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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
三章
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鬼に金棒

「我々と人間、一体何が違うのか」

 そう言っていたのは誰であったか。

 天狗様であったような気もしますが、河童だったような気もします。

 天狗様が私に問いかけたのか。河童がふと呟いたのか。

 どちらでもあったような、どちらでもなかったような。

 なんにせよ、妖怪と人間の違いとはなにか。

 見た目、生活、そして人を脅かすこと。

 明らかに違うではないか。何を考えることがあるというのか。わかりません。私にはわかりません。

「何故、妖怪は人間を脅かすのか」

 天狗様に問われました。

 楽しいからです。楽しいから脅かすのです。わざわざ考える必要もありません。

 人を脅かすのが楽しいのは、どうしてなのか。

 それはわかりません。わかる必要もありません。

 食事をすれば、腹が膨れる。ただそれだけのことなのです。

「俺達は、どうして妖怪なのか」

 河童が呟きました。

 そんなことは誰にもわかりません。天狗様にだってわからないでしょう。わかるはずがないのです。

 この世の果てにだって、その答えはないのです。

 この世の果てになど行ったことはありませんが、私達はきっとそこでも妖怪のままでしょう。

 どこまで行っても私達は妖怪で、人間は人間なのでした。

 私は何も知らず、何もわからず、ただただ妖怪でした。

 唯一私が知っていて、わかっていることは、カラカラに乾いたこの心が人を脅かすときにだけ満たされるということだけです。

 この渇いた心こそが、人間と違う点であり、人間を脅かす理由で、妖怪である理由なのでした。


 その日は北から氷のように冷たい風が吹き、森の木々を騒めかせるのでした。川の水は熱いほどに冷えていて、河童ですらも入れないほどです。

 私は川から避難してきた河童とくだらない話などをしながら、外の様子を伺いました。

「これでは人間を脅かしにはいけないな」

 河童は桶に汲んできた水を頭の皿に掛けて、体をぶるりと震わせました。

 人間を脅かしにいけないのは困ります。私は憂鬱な気分になりました。

「しかしこれだけ寒いと、天狗様も山から下りては来ないだろうなあ」

 天狗様は普段から腰の具合が悪くしていて、今日のような冷える日には一層ひどくなるのです。

 私は天狗様が来ないと聞いて、急に外へ出たい気分になりました。

 せっかく私達を縛る鎖がないのですから、このままじっとしているのも勿体ないというものです。

 河童が嫌そうな顔をしながら、諦めた様に腰をあげました。

「こんなに寒いと、人間も外へは出てこないだろう」

 森の北側は一段と寒さを増していて、熊も冬眠を始めたようでした。

 静かな森の中で私は人間の姿を探しましたが、やはりこの寒さでは人間も家に閉じこもるようです。

「今日は諦めた方がいい。なに、俺が帰りたいから言ってるわけじゃあない」

 私は河童を無視して森の入り口へと向かいました。

「この頃のお前はおかしい。妙に人間を脅かすことに拘る」

 相変わらず、河童がブツブツと文句を言いながら後ろをついてきます。

 私達は妖怪ですから、人間を脅かさない方がおかしいというものです。

 地面をザッザッと蹴りながら、私は前を進みました。

 私達が進むにつれて、空気はどんどん冷えていきます。まるで、この先にこの寒さの源があるようでした。

 それにつられるように太陽が段々と沈んでいき、森は真っ赤に染まりました。

 もう少しで森を抜けるというところで物音がして、私達は茂みに身を隠します。

「人間だな」

 河童が茂みの陰にしゃがみ込み、こっそりと覗いて確認しました。

 私はくつくつと笑います。河童も先ほどまでの不機嫌はどこへ行ったのか、ニヤニヤと笑っているのでした。

 しかし、今日は河童が川の中へは入れませんから、普段とは違う脅かし方をしなければなりません。

 どうやって脅かしたものか。私は考えるのでした。

「久しぶりに、あれを使おう」

 河童が声を潜めて言います。

 私はなんのことかと少しばかり考えてから、大きく頷きました。

 私は懐から鬼の角を取り出して、河童に渡します。

 この鬼の角は、以前森の東で拾ったものでした。恐らく、鬼が暴れたときにたまたま折れてしまったのでしょう。私達はそれを使って、何度か鬼のふりをして人間を脅かしていたのでした。

 河童は大きく迂回して、反対側へ回り込みます。

 私はチラりと人間の様子を伺いました。

 背丈は低く、子供のようです。

 そして、頭には金色の美しい髪が……私は、はっと息を呑みました。

 鈴ではないか。

 私は思わず、勢いよく立ち上がりました。

 ガサっと茂みに体の当たる音が響いた瞬間、鈴がビクりと体を震わせます。

 私の反対側に鬼が立っていて、鈴はそちらを見ていました。

 河童が既に到着していたようです。

 私は鈴の方へと歩いて進み、河童にどう説明したものかと考えました。

 いくら人間を脅かすのが楽しいとは言え、鈴を脅かすつもりにはなれないのです。

 そう考えてから、何故そんなことを思うのかと私は自分の考えを疑問に思いましたが、今はそのことについて考えている時間がありませんでした。

 とにかく、今は河童に中止を知らせねばなりません。

 私は河童の元へ近づいていきます。

 鈴のほとんど真後ろまで行ったところで、私は河童の手に握られた鉄の塊のような物に気が付きました。

 河童はいつのまにあんな物を用意していたのか。まるで、鬼の金棒ではないか。

 そして、その鉄の塊が鈴に向かって振り上げらえたとき、私は理解したのです。

 これは河童ではない。本物の鬼ではないか。

 その瞬間、私の体は勝手に走りだしました。

 鈴に体当たりをするかのようにぶつかり、そのまま地面を擦って転がったのです。

 先ほどまで鈴がいた場所には、鬼の金棒が深く突き立てらえていて、私はぞっとしました。

 本物の河童はどこにいるのか。

 辺りを見回しましたが、姿はありません。まだ迂回しているのかもしれません。

 大体、何故こんなところに鬼がいるのか。そんな話は聞いたことがありませんでした。

 ふと私は、先日人間を脅かした時のことを思い出しました。

 あの木につけられた大きな傷。あれは河童がつけたものではなく、この鬼が暴れた時に付いた傷だったのです。

 鬼は獣と同じく理性というものを知らない妖怪ですから、相手が人間だろうと妖怪だろうと構わず襲い掛かるような、野蛮な妖怪なのです。

 のっそりと金棒を持ち上げる鬼を横目に、私は鈴を抱きかかえました。

「妖怪さん……?」

 鈴が言いましたが、私にはなにか答える余裕などはなく、ただひたすらに走りました。

 後ろから鬼がドスドスと追ってくる音が聞こえます。

 振り返る暇などありません。私は必死に足を逃げました。

 私は体力のある妖怪ではありませんから、鈴を抱えて走るのは無理があります。それでも私は、ただただ足を動かすのです。どこまでも、このままどこまでも走っていけそうだ、と思いました。


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