表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホワイト・ラピッド・ライトニング  作者: 天風 御伽
第二幕  MoonlessNight and Avenger
24/36

序章 1/  ――とある夜


   序章  ――とある夜



 五月。

 暗い町を、駆ける音。何かから逃れるように。町の裏通りを走る。


 それは少女だ。塾の帰りだった彼女は、高校の制服のまま、鞄も持ったままだ。

 何でこんなことに――と、彼女は世の中の不条理に唇を噛み締めた。いつもどおりの塾帰り。県外の有名国立大学を志望する彼女は、勉強にも熱心だった。友達も多く、恋もする、普通の女子高生だった。


 塾が終わって、時刻は午後九時ほど。まだだった夕食をコンビニ弁当で済ませよう、と帰る途中にコンビニに寄り、弁当とおにぎりと飲み物を買って店を出た。

 家までは自転車で十分ほどだ。さっさと帰ろうとした矢先――


 ソレは、現れた。

 ソレは男のようだった。荒い息を繰り返しながら、彼女に近寄ってくる。

 飛びつかれた。

 いきなりのことで動転した彼女は、自転車も放って、逃げ出した。男は追ってくる。どっと、汗が噴き出る。嫌な汗だ。


 早く、家へ。


 彼女は橋に差し掛かった。家は橋のすぐ近くだ。もう少し、というところで。

 男の手が彼女にかかった。男の尋常ではない膂力が、軽い少女の体躯を投げ飛ばした。


 橋から落ちている、と彼女は感じた。

 なぜなら、あまりにも、浮遊が長かったから。ゆっくりと――時が流れて、視界が遠ざかっていく。


 死ぬのかな――と、ぼんやりと思った。


 落ちる。

 橋の下は川が流れていて、砂浜がある。少女は水の中に落ちた。

 水の柱が立つ。彼女の体は、水面に叩きつけられ、底にぶつかった。浅い。底は石だらけで、激痛が走った。

 少女は痛みに喘ぎながら、水を這って出る。砂浜に辿り着くと、のた打ち回り、必死で痛みをかき消そうとした。


 その時、彼女の体に影が被さる。

 彼女をこんな目に合わせた張本人が、目の前にいた。

 痛みを忘却させるほどの恐怖。蛇に睨まれた蛙。体がカタカタと震えているのは、びしょ濡れになった所為だけではない。


 少女は、男から眼を離せなかった。

 黒いコート。そして――顔の左側に走っている、酷い傷。


 あれ――と、彼女は不思議に思った。

 どうやってここまで来たんだろう、と。

 さっきまで手に何か持っていただろうか、と。

 男の手に握られているのは何だろう、棒にも見えるけど、暗くてよく分からない。

 男は少女を見下ろしたまま、嗤った。



 ぎぃぃぃぃぃん――と、手の中の物が唸りをあげた。



     ◆



「雷兎、次のテスト大丈夫なの?」

「……多分」


 僕とメルカは平行して歩いていた。

 僕の家からの帰り。メルカを朝威邸まで見送っている。


「多分じゃ駄目じゃない。今日も休んでいたし」

「今日のは仕方ないって……」

「また、戦い?」

「そうだよ」


 メルカと関わりあったあの事件から、早数週間。

 四月から五月へと時は移り、僕は、平和とはいえないまでも普通の日々を送っていた。

 メルカを連れ戻そうとする、魔具蒐集戦線と戦いながら。


「というか、腕は大丈夫なの? まだ全治してないんでしょ?」

「そうだけど。戦わなくちゃいけないからね。多少は無理しないと。それに、脚技も使うようになったし」

「脚?」

「そう。前の――〝瀧夜叉〟の虚衣薊は、ナイフと脚技を使う相手だった。それの真似を、ちょっと」

「……そんな感じで敵倒せるの?」

「うん。向こうがどんなつもりなのか分からないけど、戦線は僕が倒せるくらい弱い奴しか送ってこない。……正直、気味が悪い」


 メルカを取り戻すために――と、さっきは表現したけど、それすら怪しい。魔具蒐集戦線のような巨大ギルドなら、僕を殺すくらい容易く出来る猛者はいくらでもいるはずなのに。

 その辺の調査も識々には頼んでいるけど、情報が捕まる可能性は殆どないだろうとあいつも言っていた。


「まあそんなことはどうでもいいのよ。問題は雷兎の学力よ」


 どうでもいいのかよ。


「つーか、それはもう何ともならないって」

「ならないわけないじゃない」


 今日、戦線の連中と戦うために朝から昼まで飛んだり跳ねたりした後、家へ帰って休んでいると、メルカが尋ねてきた。学校を休んでいたのを何となく気にかけていたらしい。

 それから僕の家で夕食を作ったり、話し込んでいたりすると、もう時間は九時を過ぎていた。一人は危険だということで、僕はメルカを朝威邸まで送り届けている。

 メルカは住んでいたマンションを引き払って、朝威邸に転がり込んでいる。そのほうが安全だからだ。

 で、僕の家で居る時に話したことだったけど。


「あなたの頭の悪さはどうにかする必要があるわ」


 僕があまりにも勉強が出来ないことにメルカが嘆いていた。

 うるさい。


「ただでさえ酷いのに、高二になってすぐからこんなに休んでいたら、本当に留年しちゃうわよ」

「……危機感は持ってるつもり、だけど」

「持ってないわよ」


 メルカのため息。今日何回目だろう。


「……まあ、助けてもらった礼もあるし、出来ることはするけどさ」

「本当に!?」

「嘘は言わないわよ」

「嘘つき」


 耳を捻り上げられた。

 激痛に、押していた自転車を手放しそうになった。


「痛い! ちょ、べきって! 今耳からべきって!」

「こっちは真剣に言っているのよ。ちゃんと聞かないと、引きちぎるわよ?」

「耳を!?」


 ようやく離してくれた。


「はぁ……耳ちぎれてない?」

「声が聞こえてるんだったらちぎれてないでしょう」


 冷たい。

 メルカが冷たいのはいつもだけど、暴力は……なんか違う。うん、なんか、違う。

 ……あれ? 僕今すごく変態みたいなこと考えてなかった?


「僕そろそろやばいかも」

「何よ、いつものことじゃない」


 日に日にメルカのS度が増してる気がする……。


「んー……いいや。あ、それとメルカ、さっき聞き捨てならないこと言った気がしたから、言っておくけど」

「何」

「『礼もあるし』……って、そんな、礼に思うようなことじゃないからな。僕がやったことは」


 メルカを助けたのは、当然のことだ。

 それを間違えてもらっちゃ、困る。


「ふぅ……いつもそれぐらい格好いいことを言えたらいいんだけどね」

「え? なんて?」

「何でもない」


 何でもないって言うんなら、何でもないんだろう、多分。


 識々の家まではもうすぐだ。

 ――という時。

 僕は立ち止まった。


「どうしたの?」

「何か――聞こえる」


 悲鳴のような、誰かを呼んでいるかのような。


「……私には何も聞こえないけど」


 それは脳内で響いているみたいだ。

 気持ち悪い――なんだこの音。


『雷兎!』

「……恋歌? この音、お前の仕業か?」

『音? 何のことか分からないの。それより、魔具の反応が出たの』


 恋歌の魔具〝アルファヴォイス〟による脳内通信。そして伝えられた言葉。

 そうか……これ、魔具なのかな。

 ぼんやりとそんなことを思う。


「どこだ?」

『橋なの』

「橋……あそこか、オッケー。行く」


 そういって、メルカのほうに自転車を差し出した。


「ごめん、メルカ。行かなきゃ。一人で帰れる?」

「馬鹿にしないで。それくらいは出来るわ。自転車は朝威邸に置いておくわよ」

「ありがと」


 それだけ言って、踵を返した。

 橋……八代町には橋はいくつかあるけど、恋歌が固有名詞を出さないってことは、最寄の橋だろう。確かここからだと、方角は北の方か。

 しかし――なんで、探知能力のない魔具を持つ僕が、魔具の開放を察知できたんだろう。

 疑問は残ってるけど、目前のことを確かめる方が先だ。


「目覚めろ――〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟」


 純白の髪、真紅の瞳。卓越した身体能力。

 僕は駆け出した。



    ◆



 跳ぶ。

 目的の場所までは一分もかからない。


『メルカは?』

「一人でそっちに向かわせた」


 メルカも〝一期一会(アルカナ)〟の魔具使いだ。けど、まだ戦闘経験はない。

 そう――メルカの〝獄炎響鳴十四翼レゾナンス・ヘルファイア〟は、まだ眠ったままだ。


『一人で大丈夫なの?』

「……大丈夫だろ」


 着地して、駆け抜ける。着いた。

 橋の中央。周囲を見渡すが、何も見えない。車はいくつか通っている。


「――下か!」


 迷わず欄干をジャンプして、飛び降りた。

 砂が跳ねる。前方――


「何をしている」


 黒いコートの男と――

 元が何だったのか分からないような、肉塊。

 途端に激情が胸の中を吹き荒れ、僕は走り出した。腰の後ろに隠していた鞘から大型ナイフを取り出す。


 突進しながらそれを振るう。男は後退しながらそれを避けている。

 ナイフを振るった勢いのまま、空中で体を捻る。真上から敵を狙った踵落とし。

 だがそれは砂を蹴るだけ。


「くかか――」


 男の手の物が、唸りを上げた。


「何者だ」


 男は答えない。ゆらゆらと、歩んでくる。

 瞬間。

 男が目の前に現れ、それを振り下ろした。


「――速っ」


 一瞬で十メートル以上の距離を跳んで避けた。男の攻撃も空を切る。


「お前さんはぁぁ――どこのどいつだぁ……」


 男の声。狂ったような、声。


「犯罪者に答える義務なんかねえよ。ぶっ殺すぞ」


 何だろう――凄く、嫌な予感。

 力をぶつけるまでもなく感じる、圧倒的な禍々しさ。

 ――気持ち悪い。

 それにあの武器は、何だ。よく分からない。


「まぁぁいぃぃや……今日は戦うべきではぁないぃぃ……」

「気持ち悪ぃ喋り方しやがって。逃すと思ってんのか」

「じゃあ、ここで殺してやろうかぁ?」

「――ちッ」


 踏み出そうと思った一歩が、踏み出せない。

 これはきっと恐怖だ。

 感じたことの無い、恐怖。違和感。


「じゃぁぁなぁ……」


 男は、後ろに跳んで消えた。まさしく闇に溶け込むように。


「くっそ……」


 手が出せなかった。


「あんな奴が、どうしてこの町に……」


 僕はその場に膝を付いて、へたれこんだ。



 また新たな事件の予感がした。


 やっとこさ白ラピ第二幕、始動です。

 詳しいことは活動報告に書きます。書くつもりです(何

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ