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妖怪さん  作者: 黄瀬ちゃん
一章
1/14

私は妖怪でしたから

 私は妖怪でしたから、当然人を脅かすのが使命でございます。

 その日も私は森に入ってきた人間を、友人の河童と共に巧みに追い払ったのでした。泥沼に足を取られた時、人間が見せた恐怖の表情は思い返すだけで笑えます。なんせ、その泥沼は私たちが仕掛けたわけではなく、人間が焦って勝手に嵌っただけなのですから。それすらも私たちの仕業だと思った人間は必死に助けを求めて走ってゆきました。

 ああ、なんと愉快なことでしょう。

 我々は時に、何もせずとも人間を畏怖させることができるのです。

 例えば、激しい風が起こればそれは天狗様の仕業となり、障子に女性の影が映れば影女が出たと騒ぐ。

 我々妖怪は人の恐怖が何より好きで、人間の言うところの労働というものが我々にとっての人間を脅かすことになるのでしょう。

 何故、我々は人間の驚く顔がこんなにも好きなのでしょう? 自分自身にもわかりませんが、胸の奥から湧き出る衝動を抑えることは中々に難しいのです。

 そんなわけで、森で人間を脅かした後も私の興奮は収まらず、村に降りてもっと人間を脅かしてやろうという気持ちになったのです。

 残念なことに、友人の河童は皿が渇いてしまうと非常に面倒なことになるので、村へは一人で行くこととなりました。

 彼とは何年も一緒に人間を脅かしているので、一人で行くのは少し心細くもありましたが

「なに、人間を脅かすことなんて容易いものだ。君がいなくても一人でやってみせるさ」

 と自信満々に言ってみせた手前、簡単に引き返すわけにもいきませんでした。

 私は人間の様な見た目をしていますから、普通に村を歩いていても誰も気に留めることはありません。河童ならば、村に降りてきただけでも人は恐怖するでしょう。

 しかし、それは逆に人間に退治されてしまう危険もあるのです。

 人間は我々妖怪に対して非常に冷酷で残忍だと言われています。私自身、何度か人間に襲われたことがありますが、その時ばかりは人間に対して恐怖の念を覚えました。

 そういうわけで私は人間のふりをして、村を見て回ったのです。

 そして、この大きな屋敷を見つけたのでした。

 その屋敷は村の外れにあり、大きさに反してどこか人気のない、少し変わった屋敷です。私がその屋敷に目を付けたのはそれが理由でもありました。

 まるで、妖怪が出そうな屋敷なのです。

 妖怪が出そうな屋敷に本当に妖怪が出たら、そこに住んでいる人間はどんな顔をするでしょうか。

 ああ、考えるだけで笑いが止まりません。

 私は屋敷の西側にある大きな松の木に紐を掛け、それを使い屋敷の庭へと侵入したのです。

 こういう時、空を飛べる妖怪などは便利で良いと私は羨ましく思うのでした。

 庭は手入れのされた木々と大きな池があり、池には錦鯉がのんびりと泳いでいます。私がその庭をぼんやりと見ていると、屋敷の方から人の気配を感じて、私は近くにあった庭石の陰に隠れました。

 縁側で老人がのんびりとお茶を飲んでいるようです。

 それを見て私は考えました。

 もし、私があのおじいさんを脅かしたら、腰を抜かして死んでしまうかもしれない。

 私は今にも吹き出してしまいそうなのを我慢して、その老い果てた姿を観察しました。

 白髪交じりの頭髪に、皺くちゃの顔。特に眉間には深い皺がありました。

 この老人ならば容易く脅かすことができるだろう。

 そう確信した私は、足音を立てない様に移動しました。庭石の影を伝い、縁側まで近づいていきます。

 縁側に一番近い庭石の陰に辿り着き、後は十歩ほどの距離しかありません。

 老人はまだのんびりとお茶を啜っております。

 添水の竹筒が溜まった水を落とし、カコンと高い音を響かせました。その音に鳥たちが驚いて、バサバサと音を立ててどこかへ飛んでゆきます。

 私は庭石に背中を預けて、以前小豆洗いにもらった小豆の袋を懐から取り出し、腕を揺らしました。

 ザザザ……ザザザ……

 小豆のぶつかる音が屋敷に響きます。

 小豆洗いは有名な妖怪ですから、人間はこの小豆の音を聞くだけで小豆洗いが出たと恐れを抱くのです。人間とは誠に愚かな生き物だと私は思うのでした。

 さて、老人はどのような表情を浮かべているのか。

 私はニヤニヤと笑いながら、庭石から顔を覗かせました。

 しかし、そこにはさっきまでいたはずの老人の姿がありません。老人の動くような音は聞こえませんでした。

 一体どこへ消えたのか。

 私は驚きのあまり、老人の姿をしっかり確認しようと庭石から身を出してしまいました。

 その瞬間、背後に気配を感じました。

 振り向く間もなく誰かが私の肩に手を置き、私はそのまま前へと押し倒されてしまったのです。

「ばあさんや! 妖怪を捕まえたぞ」

 私にのしかかっている誰かが嬉しそうに叫びました。

 少ししてからパタパタと屋敷の廊下を歩く音がして、それはまた皺くちゃなおばあさんが縁側にやって来たのです。

 おばあさんは、私を見て「あらまあ」と呟いてから、こちらへ近づいてきました。

 きっと今夜は私を鍋に入れて食べるのでしょう。

「まだ子供じゃありませんか。おじいさん、手を離してあげてはいかがですか?」

 おばあさんは私にニッコリと笑顔を向けてから、おじいさんにそう言ったのです。

「子供の様な見た目だが、騙されてはいかん。妖怪は年をとらんからな。本当はわしらよりも年を取っているに違いない。縄を持ってきてくれ。こやつは今夜鍋にして食ってやる」

「あら、私は嫌ですよ。妖怪なんて食べたくありませんから」

「ぐぬぬ……」

 おばあさんはニコニコとしたまま私を見ています。

 何故このおばあさんは私を恐れないのか、私には理解できませんでした。

「それより、茶菓子がありますよ。妖怪さんも一緒にどうですか?」

「馬鹿者! なにを言っているんだ。妖怪は茶菓子など食わん。こいつらは人間を喰うのだ」

 おじいさんが声を荒げて言いました。

 私は人間など食べたことがありません。また、茶菓子というものも食べたことがありませんでした。

「まあいいじゃないですか。とても美味しい茶菓子なんですよ。それとも、おじいさんはいりませんか? それなら私と鈴ちゃんの二人で食べることにします」

「ぬっ! それはいかん。わしも食べるぞ!」

「では、その子を離してあげてください」

「しかし……」

 おじいさんが迷うように口を濁します。

「茶菓子、おじいさんは食べないんですね?」

 おばあさんが言うとおじいさんは私から離れて立ち上がり、おばあさんの隣に立ちました。私はゆっくりと体を起こして、二人を見ました。

 一体なんなのだ。私は捕まって、これから鍋にされるのではないのか。

 ひどく混乱していた私を、おじいさんが睨み付けました。

「いいか? ばあさんが言うので貴様を鍋にはしないが、もしこの家の者に危害を加えるのなら、わしはお前を喰うぞ」

 私は虚ろな頭で何度も頷きました。とにかく、私は人間に食べられるのだけは嫌だったのです。

 おばあさんが私の服に付いた砂を払い落として「さあさあ、妖怪さんもいらしてくださいね」と言って屋敷の方へと向かいました。

 おじいさんはふんっと鼻を鳴らして、おばあさんを追い越して屋敷に入っていきます。私はわけもわからないまま、それに着いてゆくのでした。


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