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Film11.疑惑は自分の胸に ―KOTARO’S EYE―

「梶原」


 俺は至福の響きを味わいながら、ゆーちゃんの名前を呼んだ。


「……」


 いつものように可愛らしく儚げな返事を待つ。


「……」


 俺は待つ。

 ……しばらくして、出席簿から目を飛ばし、ゆーちゃんの姿を探してみる。――見つからない。


「先生。梶原さんは来てはおりません」


 ゆーちゃんと親しい津堂が、手を挙げて発言する。俺は動揺を押し隠して次の名前を呼んでいった。

 風邪で欠席ならば、おばさん――ゆーちゃんのお母さんは律義だから、絶対何らかの連絡が入っているはず。そう、朝のホームルームまでには。ならば、どうして……?


「――三沢」


 これで最後だ――三沢は転入生だから――と思いながら返事を待つ。抑揚のない、クソおもしろくもない声を。


「三沢は欠席か?」

「まだ、来てません」


 白石が不機嫌そうに答える。


(三沢もか……)


 とりあえずホームルームを終わらせ、俺は早足で職員室へ帰る。


「九十九先生」


 誰かに呼ばれたような気がして、俺は声の主を捜した。男の声だったように思える。

 俺の目に片耳ピアスが映った。その目立った赤い色に、呼びかけられていたにもかかわらず注意をしようとそちらへ足を向ける。


「三沢」

「先生、遅刻届にハンコ下さい」


――この学校には遅刻届と早退届がある。それぞれ理由と遅刻・早退の日時を書いて、担任もしくは副担任のサインをもらわなければならないのだ。それはそれでよいシステムだと思う。だが、それを提出しない生徒がいるのも確かだ。

 俺は、ヤツの持っている遅刻届の理由の欄にちらりと目をはしらせた。

『通学途中の事故のため』


「三沢、これは―――」


 そこで初めて俺は、その遅刻届が二枚あることに気づいた。二枚目の生徒の名前は……


「梶原はどうした?」

「あぁ、何か、手洗いに」


 それが便所のことだと気づくのにしばし時間を要する。男子生徒の口から「手洗い」なんぞという言葉が出てくるとは思いもしなかった。


「そうか。それで、三沢、この事故というのは……」


 電車の事故ならば、この二人だけではすまないはずだ。


「電車の中で貧血を起こした人がいて、その人を駅のホームに連れだしていたら、電車に乗り遅れました」


 淡々と淀みない三沢の報告を追いながら、俺はその言葉に嘘がないかと気をつけてみる。


「……すいません、九十九先生」


 ゆーちゃんの声が聞こえたので、俺は遅刻届から顔を上げて元気そうなその姿を確認する。


「梶原さんも同じ理由で朝のホームルームに間に合いませんでした」

(……!)


――同じ理由ってことは、二人で登校ってことか、おい!


「分かった」


 三沢に詰め寄りたくなる衝動を抑え、俺は胸ポケットからハンコを取り出し、二つ捺す。


「あぁ、梶原」

「はい」

「乗り遅れたという駅はどこだった?」

「あれは……八坂駅だったと思います」


 二人の遅刻の理由に偽りのないいことを、とりわけ三沢がゆーちゃんを脅して言わせたものでないことを再確認して、俺は二人に教室に戻るように言った。


(……)


 あまり深くは考えたくなかったが、三沢が品行の面で注意人物から抜け出したのは確かだった。それと同時に「ゆーちゃんにつく悪い虫」のリストに名を連ねたのもまた確かであるが。


「…生、九十九先生?」

「はい」


 振り向くと、女の事務員がそこにいた。


「あの、電話がありまして。なんでも2-Dの生徒さん二人に電車の中で助けてもらったからと」

(……決定的か)

「生徒の特徴について何か言ってましたか?」

「あぁ、ちゃんと名前をあげてましたよ。三沢直人君と梶原さゆりさんだそうです。二人が遅刻したとしたら、それは自分のせいだからと、そう言ってましたけど」


 事務員さんは、電話をしてきた人の名前と勤務先の書いたメモをおいて、去っていった。

 俺は、漠然とした不安が自分の心の中で広がっていくのを感じた。それは、ゆーちゃんにつく悪い虫のせいか、それとも別のものか……



 ◇  ◆  ◇



キーンコーンカーンコーン……


 やたらと間延びのするチャイムの音に、俺は本日最後の授業を終えた。このまま2-Dに直行して帰りのホームルームをするのだ。


(みんなの前で、ゆーちゃんの善行を誉めるしかないのか)


 同時に三沢のことを誉めることにもなってしまうが、まぁ、仕方ないだろう。問題は、あの謙虚なゆーちゃんが素直にそれを受け止めるかどうかだ。……まぁ、ありえないが。


ドンッ!


 お腹の辺りに衝撃を感じ、俺の手にしていた授業用ノートと出席簿が廊下に落ちる。


「あっ! す、すみません!」


 慌てたその声に怒ろうかどうしようか迷うが、相手の顔を見て、驚きに声も出なくなってしまった。一年の証、黄色いリボン。短めのスカート。ゆれるポニーテール……。


(確か、あの時の……)


 俺はおぼろげな記憶をたどり、何とかその名前を思い出した。


「増山、だったか?」

「は、はい。……すみません。ちょっとよそ見をしていまして」


 落ちたものを広いながら、上目遣いに彼女は謝った。しゃがむと余計に、スカートが短いのが気になる。


「悩み事は、解決したか?」

「……とりあえず、気持ちの整理は尽きました。もう大丈夫です」

「そうか、ならいい」


 俺は少しだけホッとして、拾ってもらった出席簿を受け取った。その時、手が触れる。


「それじゃ、失礼します!」


 逃げるようにして走り去る彼女の背中を見送りながら、俺は今し方触れた手をじっと見ていた。

 

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