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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
三章
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行くべきか

 無我夢中に走っていく内に、いつの間にか妖怪の森の家へと辿り着いていました。

 扉を閉めて、私は大きく息を吐きます。

 鬼の追ってくる音はもう聞こえませんでした。

 私は鈴を床に降ろして、その場に座り込みます。

 急激に疲れが私の体を襲い、胸がバクバクと音を立てました。もう一歩も動けません。

「ここはどこ?」

 鈴が部屋の中をキョロキョロと見回します。

 私はその時になって、始めて状況を理解しました。

 妖怪の森に人間を連れてきてしまったのです。もし他の妖怪に見つかったら、なんと言い訳したものか。先ほどより胸がバクバクと音を立てていることが私にはわかりました。

 いや、そもそも何故鈴がここにいるのか。

 私は更に考えを巡らせました。

 鈴の住む屋敷は森の南側を抜けた村にあり、鈴がいた森の北側とは反対側なのです。そんな場所に鈴がいるはずがありませんでした。

 これは幻か。いや、妖怪かもしれません。狐か。狸か。

 鈴は静かに私を見ています。

 私はそっと手を伸ばしました。

 鈴の頭に触れて、その金色の髪をわしわしとかき乱してやりました。

 鈴はくすぐったそうな顔をして、私の目をじっと見るのです。

 幻ではないようでした。そして、狐や狸の類でもないようでした。

 狐や狸の毛は人間の髪よりも固く、それは人間に化けているときも変わりません。

 では、一体どうして鈴がここにいるのか。

 私は増々わけがわからなくなるのでした。

「森……」

 鈴が窓の外を見て呟きました。

 そうです。ここは妖怪の森です。本来、人間がいるべき場所ではありません。

 何故ここにいるのかと私が問うと、鈴は何かを思い出したようにはっとして、俯くのでした。

「妖怪さんがいるって聞いたから……」

 私がいると聞いて。一体誰に? いやそれ以前に、私がこの森にいるからといって、何故わざわざ訪ねてきたのでしょうか。

 大体、私が森の北側で人間を脅かしていることなど、河童くらいしか知らないのです。

 そういえば、河童は無事に鬼と会わずに逃げられただろうか。

 私は河童の無事を祈りました。

「おばあちゃんが言ってた。村に来た人が、森の北側に妖怪が出るようになったって」

 鈴はたったそれだけの情報でここまで来たのです。その妖怪は私ではなかったかもしれません。それなのに、一人でこんなところまで来たのでした。

 何故か。

 そんなことはおじいさんが許さないはずなのです。

 森の中は危険です。妖怪だけではなく、野生の動物や自然の脅威がそこら中にあり、とても鈴のような小さな娘が一人で来る場所ではありませんでした。

「おじいちゃんが、倒れたの」

 私は耳を疑いました。あのおじいさんが倒れた? それは想像のつかないことでした。

 あの鬼ような、天狗様のような、妖怪のような恐ろしい人間が倒れるとは何事だろうか。私ごときにはわかりません。

「お医者様は治らない病気だって言ってた。ずっと前から」

 ずっと前から。ということは、私が屋敷に居たときもおじいさんは病であったのでしょう。

 しかし、そんな様子は一切ありませんでした。

 もしかして、これは嘘なのではないか。何も言わずに逃げ出した私を罠に嵌めようとしているのではないか。

 私にはそう思えました。いえ、そうとしか思えませんでした。

 あのおじいさんは妖怪をも脅かす人間ですから、このくらいの嘘をつくことはするでしょう。

 しかし、鈴はどうか。鈴がそんな嘘をつくでしょうか。

 私は鈴を見ました。不安そうな顔で私をチラチラと見ています。

 鈴は嘘をつけるような人間ではありませんでした。では、おじいさんが鈴も騙しているとしたら。

 考えてから、すぐにそれはあり得ないと思います。おじいさんが鈴を騙すはずがありません。

 鈴は嘘を言っていない。おじいさんは鈴を騙さない。

 この二つは根拠があるわけではありませんでした。しかし、何故だかそれは間違いがないように思われるのです。

 半月ほどでしたが、あの屋敷で暮らした私にはわかりました。

 なにもわからない私にも、それだけはわかるのです。

 しかしおじいさんが倒れたのなら、尚更こんなところに来ている場合ではありません。

「一緒に来て欲しい」

 鈴は私の手を取りました。

 今更、私があの屋敷に行く必要がどこにあるのか。それとも、それはおじいさんの頼みなのでしょうか。

 鈴は小さく首を横に振ります。

 行くべきか。行かぬべきか。

 迷うように窓の外へ目をやると、辺りは既に暗くなっていました。空には星が、そして丸い月が輝いています。

 私は屋敷に居た時のことを思い出すのでした。

 おじいさんはあの星へと行くのでしょう。そして、鈴はまた毎晩あの星を見るのでしょう。

 ただ一人で、いつまでも。

 私は……

 その時、家の扉が叩かれました。その音に私は体をビクりと震わせて、振り返りました。

 鬼がここまで追ってきたのかと思ったのです。

「ここにいたか。急に消えたものだから、何があったのかと思った」

 無事に帰ってきた河童は、疲れた顔をしていました。

「森の北側でお前を探したが、どこにもいないものだからてっきり死んだのかと思ったぞ」

 河童はあの鬼には会わなかったようでした。

 私が鬼から逃げ回っている間、河童はいなくなった私をずっと探していたそうです。そして、いつまで探してもいないものだから、仕方なく帰ったのだと言いました。

「そうか。鬼が出たのか。それで、この子は?」

 河童は鈴を品定めするように見ます。

 私は鈴について、河童にどう説明するべきか迷いました。

 人間を鬼から助けて、妖怪の森まで連れてきた。などとは言えません。

「この人も妖怪?」

 突然、鈴が河童を見て問いました。

 河童はどう見ても妖怪です。人間は河童の姿を見ただけでも驚きます。しかし、鈴は全く動じていませんでした。

 それどころか、何かを期待するような目を向けています。

「妖怪でなければなんだというのだ。俺は河童だ。お前は何者だ」

 河童は誇らしそうに言いました。

「鈴」

「鈴か。聞いたことがないなあ」

 当然です。鈴などという妖怪は存在しません。

 河童は自分を見ても驚かない鈴を、妖怪だと思ったようです。そして、それは私にとって好都合でした。

「しかし、この子にも元々住んでいた場所があるのではないか? 連れてきてしまってよかったのか」

 河童は心配そうに言いました。

 元々住んでいた場所。私はあの屋敷のことを思い出しました。

 私はあの屋敷に、もう一度戻るべきだと思います。しかし、屋敷があるのは人間の村。私は天狗様に二度と人間の村へは行ってはならぬと言われています。

 どうしたものか、と私は悩むのでした。

「とにかく、今日は遅い。その子を住んでいた場所に還すにしても、明日にしたほうがいいだろう」

 夜は私達のような妖怪では危ないのです。大人の妖怪達が跋扈する、さながら地獄のような景色が外には広がっていると聞いたことがあるのでした。

 私も鈴も、今日はもう疲れています。明日は、天狗様に人間の村へと行く許可をもらおうと考えて、その日はゆっくりと休むことにしました。


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