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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
二章
6/14

河童の起こし方

 朝目が覚めた時、それはそれはひどい気分でした。

 私は汗だくの体を起こして、窓の外へと視線を向けます。

 太陽の光が木々の隙間から漏れ、小鳥が歌を歌うように鳴き、森の小動物達がそれぞれの巣穴から出てきました。

 そんな清々しいはずの朝が、世界の終わりのように思えるのです。

 私は重い頭を抱えて、ため息をつきました。

 何故、あんな夢を見たのでしょうか。

 もう人間のことなどどうでもいいのです。私はまた、この森で妖怪として暮らすのですから、人間などという生物は脅かすためにいるのでした。

 そのはずなのに。

 ――ウソツキ。

 この言葉が、私の心に刺さっているのです。

 私がついた嘘とはなんでしょうか? 

 黙って屋敷から逃げ出したことですか? 天狗様の前で人間は酷い生物であると言ったことですか? それとも……

 私は頭を振って、考えることをやめました。

 こんな風に悩んでもどうにもなりません。世の中では、無駄なことをする者は愚か者であると言われています。私は愚か者ではないのです。

 気を取り直して、私は川へと向かいました。

 この森では川の水は生活に欠かせないため、多くの家から近い場所にあります。

 川で顔を洗い、さっぱりとした気分になると、急にある感情が沸き起こってきました。

 人を脅かしたい。

 一度そう思うと、もう私は我慢できませんでした。今すぐにでも人を脅かしたいのです。

 砂漠の様にカラカラと渇いたこの心が、人を脅かすことで潤うことを私は知っていました。いつだったか、天狗様は仰いました。

 欲望というものは、抑制されることによってより大きなものになる。

 天狗様の教えなどほとんど聞き流していた私ですが、こういったいくつかの言葉は強く印象に残っているのでした。

 半月も人を脅かさずにいたのです。私の人を脅かしたいという欲望は、今や心に収まりきらず、今にも爆発しそうです。

 私は急いで河童の元へ向かいました。

 河童は私の知る限りでも最低の妖怪です。

 報酬のために友人である私を天狗様に売り渡す様な妖怪ですから、それはもう妖怪の間でも蔑まれているのでした。

 しかし、私は河童のそういう部分が嫌いではありません。むしろ、だからこそ私は河童と仲がいいのでした。

 河童は川の淵を好みます。

 川の淵は深く、私の体を二つ三つ飲みこんでしまう程の深さなので、川の中へ入って河童に会うというわけにはいきません。

 私は河童が普段寝ている場所に小石を落とします。

 その小石はポチャンと小さな音を立てて水の中へと消えていきました。

 これは私と河童の合言葉の様なもので、用がある時は決まってこの方法で呼び出すのです。

 けれども、しばらく待ってみても河童は川から出てきませんでした。

 どうやらまだ寝ているようです。

 私は構わず、近くにあった大き目の石を落としました。

 石はドポンと川に飲みこまれて、すぐにカッと何かに当たった音をならします。

 どうやら河童はうつぶせに寝ている様で、今の音は河童の背中にある甲羅に当たった音ようでした。

 こうなると、河童を起こすのは中々に難しいのです。

 私は近くの土を手ですくって、川の中へ落としました。それから、待たずに何度もそれを繰り返します。

 十回ほどでしょうか。土を落としたところで、河童が勢いよく水面に上がってきました。

 河童は不機嫌そうに辺りを見回して、私を見ます。

「なんだ、天邪鬼か。どうかしたか?」

 そして、これまた不機嫌そうに言うのです。

 人間を脅かしに行かないかと誘うと、河童は何も言わずに川の中へと戻るのでした。

 つまり、行くと言うことです。

 すぐに河童は川から出てきました。

「それで、この間の場所でいいのか?」

 私は頷きました。

 人間達の間で、この森に妖怪がいることは周知のことです。なので、この森に人間が近づくことは滅多にありません。

 当然、人間を脅かすには人間のいる場所へ行かなければならないのです。

 しかし、人間の村に行くわけにはいきません。人間は集団となると恐ろしい生き物なのですから。

 それ故に、私達は私達のため脅かし場を作ったのです。

 人間は欲望の塊ですから、私達は人間の村に噂を流しました。

 妖怪の森の南側には妖怪が少ない。そこには、かつて安倍清明という高名な陰陽師の埋めた財宝が眠っていて、妖怪は結界に阻まれて近づけない。

 この噂を流すことで、人間がその区域にだけ近づくようにしたのです。

 もちろん、何度か人を脅かしたところで警戒されましたが、私たちはその度に違う噂を流しました。

 この間の噂は嘘だったらしい。本当は更に東のところに財宝があるらしい。

 そして、私たちは東で人間を脅かし、また次の噂を流したのでした。

 現在は妖怪の森の北部が私達の脅かし場となっています。

 最後に人間を脅かしたのは半月前でしたから、まだ人間に警戒されてはいないでしょう。

 私と河童が到着すると、早速人間を一人見つけました。

 三十半ば程の男です。

 その男の身なりは汚く、貧困さが伺えました。

 これは間違いなく、噂を聞きつけてやってきたのでしょう。

 私と河童は顔を見合わせて、ニヤリと笑いました。

「よし、じゃあいつものやり方でやろう」

 河童がそう言うと、私達は二手に別れました。

 私は人間の童のふりをして、その人間に近づきます。

「おお、子供がどうしてこんなところに? 危ないぞ」

 人間が私を見て言いました。

「おじさんこそ、どうしてこんなところにいるの?」

「いや、ちょっと用事があってなあ。この辺に社があると聞いてきたんだが」

 その社というのは私と河童が噂を流した、財宝のある場所のことでした。もちろん、そんなものはありません。

「社? それならあっちの方にあるよ」

 私は極めて真面目な顔で言いました。

 今にも笑ってしまいそうな気持ちを抑えるのは、いつものことながら大変なのです。

「それは本当か? 案内をしてくれないか?」

 人間は馬鹿丸出しで喰いついてくるのでした。

 人間というのは童には警戒心というものがないのです。

「いいよ。ついて来て」

 私はそう言って、歩き出しました。

 しばらく森を歩くと、木に河童からの印がつけられています。

「なんだ熊につけられた様な傷は!」

 人間がそれを見て驚きました。

「それは、妖怪がつけたのさ」

 と、私は何でもない様に言います。

「妖怪? この辺には妖怪が近づかないんじゃあないのか?」

 人間が怪訝そうに聞き返しましたが、私はなにも答えずに前を歩きます。人間も黙ってそれについてきました。

「確かに、ここに妖怪は近づかない」

 私は河童の待機している川の前でピタりと足を止めます。

 そう、確かにここには妖怪が近づきません。

「俺たち以外はな!」

 河童が川から勢いよく飛び出して、人間の足を掴みました。

「ひぃいいいいいいい」

 人間は叫び声をあげて、逃げ出そうとします。しかし、河童が足を掴んでいるため、そのまま地面に倒れこむのでした。

 私は人間の前に立ち、あの木の傷は私がつけたのだと言います。そして、尖らせた爪を見せつけて、その手を振り上げました。

 それを見た人間は言葉にならない叫びをあげて、がくりと気を失ったのです。

「ああ、もう終わってしまったか。失禁してやがる」

 河童が不満そうに言います。

 私も、もう少し人間の恐怖に染まった顔が見たくあるのでした。

 しかし、終わってしまったものは仕方ありません。気絶した人間を脅かすことなど不可能なのです。

「もう一度くらい人間を脅かしにいくか」

 河童が楽しそうに言います。

 私もそのつもりでしたから、頷いて、森の入り口へ向かいました。

 しかし、あの目印の傷跡はどうやってつけたのか。河童がやったにしては大きすぎる傷跡だったように思います。

 そんな風に思っていると、二人目の人間を見つけたのでした。




「しかし、あの顔は傑作だったな」

 夜、私と河童は今日脅かした人間を思い出して、盛大に笑います。

 一人目の人間はあっけないものでしたが、二人目の人間は最高でした。

 鼻水を垂らしながら「お母さん。お母さん」と泣き叫ぶ姿にはお腹が壊れてしまうのではないかというほど笑いました。

 こんなに愉快な気分になったのはいつぶりでしょうか。

 やはり、私は根っからの妖怪なのです。人を脅かすことが何よりも楽しく、それ以上のものはこの世にないのだ、と思わずにはいられませんでした。

 私は河童と肩を組み、陽気な歌声などをあげて笑うのです。

 ああ、愉快だ愉快だ。

 私達は酔っ払いの様に叫びました。

 隣に住んでいるろくろ首が、首だけで訪ねてきて「うるさいのでやめてくれ」などと言いましたが、私達は構わず騒ぎ続けました。

 こんなに心地よい気分なのです。騒がずにいられるはずもありません。

 私はとうとう何がこんなに可笑しいのか、自分でもわからなくなってしまいそうになりました。

「お、雨が降ってきたな」

 河童が窓の外に目を向けて、嬉しそうに言います。

 逆に、私は落ちてくる雨粒からなにか言い知れぬ不安を感じるのでした。

 河童などは普段から水の中にいるような妖怪ですから、雨というものを良い物の様にいいます。ですが、私のような陸に住む妖怪からすれば、雨というものはいいことが一つもありません。

 体は濡れるし、地面は滑りやすくなります。雨などを好むのは物好きだけでした。

 私は冷や水を浴びせられたような気分になって、無理矢理に人間を脅かした時のことを思い出して、そのことを忘れます。

 そして、私はまた人間を脅かしたくなったのでした。


 それから何日もそんな生活を続けて、私は人間の家で暮らしていたことなどすっかり忘れていたのでした。

 ですから森で鈴の姿を見たとき、私は心臓が止まりそうな思いになったのです。


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