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blood cross  作者: 独楽
a heart
12/35

-010-


 しかし、その目論見は意外な形で終わりを迎える。

 膨大電流と機械音が入り混じり、私の思想したそれらは煙をあげて発火した。

 オレンジ色に燃えさかるプラズマの輝きが、雑然とした室内に彩りを加える。爆光に眼を眩ませながらも、私は彼女らに繋がれた機器を乱暴に取り払った。

 実験の失敗を知らせる肉の焼けついた臭いが鼻をつく。

 鮮やかな極彩色の光が潰えた後に現れたのは、燻り炭のように焼けゆく肉塊――リシェル・ア―カードの姿。

 それは健常体を保とうと体組織を蠢かせ、早くも修復に取りかかり始める――まるで神が定めた摂理を冒涜するかのように。一方の怪物――『完成された人間』は、焦げ跡ひとつ残すことなく、飄々とした鉄皮面の瞼を開け広げ、天井をうろんに見つめていた。


「……ヘルシング……実験は、成功したのですか?」


 薄い眼球を動かし、冷たく、感情の無い声が訊いてきた。

 私は落胆のままにかぶりを振る。

 失敗したのか――実のところ、私にもそれはわからなかった。

 なぜなら、『不死の血』をリシェルに移したその瞬間に、なんの突拍子もなく彼女の身体が、内側から焼けるように発火し始めたからだ。


「私にもわからん……」


 肉の焼ける臭いが鼻を突く。

 だが、どういうわけか煙は上がらず――包んでいた炎が収まると、リシェルの身体はまるで灰のように真っ白になっていた。見立て、触れれば即座に崩れ落ちてしまいそうなほど脆く、触れることを憚られたが……しかし、そっと指を撫でてみると、驚くべきことに焼け爛れ、灰に覆われた皮膚の奥では、筋繊維が既に再生を始めていた。

 信じられない生命力――もとい、再生能力。

 とても人間のそれとは思えない。

 ……だが、

 ……だとしたら、なぜ?

 『完成された人間』と同等か、それ以上の能力を持ちながら、なぜリシェル・ア―カードは『不死』の記録を落とし込むことなく、青天の霹靂とも言っていい発火現象に至ったのか……そもそも、どういった理屈で発火したのか……すべてが判然とせず、理解に苦しむばかりだ。

 やがて私はうながれるように頭を垂れ、目蓋に指を置いた。


「わたしには……原因がわかる気がします」


 ぽつり、と。

 ベッドに寝そべったままの怪物が口を開く。


「ヘルシングには、彼女とわたしが同類に見えるかもしれませんが、けれど、同一ではありません」

「どういう意味だ?」


 私は眉を寄せて問う。


「わたしは彼女ほど“野蛮”な力は持っていません……ある意味では、ですけれどね。たしかに、共通する要素は幾つかあります。けれど、それもやっぱり“ある意味では”、でしかなくて。どんな傷を、どんな致命傷を負っても、瞬く間に治癒する能力を備えていても、それはたとえ普通の人間であっても同じことで……言い換えれば、速度が遅いだけで、ヘルシングだって致命傷を癒す力を持っているはずです」

「……きみの言いたいことが……よく、わからない……」


 わからないほうが幸せです。

 私の不理解をよそに、『完成された人間』は尚も語る。


「その理屈を辿ると、あるいは、わたしはあなたと同類かもしれませんが……けれど、わたしはやっぱり、わたしでしかありません。そういう風に、造られましたから」


 ヘルシング――と、擦れた声が私を呼ぶ。


「あなたは死にたいと思ったことがありますか?」


 私には、その問いの意味が理解出来ない。


「死にたいと、切に望んだことがありますか?」


 当然あるにはある。

 人間として生きていれば、それこそ、誰にだって。

 ……だが、私には理解出来ない。

 否。

 それを理解しているからこそ、人は死を望むのであって、それでも生きるのであって、こうも無様に狂気に人を殺め、自らがどこまでも恣意的に渇望する“ひとつの感情”によって、人間というものは、果てない深淵の淵まで、絶望に暮れることができる。

 しかし、これは私の言葉であって、

 人間の言葉であって、

 彼女の――『不死』の言葉ではない。

 限りある生に、人間という生に繕われた社会枠から外れた彼女の言葉は、それこそ人間である私が簡単に理解していい領域を遥かに凌駕している。頭で理解していても、理解してはいけないのだ。

 人は感情と環境によって、良くも悪くも揺れ動く。

 だが、それらが固定されてしまえば、たしかに人とは言えないだろう。

 そして、癒えないだろう。


 『完成』――という、『固定』を得てしまった存在なら。


 決して。


「……わたしは、彼女に手厚く否定されちゃったみたいですね。もしかしたら、悲しませちゃったかもしれない……ごめんなさい。ヘルシングも、ごめんなさい」 


 私は言葉を失った。

 さらに次の瞬間、それとはまた違う意味で絶句する。

 だしぬけに人影が“壁からすり抜けて出てきて”――私はあまりのことにその場に棒立ちになった。

 燕尾服を着た紳士がそこにいた。

 その慄然とした風貌は、紛れもなくリシェルの屋敷で見た執事であり、私は混乱するとともに大きく狼狽する自分を理解する。



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