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Film04.噂は疾風のごとく ―MINORI’S EYE―

 すっごくショックだった。昨日のセンパイのあの発言に涙が出ないのが不思議なくらいだった。いや、涙を出さずにあんなことを言えた自分が嬉しかったのかな。


『オレ、お前のこと何とも思ってないから』


 あの後、午後一発目の授業サボってトイレで泣いちゃったもん。すっごくキツイよ。


『迷惑なんだ。帰ってくれ』


 でも、昨日はああ言われたけど、「二度と来るな」とは言わなかったもんね。

 オッケーオッケー。そうよ、昨日のことをいつまでも、うじうじしてたまるもんかっ、てね。元気が取り柄のあたしだもん。頑張ってセンパイのこと、振り向かせてみせるんだから!

 そういうわけで決意を新たにしたあたしは、自信作のお弁当を持ってセンパイの教室へ急いだ。だって、センパイがお昼のパンを買っちゃったら手遅れだもん。


――でも、結局は手遅れだったのよ。


 センパイの教室は他のトコよりもシーンとしてたわ。お昼休みだから変に思われるかもしれないけど、あの九十九とかいう鬼教師が時々来るもんだから、比較的静かなのよ。でも、何かすっごくイヤな予感がしたあたしは、そぉっと覗いてみたの。


(あっ、センパイはっけーん! ……あれ?)


 あたしはセンパイを見つけたんだけど、センパイに何か話し掛けてるセミロングの女の先輩も同時に見つけちゃったのよ。ここのクラスの人も、あたしと同じところに注目してるように見えたわ。あたしは静かなのを幸いに、そっと盗み聞きすることにしたわ。


「な……三沢くん、これ……」


 聞き取りにくい小さな声で、その女は何か包みを差し出した。まさかあの中身はお弁当? ちくしょー、あの女、おとなしいフリしてヤルじゃないの。


「……弁当、オレに?」


 あの女が顔を赤らめながら頷く。するとセンパイは表情を変えずにそれを受け取った。青い包みの愛妻弁当を。


(ちょっと、そんなのあり? あたしがこれからそれをやろうとしてたってのに!)


 あたしはムカツキまくって、持っていた弁当箱をぐぐぐっと押し潰すように力を込めた。プラスチックのお弁当箱が歪んだのが分かったけど、そんなのどうでもよかった。


(あんなうちき内気ぶりっこに、センパイをとられるなんてぇ……!)

「お昼に購買部のパンを買ってるって言ったら、持って行けって……」

(え?)


 あたしは耳を疑った。何が……何だって? 持って行け?


「おばさんが?」

「……うん」


 この女は一度も顔を上げてセンパイを見ていなかった。真っ赤な顔してうつむきながら話してた。


「お母さんが、ついでに……その、新しい住所と電話番号を聞いてくるようにって……」

(お母さん? ってことは、そのお弁当はあんたのママンのてづく手作りってこと?)


 疑問を持ったあたしがじれったくしていると、いままで今迄不思議と静かだったイッペーとかいうセンパイの友達が話に割り込んで来た。いつも騒がしい人なのに、どうして何も言わなかったんだろう。


「なおりん、ちょっとストップぅっ! その妙に親しい話は何なのかなぁ?」

「あぁ、前にこっちに住んでた時に隣同士だったんだよ」

(え? それにしちゃぁ、なんかよそよそしくない?)

「へぇー、それにしては、全然しゃべってなかったじゃん、なおりん?」


 あたしの心を読んだかのようにピンポイントでイッペー先輩が尋ねた。


「あ……、ごめんなさい。私、何年も経ってて、なかなか話す勇気が出なくって……」

(だーっ! 別にアンタに聞いてるワケじゃないのよ!)


 あたしはその消極的な態度にいらいらとしてきたのだが、イッペー先輩はそうでもなかったらしい。


「いや、梶原が悪いとかそういうんじゃなくて……」


 珍しく言いよどんだイッペー先輩を見て、あたしはピーンときた。そういうことか。じゃぁ、さっき黙ってたのも、きっと……


「んん、よし、おれが教えてやるよ。コイツの住所とケータイのナンバー」


 イッペー先輩の声は大きくて、あたしのところにもよく聞こえた。あたしはもちろんメモった。残念ながら、その後に観念したセンパイが教えていた自宅の電話番号は聞こえなかったけど。これだけは、ちょっとあのぶりっこな先輩に感謝かな。


「ありがとう、白石くん。あと、な……三沢くん、お母さんが伺うかもしれないからって、伝えといてね」

「あぁ、分かった。お礼は言っておいてくれ」

「……うん」


 そして、あの女の先輩は自分の席に戻って行った。あたしはその先輩の友達らしき人が――って、なんだかすっごいきれいな黒いストレートの髪。いいなぁ。

 雰囲気もすっごい大人っぽい感じ……。

 あたしはしばらくぼーっと彼女を見た。だが、慌てて我にかえり、その友人らしき先輩が、問題の女を「さゆり」と呼んだのを聞いてから、教室の前を去った。


(あの「さゆり」をどうにかしなくちゃ。今のところ、センパイに一番近い場所にいるわ。……まって、そう――そうよ、別に蹴落とす必要はないんだわ。何とか懐柔して、いろいろとセンパイのことを聞き出せれば……)


 あたしは一人、ほくそえんだ。確か、全校生徒の名簿がいつか配られた筈だ。

 あたしが2-Bの「梶原さゆり」を見つけ出したのは、その晩のことだった。

 

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