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blood cross  作者: 独楽
a mind
22/35

-003-


 正直な話。

 ア―カード家の執事さんから受けた、リシェルさんが気に入るであろうドレスの見繕い。

 それに関して俺は、とっておきのドレスを選ぶのに迷いがあった。


 なんつーか……。

 こんなことを言うと、まるで俺が器の小さいやつみたいに聞こえるかもしれないけれど――……いや、実際に小さいのだろう。俺が見繕ったドレスをリシェルさんが着てくれるのは嬉しい。気に入って笑ってくれるなら、それ以上言うことなんてない。冥利に尽きるってもんだ。

 けど、その笑顔は俺には届かない。

 俺が執事さんに渡して、紳士さんがリシェルさんに渡して、返ってくる天使のような笑顔は――だから、執事さんに送られることになる。喜ぶ顔も、礼の言葉も。

 予想するまでもない、当然の成り行きとして。


 彼女の笑顔の先に俺はいない。

 彼女の言葉は俺まで届かない。


 ……そりゃあ、執事さんは礼を言ってくれるだろうさ。

 けど、俺が欲しいのは彼の言葉なんかじゃない。

 これについては、俺のことを忌憚なく器の小さなやつだと思ってくれて構わない。女々しいやつだと蔑んでもらって大いに結構。けれど、胸にくすぶるこの想いは、どう取り繕ったって否定できそうにないのだ――少なくとも、俺は。

 ガキくせえって笑ってくれ。

 でも、年頃の恋する少年少女なら、こんな気持ちを、ちょっとは共感してくれるんじゃないだろうか。


 好きな人に振り向いてほしい。

 好きな人に認めてもらいたい。


 身分ってやつを、踏まえた上でも。

 それを譲る気持ちを持つってことは、なかなかに難しい。


「……あー……」


 そういうわけで、俺はいま売り物のドレスとにらめっこをしている。

 執事さんにドレスを頼まれた、その同日の午後。

 陽が傾く前に粗方の仕事を終えた俺は、ロンドンストリートの服屋に足を運んでいた。

 ポケットには今日のアガリのお金と、執事さんから別に渡されたドレス代が入っている。俺の月の収入より遥かに高額――服一着に、こんな大金をさらっと出せるんだから、やっぱ金持ちってのは次元が違う。


「……どうすっかなぁ……」


 悩み始めて、かれこれ二時間くらい経つ。

 太陽はすでに地平線に落ちて、店の外は薄暗くなっていた。


「……なあ、ボウズ。真剣に悩んでるとこ悪いんだが、そろそろ店仕舞いだ」


 怪訝そうにこちらを見ていた店主が言った。

 うだうだと悩む俺に腹が煮え切ったのか、声には不機嫌が含まれている。……まあ、あんたにとっちゃあ、どうでもいいことかもしれないけどさ……俺にとっちゃあ、滅茶苦茶悩む案件だったりするんだよ。

 ちくしょう。

 そう悪態のひとつもつきたい気持ちだったけど、店主に罪があるわけでもなし。

 結局、俺は良心に従って、素直に彼女が気に入るであろう、俺のとっておきの一着を購入して店を後にした。


「うわ……。もう真っ暗じゃん」


 表に出ると、街はすっかりと夜に浸かっていた。

 何気なく空を見上げる。

 広がる真っ暗な空には、幸せそうに月が浮かんでいた。


「…………」


 なんとなく、見呆けてしまう。

 俺は月が好きだ。どこか孤独で、どこか寂しそうで……それでいて優しく包み込んでくれそうな……そんなところがリシェルさんに似てるから。


「……だっせぇなあ……」


 なんて。

 センチな気分なんてもんは、俺には似合わない。

 纏わりつく残滓を首を振って払拭する。

 小さいなら小さいなりに出来ることだってあるだろ、星みたいに。

 そう自分に言い聞かせて、俺は街に目を戻す。ロンドンの昼の賑わいからは遠く――けれど、ストリートには未だ多くの人が行き交っていた。帰路についている人が多い中で、ここでもやっぱり働いている人たちが多くいる。

 たとえば、あそこにいるハシゴを使って街頭をいじくってる『ランプ点灯屋』とか。

 点灯屋が街頭にガスを灯さなければ、いくらロンドンが大都市だと言っても、道はやっぱり薄暗い。小さいことかもしれないが、こういう裏方を担う奴がいるおかげで、社会ってのは円滑に回ってる。

 ま、これもローザおばさんの請売りなんだけど。


「点灯屋が忙しくなる時間だな――……ん?」


 火のない街頭を見上げていると、その奥に変なモノがいることに気がついた。

 なんだありゃ、と首をかしげる。


「……もの……っていうか」


 鳥……か?

 街頭の奥――ずらりと並ぶ店のひとつ。

 その屋根の上に、カラスにしてはちょっと大きい――フクロウにしては姿がスタイリッシュ過ぎる、見たことのない黒い鳥のような生き物が、俺のほうをじっと見つめていた。

 別段、野鳥が珍しいってわけでもない。

 ただ異様だったのが、その生き物が燃えるような真っ赤な目を持っていること。そして身体には霧のようなモヤが纏わりつき、陽炎のようにゆらゆらと揺れていることだった。

 錯覚だろうか?

 疲れてんのかな……と、おもむろに目蓋をこする。

 すると、次に見たときには、まるで何もなかったかのように消えていた。


「…………おいおい」


 幽霊?

 まさか、幽霊か?

 いやいや、このイギリスで幽霊っていったら、薄幸の美女と相場が決まってる。あんな発酵して腐りかけたような鳥の幽霊なんて需要ねーし、それこそ誰も望んでない。


「……確実に疲れてんな、俺……」

「疲れたときには、チョコレートが利くらしいぞ」

「うわっ!?」


 背後からの声に、俺は思わず飛び跳ねた。

 振り向くと、そこには紅い眼を光らせる紳士――リシェルさんに仕える執事さんがいた。


「お、驚かすなよ執事さん。ていうか、いつからそこに?」

「無論。いまだ」


 ……いや、意味わかんねえし。答えになってない。

 俺は驚きと嘆息に肩をがっくりと落とす。


「実はだなアラン。面倒なことになった」

「面倒?」


 そこで気がついたが、執事さんの鼻が真っ赤に染まっていた。

 彼の肌は血色悪そうに蒼白としたものなので、こういった変化は少しどころじゃなく目立つ。トナカイにしては季節が早い――またリシェルさんにガーリックでも突っ込まれたのかな、と思うには思うが、それをわざわざ訊くのはやっぱり野暮ってやつだろう。

 どうしたんだい、と俺が尋ねると執事さんはため息の後、こう言った。


「先に訊いておきたい。アラン、貴様はリシェルのことをどう思っている?」

「…………は?」


 意表を突かれた質問に、俺は軽く目を見張る。


「い、いきなりなんだよ執事さん。そんな真面目顔で訊かれると困るぜ……」


 確信をついてくるそれを流そうとしたが、「どう思っているか、と我が訊いているのだ」と、すんげー凄まれた。

 ……いや、怖ぇって。

 俺は気押されるままに口を開く。


「そりゃあ、訊くまでもねえ話ってもんだろ、執事さん。なにより、俺のリシェルさんへの想いは、他ならぬあんたが一番よく知ってるはずじゃねえか」

「……それは恋愛感情というものか?」

「…………」


 俺が眉をひそめると、執事さんは当惑したように言う。


「ぬ? 恋愛感情とは違うのか?」

「…………」

「どうした?」

「……ああ」


 俺はしぶしぶ頷いた。

 ……いや、このとき突きつけられた気がしたんだ。

 俺のリシェルさんへの想いは、恋愛感情っていうか、崇拝や信仰に近い。

 遠い存在だとちゃんと認識していて、願い叶う類のものじゃないって理解してる。


「……なんていうかさ、たぶん……俺のリシェルさんへの想いってのは、月を見てるようなもんなんだよな……」

「ふむ?」

「綺麗だなーって見て惚れて憧れたりはするけど、実際に触れようとは思わない。……いや、思えないんだ。実際触れようと手を伸ばしたら、届かない距離だってわかって、がっかりするだろ?」


 叶わないから夢を見れる。

 届かないから恋心を抱ける。

 最初から無理だってわかってるなら、傷つくこともない。

 開いてみりゃあ、まったくチンケな理屈だ。


「そんな具合に、俺にとってのリシェルさんは、月みたいなもんなんだよ。眩し過ぎて……でか過ぎて……遠すぎて……所詮、俺にゃあ手の届かない人なんだ。だったら、最初から望まないで、遠くから眺めてるだけのほうが、俺にはお似合いだ」


 言い終えて、俺は強がって笑ってみせる。

 すると、執事さんはこう言ったもんだ。


「……アラン、貴様はなにを言ってるのだ? リシェルは月ではないぞ?」

「…………」


 ……うん。

 いや、まあ、そうだけどさ。

 俺だって別に執事さんに理解されたいとは思わない。

 もしかしたら、これは執事さんなりの激励だったのかもしれないけれど……それでも彼の言葉を受け取るには、俺に自負の心が足りなさ過ぎた。

 もともとこの話題に乗り気じゃなかった俺は、これで打ち切るつもりだったのだが――しかし、執事さんはこれで良しとはしてくれなかった。


「では、貴様はリシェルに対して、それほど強い想いを持っていなかった、ということなのだな?」

「……あ?」


 思わずにらみつけてしまった。

 けれど……この一点については、確実に執事さんが悪い。

 怒りを含んだ視線を送るが、執事さんは気にも留めず続ける。


「つまり、他の人間がリシェルに言い寄っても、貴様はそれを良しとする――と」

「ふざけんなっ! そんなの良いわけねーだろ! リシェルさんは誰のものでもねえ、俺たちのもんだッ! 誰なんだよ、その言い寄るやつってのは。俺がぶっ飛ばしてやる!」


 俺がそう即答すると、執事さんは我が意を得たりと頷く。

 リシェルさんに勝手な想いを押しつけてるだけ――ってのは自分でも理解しているが……だけど、これは折り合い付けれるような話じゃない。一瞬で頭に血が昇ってしまった俺は、誰だか知らねー俺のお月さまを奪おうとするやつに、鼻息を荒げた。

 そんな俺を見て、執事さんは小さく笑う。


「やはり貴様は“いい男”だ。アラン」


 そう言って燕尾服をバッと闇夜にたゆらせ、


「とにかく、屋敷に来てほしい――詳しくは、着いてから話す」



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