人間は汚い
鈴はその髪や目の色と、早くに母親と父親を亡くしたことから妖怪と思われていたのだそうです。
両親が亡くなって、行き場を失った鈴を親戚たちは誰も引き取ろうとはしませんでした。
あの子は呪われている。人の寿命を縮める。おぞましい。
彼らは鈴を恐れて近寄ろうとしませんでした。
そして、おじいさんが鈴を引き取ったのです。
おじいさんは、自分はもうそれほど長い身ではないので、まだ若い人が引き取るべきだと考えていましたが、誰も引き取らないのならばとそれを買って出たのです。
鈴は何も問題なく大きくなり、おじいさんたちの身にも何も起こりませんでしたが、それでも彼らは鈴を恐れました。
彼らは会うたびに、鈴のことを悪く言ったのです。
鈴は幼いころに彼らの悪意を受けて、人というものを恐れるようになりました。鈴にとってはおじいさんとおばあさんだけが、唯一心の許せる相手だったのです。
そして鈴はずっと、自分が妖怪なのではないかと悩んでいたのでした。
私がこの屋敷に来た時、鈴は私を人間だと思って恐れました。しかし、私は妖怪なのだということをおばあさんが伝えると、本物の妖怪なら自分が妖怪か人間かわかるのではないかと思ったのです。
鈴は何度も私に聞こうとしました。
私は妖怪なの?
しかし、その言葉は出ませんでした。自分がもし妖怪だったら、彼らの言うことが本当だったら、そう思うと聞くことができませんでした。
今思えば、鈴が夜にあの場所にいたのは私にそれを聞くためだったのです。
そうこうしている内に私が妖怪の森に帰ってしまい、おじいさんが倒れました。
鈴はそれが自分のせいだと思ったのです。
そして、せめておじいさんが会いたがっていた私を連れてくることで、おじいさんに赦してもらおうとしたのでした。
結局、おじいさんは亡くなってしまいました。
それは鈴のせいではありません。何故なら、鈴は妖怪ではないのですから。それが私にはわかります。あの時にはきっとわからなかったでしょう。けれど、今ならわかるのです。
わからなかったことが。知らなかったことが。今はわかりました。今は知っていました。
鈴は妖怪ではありません。
「本当に?」
不安そうに鈴が私を見ました。
私は自信を持って言えるのです。鈴は人間です。
「そっか……」
鈴はほっとしたように息を吐いて、それから涙を流しました。
母親の死も、父親の死も、祖父の死も。鈴は全部自分のせいだと思っていたのです。まだ十二の子供がその責任を全て背負っていたのです。
辛かったに違いありません。苦しかったに違いありません。
私はそっと鈴の頭を撫でてやりました。
私はおじいさんの代わりに、この子を守ってやらなければなりません。できるかどうか、それはわかりませんが、私にできる限りのことはします。でなければ、いつか私があの星に行ったとき、おじいさんに怒られてしまいます。
おばあさんが、私と鈴を見て「まるで兄妹みたいだねえ」と言いました。
相変わらず、むず痒い感覚が私の中にありましたが、きっとその内慣れるのでしょう。少なくとも、嫌な気分ではありませんでした。
葬儀が終わり、親戚たちは帰っていきました。
おばあさんの息子である、あの男と少年。彼らだけはこの家に残り、これから一緒に暮らすことになりました。
男は鈴のことを妖怪扱いはしませんでした。
しかし、少年は違います。
鈴を妖怪だと言って、男の見ていないところで少年は何度も嫌がらせをしました。
当然、私はそれを止めましたが、それがなくなることはなかったのです。
男に何度かやめさせるように言いました。ですが、嫌がらせは陰湿になる一方でした。
そして、ある日。私は男と少年の会話を聞いてしまったのです。
「父上。どうしてあんな妖怪を屋敷に置いておくのですか」
「まあそういうな。俺だってあの妖怪をずっと置いておくつもりはない。しかし、今はまだお袋が生きているからな。だが、それもそう長くはない。お袋が死んだら、あんな妖怪追い出してやるさ。そしたらこの家は俺のものだ。それまでは我慢しろ」
私は激怒しました。
人間とは、やはり汚い生き物です。
鈴やおばあさん、そしておじいさんがたまたまそうではなかったにすぎません。
このような汚い人間と暮らすことは、私には我慢がなりませんでした。
私は妖怪です。どんな取り繕っても人間のようには生きることができません。
きっと、鈴とおばあさんも私の妖怪としての本性を知れば、失望するのでしょう。しかし、それでもかまいません。私は妖怪です。
本来、人間に受け入れられるなどということはありえないのです。
私はこれまで、夢の中にいました。そして、いつまでも夢の中にいることはできません。
妖怪は妖怪らしく。人間は人間らしく。
仲良く暮らすなどというのは夢にすぎないのです。
私はその日、屋敷を出ました。