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ホワイト・ラピッド・ライトニング  作者: 天風 御伽
第二幕  MoonlessNight and Avenger
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一章 4/   おっちゃんとサイダー


   一章 4/   おっちゃんとサイダー



「で、警察署に行って取り調べを受けたと?」

「……幸いにして、証拠はそれだけだということで今日は帰されたけどな」


 朝威邸のリビングに、僕と朝威識々(あさいしきじき)

 僕の所属するギルド〝一期一会(アルカナ)〟の筆頭代理にして、これまた僕の所属する〝クローザーズ〟の管理官――三十路のおっちゃん識々は、微妙に怒っていた。


「まさかそんな簡単なミスをしていたとはなね……」


 赤みがかった茶色の天然パーマを掻きながら、僕のほうを見る。


「僕もそこまでは頭が回らなかったんだ。――僕が出会った男のことは、話しただろう」

「まあ……ね。気持ち悪い、気味の悪い男……か」


 そう言って、グラスに注いだ炭酸の清涼飲料水を飲む識々。ちなみに今日紅茶を飲んでいないのは、ちょうど切らしているからだ。ざまあみろ引きこもり。


「今何か失礼なこと考えなかった?」

「別にー」


 識々のイライラしている原因の一つはその所為だろう、と解釈して、僕はソファに体を預けた。ふかふかのこいつはいつも僕を優しく包む込んでくれる。

 華音と朝食をとって、学校で警察のお二人に連行された、その夜。

 まさしく昼あったことを話すために、僕はここに来ていた。


「あ、そういえば言い忘れてたけど、その二人、多分関係者だ」

「へ!?」

「車の中で取り調べした人ら」

「溝延堅と梁間鼎が?」

「そうそう」

「まじかよ……って、なんの関係者なんだ?」

「僕らの」

「まじかよ……」


 先言えよ。てか識々は交友範囲が広すぎだろ。警察とお友達って。


「じゃあ、他に行政とかにも知り合いって、居たりするの?」

「そんなにはいないけどね……八代町だけでいえば、警察、教育機関、役場とか。十人くらいじゃないかな?」

「そんだけいたら十分だろ」


 ちなみに八代町とは、僕たちの住む町のことだ。地方都市の隣町くらいの、それほど都会でもなく、言うほど田舎でもない、丁度いいくらいの場所。

 何なんだろう、こいつの顔の広さは。どうやったらそんなパイプ持てるんだ。


「僕の学校にも居たり……?」

「一人居るよ。けど、多分雷兎は会ったことないし、僕も言っていない」

「何で言わなかったんだ?」

「雷兎のことを思って、ね。だって、その人物が僕を裏切らないとは限らないでしょ?」


 こともなげに言う識々だったが、僕は内心複雑だった。識々はこういうところで冷徹な一面も見せるから。それは、そうしないと自分の人生も潰えるからに他ならないのだけれど。

 けれど、複雑なのは変わらない。

 じゃあ、多分、今日会ったあの二人にも、僕が魔具使いだということは、識々の知りあいだということは知られていないんだろう。


「どこまでその人らには話しているんだ?」

「さっき言った十人は、大体のことは知ってるよ。魔具という武器があって、魔具使いがいて、日夜自分の餓えをしのぐために他を殺して生きている、ってこと。僕が、その魔具使いの関係者で、情報を得るために君たちに協力してほしいんだ、ということ。言ってないのは、僕の所属するギルドの名前とか、僕の魔具使い側の知り合いの名前、とか」

「結構深くまで知っているんだな」

「そうでもないよ。まだ入り口に過ぎない領域だし、それから先を見ることもあるまいて」


 そんなことよりも、と識々は若干強引に話を変えた。


「その気持ち悪い男の話だよ、重要なのは」

「そう……だよな」


 あの男。

 奴は、遠からぬ未来、僕の目の前に立ちはだかる――そんな気がして、ならない。


「雷兎君。君は、そいつをどうしたい?」

「どう……したい」


 呟いて、俯いて。答えは、出てたけど果たして実現できるか。


「――探し出して、倒す。僕には関係のない相手かも知れないけど」

「なるほど。そのためには?」

「……識々。協力してくれ」

「いいよ」


 彼はにやにやしながら頷いた。わざわざ言わせたがるか、普通。


「そいつのこれからの行動にもよるけどね……出来るだけ早急に探すよ」

「頼んだ」


 机に置かれていたグラスを手にとって、中身を流し込む。朝威邸でいつも飲む紅茶も好きだけど、若者の僕はこういう炭酸も大好物だ。

 高校生は健康に悪いものを一杯摂って成長するんだよ。

 三十路とは違うんだ。


「あらまあ一口で。そんなに喉が渇いていたの?」

「いや、そのほうが気持ちいいから」


 僕には理解できないよ、と呟きながら怪訝な顔をする識々。理解できなくていいだろ。


「その爽快感があるから売れているんだろうけどね……」

「老体には堪えるか?」

「老体じゃないし。流石に。まだ三十台だからね? 一般人でもようやく仕事覚え始めてそろそろ大きなプロジェクトを任せられたりする年齢だよ? つまりまだまだ若いってことだよ」

「そうやって自分を偽りながら過ごすがいいさ」

「うわぁ腹立つ。僕なんでこいつの仲間やってんだろう」

「言うまでもなくお前が僕を引きこんだんじゃねぇか」

「いや、そうなんだけど」


 目の前のこいつはちびちびと炭酸飲料を飲み進めていく。一気飲み出来るほど炭酸に強くはないが、飲みたくなくなるほど弱いわけでもないらしい。てか、色々言いながらも飲んでるだけ、この飲み物に興味がわいてきたということだろうか。


「……今まで飲んだことはなかったのか?」

「ほとんどね。それも実家を飛び出してからのことだし。それほど多くもない」

「実家、ね」


 識々の実家――僕は、その単語を聞いたことは何回かあるにしても、詳細を聞かされたことは皆無だった。僕からも干渉するつもりはないけど。

 やっとその炭酸飲料を飲み干してグラスをテーブルに置いた識々は、ソファに埋もれるように両腕を広げて、体を預けた。


「やっと飲めた……なんか胃の中でしゅわしゅわしてる感じがするね」

「それ多分胃液が溶かされていく音だ。夜になったら激痛で眠れもしないぞ」

「え!? 本当に!?」

「そうそう本当のこと。そんな無意味な嘘は、僕吐かないし。炭酸をあんまり飲んでいない人がいきなりグラス一杯も飲んでたら、そうなっちゃうんだよ。僕も小さいころに一度経験して、子供心に死ぬと思ったね」

「え、怖……」

「第一、炭酸が何かって知ってるのか? 化学でいう、炭素だ。二酸化炭素でもある。そんなものを口から流し込んで、喉を通って、胃に入る。そんな超敏感な粘膜をそんな物質が通っていくのなら、それぐらいの痛みは当然の原理だと思わないのか?」

「そ、それは……考えたこともなかったな」

「そうだろ? そして一晩にも続く激痛のあと、ようやく胃や粘膜系は炭酸に対する抗体を得るんだ。爽快感があまり感じられないのは、その抗体が出来ていないからさ」

「抗体!? そんなものがあったら、むしろ薄まるんだと思うんだけど」

「そんなことないよ。抗体っつっても、ウイルスに対するワクチンみたいな存在じゃない。所謂、慣れみたいなものだ」

「一回飲んだだけでなれちゃうの!?」

「違う違う。識々は、さっきグラス一杯も飲んだだろ。普通はお猪口ぐらいから初めて徐々に慣れていくんだ。いわばお前は、登山初心者なのにいきなりヒマラヤ山脈に行ったようなもんだよ。しかも、大した準備もせずに」

「そ、そんな大それたことを僕はやってたのか……」

「そうそう」


 やばい。

 こいつ面白ぇ。

 おっさんのくせに無邪気だ。


「まあ、僕は家へ帰らないといけないから識々の面倒は見れないけど、恋歌とかに見てもらってな」

「そ、そんな殺生な!」

「いつの時代の人だよ」

「それに、そんなこと頼んだらまた僕の評判が下がる……」

「あ、自覚はしてたんだ」

「これでもかというほど」

「恋歌との間に何があったんだ……」


 僕が知る限り、一番古い間柄だろうに。確かに寝起きの恋歌は機嫌の悪いときが多いけれど。そして恋歌と同棲している識々は機嫌悪いときによく会うんだろうけど。

 それに基本恋歌は寝てるから、起きてても殆ど寝起きみたいなものだしな。


「恋歌だけじゃないよ、メルカちゃんも最近僕に冷たい気がするし……。昨日なんて、開口一番に言った言葉が『朝威。私喉が渇いたから紅茶を淹れて』だよ? 僕はどうすればいいんだよ」

「紅茶()げばよかったんじゃないか?」

「淹れたよ」

「やったんだ……」


 なんだかんだで従うんだ。

 だから下に見られるんでないの?


「つーか、メルカの毒舌癖は前からだろ。三十路の識々にさえ敬語を使わない傍若無人っぷり。でもそこまで言うようになってきたってことは、ここでの生活にも慣れてきたんじゃないか」

「そうかもしれないけど……仲良くなるにつれ暴言が増えると思ったら、複雑な心境になるよね」

「友人関係なんてそんなもんじゃねえの」


 投げやりに答えて、空になっていたグラスに同じ炭酸飲料をなみなみと注ぐ。


「そういえば、メルカちゃんとはどうなったの?」

「どうなった……?」

「主に恋愛面に関して」

「ごふっ」


 サイダー噴き出してしまった。いきなり何を言い出す、こいつ。


「別に、何も」

「本当に?」

「本当だよ。これ以上詮索すると切れるぞ」

「詮索ってことは、なんかあったんだ?」

「ないっての!」


 ムキになって答える。多分顔面は血液が集まって真っ赤になっていることであろう。

 本当に――メルカとは、あれ以来何も進展していない。

 てか、告白したけど忘れられてたからな……。修羅場だったとはいえ、ちょっとショックは受ける。仕方ないこととはいえ。


「いやぁ、高校生と恋愛について話し合うなんて、とても青春らしい光景だね。ね?」

「お前そんなことを強調してまで若く見せたいのかよ……なんか不憫に思えてきたわ。僕の若さを少しでも分けてあげたい。あげれないけど」

「そんな殺生な」

「二回目だよ。ダブってるよ」

「年齢もダブればよかったのに……」

「何? お前それ本気で言ってるの?」

「あわよくば」

「よくねえ」


 そもそもよく意味がわからんし。


「まあ、僕が若いことはどうでもいいんだよ。問題はメルカちゃんのことなんだよ」

「前半」

「え?」

「だから、前半」

「……え?」

「駄目だこいつ」


 都合の悪いことは簡単に忘れられるんだね。ちょっとイラってきたわ。たまには実力行使もいいかもしれない。


「メルカのこと、か」

「当面は、彼女の復活はいつか、ってことだよね」

「そうだな……〝一期一会(アルカナ)〟に入ったとはいえ、まだ戦闘も未経験。それどころか魔具が眠りこけたままだから」


 四月の事件――正宗メルカと出会い、虚衣蓬、薊、柳と出会い。そして、同胞に迎え入れ、敵として相対した、あの事件。

 それを終わらせるために、僕はメルカと戦った。正確には、メルカの魔具〝獄炎響鳴十四翼レゾナンス・ヘルファイア〟の意志、と。


 あまりにも強すぎた彼女《、、》を止めるために、僕は、餓えが極限まで達した彼女の意識を奪った――首を絞めて。その結果、彼女の魔具は餓えが限界に到達したこともあって、体の奥底で眠りについた。

 そして、それから数週間経つ今も、彼女の翼は覚醒していない――


「まさに眠れる虎、ってとこだね」

「僕は、別に目覚めてくれなくてもいい、くらいに思ってるんだけどな……」

「メルカちゃんが酷い目に合わないように?」

「そりゃ、な。出来ることなら、戦わずに――血を見ることなく、いてほしい」

「けど、それは――」

「無理な話、だろ? 分かってる」

「そうなら、いいんだけど……」


 識々は憮然とした態度をとったが、敢えて深くは追及しようとしなかった。それは一応、こいつの優しさなんだろう。好意には素直に甘えさせてもらう。悪意には悪意で返すんだけど。

 メルカの魔具は、いつか必ず眠りから覚める。

 覚めない眠りなど、ない。

 それがいつかは知れないが――いつか、必ず。


「……話戻そう」

「どこまで戻したい?」

「じゃあ、あの男の話」


 二杯目をごくごくと喉に流し込む。


「メルカが戦えない以上、当面は僕一人で戦うことになる。だとしたら、どんなことでも情報が必要だ」


 正直、僕一人では奴に勝てる気がしない。

 あの男の奇妙さは、どんな威嚇行為よりも強烈だ。


「情報、ね。けど、それだけで勝てるとも思えない。場合によっては――同盟も、やむをえない」

「同盟……」


 ギルド間の、同盟。

 確かに――それも、仕方ないことなのかもしれない。


「あ、それとギルドのことだけど。また新たな――抗争だ」

「またか……」


 男の話題はもう済んだらしい。識々の中では。もっとも、僕の中ででも、だけど。


 抗争――ギルド間で交わされる、もう一つのやり取り。命の――遣り取り。

 魔具使いは、日々魔具の餓えと戦っている。それは魔具使いにとっては避けようのないことで、一生その渇望を背負って生きなければならない。

 そして、その餓えをしのぐ唯一の手段――それが、他者の魔具を喰うことだ。

 そうして相手の魔力を得て、餓えは治まる。そして餓えはじめて、また喰う。それの繰り返しだ。

 しかし、各々の魔具使いがそれぞれ別の魔具使いを喰っていたのでは、世界が混乱し飽和するのは目に見えている未来だ。だから、〝大統合ギルド〟の存在が大きな抑止力になっている。

 彼らの働きがなかったら、世界は滅んでいたと言うくらいだ。


 そして、彼らが決めた取り決めの一つが――抗争。

 魔具使いは近しい者や信頼できる者を集め、それをギルドと成すことを強制された。そうして出来たギルドとギルドがぶつかりあい、勝ったほうは餓えをしのぐことができ、負けたほうは死ぬ。簡単な、デスマッチ。

 ルールも〝大統合ギルド〟の定める範囲で、ギルド間で取り決める。


「魔具蒐集戦線」

「そう。彼らの、新手」


 そして、僕は――〝一期一会(アルカナ)〟は、度々の抗争に明け暮れていた。

 相手は、魔具蒐集戦線。数々のギルドが集まった超巨大ギルドの一角で、ノーマルにしてアブノーマルな軍団である。

 メルカは、もともとそこの出身だった。メルカの名乗る正宗姓は、父方――戦線のリーダーも務める男、正宗村正の家系だ。メルカもそこの生まれだった。

 それから事件があって、一族を抜けたメルカだけれど。

 相手は、メルカを執拗に追ってくる。


「〝静楼イグザリオ〟。それが、今度の対戦相手だ」

「何人だ?」

「戦いに来るのは五人。けど、それはギルドの一角だけで、実際は三十人を越す集団らしい」

「へえ……」


 なかなか、面倒くさそうな相手だ。

 まあ、ただの面識のない相手との戦いな分、心的負担は少ない。全力を賭して、打ち勝つだけだ。

 それぐらい勝てないと、あの男には、勝てない――そう思うから。

 今はがむしゃらに、自分を鍛えないと。


「……って。もうこんな時間か。そろそろ帰らないと」

「妹ちゃんのご飯は?」

「作ってきた。けど、高校の宿題がまだ終わってないんだよ」

「へえ。日々の宿題とか、あるんだ」

「結構な」


 面倒くさいったらありゃしない。


「じゃあ、識々。僕はもう行くよ」

「そうかい? 嵐のように去っていく人だねえ」

「嵐はこんなに停滞しねえよ」


 いいながら、三杯目を注いだ。そして、喉を潤す。


「気持ちいい飲みっぷりだね……よくもそんなに飲めるもんだ」

「慣れてるからな」

「……あ、そうだ! やっぱり泊まっていってよ! 一人で激痛に苦しむなんて、僕には耐えられないよ!」

「激痛……?」


 ああ、さっきのほら話のことか。信じてたのか。


「あれ、嘘だよ」

「え!?」

「嘘」

「……ま、まじで言ってんの……よかった……じゃなくて」


 へにゃへにゃしている。安堵で胸を撫で下ろしていた。……そんなに嫌いなのか、痛いのが。


「なんで嘘なんか」

「あまりにもお前が無知だったからだよ」


 言い捨てて、僕は席を立った。


「さて、お前が激痛に苦しまなくていいことも分かったし、今度こそおいとまさせてもらうよ」

「ああ、ああ、もういい。ちゃっちゃと帰りな」

「この扱い……」


 意地悪をした罰だろうか。

 まあ、それくらいは受けてやってもいい。以前僕がされたあのことに比べたら。

 〝瀧夜叉〟との戦闘を勝手に許可したこと。忘れたとは言わせない。僕が死にかけたことに比べたら、このぐらいどうということはないだろう。

 僕は、結構根に持つタイプなのかもしれない、と心の中で呟いた。


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