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blood cross  作者: 独楽
a mind
33/35

-013-


 ばたーん。


 と、広間から続く厨房の扉を押し開きます。


「――も、申し訳ありませんブラッドさま。わたしもお掃除を――――って、ええっ!?」


 そして眼前に燦然と参上した光景に、わたしは遺憾なく驚愕を体します。

 両腕を万歳させて、大変驚きましたのポーズです。


「おお、早いなラルラウア。ゆっくり浴びていれば良いものを」

「……なんで……?」


 うろたえるわたしに、ブラッドさまは不思議そうな顔をしました。

 その狼狽も――しかし、当然でしょう。

 だって、あれだけ荒らしつくした厨房が、わたしが『しゃわ』ってる十数分の間にピカピカのそれに変わっていたのですから。調理台の上も、床のタイルも、調理器具や皿の一枚もあますことなく、新品同様に磨きあげられている――水垢の存在すら許さない聖域が、そこには広がっていました。


「……どんな魔法を使ったのですか?」

「魔法? 可笑しなことを言う。我は普通に掃除をしただけだが?」

「ふ、普通って……」


 流石ブラッドさま……としか言いようがありませんでした。

 ちょっと女子力高過ぎです。


「そんなことよりラルラウア――」


 と。

 ブラッドさまは話題を変えます。


「散った小麦粉を掃除したはいいが、肝心要の小麦粉が尽きてしまった。いくら厨房が綺麗になったところで、これではブレッドを焼くこともできん」

「ご、ごめんなさい……」

「む? なぜ貴様が謝るのだ」


 心底不思議そうに言われてしまいました。

 ブラッドさまは、袋が爆発した原因がわたしにあると思ってないのです。きっと、『なぜだか知らんが、小麦粉の袋は稀に爆発するものらしい』……くらいにしか。


「ともあれ、街に出る必要ができた。我はこれから小麦粉を買いにゆく。一時ではあるが屋敷を空けることになる――すまんが、留守を頼むぞ」

「……あ、あのっ!」


 そこでわたしは何を思ったのか、とんでもないことを口にしてしまいます。

 お外は怖いところです。知らない人たちが――わたしと違う存在が――多くいて、外出なんて以ての外。屋敷の外の世界は、わたしにとって極力避けたい場所なのです。

 けれど、自分の不始末をいつまでもブラッドさまに投げ続けるのは、さすがに限界でした。申し訳ないという気持ち、そしていつまでも嫌なことから逃げていてはいけない、という気持ちがわたしを駆り立てたのです。



「お買いもの……わたしに行かせて貰えませんかっ!?」



 ……言ってしまいました。

 もう後には引けません。

 漠然とした不安に押しつぶされそうになりましたが……しかし、後悔はありませんでした。むしろ、ちょっぴりですが勇気を持てた自分が誇らしくありました。

 わたしことラルラウア、初めてのおつかいです。

 失敗するかもしれません。

 上手く出来ないかもしれません。

 けれど、やっと奮えた勇気をここで引っ込めたら、もう二度と持てないような――……そんな気がしました。決心する時がきたのです。


「……大丈夫、きっとできる。小麦粉を買いに行くだけだもん。大丈夫」


 おつかいという大冒険の身支度を終えたわたしは、お屋敷の門前で小さく鼓舞を打ちます。 

 そうして、わたしはお屋敷の門を出、

 外の世界への一歩を踏み出したのでした――。


 と。


 ここまでが回想となります。


 で。


 ここからが現在――つまり、いまのわたしのお話となります。

 踏み出したまではよかったのですよ。

 そしたらいきなり目の前が真っ暗になって――たぶん紙袋か、それっぽいのを被せられたのでしょうね。手際よく手を後ろに縛られて、担がれる感覚の後に、わたしは何かに乗せられました。

 パカパカと地面を蹴る音と、お尻を叩く振動から馬車だと推察します。


「大人しくしてろ、さもなきゃ命はないぞ」


 なんて、耳元で囁かれてしまいます。

 あうう……。

 やはりお外は恐ろしいところでした。魑魅魍魎が跋扈しています。

 けれど、ここまで現実味を伴わない脅し文句もなかなかありません。だって、死体の寄せ集めであるわたしに、「命はないぞ」って脅されても、そもそもの命がないのですからね。

 心境的に言えば、死でも生でもない存在になにを言ってるのやら、です。

 しかし、


 ……うーん。


 こういう場合って、どうするべきなのでしょう?

 もはや語るまでもなく誘拐されているわたし……監禁とか拘束とかは馴れっこなので、不安に駆られたり焦るようなこともありませんが……リシェルさまのお屋敷に帰れなくなるのは嫌です。

 嫌なら嫌とはっきり言えばいいのでしょうけれども、


「あぅ……あうぅ……」


 情けない口からはうめき声しか洩れません。

 目隠しをされてても、そこに知らない誰かがいると思うだけで緊張してしまうのです。

 ドナドナの運ばれていく子牛も――あるいは、こんな気持ちだったのかも。

 しかし、抱く悲壮感は同じでも、いたいけな子牛ほど無力ではない――わたし閉ざす口の代わりに、“感覚域を広げて”誘拐者を感知するよう努めます。幸いと、揺れる馬車の振動に満ちた馬車内という閉鎖された空間は、同じように揺れる空気を感覚するのに適していました。

 えこーろけーしょん、と言うのでしょうか?

 コウモリの超音波みたいなものです。これは子牛にはちょっと難しい芸当です。


 ……んー……。


 どうやら誘拐者は二人のようです。

 わたしを見張る役と、馬の手綱を引く御者。

 御者も誘拐者の仲間と見て間違いはないでしょう。じゃなかったら色々と面倒が過ぎますし……


「……『完成された人間』、か……」


 ――えっ?

 誘拐者の口からぽつりと零されたその言葉に、わたしの心臓が大きく跳ねました。

 なぜそれを知っているのか――その存在はヘルシングと一緒に消え去ったはずです。リシェルさまと出会ったあの夜に、ブラッドさまの闇に呑み込まれ、彼の死体とともに消滅したはずなのです――表向きは。

 そう。

 表向きには“人体実験による不慮の事故でヘルシングは命を落とし”、“『ヴィクター・フランケンシュタインの怪物』は彼とは無関係に消えた”はずなのです。これはリシェルさまがア―カード家の権威を奮い、言い方は悪いですがお金にものを言わせて操作してくれた情報なので、まず間違いはありません。

 なのにどうして?

 否。

 答えなんてひとつしかありません。

 奔る戦慄に、服の下で嫌な汗がにじみます。

 つまり。

 だからつまり、この誘拐者らは裏の事実――わたしという存在を知っていて――誘拐された場所からもわかるように、ア―カード家に居座っていることも調べ尽くされていた……ということに他ならない。


「…………」


 心が冷たくなっていくのがわかりました。

 わたしの感覚網を掻い潜り、ブラッドさまにも感知されずことを行うとは見上げたものです。

 鑑みるにその手腕は名探偵か――もしくはストーキングのプロ。

 リシェルさまに八つ当たりされて、顔面に受けたエポワスの超絶的な臭さからブラッドさまの鼻が利かなかった、という可能性もありますが……しかし自分の知らないところで、自分を調べられているというのは、気持ちの良いものではありません。ぞっとします。

 ……というか。

 わたしのことなんて、それこそどうでもいいのです。

 ただ、わたしを知る誘拐者らが、リシェルさまとブラッドさまの秘密を知ってしまう――あるいはすでに知っている――それが恐ろしい。

 邪悪な存在とされるヴァンパイアです。

 古来から異物を排他的に扱う風潮のある欧州では、同じ人間であっても“違う”と看做されてしまえば邪険に扱われ、あるいは奴隷として扱われ、もしくは魔女狩りのように理不尽にも断罪……つまり処刑の対象にされてしまいかねません。

 不死の怪物であるわたしと同じように――世界から敵視されるのです。

 だから秘密を知られてしまえば、二人の生活が崩壊してしまうのは想像するに容易く……いくらブラッドさまの力が存外のそれであっても、世界を相手に勝ち目などあるはずがない。たとえ勝てたとしても、二人の生活は間違いなく破滅的な変化を迎えることになる――。

 現状、その懸念はどうしたって拭いきれません。

 いったいどこまでストーキングされているのか…………あれ?


 ……ストーキング?


 なんでしょう。

 いま、記憶の琴線になにかが掠りました。


 ……そういえば、この声……。

 どこかで聞いたことがあるような……?




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