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ホワイト・ラピッド・ライトニング  作者: 天風 御伽
第二幕  MoonlessNight and Avenger
30/36

二章 7/   二対一の抗争(上)

 何事にも理由は存在する。動機があって、過程を辿り、結果を見る――

 それは魔具使いにも適用される。勿論、各々の戦う理由というのもあるだろうが、全ての魔具使いに共通して存在する理由がある。


 それこそが、〝餓え〟だ。餓えをしのぐために、彼らは――僕たちは戦っているといってもいい。魔具に取り憑かれ、縛り付けられた魔具使いには、魔具から逃れる方法はない。

 魔具は常に別の魔具の血を、魂を求める。それが所謂魔具の食事になるのだ。そして、その食事を満足にしてあげられないと、魔具は取り憑いた人間の魂と血肉を喰おうとする。

 戦わなければならない理由を遂行するためには、死ぬわけにはいかない。当たり前だ。死なないためには、魔具への食事の献上が必要だ。


 魔具を使う代わりに、魔具の欲するものを与える。両者は対等関係に等しい。

 その食事《、、》を効率的に、統制的に行わせるのが〝大統合ギルド〟の役割だ。

 抗争と称して、二つのギルドを争わせ、勝ったほうが負けたほうの魔具を喰う。

 相手の魔具を喰らうということは、つまり、その相手を殺すということだ。

 抗争は、どちらかが死ぬまで終わらない――


「両者、揃ったようですね」

 と、声がかけられる。声の主は、一段高い場所にいる、白いコートを着た男だ。

 白いコート、それは〝大統合ギルド〟の正装だ。胸元には複雑な意匠を携えた、純白の衣服。聖職者にもみえるそれは、一見シンプルだが所々に凝らされた装飾がある。

 僕がそれを見る機会は、抗争のときぐらいしかない。


 だとしたら、今は。


「それでは――〝一期一会(アルカナ)〟対〝静楼イグザリオ〟、第一戦を始めます」


 男が厳粛に言い放つ。

 僕に投げかけられる、五対の視線。

 それを受け止めながら、前方を睨み付ける。

 〝静楼イグザリオ〟の一部隊――相手の数は、視線の数と同じ五人。その全員の名は、識々に聞いていた。


 中央で仁王立ちして構える大男は、恐らく今回のリーダー役、岡寺重也おかでらしげや

 その右隣、長い銀髪を垂らした外人風の男は、エイヴァリ・ロネッツォ。

 左隣に佇んでいるのは、まだ中学生くらいの外見をした少年、仙石土筆せんごくつくし

 そして、その前方に二人で並んでいるのは、今回の抗争相手、瀬尾玄甲せのおげんこうに、芹沢鴎せりざわかもめか。

 瀬尾玄甲は、長身だが痩せ細った、針金を連想させるような男だ。にたり、とでも形容するような薄い笑みが特徴だ。歳は二十代後半。腕と足はゆったりとしていて腹部は締められた、上下一体の変わった衣服を着ている。

 芹沢鴎は、五人の中で唯一の女。それもまだ若い。日本人なのに輝く金髪をしているのは、染めているのだろうか。上半身は青色のコート。下半身はホットパンツで、太腿の半分から先が露になっている。ロングブーツがふくらはぎまでを守っていた。眉間にしわを寄せた、厳しい表情をしている。


「両者、闘技場へ」


 言われて、僕はそこから飛び降りた。

 降りた先は、直径三百メートルほどもある、巨大な円形闘技場だ。地面は土が敷き詰められている。壁の高さは五メートルはある。

 ここは、八代町の地下《、、》だ。この――僕やみんなが住んでいる町の下には、こんな場所がある。


 抗争用に作られた、巨大なコロシアム。

 このことを知る人間は魔具使いとその関係者だけだ。

 僕の視界に、二人の人間が飛び込んでくる。三百メートル先――遥か遠景だが、僕にはそれがはっきりと見える。

 僕の魔具〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟は、目に寄生しているだけあって視力強化などにも優れている。元から目はいいほうだけど、流石にあんな先だったら裸眼では無理だ。


「〝一期一会(アルカナ)〟、織神雷兎――」


 審判の男が名を告げる。

 僕は今、一人だ。識々も、恋歌も、メルカも、応援には来てくれなかった。けちだ。

 ともかく、と。僕は、膝をたわめる。


「〝静楼イグザリオ〟、瀬尾玄甲と芹沢鴎――」


 呼ばれた二人の気配も、一変する。殺意が漏れ出た、敵の様相へ。


「抗争開始」


 審判の台詞と同時に、僕は弾けとんだ。

 一寸の迷いも持たず、相手の力量を見定めるでもなく、突撃する。三百メートルなんて、僕の魔具によれば数秒だ。

 疾走しながら、腰の鞘から愛用のナイフを抜き取る。刀身が長く、柄が片手で持てるほどしかない、特殊な形状のナイフ。闇に溶けるように全身が黒い。刀身の根元には、それを作り出した職人の意匠が銀で掘られている。


 衝突する。

 芹沢鴎が前に出る。その両腕から光が迸り、左腕を掲げる。

 勢いのまま、僕はナイフを突き出した。

 金属音。


「さあ――勝負だ」

「私たちに、一人で勝てると?」


 鴎の左腕を、金属が覆っていた。円形の盾――小型ラウンドシールド。

 ナイフはそれに防がれ、軌道がずれる。右腕を引き戻す。

 光の奥で鴎が右腕を横に振りぬく。後方へ跳んでそれを避けた。彼女の右腕が掴んでいたのは、分厚い刀身が特徴の剣、グラディウス。


「〝ケントゥリオ〟」


 鴎の透き通るような声。ケントゥリオ……彼女の魔具の名前か。

 鴎が長い金髪をたなびかせながら踏み込んでくる。右手のグラディウスを振り下ろす。直線的な一撃。僕は左へ一歩動いてそれを避け、ナイフで牽制する。

 振り下ろされた右腕を引き戻して、グラディウスの剣身が持ち上がる。後退。


「仕掛けてこないの?」

「無闇には、ね」

「最初の攻撃は無闇とは言わないんだ」


 くすり、と小さく微笑む鴎。だがその立ち姿には隙はない。

 四メートルほどの距離。僕は彼女を観察しながら、後ろに控える玄甲への注意も怠らない。序盤は鴎が一人で戦う算段なのか、奴は顎に手をあててこちらを窺っていた。

 右手のグラディウス。左手のラウンドシールド。構える彼女の姿は、さながらローマの剣闘士だ。俊敏さを残すために鎧は着ていないのだろう。


「鴎って、何歳?」

「年上のレディをいきなり呼び捨てとは、日本男児も堕ちたものね。しかも歳を尋ねるなんて」

「敵じゃん。そういうあんたは日本女児だし」

「細かいことはいいのよ」

「歳は?」

「二十と少し」

「ああそう」


 飛び込む。

 直進するとみせかけてフェイント。右に曲がり、攻撃のフェイント。足払いをかけるが、鴎は呼応してラウンドシールドで右足を受け止めた。

 右足が地面に着くと同時に左足を跳ね上げる。顔面を狙った蹴りだが、鴎はそれも鋼の盾で受ける。さらに盾を突き出して、腹に体当たり。後ろへ下がり威力を流しながら体勢を整える。

 だが鴎の攻撃はそれで収まらない。盾で僕の視界を防いでおきながら、死角からグラディウスが突き出される。予想しておいた攻撃。体を捩ってかわす。

 再び僕と鴎の間に空白が生まれる。


「……やるね」


 独白して、唇を舐める。

 剣と盾という、オーソドックスな装備型魔具。だがその分装備者の力量が存分に発揮される。鴎の剣捌きと盾の扱いは熟練している。


「本気で来ないの?」

「それには及ばない」


 つっけんどんに答える。そう――まだ本気にはなれない。控えてる奴がいる限り。僕も全力で戦ってみたいのはやまやまだが。

 じりじりと、二人の間に緊迫。


「……鴎。さっさと仕留めたらどうだ」

「出来たらとっくにしてるわよ」


 後ろの玄甲が、苛立ったように声を上げる。


「そういうあんたは何で攻撃してこないの?」

「そういう作戦だからさ」


 なら――引きずり出してやる。

 地面を深く抉りながら踏み込む。土を空中へ跳ね飛ばしながら、鴎へ肉薄する。左手が左太腿に巻き付けていたホルスターからネイル《釘》ナイフを三本、指の間に挟んで抜き取った。

 右手に大型ナイフ、左手にネイルナイフ。


 一歩進みながら大型ナイフを突き出す。盾が防ぐ。右へ移動しながら再び大型ナイフ。またもや盾。鴎はグラディウスを振るって牽制するが、位置が高い。しゃがんで回避しながら足を払う。倒れはしないものの、膝が曲がった。

 右足を戻しながら体を捻って左足で鴎の腹部を狙う。直撃。後ずさりする鴎を低い体勢のまま追い縋る。ネイルナイフを振り上げながら大型ナイフで突く。両方とも盾が防ぐ。

 だが防がれるのは承知の上。盾を前方に持ち上げたせいでガードが緩くなった左側に動き、右膝を打ちつける。


「盾って死角が多くなるんだね」


 その後もナイフで牽制しつつ足でのフェイントも織り交ぜ、隙を見るやいなや足技を繰り出していく。鴎の体力も、もってあと数分か、十数分。


 だが。

 風を巻き込みながら、何が飛来した。

 突然の攻撃だったが避けれないわけではない。それは明らかに僕と鴎の距離を離させることを目的とした一撃だった。咄嗟にそうしてしまったが――


「鴎。作戦変更だ」


 瀬尾玄甲。

 その男の両手に、何かが掴まれていた。

 双銃――だ。


「なかなかやるようだな、織神雷兎。鴎一人で事足りると思っていたが」

「僕、そんな風に思われていたんだ。過小評価もいいとこだね。双銃使い」


 全体的に黒い。見た目は普通のオートマティック式ハンドガンだ。

 玄甲がそれを構える。直後、派手な銃声が鳴り響く。速度は普通の銃のそれと一緒だ。前後左右に動いて避ける。


「俺の魔具の名は、〝ベレッタ〟」

「随分とオーソドックスだな」

「ふん。シンプルイズベストという言葉を知っているか?」


 銃声は鳴り止まない。どうやら銃弾も併せて魔具のようだ。

 魔具であるなら、銃本体にも、銃弾にも、何か変わった性能があるはずだ。それを見極めるまで、無策に突っ込むことは出来ない。


「織神雷兎……〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟か。寄生型、全身の運動能力を著しく向上させる魔具……貴様のような小僧には勿体無いな」

「お褒めの言葉、どうもありがとう」


 玄甲の攻撃は牽制にしかならない。鴎は奴の横で戦況を窺っている。奴が撃って、僕が避けて。事態は一向に進まない。


「最初の考えではな、鴎が貴様を痛めつけ、体力を削ぐつもりだったが。こちらが逆にそうなるとはな」


 銃声は大きいが、奴の声は不思議とよく通る。同時に僕の声も向こうに届いているようだ。

 剣と盾の芹沢鴎に、双銃の瀬尾玄甲。二人とも特筆するような能力をもった魔具使いではない。……が、見た目が普通でも、中身までもが普通とは限らない。何をされるか分からない。場合によっては、見た目から凄そうな魔具よりも脅威になることがある。

 何よりも危険なのは、相手を見くびることだ。慢心していては一撃で葬られかねない。たとえ格下の相手だとしても。

 それを理解しているからこそ、突っ込めない。


「鴎、行け」

「……分かってるわ」


 銃弾の嵐が止むと同時に、鴎が疾走する。右腕のグラディウスを構える。

 薙ぎの一閃。後ろへ下がる。グラディウスによる連撃が襲い来る。一撃一撃は遅く、十分にかわせる攻撃だ。だが、それが本気でないことは明らかだ。

 鴎の背で玄甲が銃を構える。


「なっ……!」


 僕と玄甲の間には、鴎がいる。どうするつもりだ――

 斜め前の左右に両腕が開く。引き金が引かれ、マズルフラッシュが瞬き、銃弾が発射される。

 だが銃弾は左右へは飛ばなかった。緩やかな曲線を描きながら、僕を狙う。


「追尾弾――」


 丁度、鴎に当たらないカーブ。

 一歩で大きく後退して回避する――が、銃弾は止まらなかった。違う曲線を描いて、僕を目指す。


 下がる。左右に跳ぶ。前へ転がる。何度避けようとも、銃弾は動きに付いて来る。その数十六。

 それに加えて鴎の剣が迫る。併せて十七の凶器が僕を襲う。

 しかしその速度は大したことはない。避けきれる、けど。


「ははは、逃げるだけか!」


 双銃からマガジンを抜きながら哄笑する玄甲。どうやら特殊な銃弾はマガジン交換が必要なようだ。そして再び構え、乱射する。

 十六の弾丸が増加される。それも全て追尾弾。


「流石にこれ以上増やされたら厄介だな……」


 このまま玄甲の好きにはさせておけない。

 けど、玄甲へ攻撃しようと接近するたび、鴎がそれを阻止する。これが、奴らのチームワーク。無理に玄甲を攻撃しようとすれば鴎のグラディウス、鴎に集中しすぎれば追尾弾の餌食。


 能力を考えて組まれたタッグは、一人で戦うには強力すぎる。

 ここまで厄介だと、本気を出すしかないだろう。けど、それにはまだ早い。

 玄甲の特殊能力がそれだけだとは到底思えないし、鴎にしてもまだ変わった攻撃は行っていない。無策に全力を出すと、その隙を突かれる。

 だがあまり躊躇していては追尾弾の群れが増えるばかり――


「どうする……くそっ」

「このままだと死ぬな、お前」


 鴎が横合いから飛び込んでくる。弾丸の群れの中へと。


「よく突っ込めるな、この中に」

「慣れたものさ。あいつの銃弾の速度も追尾性能も熟知している」

「流石相棒さん」

「褒めるなよ、照れるだろ?」


 そんな台詞も、命のやり取りを続けながら。鴎の体が死角になって弾丸の軌道がさらに読み辛くなる。


「三度目ぇ!」


 叫びながら、玄甲が双銃を撃ち鳴らす。十六の弾丸が追加された。

 いつまで続く――奴の攻撃は。


「鴎、そろそろ決めにかかれ! ぐずぐずするな!」

「……はい!」


 唇を噛み締めながら、グラディウスを振り続ける。


「あいつは、お前のことを相棒だと思ってるの?」

「本人に聞いて見ないと分からないな」

「分かってるだろ、お前自身が。それでもあいつに従っているのか」

「うるさい!」


 大きく振りかぶり、大きな孤を描く袈裟懸けの一撃。簡単に見切れる一撃。

 勢いのまま鴎が肉薄してくる。盾を構え突進し、剣で突く。ナイフで応戦するが盾に弾かれ相手の体には傷一つ負わせることが出来ない。

 そのとき、鴎の二の腕から何か赤いものが跳ねた。


「つぅッ!」


 血。

 僕がやったのではない。鴎が自分で自分を傷つけたわけでもない。その傷を付けたのは、追尾弾を操り戦いを傍観しているあの男――玄甲だ。


「何で、仲間を!?」

「あ? そいつが避け切れないからだ」


 だからどうした、とばかりに。

 あいつは、憎憎しげに言葉を吐いた。

 鴎は剣と盾を振るい続ける。唇を噛み締めながら。


「……鴎」

「四十八発ってのは、私も体験したことがなくてね。手を打たずに逃げ続けるのは、織神くらいしかいなかったから」

「そんなことじゃない。お前らは、本当に仲間なのかよ」

「仲間、じゃないかな」


 左右から十二発ずつ。避け切る。


「命令されて、傷つけられて。それで偉そうに腕組んでるあいつが、仲間だと?」

「そうだよ!」


 本心からか虚勢からか。分かりきっているけれど。


「――じゃあ、ごめん。僕、鴎の仲間を殺すことにする」


 右手の大型ナイフを腰の後ろに、左手のネイルナイフを左太腿に、それぞれの鞘に戻す。

 徒手空拳。


「少し力を借りるよ、〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟」


 僕の意思に呼応して、体を包むエネルギーのようなものが強く、濃くなるのが分かる。拳を強く握り締めた。

 大きく後ろへ後退する。距離は二十メートルほどか。

 四十八の銃弾が、いっせいに僕を目掛けて飛来する。いっせいに――

 銃弾と僕との距離が一メートルにも満たない間合いになったとき、僕はそれまで溜めていた力を一気に放出した。

 まっすぐ、前へ。

 二、三発の弾丸が体を掠めて通り過ぎる。何条かの血の筋を曳きながら、疾駆する。


「速い――」


 二十メートルなんて、僕には一歩と変わりない。

 瞬く間に鴎の前に現れる。向こうからしたら瞬間移動したようにも見えただろう。踏み込みが土を撒き散らす。

 運動エネルギーを全てぶつけるような、捨て身の一撃。右拳を、思い切りぶつける。盾を構える隙も、剣を振るう暇もない。

 鳩尾あたりを捉えた一撃は、軽々しく鴎の体を吹き飛ばした。


「さあ、次はお前の番だ」


 呟いて、もう一度足に力を溜める。玄甲を、ぶっ潰す。

 数瞬だけ玄甲の表情が困惑に変わる。だが冷静に双銃を乱射した。性懲りもなく、また追尾弾か。けど今の僕には追尾なんて性能は役に立たないだろう。

 前からは十六、後ろからは四十八の弾丸。でも僕には追いつかない。

 一陣の颶風ぐふうとなって、玄甲に肉薄する。


「〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟の本領か」


 距離が零になる。鴎に喰らわせた一撃と同じ技。しかし肉を捉え吹き飛ばす感触は拳には伝わらなかった。

 野獣の反射能力で、振り向きながらしゃがみこむ。


「避けるか、さっきの攻撃を」


 どのタイミングでか、奴は後ろに回りこんでいた。回し蹴りによって発生した微風が僕のはくはつを揺らした。

 至近距離で玄甲が銃を構える。銃口から炎が噴く。潜りこんでやり過ごし、玄甲の腹に肘を打つ。

 玄甲は吹き飛んだ――が、それこそが狙いであるとばかりに、跳びながら銃を乱射する。その隙間を潜り抜け、さらに追い縋る。また何発かが皮膚を掠りとっていく。そんなことはどうでもいい。

 両腕を腰の後ろに。両手に一本ずつ大型ナイフを持つ。

 薙ぎ、突き、振り上げ、玄甲の体を狙う。


「ただの刃物で歯向かうか」

「ただの、じゃねぇよっ!」


 連続で攻撃し続けるも、その分厚く黒い刃は奴の体を捉えられない。運動能力では僕の方が格上のはずなのに、奴は行動を全て見切ってくる。


「どうして、といった表情だな」


 一瞬の隙にねじ込むように、玄甲の蹴りが飛んでくる。反射能力の高さでそれは避けれた、が、さらに隙を作ってしまったところを銃弾が狙い撃つ。

 下がる。直後にさっきまでいた場所を弾丸が穿った。


「貴様のナイフ捌きは未熟すぎる。よくそれで生き残ってきたものだ。そのナイフ、見る限り職人の手作りのようだな。貴様には勿体無さ過ぎる」

「お前っ……!」


 容赦ない言葉は、その分正鵠を射ている。そう……ナイフの性能は十分、運動能力も僕の方が上、なのに避け切れられるってことは、僕のナイフを扱う力が足りないということだ。


 圧倒的なまでに。

 完膚なきまでに。

 僕には、技術が足りない。

 それを奴は戦うだけで発見する。それだけ奴は戦い慣れている。

 強い――


「さっさと殺すか、もう飽きた」


 憎々しげに呟きながら、双銃の発射口を僕に向ける玄甲。僕は弾け跳ぶ。

 双銃が火花を散らす。

 だが、僕だったら避け切れる。


「ッ!」


 と、思っていたが。

 奴の放った弾幕には、僕が潜り抜けられるほどの隙間はなかった。


「今までのはフェイクさ」


 思わず舌打ちが出てしまう。けどそんなことをしてる暇はない。

 勿論横に避ければ一撃も当たらずやり過ごせる。だがそれだと奴にさらに攻撃の機会を与えるだけだ。しかしこのまま突っ込んでは掠り傷じゃ済まない。

 僕が取った選択は。


「――――!」


 ナイフの腹で、致命傷となる弾丸だけを弾き飛ばすことだった。

 左右二発ずつの銃弾を防いで、特攻する。玄甲は嫌な笑みを浮かべているだけだ。

 そのとき。

 両手のナイフが、嫌な音を立てた。


「ふふふ……普通の金属が、魔具の力に耐えられるはずがないだろう」

「予想は、していたけどな……」


 僕は立ち止まった。両手に目をやる。

 黒尽くめのナイフ。名匠が腕によりを掛けて作り上げた武具。僕の一番の武器で、最も多く使ってきていたのに。

 それが、音を立てて真っ二つに割れた。

 刀身が土の上に落ちる。


「たった二回だけで壊れるとは思わなかった」

「二回も、だろう。丈夫な剣でも一発で折るというのに。良い腕のたくみのようだな」

「直属の上司より信頼できる人だよ」


 直属の上司というのが誰なのかは言うまでもない。

 軽口を叩きながらも、その心は風穴が穿たれているかのように痛んだ。

 僕の技術不足で、このナイフを壊してしまったようなものだ。識々は、武器は所詮武器、いちいち気に掛けるようじゃやっていけない、と言っていたけど、僕はそうも思えなかった。このナイフも、僕にとっては魔具のようなものなのだ。


「覚悟していたこととはいえ、実際そうなると心にくるものがあるな」

「ざまあみろ、だ」


 静かに燃える心は、その八つ当たりの対象をあの男に決めたようだ。

 僕は、悠然と佇み、奴を睨む。


「忘れたわけではあるまい? 六十四の追尾弾が、貴様を狙っていることを。突っ立っていては、格好の的だぞ」

「それもそうだな。――じゃ、動くか」


 このままじゃ奴には勝てない。勝てる気がしない。

 だけど、倒す方法がないわけではない。

 メルカと戦ったときと同じように――その体を魔具に譲り渡すのだ。

 ナイフを破壊された恨みと、このままでは死んでしまうだろうという焦りがあれば、僕の中のあいつ(、、、)も無視するわけにはいかないだろう。


「……いいだろ? ()


 ――いいだろう、やってやるよ。


 体の奥から応える声。


「……雰囲気が変わったな」


 玄甲が俺《、》の気配に気付く。闘技場を眺める別の視線も異変に気付き、固唾を呑んで見守る。


「さあ、やろうか」


 後ろからは、六十四の弾丸が迫ってきていた。


「手の内を明かすのはまだにしておきたかったけどな……」


 そう言い残して。

 ()は、行動を開始した。


 バトルですね。

 見れば分かりますね。


 戦闘シーンは無意味に長引かせてしまう癖がある。これもわりと削ったと思うんだけど……。

 次話は後編部分です。

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