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blood cross  作者: 独楽
a heart
17/35

epilogue


 我は夜の王。


 名をブラッド・コール・ヴァレンタイン。


 我はヴァンパイアである。


 人間の血を啜り、怪力無双、変幻自在――鼠、梟、蝙蝠、蛾、狐、狼などを束ね、陰故に影が無く、下賤な俗世を写す鏡の類いには映らない。

 我は世の夜を統べる高貴なる存在――


 ……で、あるはずなのだが……。


「ご、ごめんなさい! わ、わたし、お料理ってしたことがなくて……お鍋が焦げ付いちゃいました……」

「謝らずともよい。幸いと鍋はまだある。しかし、少し火の加減が強いようだな。それにリシェルは人参が苦手だ。こんな風にスープに入れようものなら激怒するに違いない。これは抜いたほうがよいぞ」


 ……なぜ我がラルラウアに料理を教えているのか。


「きゃあっ! ご、ごめんなさい! わ、わたし、お掃除ってしたことがなくて……花瓶、割れちゃいました……」

「謝らずともよい。形ある物、いずれは壊れる定めにある。それが早いか遅いかの違いでしか無い。どけ、ラルラウア。破片を踏んでは大変だ。これは我が片付ける」


 ……なぜ我がラルラウアに掃除を教えているのか。


「はわっ……はわわわわ……っ!」

「どうした?」

「お、お洗濯していたら、リシェルさまのドレスが……ドレスが破れてしまいました……」

「……これはいかんな。リシェルが一番気に入っている物だ」

「あうぅ……どうしよう……わたしったら本当になに一つ満足にできない……」

「ふむ。しかし、この程度なら直せる。ラルラウア、針と糸を持ってこい。我の部屋の引き出しの中だ」

「は、はいっ!」


 ……なぜ我がラルラウアに裁縫を教えているのか。


「ねえ、ふざけないでブラッド。このドレスは私の一番のお気に入りだって、もちろん知っているわよね?」

「無論だが……しかし……」

「黙りなさい」

「……形ある物、いずれは……」

「黙りなさい、と私が言っているわ。ついでに鼻を出しなさい。罰として、思い切りピクルスを突っ込んであげる」


 ……なぜ我がラルラウアの代わりに怒られているのか……。

 それを話せば長いのだが……簡潔に言うと、行く宛のないラルラウアは、リシェルの采配によりメイドとしてア―カード家に仕えるようになった。家族が増えたことに喜ぶリシェルではあったが、そんなもの我にとってはどうでもいい話である。

 しかし、他ならぬ主君の意向とあらば、鼻を差し出しても口を出す道理はない。

 そんな主君は――


「……これは……なんて言うか……ずいぶんと派手にやらかしたものね」


 と。

 流石のリシェルも呆れを通り越したのだろう。関心するように言った。

 その視線の先には厨房――我が今朝方、隅々まで掃除したはずの厨房が、いまは真っ白い粉に一面を犯されている。


「ごっ、ごめんなさいっ!」


 ラルラウアは泣きそうな顔を下げ、


「……せめて昼食くらいは、と思ってパンを焼こうとしたのですが……なんか、小麦粉の袋が爆発しちゃって……」


 ふむ。

 なるほど。

 しかし、この世に爆発する小麦粉の袋というものが存在するのだろうか?

 幸いとまだ拝んだことはないが……なんと奇怪な。

 リシェルは、必死と平謝りを繰り返すラルラウアの肩に手を乗せ、


「そんなに謝らなくたっていいわ。あなたは私のためにパンを焼いてくれようとした――ちょっと失敗しちゃったみたいだけど、その気持ちがなによりも嬉しい。ありがとね、ラルラウア」

「……リシェルさま……」


 やわらかく微笑むリシェル。

 母御譲りの慈愛に打たれ、溢れた心がラルラウアの頬を伝う。

 それは心なきヴァンパイアの我には到底わからぬものだ。

 ……だが、

 ……これはなんとなくだが……胸の奥にあたたかいものを感じずにはいられない。

 ラルラウアはまだ成りたての、右も左もわからぬ赤子も同然だ。しかし、誰かのためになにかをしてやろう、という想いは、成熟した人間のそれとは比べ物にならぬほど純粋に映る。

 またひとつ見届ける楽しみが出来たな……と、我は鼻を鳴らした。


「けれど、まあ……この惨状を放置しておくわけにはいかないわよね」


 と、そこでなぜかリシェルは、我のほうへと向き直り、


「あとはお願いね。ブラッド」


 …………む?




 *




 我は夜の王。


 名をブラッド・コール・ヴァレンタイン。


 好むものは血。

 嫌うものはガーリックとピクルス。


 いまは右手にモップ、左手にバケツ。コックよろしくエプロンを羽織り、頭に胴長のコック帽子を被って、いかにも使用人の風体で厨房の掃除をしているが……


 我は世の夜を統べる高貴なる存在。


 我はヴァンパイアである。



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