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猛女リエナの野望  作者: 天羽音彦
第一章
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第一話 姫の生還

「……」


無駄に広い寝室に人の気配はなかった。確か天蓋とか言っただろうか。この蚊帳みたいなやつは。桃色がかった薄絹のカーテン越しに見える調度品や何よりも部屋全体のデザインが何というか、とてもベル薔薇な感じだった。

いや、ちょっとまて。あれは相当な事故になったに違いない。収容するなら集中治療室じゃないか。いずれにしてもこんな至りつくせりの大奉仕がモットーの産婦人科っぽい場所に収容されるなんてことがあるだろうか。

確かに俺の家庭は割と羽振りがいい方ではあるが、それでも父親はサラリーマンにカテゴライズされる部類の人間だ。とてもこんなシェーンブルンだがバスチーユだかよく分からんが、絢爛豪華な個室を完備するような病院を選りすぐって、自ら車に特攻するようなバカ息子を入れてくれるとは思えなかった。

いや…… もしかしたら……


ひょっとしてここはある意味で隔離病棟なのだろうか。ありえない話ではない。俺は強面の父親に対しては小さい頃から非常に従順だったが、その分、母親に対してはかなり駄々をこねた口だった。

「ショウちゃん!ママの言うことが聞けないなら病院に引き取ってもらいますよ!」

そんな俺を母親はすっかり持て余して、半べそ状態で時々そう言っていたのを思いだした。何科の病院なのかまではさすがに子供心にも聞いてはいけない気がしてそれ以上突っ込まなかったが。

それにしても……

ここは本当に病院なのだろうか。しかし、俺にはもっとも切実且つ差し迫った問題が別にあった。

どうでもいいけどここってトイレどこなん……?


そうだ。目が覚めてからずっと感じているこの強烈な違和感のことだ。どれだけ眠ったままの状態が続いていたのかは分からなかったが、いずれにしてもかなり我慢の限界が近かった。正直、腹の中がパンパンだ。

あのクソ看護婦…… こんな時に何をしているんだ……

重症患者を放置して一体どこに行きやがった。っていうか出て行って何分経っているんだ。

どんだけ広いんだよ……ここは……


部屋の片隅に置かれた、これまたスタンド付きの豪華な鳥かごの中のカラスっぽい鳥以外に何の気配も感じられない。豪華だがそれだけに寒々しい雰囲気が漂っていた。

おまけに”殿下”と来たもんだ。

恐らく成金趣味の院長が自分のことを太閤とか関白とかナースに言わせて愉悦を感じているのだろう。下積み時代は”禿げ鼠”とかいうあだ名だったに違いない。そんな変態プレーに人をいちいち巻き込むなと言いたい。面会にきたら苦情を言ってやる。尿瓶の一つでも持って来い、と。


やっとの思いで俺は上体を起こす。たったこれだけのことなのに全力疾走したみたいに息が上がる。

さっきまで死の淵を彷徨っていた俺は肉体の感覚を失っていたせいか、意識がしっかりしている割りに未だに体全体が痺れたように自由が利かない。まるで別人の体を使っているようだ。

全身麻酔でも打たれていていたのか。

うーん…… 分からん……

俯いた途端、いきなり髪みたいなものがバサッと顔全体にかかる。

なんだよこれ……

かなりうざったい。まだ痺れが残る手でゆっくりとそれを手繰り寄せてみる。人間の毛髪だった。俺は自分の目を疑う。

「ごべky987#ほ!!」


まるで猫に遭遇した鶏の叫び声のような異様な音が、無駄に広い部屋の中で幾重にも反響した。ヒステリー女が上げた金切り声みたく俺の耳の中でピリピリしている。上手くしゃべれない、いや、声自体を上手く出せないというのもあったが、耳慣れないどころか、自分のものとは思えない声に俺は戸惑う。

ど、どいうことなんだ!?

もう一度、ためしに声を出してみる。

「ぼへえ~」

これなんていうジャイアソ?やはり上手く言葉に出来ない。舌が麻痺して思い通りに動かないのだ。いや、それだけではない。今、この役立たずな声帯から発せられた声というか音は若い女性のものだった。先に言っておくと俺は17歳で、声変わりは既に終わっている。

お、落ち着け!落ち着くんだ!俺!クールになるんだ!

自分で言っていておかしいが、はっきり言って冷静になれるような要素なんて何一つとしてない。


そこでこの金髪ですよ。最初は糸束かなにかかと思ったのだが、やはり何度見て人間の髪なのだ。しかも、それが全部自分の頭から生えている。

な、なぜ金髪…… 

言うまでもなく俺の髪の色は黒で、ヘアスタイルはどちらかというと短髪の部類だ。それが余裕で腰の長さまでありそうな長髪で、しかも地毛と見まがうほどの見事なカラーリングで金髪にされているのだ。

もはや言い逃れが出来るレベルの校則違反ではない。俺の学校は1分遅刻しただけで原稿用紙1枚分の反省文を書かせるほど厳しいのに、こんな姿で登校しようものなら即日停学ものだ。


いや…… ちょっとまて…… ていうか何でこんなに伸びてんだよ……

人間の髪の毛は平均して一日で0.4mm、アジア人の場合は0.3mmくらい伸びるらしいが、まさかこんなになるまで俺は寝たきりだったとでもいうのか。だからなのか。急に飛び出していったあのナースの反応は。この異様なまでの体の痺れは。

股間の方がじんわり温かいような気がする。いやいや、十滴くらいは誤差範囲だからまだセーフだが、危うくこの歳でお漏らしするところだった。

いまは…… 今は一体何月何日…… い、いや…… 西暦何年なんだ……!?

俺は取り乱しそうになるのを寸分のところで辛うじて抑えていた。とにかく、今は自分の置かれている状況を把握することが先決だ。


改めて自分の周囲を見回してみると違和感は部屋の広さや調度品だけではないことに気が付く。仮に長患いしていたのなら医療機材の類が回りにあってもいい筈だが、点滴すらされていた痕跡もない。当然、尿瓶の替わりになるような例のあれもない。あったらこんな苦境に立たされることもなかった。つまり、状況から察するにごく短期間、一両日の間の出来事のように見えるのだ。

部屋を眺め回していると不意にあのカラスと目が合う。根拠はないが実に性格の悪そうな目をしている。

「クエエエクエwww」

何故か”お前もなwww”と言われた気がする。イラッときた。ていうか病院に鳥は厳禁じゃなかったのかよ。見れば見るほど違和感しかない。

何が一体どうなってやがる…… ここは本当に病院なのか……


暗闇の中にいた時と同じで強引に自分を納得させようとしている部分があることは否定できない。むしろ隔離病棟の方が何倍もマシだった。

やべ…… ど、動悸が…… 

待て。考えるな。考えれば考えるほど、鼓動がどんどん早くなり、呼吸も乱れ始める。まるで定期考査終了間際なのにまだ半分も解いていない絶体絶命状態の数Ⅱみたいな感じか、あるいはそれ以上の焦燥感だ。

うそだろ…… 俺が一体何をしたっていうんだ……

足まで震えてやがる。思わず自分の胸に手を当てる。何か、むにゅっとした。

「……」

おい…… 何なんだ…… この感触……


俺は頭を抱える。時間と共に徐々に体の感覚が戻ってくるのはよかった。実に好ましい傾向だ。だが、それに相反して伝わってくる感触のいちいちが非常に好ましくない方向に向っていた。努めてスルーしようとしていたのは正直、気が狂いそうになるからだ。

お、オーケー…… 一つずつ落ち着いて整理していこう……

まず、今現在の肉体に関して問題が少なくとも3つある。


一つ目。今、俺は一糸も纏わぬあられもない姿らしいことだ。勿論、こんな状態ではトイレはおろかベッドからも離れられないわけだが、何というか、自分の体を白日の下にさらした瞬間、俺の精神が崩壊しそうなところが難点だった。

そして二つ目は胸に当てた時に手から伝わったあの感触だ。なんというか…… こう…… その…… 無駄にぷにぷにするのだ。これは元俺の所有物ではない何かが付着していることを示して余りある。

最後の3つ目。こいつは究極だ。股の辺りがすかすかする感じなのだ。長年連れ添ってきた筈の愛棒、じゃなくて相棒の存在が危ぶまれる、ということだ。

状況のすべてがなんかこう、いろいろ”アウト”だった。

素直に死んでた方がマシだったんじゃねえのか……


どこかで瀕死のドラ息子を助けるために肉体だけを他人と交換する手術を依頼されたモグリの天才外科医のマンガを読んだ気がするが、確か目玉が飛び出るほどの法外な報酬を用意しなければならなかったはずだ。勿論、俺の両親にそれが払えるわけがないし、そんな高度な医療技術など現実にあるわけがない。

だとすると、そこから導き出される可能性は非常に限られる。

つまり……


そうだ。これは夢なのだ。だからと言って尿意も失われるわけではないところが実に不幸だが。

「なんだ。夢ならしょうがないな。うん」

俺はベッドから降りることにした。トイレで存分に用を足した後、再び眠りに付けばいい。そして目が覚めれば全てがリセットされる、という按配だ。冴えている。実に天才的な発想だ。夢ならベッドの中で放水してもよさそうなものだが、それでは快適に安眠できないじゃない?


そうと決まれば一刻も早くこの苦しみから解放されたい。しかし、俺の意思に反して身体は相変わらず全く言うことを聞かない。ゆっくりとベッドの上で四つん這いになるとシーツを掴んでもぞもぞと芋虫のようにベッドの淵に向かって這って行く。

もうベッドから這い出るだけで重労働だ。まるで何年も寝たきり状態だったみたいに体のあちこちが軋む、いや、表現が難しいがサイズの合わない大きな靴を無理やり履いて歩くようなすっぽ抜けるような感覚に近い。

ともかくやっとの思いでベッドの淵にたどり着く。足元が覚束ないが、歩けない、というほどでもない。おそるおそる体重を足にかける。

よし……こいつ……動くぞ……


もう感覚が麻痺してきているのか、ベッド自体がキングサイズ以上の大きさであることにも驚かなくなってきた。

薄絹のカーテンの外に出ると視界はよりハッキリする。

しかし…… なんというか……

やはり異常に広い部屋だ。何年も歩いていない人みたいにゆっくりした動きしか出来ないのもあるが、どんだけ広いスペースを一人で使っているんだろうと呆れてしまうほど出口が遠い。

50平米は軽くあるぞ……これ……

ちなみにアキバエリアで築30年の賃貸マンション(50平米2LDK)が家賃12万円/月くらいだと聞いたことがある。コイツは寝室だけにそのスペースを使っているのだ。なんかムカついた。


シーツをすっぽりと頭から被った状態で俺はひんやりとした大理石の床を裸足で歩く、というかすり足でちまちまと移動する。部屋を出るまでに日が暮れそうな感じだ。

「おい、鏡なら入り口のすぐ近くにあるぜ。クェェェ!」

「ふぁ!?」

この部屋には俺以外にあの小汚いカラスしかいないはずなのに、今、誰かに話しかけられたような気がした。驚いて辺りを見回すが、やはり誰もいない。

「クエックエックエックエ」

何がそんなに楽しいのか、首を傾げている俺を見て明らかにあの性悪カラスが鳥かごの中で腹を抱えて笑っている。

コイツ……うぜえ……

気にしたら負けだ。うん。ふと視線を正面に戻すと、はたして姿のない声が言った通りに、開けっ放し状態のドアのすぐ横に掛けられている豪奢な姿見があった。

え……マジ?


確かに俺は鏡があればいいのにと考えながら歩いていた。夢だと思った途端に何かが吹っ切れたのもあるが。大して回り道にもならない。さっさと確認して用を足そう。

俺はズルズルと相変わらずのすり足で姿見の方に向う。鏡はゆうに2メーターはあるだろうか。身長175センチの俺の全貌を確認するには十分な大きさがある。ようやくの思いで鏡にたどり着く。無限縮地の術を掛けられていたわけでもないのに既に息は上がっていた。

ごくり……


固唾を呑む。あえて言おう。これは夢であると。だからこれは決していかがわしくも、まして犯罪でもなんでもない。強いて言えば17歳のいたいけな少年の当然の探究心なのだ。何か差し迫った重要な問題があったような気もするが、そんなことはもはやどうでもよくなっていた。

いざ…… クロス!! アウト!!

俺はリング入場のプロレスラーのように勢いよく身に纏っていた純白のシーツを投げ捨てた。

フォオオオオオオオオオ!!

姿見の正面に躍り出た俺はその場に凝固してしまった。


そこには一人の女神の姿が映し出されていた。白磁のような肌に眩いばかりの金髪。そして過度に己を強調し過ぎず、さりとて慎ましくもない程度の美乳。気の強そうな凛とした顔立ちに燃えるような真っ赤な瞳が印象的な美少女だった。

嗚呼、これはもはや僥倖ともいうべき光景なのだろう。いや、神の性なる恵みというべきか。

だがちょっと待って欲しい。お前らは自分の姿を見て自分に欲情するか?現に俺の46センチ三連装砲はさっきからピクリともしやがらない。

まあ、砲塔自身がないんですけどね。

でも…… 夢なんだからちょっとくらいなら触ってもいいよね!

左手を自分の胸に当てる。その瞬間、俺の体を電流が突き抜けた。

「ぐはぁ!!」


や、やばい…… 何という快か…… もとい背徳感…… 片胸だけでこれほどのダメージを受けるとは…… 

危なかった。実に危なかった。理性的且つ冷静な判断で片方だけにしておいて本当によかった。仮にダブルハンドだったら今頃は殺人カウンターを受けて致死量を失っていたかもしれない。

く、くそ…… ここまでなのか…… お、俺はこれ以上は先に進めない男なのか……

白い大理石の床にポタポタと血が滴る。

やはり手が出せないのか。DT歴17年の俺みたいなレベルの勇者ごときではラスボスには辿りつけないのだろうか。

くそ…… これしきのダメージで…… 萎えるような俺では無いわ!!舐めるなよ!! 妄想力で鍛えたこの俺の精神力を!!

俺は震える右手を下に下にと伸ばす。小さく可愛らしいお臍を通りすぎて更に下へ。

く、来る……!?つ、ついにラストバトルがっっ!!

緊張が最高潮に達したその時だった。


「姫!!姫!!無事であったか!!いや一時はどうなることかと心配しておったぞ!!」

不意に後ろから野太い男の声がしたかと思うと、いきなり後ろから肩を掴まれていた。

「うぎゃあああああああ!!☆もyk、dlがふじこ#じょ!!」


この時、俺は決壊していた…… 肉体的に……


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