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blood cross  作者: 独楽
a mind
34/35

-014-



 頭に袋を被せらせ、後ろ手に縛られ身動きができない状態。

 そんな哀れな子牛を乗せた馬車は、ぱっからぱっから駆けていきます。

 拉致られなう……の状態のわたしではありましたが、しかし、いますぐにでも馬車から脱出することは難しくありませんでした。やろうと思えば、大放電するなり、力まかせに手枷を破るなり、いつでも誘拐者の手から逃れることが出来る――。

 けれど、目的はいまや『リシェルさまの秘密を知る奴らの退治』に移り替わっています。今後のためにも、危険因子は排除しておかなくちゃいけない……わたしは決意を拳に握り込みながら、思考策をねりねりしている最中でありました。

 二人組の計画的犯行から、誘拐者さんたちの最小単位が二であると決めつけることはできません。わたしがこうして無傷のまま拉致られていることを鑑みるに、『わたし』になんらかの利用価値を見出している。

 そして、わたしに対抗する武力を備えている――はず。

 相手を一網打尽にするなら、ここは哀れな子牛を装っておいた方が無難です。


「あうあぅ……」


 幸い――かどうかは判断に苦しむところではありますが――そういった振舞いには長けているわたしでした。振舞いっていうか、素なのですが。

 ともあれ。

 馬車の外に聞こえていた喧騒は次第に遠くなり、どうやら大通りを外れて走っているようです。人気のない場所へ向かっている……布地に当たる陽光のあたたかさ……現時刻はお昼を回ったところ……その方角から推察して、恐らくは東に向かっている……っぽい?

 ともすればイーストエンドでしょうか?

 あまり良い予感はしません。まあ、拉致られている手前、良い予感もありませんが。

 昔ほど貧富格差がないにしても、貴族の住まう都市部から外れれば治安は悪くなります。イーストエンド一帯はロンドンにあるスラムのなかでも特別治安が悪く、中でもホワイトチャペル区域あたりは世の吹き溜まりといっても過言ではない程度に荒れた街並みが広がっていたはずです。そこに住む人たちの心も、その街並みと同じように荒みきって――良心的な心は持ち合わせているとは到底思えません。

 乱暴されちゃう可能性、大です。


「まだ着かないのか?」


 と、わたしを見張っている男――いえ、男の子が叫ぶように言いました。

 もちろん、わたしにではありません。御者に向けて投げられた言葉です。


「もう少し……ちょっと、あんた。ちゃんと見張ってなよ。なにをしでかすかわかったもんじゃない――そいつは人間じゃない、怪物なんだからね」

「……わかってる、わかってるよ」


 男の子は語尾を小さく、呟くように言いました。馬の蹄にかき消される重い溜息も、大気を感覚するわたしには聞き取れます。

 誘拐され、ここに至るまでにひとつ発見がありました。

 記憶の片隅にあった聞き覚えのある声――ほんの小一時間ではありましたが、わたしはこの誘拐者と同じ空間、室内に居合せたことがあります。それはリシェルさまがパーティに行く前日の夜、ブラッドさまがわたしの代わりにと用立てた少年――


 名をアラン・ウォーカー。


 声を聞き間違えた、という可能性もあるにはありますが、しかし、わたしの聴力は全身体感覚で感知していますので、それを間違えるというのは水に触れて油と間違えるようなもの――十中八九、九まで彼のものとみて間違いはない。

 ともすれば、合点いくことが多くあります。

 聞いた話ではありますが、アランは数年前から毎朝ア―カード家に張り込んでいたこと。ブラッドさまと仲良くなり――言い方は悪いですが、ブラッドさまを懐柔して――内部情報を探っていた可能性は十二分にあります。

 張り込む理由に、『リシェルさまに好意を抱いている』というのは、言い訳として実に狡猾と言えるでしょう。『好きな人を一目みたいから』――そう言われてしまえば、納得してしまうのが人というものです。人は好意や厚意に対して酷く脆く、善意に疑いを持つことを禁忌としている部分がありますからね。

 スパイとして実に優秀。実に狡猾。

 ア―カード家をスパイしている目的は定かではありませんが……やはり武器商を営むア―カード家ですから、知らないところで恨みを買うことだって少なくないでしょうし、同業から邪険に見られることもあるに違いありません。

 ……ですが、それだと説明できないことがひとつある。


 “なぜわたしを知っているのか”?


 商業妨害やら排除といったことが目的なら、いちメイドでしかないわたしをさらう理由は考えるに薄いです。『完成された人間』を持ち出してきたことに盲目してしまいましたが、数年前からアラン・ウォーカーというスパイを送り込んでいた可能性を無視はできない。

 営利目的では間違いなくない。

 組織的犯行に間違いはありませんが、“わたしがア―カード家にお世話になり始めたこのタイミング”で事を運ばせ、なおかつ“表向き誰も知らないはずのわたしを知っている”というのはすなわち、その組織の大きさを物語っていて――わたしを見つけ掘り出した北極探検隊、膨大な財力でもみ消した素性を探り当てる諜報力を兼ね備えているとすれば、それこそ大企業ですらも不可能な話です。

 ですが……。

 ですがしかし、わたしにはこのふたつをクリアする組織、人物に心当たりがありました。

 百年前から存在し、そしていまも生き続けている『彼女』。

 クリミア戦争後に一部軍内で覇権的な力を得た『彼女』。

 “白衣の天使”と称される『彼女』ならば。


「……あうぅ……」


 底知れない不安に胸を締め付けられる思いでした。

 ぶっちゃけ、あうあう言ってる場合じゃない。

 思った以上にこの問題の根は深そうだ――あうあう、などと思っていると、次第に馬のパカパカが緩やかになり、


「さあ、降りろ」


 女性の声が到着を知らせました。

 わたしに被されていた紙袋はそこで取り払われ、やはりそこにいたのはアラン・ウォーカー。馬車のドアを引く女性のほうは見覚えのない人でした。魔女のようなフードをかぶり、首からさげる禍々しいドクロのアクセが目につきましたが、それより背中に背負っている大きな鎌に目をひかれました。

 まさか市内を走っているときもそれを背負っていたのでしょうか……ロンドン市警はなにをやっているのか。こんな危なそうな人を野放しにするなんて……ちゃんと仕事しろ、と言いたいです。

 わたしは縛られた後ろ手を取られ、手綱を引かれる馬のように馬車から降ろされます。

 降り立つそこは、教会のようでした。

 まるで人々から見捨てられたような……酷く荒れた景観。

 幾何学模様のステンドガラスは砕け落ち、立ち並ぶ長椅子はとこどろころ朽ち崩れ、ガラス片を散りばめるシャンデリア、床には厚いホコリの層が出来上がっています。振り返ってみると、入口にあるはずの大扉は床に倒れ、大きな口を開けていました。

 聖堂内に馬車があるというのは、ちょっとシュールな光景です。

 そうやって周囲を見回していると、アランと目が合いました。


「…………」


 彼はバツ悪そうに目を逸らし、被っているハットで目を隠しました。

 ……まあ、面識があるといっても小一時間足らずですし――別段、わたしも彼と話すことなんてありません。それに、これから彼を――あるいは退治しなくちゃいけない必要があるのですから、そうやって口を噤んでくれるのは色々と好都合であり、むしろ望むところでした。

 その間、例の大鎌背負った女性はといえば、なぜか壁の一部に指をすり当て、なにかを探している風です。

 やがて目当ての物が見つかったのか、石壁に指を差し込むと、横に“引き開け”ました。

 現れた隠し通路――地下へと続く階段。

 わたしは目を見開きます。

 それはなにも秘密基地的なギミックに童心をくすぐられたからではありません。


 頃合いだと思ったのです。


「――えぐっ」


 彼は。

 アランはそんな声をあげて、身体をくの字に。一直線に壁へと吹き飛んでいきます。

 気の毒ですが、生かしておく理由はありません。

 わたしは彼を蹴り飛ばした右足をゆっくりと降ろし、手首を縛っていた脆弱な紐を引きちぎります。彼はドンガラガッシャンと色々なものを巻き込み――その音にはたと振り返る女性。

 その顔は呆気に取られるといいますか、何が起こったのか理解出来ない風でした。

 そして、理解出来ないままの表情で、彼女の頭部はパーンと弾けます。


「さようなら、名前も知らない女の人――」


 彼女を形成していた知的物質が散り、壁に床にと鮮やかなペインティングを描きました。

 体内電気を掛け巡らせ、爆発的瞬発力を得た身体――わたしのパンチが人の頭蓋を砕くのは造作もないことです。勢いありありだったのか、頭部を失った身体は微動だにすることなくその場に立ちぼうけ――やがてビクンと揺れると、ホコリ被った床に倒れました。

 カラン、と鎌が地面を打ち、乾いた金属音が教会内に響きます。

 わたしは手についた髪の毛とか肉とかを振り払い、自分でもわかる冷たい目を隠し通路へと送ります。


「……さあて、悪者を根こそぎ退治しちゃいますか」


 と、そのとき。

 ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえ、わたしはそのほうへと振り返ります。

 瓦礫の中に、人が立っていました。

 ちょっと薄暗い空間に、割れたステンドガラスから注がれる各色の光の中。天井を見上げるように、やや仰け反り気味に立ち上がる彼――アラン・ウォーカー。

 舞うホコリがキラキラと煌き、文字通りダイヤモンドダストのその奥で、彼は赤黒い眼をたゆらせていました。


 ……力加減を間違えた?


 いえ、蹴り飛ばした彼は放物線を描くことなく飛んでいったのですから、人が生きていられるような威力ではなかったはず。それはあらぬ方向へとひしゃげた身体、穿たれた胴から零れる内臓が嫌というほど物語っています。

 どう考えても人間が生きていられる状態ではない。

 けれど、彼は現に生きていて――こうしてわたしの前に立っている――。


「ああ……なるほど」


 糢糊として伸びていた糸が、ここで繋がりました。


「……やっぱり、『彼女』が噛んでいましたか……」


 得も言えない気持ちになってしまいます。

 アランがどういった経緯で“ああなって”しまったのか……それはわたしの知るところではありません。ですが、その痛みは、恐怖は、わたしが一番良く知っていました。



『――■■■■―――ッッッぅう゛■■■、■■■■■!!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――――ッ!!!!!!』



 理解するに余りある絶望。

 それを体現した彼の撒き散らす咆哮は、まるで咽び泣く幼子の声にも聞こえました。

 飢えた獣のような眼がわたしを睨みつけます。

 そして発破。

 瓦礫が跳ねるように宙を舞い、その転瞬アランの顔がわたしの眼前いっぱいに広がります――驚くほどの瞬発力で詰め寄った彼は、わたしの肩に爪を食い込ませ、強引にも押し倒すと即座に首元に噛みついてきました。

 わたしはそれを防ごうともせず、ただされるがまま――


「……いま、楽にしてあげますね」


 覆いかぶさる彼の背中に手を廻し、ぎゅっと抱き締めました。

 強く。それでいて優しく。

 バチ、と。

 小さな雷が彼とわたしを繋ぎ――それを皮きりに、溜めこんでいたすべての電気を放出。

 青白い閃光が幾重もの歪な線を描き、逆立つ彼の毛が、張り詰める彼の筋肉が、細胞すべてが焼けつき、意識が炭と化し、微細な灰となって崩れ落ちるまで――わたしは放電をやめません。


「――――――――――――――――――ッッッ!!!???」


 激しい閃光の中、焼けつく彼の身体は死を抗い、細胞が死に、再生し、また焼け死に、また再生を繰り返す――それは煉獄の痛みでしょう、地獄の苦しみでしょう。

 しかし、わたしは決して彼を逃そうとはしません。

 わたしの抱擁は、リシェルさまほど甘くない。

 これから彼が迎える永劫の孤独を思えば――冷血な鬼にだってなれる。


 わたしは、だって、怪物ですから。


 怪物は痛みに鈍感なのです。




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