百二十までは数えていた記憶があるんだが。
……嘘臭ェか?
「はは。俺は人間のつもりだがな。紅ちゃん」
「人間って。ちょっと貴方を人間と言う枠に入れていいのか解からないわァ。普通の生命体じゃ無いもの! ふふ、人越者さん、お次に紅ちゃんって言ったら殺すわよ?」
殺す、なんてこのお嬢さんには何百回と言われたが、実行された覚えは無ェな。
そんな紅ちゃんは俺の目の前の味噌汁の薫りをくんくんと嗅いでいる。
「これ、何のみそ汁?」
「サバ」
「ちょ! これ、千尋も飲むのよ!? 鯖って、高貴なわたくしたちの弱点だわ! 可愛い妹を殺す気!?」
「はは、勿論冗談だ」
「……! !!」
言い忘れたが目の前の屈辱にわなわなと震える紅ちゃんも人間じゃねェ。
鴉天狗と言う、怪異。
褐色の瞳と、灰色のふわふわ髪のモデル顔負けの綺麗な子だ。
日本の怪異のくせに、ゴシックな黒い服を纏っている。……天狗って、サバが苦手なんだなァ。鴉天狗も天狗に分類されるのか大きな謎なんだが。
怪異のくせに人間に見えるのは化生の術って人に化ける術を使っているから、らしい。
「俺が千尋を傷付けるわけねェだろ」
「こ、殺す。本当に殺す!!」
そう。俺は、妖怪、幽霊、物の怪。闇の住人、人外、魔物。一般に怪異と呼ばれる者達を「視」れ、「訊」き、「触」れることが出来るのだ。まァ、それだけなら彼等にとって脅威にはなるまい。
俺の場合、
その存在を完全に消滅させることが出来る。
これは、神羅万象の理のバランスを崩しかねない重大なルール違反なのだとか。怪異達はその危険な俺を組織で監視することにしたのだ。
怪異の組織も、紅ちゃんも、俺の得た繋がりであることには間違いない。
千尋、と言う家族が出来た今、俺は生活するお金が必要になるわけで。この体質を生かして極度の害のある怪異達を説得して無害化する仕事に就いている。新記録は一週間かけて悪霊化した竜神を昇華させ、成仏させたことだ。
大金は得られないが、十分だ。
「ただいまー」
そんな我が家は町一番の古屋敷。玄関の建付けの悪くなった扉を引き、話題の妹の千尋が帰って来た。厨房にひょこっと顔を出すと、
「紅! ……兄ぃにちょっかい出しに来たの? 兄ぃに迷惑かけると僕、怒るからね!」
千尋は見た目、二十歳前後。
真っ白い肌を際立たせる黒髪を揺らし、これまた黒い制服を身に纏った細身で紅ちゃんに歩み寄った。
両のアメジストの色の瞳がきらきらと輝く。
「千尋。また僕口調に戻ってるわよ? ……はァ。レディたるもの美しい口調でいろと言ったのに。ほらほら無表情。もっと表情豊かに! 目が死んだお魚よ?」
「!! む、むゥ」
紅ちゃんは早速、千尋に「素敵な怪異指導」を始めた。
俺の義理の妹・千尋も紅ちゃんと同じ鴉天狗と人間の混血の怪異である。現在はとある小学校で七不思議の一員を担っているとか。子供を驚かせるのが主な役目。帰りは学校に忍び込む子供が寝静まる夜中の10時である。
千尋の場合、化生の術抜きで人間モードだ。
「これじゃ、同じ鴉天狗とは思えないわ」
「ぼ、わたしは半分人間だもの。若いの。年増な紅と一緒にしないでよね」
「年増!?」
「ほらほら。お前等の喧嘩は洒落にならねェだろ。紅ちゃんも喰ってくか?」
「はァ? わたくしが人越者とは言え、貴方の作ったものを…、」
「二人で食べちゃおう」
千尋が真面目に手洗いなどを済ませて紅ちゃんを無視して食べる用意を始めると本人は俯き、蚊の鳴くような声で、
「た、食べる。千尋と一緒に食べる~」
「「……」」
千尋の制服の裾を摘まんでいた。本当にこの子は難儀な性格だな。
訊いてくれるか?
色々と人間にあてはまらない俺と、怖いだけじゃねェ、不気味なだけじゃねェ。怪しくほっとけねェ、怪異の噺達を。
忘れてたぜ。
……得体の知れねェものを人は鵺と呼ぶ。
俺の名前は黒鵺 鳴神。