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一章 3/

   一章  3/



 というわけで、朝だ。


 眠りすぎて逆につらい体で自転車を漕いで、学校に向かう。まだ早い時間帯だが、これくらいに家を出ないとテレビから目を離せなくなる。ニュース、基本的に好きなんだ。

 校門が見える。数人くらい、生徒をちらほらと見かける。

 公立、愛染高等学校。通称愛高。

 ここは、別段都会でもない――よくて地方都市の隣町、みたいな所だ。そんな場所にあるという高校となれば、大体が地元と親交が深い高校だろう。ここもそうだ。

 僕は駐輪場に自転車を停め、校舎内に入った。



     ◆



「あら。織神雷兎」

「ん? ああ、メルカか」


 教室に入った途端、そんな声が聞こえてきた。

 声の主の名前は、正宗まさむねメルカ。

 長い、腰ほどまである黒髪と、透き通っているような白い肌。校内でもトップクラスの美人と評判も高い。


「……学校では私に話しかけないでくれる?」

「お前が先に声掛けてきたじゃねぇかっ! そして僕の席に座るな!」


 まさかの理不尽だった。


「だから、話しかけないでくれる? ヘタレが伝染(うつ)るわ」

「頑なだなおい! そして僕はヘタレではないしそもそもヘタレは伝染らないっ!」

「何を言ってるの? ヘタレといえば一番軽い気体じゃない」

「……はぁ?」


 一番軽い気体、イコール水素。


「水素の原子記号はたしかに『H』だけどヘタレの『H』ではないっ! それに水素も伝染るものじゃないよなぁ!?」

「ヘタレは伝染らない、水素は伝染らない……否定ばっかりで、意見に耳を傾けようともしない、私は……私は、そんな奴が一番嫌いよ!」

「かっこよく言われても!?」


 あまりかっこよくなってないしな?

 話題が話題なだけに。


「……で、何で僕の席に座ってるんだよ」


 メルカは僕の席に座っていた。椅子に、ではない。言葉通り、席に、座っていた。

 胡坐だった。

 見えそうで見えなかった。


「ふふーん」

「何だよ?」

「いや? 思春期じゃなあと思って」

「誰がお前なんかに欲情するか」

「あらそう。私のびゅーちふるぼでぃに興奮しないとは驚きね。……もう現役引退?」

「んなわけあるかっ! 僕はまだまだ元気だっつーの! 青春だっつーの! 何を言うか!」

「あ…………」


 誰がお前に欲情するかも、何を言うか、も。

 全くもって、僕だった。


「…………あぅー」


 教室に他の人が居なくて良かったと思う瞬間であった。


「……まあ、話を戻しましょう。何で雷兎の席に座っているか、だったわね。そのまんまだけど、雷兎と会話するためよ」

「ならもっと違うアプローチにしようぜ……」

「それもそうね。なら、何か議論すべきことを真面目に語ってはどうかしら」

「お前とそれが出来るかは謎だが……そうだな、どうせこのままならイジられるだけだし」


 椅子を引き出して、それに座る。


「じゃあ、お題。命とは何なのか」

「…………」

「あら、どうしたの?」


 どうしたの、じゃない。

 いきなり重過ぎる話題だった。


「どうと言われても、な……。じゃあ、まずお前の意見を聞かせてくれよ」

「神様の名前でしょう」

「それは『みこと』だっ! 確かに漢字は一緒だが!?」


 まさかそんな返しがくるだろうとは、露ほどにも思わなかった。


「まあ、冗談よ。……そうね、私論では、命は与えられたものじゃなくて与えられてしまったものだと思っているのだけど」

「ふむ。それはどうして?」

「貰いたくて貰ったものじゃない――から、じゃないのかな。私は自分をそうとは思ってないけど……ああ、これはつまり貰いたくて貰ったものじゃないわけじゃない、って意味……そう思ってる人が多いのは、事実でしょう? 自殺云々、他殺云々。自殺然り、他殺もまた然り。……他殺云々って言ったのは、私は他殺――というより人殺しは、結局八つ当たりじゃないのかと思っているからなのね」

「……そう」


 こいつがそんなことを考えているとは思わなかった。


「てっきり、毒舌とおちょくりの言葉ばっかり考えているのかと思っていた……」

「あなたは二年後に死ね。誰の所為でもなく、自分の所為で事故って死ね」

「死ね!? 死ぬじゃなくて、命令形!? そしてさっきまで命を語っていた奴が死ねとか言っちゃ駄目なんだぞ、ぷんぷん!」

「…………」

「…………」


 やばい。

 調子に乗って、また引かれた。


「……うん。もうやめよう」

「……そうね。じゃあ、最後に」


 そういって、メルカは机から降りた。


識々(しきじき)からのメッセージよ」

「……そうか」


 識々、から。朝威あさい識々、から。ということは。


「識々直々って、言いにくいわね」

「……ああ、そうだな。どうでもいいな」


 〝一期一会アルカナ〟――僕の所属するギルドの筆頭代理。クローザーズの管理者。

 それが――朝威識々だ。


「識々から、ってことは……お前のことか」

「ええ」


 ――三日前、僕はメルカを見つけた。

 森林で、全くの偶然で、虚衣蓬なる人物に襲われる、メルカを。


「そのことで……私のことで、話があると。今日の夜八時、朝威宅に」

「……ああ」

「そういうわけで」


 と、メルカは踵を返して自分の席に戻っていった。


「私は無口な深窓の令嬢で通ってるの――これ以上貴方と話していたら、誰かに聞かれる恐れがあるわ」


 ……会話よりイメージ優先か。


「ま、兎にも角にも」


 三日前のことを、思い出す――。



     ◆



「さて、どうしようか……」


 顎に手を当てて、考えてみる。

 僕の目の前には一人の少女。僕の通っている高校の制服を着ている。

 あの薙刀使いの女の子――虚衣蓬は何とか退けたけど、その次に出てきた問題はこれだった。

 どうするかは決まっているけど、それで本当にいいのか、迷ってしまう。

 もう一度少女に目を見やった。腰に届くほど長い黒髪に、整った顔立ち。今は地面に倒れていて身長は分からないが、標準よりは高いと思われる。先ほども述べた、高校の制服。

 そこは問題ではない。ここまでならただの美少女だ。


 問題は、その両腕で抱えている紫の細長い布だった。いや、布はただ単に被せられているであって、問題は中身だ。

 しゃがんで、その包みを少女の両腕から取り上げた。布と同色の紐を解き、布を取り払った。

 はらり、と布が落ちて、

 鞘に収められた長刀が、そこに残った。


「刀、か……」


 遥か昔からこの日本にて戦闘の中核として在った武具。

 黒の鞘からゆっくりと抜刀。白銀の刃が現れていく。

 刀の重力を右手で感じながら、美しき武具を眺める。分厚く長大な白銀の片刃は緩やかな反りを保ち、腹には黒金で模様が描かれている。刃文は乱れ。鍔は龍の透かし彫りが施され、豪壮で繊細な仕上がり。柄は黒の鮫皮巻き。全長は百二十センチメートルくらいか。柄頭には紐がぶら下げられ、鈴が三つついていた。


 溜息が漏れる。

 僕の得物は今のところナイフだけで、これからもそれ以外は使いつもりは無かったが……これを握ってみて、思った。これを得物とし、振るって、敵を蹴散らせたら。どれだけ僕は強くなれるのだろう、どれだけ美しく戦えるのだろう――と。


 しかしこれは、魔具なのだ。

 悪魔に魅せられ悪魔に憑かれた、魔具なのだ。

 別に僕が使ってはいけないわけではない。どちらの方向にも強制力は働かない。

 ただ、これは、恐らく。

 この少女のものだろう。

 それもあるし――しかしその逆で、これを彼女に持たせていたら彼女は絶対にこの普通の世界に戻れなくなる、というのもある。

 だからこそ、今迷っている。

 問題はそこなのだ。どうするかは決まっているが、そうするべきかせざるべきか、そこが。

 下手すれば、人を一人死なせることになるかもしれないのだ。

 しかもそれが、僕と少なからず関わっている少女なのだから。

 凄く――迷っている。


「……けど、決めなければならない」


 右手の刀を鞘に納める。

 そして、決めた。

 彼女は連れて行く。

 僕の、上司のところに。朝威識々のところへ。

 これは些か甘すぎる考えかも知れないが――彼女をひとまず連れ帰って、ひとまず匿わせる。そして彼女の意志を尊重して、普通の世界に戻りたいと言うのなら協力する。


 考えて、吐き気がした。

 そんな事、出来るわけ無いのに。

 そんな事、言い訳にしかならないのに。

 彼女に協力するなんて――出来るわけ無いのに。

 言い訳はいらない。どうなるかを知っているのに、分かっているのに言い訳するなんて下衆すぎる。僕は彼女を、引きずり込むのだ。僕がただここで彼女を見つけたから、本来ならこんなとこで出会うはずもないのに、偶然なのに、なんてことはどうでもいい。


 僕の前に居るのだ。

 僕が何とかする。

 少女を右手で担ぎ上げて、肩に乗せる。扱いが荒い気もするが左手が塞がっているので致し方ない。

 さて、とりあえずは朝威識々の家へお邪魔するか。

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