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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
三章
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破門

「それはならん」

 天狗様はきっぱりと言いました。

 夜が明けて、私は天狗様の住む山までゆきました。その日は昨日にもまして寒く、天狗様の腰の容体が悪かったためです。

 私が山に付いた時、天狗様は私を待っていたかのように迎え入れました。

 そして、私が人間の村へもう一度行くということを伝えると、私が二度と人間の村に行かないと言ったことに触れました。

 しかし、私は行かねばなりません。行かねばならないのです。

 私は頭を下げて、もう一度行かねばならぬことを伝えました。

「何故人間の村へ行くのか。申してみよ」

 私は言葉に詰まります。それを説明するには、私があの屋敷で暮らしている間に何を見て、何を感じたのかを言わなければなりません。しかし、私は一度天狗様に嘘をついているのです。

 人間は最低な生き物なのです。

 私は天狗様にそう言いました。

 世話になった人間が倒れた。その孫娘が訪ねてきて一緒に来てほしいと行っている。だから、人間の村へ行くのだ。などと言えるはずもありません。

 押し黙る私を見て、天狗様はため息をつきました。

「お前は変わらんな」

 そして、呆れた様に呟いたのでした。

 私は変わっていないのでしょうか。あの日、あの屋敷で、おじいさんに捕まり、おばあさんにお茶菓子をもらい、そして鈴と出会いました。

 あれから私は自分が妖怪でなくなってしまったかのような、自分が違うものへと変容していくような気分になりました。

 私はまだ妖怪のままでしょうか。何も変わってないのでしょうか。

 何も変わらずに、何も知らずに、何もわからずに、私はこのまま変わらずにいるのでしょうか。

「もうよい」

 天狗様の声に私は顔をあげました。そして、自分が恐らくひどい表情をしていたであろうことがわかりした。

「お前は破門だ。二度とこの森に近づくな」

 天狗様が吐き捨てるようにいいます。

 それから、天狗様は何を言っても取り合ってくれず、私はとぼとぼと家へ戻ったのでした。

 どうしたものか。

 私はこの世の中のどこにも居場所が無いような、全てから捨てられたような気持になるのでした。

 事実、私はこの森に辿り着いて、初めて居場所を得たのです。ですから、この森に居られなくなれば、もう私の居場所はありません。

 同時に、もはや私を縛るものは何も無いような、自由を手に入れたような気分になりました。

「そうか。遂に破門されたか」

 河童は笑いました。

 他人事だと思って、暢気なものです。

「まあ、どうしようもなくなったら言え。こっそり助けてやろう。なに、俺くらいになれば天狗様の目を欺くことくらい容易いものだ」

 そして私は河童と別れ、鈴と共にあの屋敷へと向かったのでした。


 おじいさんは見る影もなく弱っていました。

 かつて私を怒鳴り、馬車馬のように働かせたおじいさんはもういません。

「何故貴様がいるのだ」

 おじいさんは私を見て、寝床に倒れたまま言いました。

 しかし、その言葉には以前のような力がありません。

 私はただただおじいさんを見ることしかできませんでした。何も言えないのでした。

 勝手に逃げ出したことを謝るべきなのでしょう。のこのこと戻ってきたことを謝るべきなのでしょう。

 しかし、私にはそれを言葉にすることができませんでした。喉の奥から溢れだしそうな言葉が、あまりにも多くの言葉が。それぞれが複雑に絡まり、私の喉からは一つの言葉もこぼれないのでした。

「そうか。鈴が連れてきたのか」

 おじいさんは私の隣にいる鈴を見て、言いました。

「急にいなくなったと思ったが、こいつを探しに行っていたのか。あまり危ないことはするんじゃない」

 おじいさんは鈴の頭を撫で、鈴は小さく頷くのです。

「それで、お前はのこのこと戻ってきたわけか」

 再び私の方を向き、ジロリと私を睨みました。

 私はビクリとからだを震わせて、またしても喉に引っかかった言葉を出せないのです。

「まあ、いい。戻ってきたからには、残っている仕事をやっていけ」

 おじいさんはニヤりと笑います。

 私は言葉の代わりに、何度も頷くのでした。

「頼んだぞ」

 そう言うと、おじいさんは眠りました。

「もう、あんまり長いこと起きている体力もないみたいでしてねえ」

 おばあさんが寂しそうな顔で呟きます。

 あんなに元気そうだったおじいさんがここまで弱々しくなっている姿は、私には信じられませんでした。

「あなたがいなくなってから、この人ったらずっと、あいつはどこに行ったんだってうるさくてねえ。お医者様に止められているのに、探しに行くなんて言い出したりして大変だったんですよ。随分とあなたのことを気に入っていたようで」

 おばあさんはニコニコと、まるで自慢するように語りました。

 私はおじいさんが怒っているものだと思っていましたから、のこのこと戻れば殺されるのではないかと考えていました。しかし、おじいさんは私を探そうとしていたのです。

 そして恐らく、鈴が私を探しに来たのはおじいさんの代わりだったのでしょう。あの小さい体で、おじいさんのために。

「ここまで来て疲れたでしょう。以前使っていた部屋がまだ空いてますから、休んでください」

 おばあさんが立ち上がって言いましたが、私は首を横に振りました。

 私にはやることがあるのです。

 バケツを引っ張り出して、水を汲み、床を磨きました。

 まずは、半月分の掃除をしなければなりません。



 そして、その三日後におじいさんは亡くなりました。


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