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二章 9/

   二章 9/



「二人は今、海の近くの倉庫帯にいるの」


 恋歌の魔具は、形というものがない。存在《、、》が概念《、、》なのだ。その特性は二つ。他人の魔具の発動を感知できること、離れている魔具使いと通信ができること。つまり、センサーと無線の役割を果たすものだ。

 純後方支援型魔具――その魔具の名は、〝アルファヴォイス〟。


 〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟を解放した状態で、町を駆ける。屋上から屋上へと飛び移る。太陽が沈みかけている時間帯、出来るだけ人に見られないほうがいいという判断だ。

 恋歌の魔具での通信は映像などを相手に見せることも可能だ。網膜に焼きつくような感覚を持たせる。今、僕の右目に映っているのはこの町の地図だった。直線と曲線と陰影で描かれた地図は衛星画像のようだ。赤でバツ印が書かれているところ、そこが彼女達の現れた場所だという。


「二人とも一緒に居るのか?」

イエス。それと、今は反応が消えているの。恐らくは、雷兎を呼ぶために、さっきだけ魔具を出したんだと思うの」

「話があるか、それとも僕を始末するためか。後者だったら厄介だけどね」


 確率としては、その後者のほうが圧倒的に大きいだろう。

 正直、あの二人を相手に一人で立ち向かえるかは、かなり厳しいところだ。一人ひとりでも――たとえ僕が万全だろうとも――同じくらいの力量だろうというのに。


 しかし、それでも僕は今あの二人に会わないといけない。彼女達がどうやって僕を呼んだのかといえば、それは魔具解放の反応で、だ。それを拾ったのは僕ではなく恋歌。恋歌を知っていたからこそ、魔具の反応を僕への呼び声とした。恋歌を知っているということは、恐らく、一期一会(アルカナ)そのものの情報が向こうにあるということだろう。だからこその、魔具反応。

 そして、一期一会(アルカナ)を知っているということは――それに、拠点の近くでわざわざ反応を出したのは、拠点……僕らの居場所を知っていることに繋がるのではないか。そうだとすると、今僕が行かなくても、彼女達がこちらに来る可能性もある。それはまずい。メルカは、そこにいるのだから――。


 恋歌には、僕とあの二人が行き違いになるかもしれないと伝え――恋歌が拾った反応が、囮の場合もあるからだ――、メルカを別のところに移動させてもらっていた。その居場所までは知らないが、この町にはもう居ないだろう。


「……やはり反応は感じられないの。気をつけてなの、もうすぐ目標地点に着く」


 右目の地図の画像が消失する。もう地図も必要ないほどに近づいたか。……僕は地図を見るのは苦手だ。それに重度の方向音痴でもある。あの地図、実は全然役に立っていなかった。恋歌から直線で結んだ方角を教えられ、そっちに突っ走っていただけだった。

 方向音痴って知っているはずなのに、何で地図見せたんだろう……。嫌がらせなのか?

 そんなことを思ったのもつかの間だ。


 着地。〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟の解放を終わらせる。

 そして、顔を上げた先には――二人の少女。


 黒の袴を着こなし、腰まではありそうな髪を縛ってポニーテイルにしている。高校生ぐらいの体躯で、しかし、袴越しでもそれと分かるほど、胸元が大きく膨らんでいる。切りそろえられた前髪の下に覗くのは、意志の強そうな双眸。口許は真一文字に引き締められている。その右手には、二メートルはあろうかという大薙刀。

 もう一人は、どこかの学生服を着ている。足には革のブーツを履いている。体格は小柄、体型は華音に似ているが、それよりも胸はふくよかだ。姉と同じ色の髪はショートカットで、こちらは少し乱れている。凶暴さを孕んだ視線に、歪んだ口許。無造作に下ろされた両腕、その右手に、無骨な印象を抱かせる巨大なナイフ。

 〝瀧夜叉〟、虚衣蓬と、虚衣薊。

 初めて、まともに顔を見た。


「……よう」


 距離は三十メートル程。呟き声に近い音量だったが、聞こえていないということはないだろう。魔具使いに限らず、戦う者にとっては五感の全てを使いこなさないといけない。


「久方ぶりだな、織神雷兎」

「覚えてくれているとは光栄だな。自己紹介しといてよかったよ」

「私は人の名は絶対に忘れない。名前というのは、偉大なものだからな」

「ああ、そうだ、名前には力がある。名は体をあらわすともいうものな」


 蓬は答えない。どうしてここで話を切るのか疑問に思ったが、まあいい、話をしに来たわけではない。


「……さて、僕をどうしてここに呼んだ?」

「きゃは、簡単だよ? キミを殺しに来たに決まっているじゃないか……!」


 薊が腕を一振りする。静かな狂気が、微かな刃風と共に届く。

 ……どういうことだ?

 何故、三十メートルも離れているのに、風が届く。それに、何故ナイフを振るだけで風が起こる。

 気付く。薊の武器は、魔具だ。それも、恐らくは、何か風を操る類の。


「……それは、物騒な話だな。ならもう一つ聞く。何が目的だ?」

「きゃは――」

「いい、薊は口を出すな」


 何かを言おうとした薊を、蓬が薙刀を掲げ制する。薊は大人しく従っていた。


「何が目的だ、か――分かっているくせに、それでも確認がしたいか。ならば教えてやろう。我らの目的は――正宗メルカの保護でしかない」

「……やっぱりかよ」


 彼女達が僕に攻撃を仕掛けてくる理由が、メルカだとは断定できなかった。まあ、大体確実だったんだけど(そもそも争う理由がないわけだから)、もしかしたら、ということもあった。これは最後の確認だ。正直、奴らが違うことを言っていたらずっこけていた。


「じゃあ、お前らは戦線からの刺客なのか?」

「然り」

「お前らは二人だけなのか?」

「うん」

「お前らは――僕と戦うつもりか」

「きゃは――」「――然り、だよ」

「……そう。だが、一つ気になることがある。〝大統合ギルド〟の承認を得ているのかどうか、だ。彼らの承認がなければ戦いは出来ない。帰らせてもらうよ」


 そう。ギルド間の戦いは、〝大統合ギルド〟の承認がなければ実行できない。〝絶対法律(ルール)〟に記されているからだ。そして|、その承認を得るには、両ギルドからの了承がなければならない。

 了承の権利を持っているのは僕と識々だ。僕は当の本人だからやってないのは自分で良く分かっている。識々も何も言っていなかった。

 つまり、ここで争うことは〝絶対法律(ルール)〟に反する。僕は話だけ聞いて、帰るつもりだった。恋歌に彼女達のことを教えられたときから、戦うつもりはなかったのだ(といえば、半分くらいは嘘になるけれど)。

 僕は振り返り、歩き出そうと――


「承認は、得ているよ」


 ――出来なかった。


「ど――どういうことだ。僕も識々も了承していない!」

「その識々からの伝言だ。『彼女達を倒すのが一番早いよ』、だとさ」


 まさか――識々は、既に了承をしていたのか?


「……馬鹿かよ、あいつは」


 しかし。


 戦わなければならないのなら、仕方がないのかもしれない。

 確かに、これが一番手っ取り早いから。


「では、いざ尋常に。虚衣蓬――参る」

「きゃはは――虚衣薊、参ろうかッ!」

「ちっ――掛かって来い……ッ!」


 振り返りながら、腰に差していた二本の大型ナイフを引き抜く。更に、〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟を解放、高揚感と、凶暴な感情――慣れた、すぐに動き出す。

 僕が踏み出すのと、薊が踏み出すのはほぼ同時。薊が少し早い。


 速い。三十メートルが一瞬で詰められる。薊は回転しながら足払い、次いで、ナイフを地面に突き立てて両足を回転させる。ナイフの切っ先が火花を散らす。僕は両足の範囲から逃れた。

 薊自身が軽いこともあるのだろうが、ナイフの丈夫さも中々のものだ。それ一本、切っ先に全体重が乗っかっている。

 腕立て伏せの要領で右腕を曲げ、伸ばす。宙に浮きながら体勢が戻る。足が地面に付くと同時に、ナイフを真一文字に振るう。それを左のナイフで流しながら、右のナイフを逆手に持ち、突く。薊は後ろに大きく跳躍。薊が上空に逃げた瞬間、蓬の薙刀が現れた。


 低く、膝辺りを狙った薙刀。バック転で斬線から退避する。舞うかのような斬撃が、僕を追撃する。その視界の端に、薊を確認。大きく離れた右側。回り込むつもりか。

 蓬から大きく距離を取り、薊へと体を移す。丁度突っ込んでくるところだった。

 小さく飛び上がりながらナイフが振り下ろされる。両手のナイフを交差して受け止める。薊は勢いのままサマーソルトキック。上半身を反らして避けるが、捕まる。両足が首に絡みつき、直後に捻られながら地面に叩きつけられる。衝撃で両方のナイフを取りこぼす。

 背中を強打して、息が吐き出される。背骨を折りかねない一撃を、受身をとれず喰らった。

 薊は僕に乗りかかったまま、ナイフを振り上げる。

 夕焼けの光が刀身に煌く。光が、僕の顔に近づく――。


「くっ!」


 それを、両の手のひらで掴んだ。所謂白刃取りの形だ。薊は一瞬虚を突かれた顔をするが、すぐにもとの緩んだ表情に切り替わる。両の手にかかる圧力が、増す。


 即興でやったが――上手くいってよかった。しかし、はやく抜け出さないと蓬の攻撃がくる。

 右足を体に引き寄せ、放つ。薊の顔を狙う。女の子の顔に傷をつけるのは抵抗があるが……そんなことをいっている場合でもない。

 果たして、その蹴りは避けられたが、ナイフが軽くなったのもまた事実。その隙にナイフをねじり薊の手から離し、その手を掴んで投げ飛ばす。軽い体は不自然な体勢からでも容易に投げられた。

 僕はそのまま立ち上がり、ナイフを拾う。


「……流石の実力だ。一人で前線に赴くだけある」


 その背後から、凛とした声。僅かな空気の乱れ、直感で自分で自分の足をかけて転ぶ。その頭上を銀の刃が通り抜けた。いや――通り抜けない、僕の体の真上で、動きが留められた。


「だが、所詮は一人だ」


 そのまま薙刀が振り下ろされる。下から見ると本当に断頭台のようだ。なんて考えるのは一瞬の更に一瞬、反射で腕が動いていた。左のナイフが薙刀を防ぎ、肘がアスファルトを割り半ば地面に埋まる。右手を薙ぐ。薙刀が退かれる。


「一人の何が悪い……」

「強いて言えば、戦闘効率だな」

「まさにその通りだな……っ! けど、一人のほうが気が楽でね!」


 袈裟に振るわれた薙刀を体をずらして避ける。返す太刀筋をしゃがんでかわす。


 体を回転させながら右ひざを狙って蹴る。曲がらない方向への衝撃に、蓬は苦悶の表情。蓬の首元狙って右のナイフを、胸元を狙って左のナイフを、体当たりのような形で突く。

 蓬の驚愕に見開かれた顔。ナイフが、深々と突き刺さる。手ごたえは、予想に反して軽かった。ナイフを抜きながら旋回、薊に向かって奔る。


 薊の顔もまた、驚愕が走っていた。正面から突き――と見せかけ、靴底のゴムを焼くほどの急停止、旋回。背後に立つ。ナイフを振るう。薊は振り返りざまにそれを弾く。しかし、手数はこちらのほうが多い、僕の二本のナイフと、薊の一本のナイフが次々と丁々発止を刻む。


「蓬は殺した――後はお前だけだぞ、逃げるなら今のうちだ!」

「きゃは――逃げるなんて、広辞苑には載ってないよ!」

「それを言うなら『私の辞書』だろう、広辞苑引いてどうするよッ!」


 薊の会話には焦りはなかった。そして、その余裕も手捌きに現れていた。二本のナイフを、一本だけで、右腕だけで全て防いでいる。


「ボクをあまり舐めないでほしい――なんて、陳腐な台詞だけど、今の状況にわりと似合っているよね」

「減らず口をッ!」

「口は減るもんじゃないもんねっ!」


 薊が後退する。それを追撃して前進して――出来ない。


「――私を忘れるなよ」


 蓬の――無傷の(、、、)蓬の会心の笑み。右手の薙刀が空気を喰らい尽くして薙がれる。僕は勢いをつけた状態、踏みとどまれない――!

 高く、二メートルほどまで跳ぶ。蓬を飛び越える。

 蓬の薙刀が反転、蓬は前を向いたまま、刃がこちらに突き出される。横に動いて避ける。蓬がこちらを向きながら薙刀を振るう。


「私が――死んだと思ったか?」


 薙刀を左のナイフで防いだまま、顔を蓬に近づける。

 そして、言った。


「いや――全然」

「……何?」


 その隙を突いて薙刀を弾き、右足でみぞおちを蹴飛ばす。蓬が吹っ飛ぶ。地面にぶつかり、そのままごろごろと転がった。

 蓬が立ち上がると同時に、その横に薊が現れる。

 また――奇遇にも三十メートルほどの距離を保っている。


「何故だ……何故分かった!?」

「んなの、簡単じゃんよ」


 蓬の顔が驚愕に見開かれた。蓬を突き刺す時の――いや、幻影の蓬を(、、、、、)突き刺した時よりも(、、、、、、、、、)

 その顔が面白くて、説明したくなる。もっと見てみたいから。


「まず……だ。何よりも、刺した時の感(、、、、、、)触が軽すぎた(、、、、、、)。蓬がどう考えてたのかは知らないけど……あれじゃバレバレだ」

「――きゃは」


 薊が駆け出す。右腕のナイフが突き出されるが、軽く弾く。薊は更に追い討ちをかけてくる。


「そして、次は薊。蓬は及第点といったところだけど、お前は演技が下手すぎる。これも、バレバレだ」

「うるさいっ!」


 初めて感情を露わにした薊。鋭く、ナイフの重さも加わった攻撃が紡がれる。しかし、僕の体には届かない。薊の顔が不審さを帯びるのが分かる。


「……じゃあ、今までのは何だ。薊にあれ(、、)を言ったのは?」

「勿論、蓬を騙すためさ。感づかれたくはなかったからな、言ってはみたが、騙されるほうが悪い。普通、わざわざ言うかよ、殺したなんて。そもそも確認できてないじゃないか」


 蓬が歯を噛み締める。


「――余所見をするな」


 薊が、怒りを滲ませた声で呟いた。ナイフによる攻撃から、ナイフを軸にした足技へと攻撃法を変える。しかし、それが読めていると、薊の攻撃はトリッキーながら単調だ。それに、わざわざ足で攻撃する道理はない。こちらはナイフだ。斬線が、血を散らす。それでも薊は止まらない。数十と足に傷が出来たところでやっと、後退した。


「どういうことだよ」

「何が」

「――どうして、ボクの攻撃が当たらない?」


 薊は、膝を地に付けたまま、問う。


「簡単だ。死んだ蓬が偽者なら、生きている本物がいる。わざわざ消えたということは奇襲しかありえないだろう? 問題はそこだ。僕にはそのタイミングが掴めなかった。だから、薊との一騎打ちの時も、注意をするしかなかったんだよ」

「じゃあ……まさか、ボクと戦っていたとき、キミは本気を出していなかったの?」

「そういうことだ。大体、何で手数が二倍なのに攻撃数が一緒なんだよ。せめておかしいと気付け。

 僕を――あまり舐めないでほしいね」


 二人の質問タイムは終わりだ。


 随分と中途半端なところで終わりますが。

 次話もVS蓬&薊です。

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