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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
二章
5/14

天狗様

 天狗様は山の神と言われております。

 この森に住む妖怪たちの多くは、とても一人では生きていけないような力のない妖怪でありますから、天狗様のお力があればこそ生きてゆけるのでした。

 つまり、この森において天狗様は最も力のあるお方なのです。

 その天狗様はお怒りでした。

 物々しく腕など組まれて、私を睨み付けるのです。

 それは思わず失禁してしまうのではないかと思うほどの恐ろしさでありました。

「なにをしておった」

 天狗様が口を開くと、私はもうこの世界のどこにも逃げ場がないような、そんな風に思えて仕方がありませんでした。

 しかし、黙っていればそれこそ天狗様の怒りを買うことになってしまうのです。私は森を出て、人間に捕まり、人間の屋敷に囚われていたことを伝えました。

「ふむ」

 天狗様は納得したように頷きます。

 人間に囚われていたのだから仕方ありません。そうです。天狗様も人間に捕まった私を心配こそすれ、お怒りになどなるはずもありません。

 天狗様は心優しいお方なのです。

「何故人間の村へ降りたか」

 それはもちろん、人間を脅かすために決まっています。その理由なくして妖怪は人間の村へなど行ったりはしません。

 私は得意げな気分になるのでした。

「人間の村へ行ってはいけないということを忘れたのか?」

 額から汗がツーっと垂れてきます。

 私は河童の方を見ました。河童も私と同じように、初めて聞いたという様な顔をしています。

 そんな掟はありませんでした。

「馬鹿者が! 何度も教えたはずだ。お前らは常に自分たちの都合の悪いことだけ忘れおる」

 天狗様が声を荒げます。

 私はおじいさんを天狗様の様に恐ろしいと思いましたが、こうして天狗様の怒りを間近で見ていると、あの屋敷のおじいさんなど恐るるに足りませんでした。

 私は足がガクガクと震えるのです。

「それで、人間はどうであったか」

 天狗様はため息交じりに言いました。

 私は急な質問に言葉を詰まらせます。

 人間はどうであっただろうか。私は屋敷でのことを思い出すのです。

 おばあさんは優しく良い人間でありました。おじいさんも厳しくはありましたが、また悪い人間ではありませんでした。

 そして鈴は……

 はっとして顔を上げると、天狗様と河童が興味深そうにこちらを見ていました。

「どうした。人間はどうであったか」

 どうであったか。

 私は天狗様に、人間がいかに酷い生物であるかを語りました。

 おじいさんは粗暴で、人間の本質が凶暴であることを私に教えてくれました。おばあさんは茶菓子などという贅沢な物を食していて、人間の欲深さを私は知りました。

 鈴は、鈴は無口で、何を考えているかわからず、あれこそが人間という生物の恐ろしさだと私は思うのです。

 そうです。人間は最低な生き物なのです。

 針で刺されているかのような、チクリとした痛みが私の全身を襲いました。

 しかし、私はどうしても本当のことが言えないのです。

 天狗様は「そうか」とだけ言って、その後に私の方を見ました。

 私はとっさに目を逸らして「そうです」と呟くのでした。

「まあいい。ならば、二度と人間の村には行くでないぞ」

 もちろんでした。

 もう二度と人間の村になど行くつもりはないのです。天狗様に行けと命じられても行かないくらいでした。

 ええ。人間の村になど、絶対に、行きません。

「なら、いい。では私はもう帰る」

 天狗様がそう言って、山へとお帰りになるのでした。しかし、河童が焦った様に言います。

「あっ、天狗様。ところで約束の品は……」

 約束の品とはなにか。

「ああ、そうだったな。ほれ」

「ありがとうございます。それでは」

 天狗様は河童に、麻袋を差し出しました。それを河童が受け取ると、天狗様はその翼を広げて、空へと飛んでゆきました。

 私は河童に近づいて、麻袋の中身を確認します。

「いや、これは。お前を連れてきた報酬だ。なんだ、その、食うか」

 そう言って河童は胡瓜を一本、私に差し出しました。

 私はそれを無視して、家へと帰ります。

 私は以前使っていた家は、私が使っていた頃と全く変わりませんでした。たった半月とはいえ、突然いなくなる妖怪や、突然来る妖怪もいますから、基本的にこの森の家は空いているなら使って良いことになっているのです。

「俺が管理してやっておいたんだ」

 河童は偉そうに言いました。

 私はまたそれを無視して、布団に入ります。今日は一段と疲れました。

 なにせ、私はあの屋敷で仕事をするだけでくたくたになっていたというのに、あの屋敷からこの森まで歩いて戻ってきたのですから、眠くて眠くて仕方がないのです。

 もう丑三つ時をとうに過ぎて、他の妖怪も寝静まったころでありました。

 河童は何故か元気で、私の家に泊まるなどと言い出しましたが、友を売るような妖怪に泊まらせる家はないのです。軽くけっ飛ばして追い出しました。

 布団の中で目を閉じると、うとうとする間もなく私は眠りに飲みこます。

 そして、夢というものを久しぶりに見たのでした。

 私はあの人間の屋敷の広間にいて、隣で鈴が泣いています。

 私がどうしたのかと聞いても、鈴はなにも答えません。

 突然、ドタドタと廊下を走る音が聞こえて、広間の襖が勢いよく開きました。

「妖怪が! なにをやっている」

 おじいさんが叫びます。

 私はまた仕事を言いつけられるのかと憂鬱な気分になりました。

「貴様……鈴に何かしおったのか!」

 おじいさんは怒り狂った様に私の方へ向かってきました。

 私は何もしていない。そう言おうとしても、何かが喉に詰まって声が出ません。

「やはり、貴様も所詮は妖怪だ。少しでも信用した私が馬鹿であった! 鍋にしてやる」

 私はおじいさんに縄をかけられ、身動きが取れなくなりました。その間も、鈴は泣き続けています。

 何もしていない。私は何もしてない。

 叫ぶように、喚くように、怒鳴るように、私は喉を震わせましたが、それは言葉にならないのでした。

 おばあさんが煮え湯の入った大きな鍋を持って、私の前に置きます。

 おじいさんは私を縄で引っ張り、鍋の上に吊るしました。

 やめてくれ。

 私は言葉を上げることも出来ず、助けを求める様に鈴の方を見ました。

 鈴は涙を流しながら、こちらを見ています。その目には、私への憎しみが籠っていました。

 私の体が鍋へと降ろされていきます。

 煮え湯の中へ入る瞬間、鈴が小さな声で呟きました。

 ――ウソツキ。


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