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四章 22/


   四章 22/



     ◆ (3) ――正宗メルカ



 私は、ある男の下で生まれた。


 自分と同じ名を持つ刀を使う、戦線の頂点。世界でも五指に入るであろう、最強の男。

 正宗村正。私は、その忌々しき血を継ぐ者だ。


 血は何よりも濃い。特に魔具使いにとって、それは顕著だ。能力の、少なくとも三分の一は、血に拠るだろう。

 優れた血統の一族は、それだけで集団となり得る。だから、一族〝系〟のギルドは、総じて強い。強く――絆も固い。


 私――正宗メルカは、正宗村正率いる正宗一族の一人。


 だが、それも今日まで。

 私は逃げ出した。


 辛すぎる生き方――から。



    ◆



 普段から見ている山でも、入ってみると全く違う。どんなことにも言えることだと思うけど、今はそれを思い知らされていた。

 そもそも、ローファーで山道を走ること自体が無謀だ。せめてスニーカーに履き替えてくればよかった、と舌打ちする。


 何故私がこんな道を走っているのかというと。

 私が組織を抜け、それを追っている者たちから逃げているからだ。


 至極単純な話である。


「もう、本当、走りにくっ……!」


 何回目か数えるのも億劫になった転倒から立ち上がって、また走る。凡人の私には、それしかない。そうしないと殺される。


「あっ」


 走り出した途端、突き出た木の枝で転倒する――それだけじゃない、今回は運が悪いようだ。山道の横の、斜面を転げていった。

 ああ、運悪……程度にしか考えられなかった。


 足は傷だらけだ。どれだけ走ったかも知れない。息は荒いし、汗まみれで、多分すごくみっともない姿をしている。


 私を追ってくる奴らは、今どこら辺なのだろう。距離はまだあるのだろうか。もしかしたら、実はもうすぐ近くに居て、どこで仕留めるかを考えてるかもしれない。

 そう思うと、足を動かさずにはいられなかった。

 地面に一緒に転げた棒――布を巻かれた刀を手にとって、走り出した。


 こんなことになったのも、こんな一族に生まれてきたからだ。もう……嫌だ。


 私は、一ヶ月前、家を飛び出した。

 平日は高校に近いマンションの一室に住んでるけど、休日は実家へ帰っている。金曜の夜、召使いたちが私を実家へ送りにやってくる。日曜の夜には、同じ男が帰してくれる。


 実家での暮らしは、豪華だった。料理も、部屋も、豪華絢爛で――むかむかする。

 何より、よっぽどのことがない限り兄弟が揃っていた。兄も弟も、姉も妹も。正宗村正は、好色家であり、自分の血を遺すことに躍起になっていた。兄弟たちとは母方の血は繋がっていなかった――誰とも。


 そして、みんな、魔具使いだった。超一流クラスの。

 弟妹の中にはまだ覚醒していない子もいたが、私と同年代の魔具使いじゃない人はいなかった。

 それでも、みんな、優しかった。兄弟たちと過ごす時間は楽しかった。


 けど。


 けど、それでも、私は家が嫌いだった。


 原因はあの男――正宗村正。

 本当に――反吐が出る。理由を口にするのも嫌なくらい、大嫌いだ。

 そしてそれと同じ血が自分にも流れているということを時折感じて、自分自身が嫌いになる。兄弟たちを見ていても、ふと思い出してしまって、それだけで嫌いになる。


 辛い。時たま見せる、自分の凶暴性が。それを抑えるのが。

 そして、私は今日、ついに覚醒した。


 実家で普通に過ごしていると、だ。突然、頭がぼんやりとして、身体が自分のものではなくなるようだった。そして、吼える。

 私の中の醜い部分が全て具現化したかのような姿。醜い――逃げたい、羽ばたきたいという思いが、十四の翼を生み出した。それが、私には分かった。

 これが魔具だということはすぐ分かった。


 私の声を聞いて、召使いが数人部屋に入ってきた。私は、無感動にそれを殺した。翼が伸びて、腹部を貫く。もう一人の首を切り落として、尻餅をついた生き残りを三枚重ねた翼が叩き潰した。


 それから、私は逃げ出した。

 この力があれば逃げられるのでは、と。

 どこか遠くへ、と。


 そして、あいつにも一矢報いてやろうと、私は逃げる際に刀を持ち出した。刀好きのあいつのコレクションの一つ。

 でも、遠くを目指したかったはずなのに、逃げた先は、私の通う高校がある町だった。

 何でだろう。高校にも、マンションにも、愛着なんてなかったのに。

 自分の矛盾性にも、反吐が出そうだ。


「ずいぶんと逃げるね」


 背後から声がかかった。それを認識するのと同時に、背中に衝撃。

 私は前のめりに倒れて、転げながら背後を見た。

 ――追いつかれた。

 長髪ポニーテールと、短髪ボブ(?)の二人組。


「当たり前、でしょう……」

「ふふっ、追いかけるのもいいけど、やっぱり使命は果たさないとね……」

「正宗メルカ、あなたを連れ戻す」


 あの男の、差し金か。


「絶対に――戻らない」

「じゃあ、死んでもいいと? 場合によっては、私たちはあなたを殺さないといけないから」

「死なない」

「人間は脆いんだよ」

「刃物でちょっと小突けば死んじゃうくらい」


 短髪の少女はナイフを持っていた。大きいけど、多分ナイフだろう。


「――殺せるものなら、殺してみなさいよ」


 もう一度、あの魔具を出せるだろうか。確証はないけど――と、拳を握り締める。


「じゃあ仕方ないね……お姉ちゃん」

「ああ。殺す前に名乗っておこう。私は、ギルド〝瀧夜叉〟の虚衣蓬」

「ボクも同じく。名は虚衣薊」


 長髪の方――虚衣蓬が右手を振るう。するとそこには、棒のようなものが現れた。その先には、月光の下で妖しく輝く刃。

 本当に殺すつもりらしい。

 けど、私だってむざむざ殺されたくはない――


「覚醒しろ――〝獄炎響鳴十四翼レゾナンス・ヘルファイア〟!」


 吼える。

 途端に、私の身体を光が包む。……いける。


「遅い」


 気付けば、目の前で声が聞こえた。虚衣蓬の脚が私を蹴飛ばした。

 木にぶつかって止まる。立ち上がろうとするが、激痛が身体中を走る。魔具も開放できていない。――どうやら、本当に死にそうだ。


 まだ……まだだ。


 這いずりながら、木々の奥の方へ逃げる。木に手をついて、二足で歩く。

 背後から二人が追ってくる音が聞こえる。地面に落ちた葉を踏む音。さっきは聞こえなかったのだから、多分、わざと聞かせているのだろう。恐怖を植えつけるために。

 彼女たちはいつでも私を殺せる立場にある。私は魔具使いになって間もない未熟者で、彼女たちは慣れている。殺すことにも。

 少しずつ、少しずつ、前に進む。


「何で、そうまでして逃げる?」


 後ろで、問う声。私は振り向いた。答えを返すために。


「そんなの、私だって分からないわよ。だから探すためにも死ぬわけにはいかない。……やっと得た自由は、まだ手放せない」

「自由? 何を言っているのか……お前はまだ囚われたままさ。何よりも、血に。これからも逃げることは出来ない。だって――お前は正宗一族の者なのだから」


「私は……」

「どちらにしろ囚われたままなら、辛い世界より安心して暮らせる内で囚われたらどうだ。今ならまだ殺さないでおこう。もともと、連れて帰ることが第一なのだからな。それに……帰れる場所があるだけでも、幸せだと思ったらどうなんだ?」

「……人によって、幸せの形は異なるわよ。家があることが幸せじゃない」

「ふん。強気だな……いらっとくるよ」


 仕方ないけど、身動きが出来ないくらいに痛めつけとかないとね、と。

 傍観していた虚衣薊が言った。そして、ナイフを口元に寄せ、刃を舌でなぞった。


 さっき言ったとおりだ、私は、帰らない。

 踵を返して、駆けた。木々の間を、草を踏み越え、先へと。いつか夜は明けると。


「……薊。ちょっと周りを見てきてくれ」

「いいけど、どうかしたの?」

「いや……勘だ。けど、何かいる気がする」

「分かった」


 後ろでそんなやり取りが聞こえた。足音が一人分減る。私の相手は一人で十分ってわけ……? まあ、小娘一人に、当然だけど。


 視界が開けた。

 どうやら森にぽっかりと開いた空間に入ったらしい。まったく、運が悪い。


「もう逃げれないな」


 蓬もそこに入ってくる。私は向こうの動向を伺いながら後ずさる。出来るだけ距離はとりたい。


「さて……痛めつけた後だったら声も出ないだろうから、今聞いておくよ。これは純粋な私の疑問なんだが……何故、戦線を、一族を裏切ったんだ?」

「裏切った理由? 言う必要があると?」

「あるさ」


 言わないと殺す、みたいな目つきで、蓬が笑いながら睨む。


「――自由になりたかったのもある。けど、もう一つ、戦線や一族が掲げている正義《、、》の中に、私の正義はなかったからよ」

「正義」

「私の――正義」


 刀を握り締める。自分の魔具が使えないなら、これで戦う。正直、刀なんてどう扱ったらいいのか分からないけど、やってみるしかないだろう。


「お前の正義って、何よ」

「――正義とは正義であ(、、、、、、、、)って正義でしかない(、、、、、、、、、)そこにあるのは(、、、、、、、)意味ではなく(、、、、、、)意志でしかない(、、、、、、、)

 私の、一番好きな言葉よ」

「私たちのところには、それがないと?」


「そうよ。言葉だけ並べ連ねて、誰の意志があるのかすら分からない」

「……その部分については、多少肯定できるな」


 そう呟いて、蓬は歩き出した。


「薊を偵察に行かせたのもこれを聞くためだったんだ。あいつは、すぐ切り刻もうとするから。……せめて、それくらいは知っておこうと思ってな」

「どうして」

「どうしてだろうな……強いて理由をあげるとしたら、歳が一緒だからじゃないか。一応私も高二だし。それに……どんなことを考えているのか、興味もあった」


 へえ。

 同い年だったんだ。


「お前の、その目……不思議な感じがする。だから殺さずにいようと思ったのかもしれない」

「それは……どうも」


 不思議な目をしてるのは、向こうも一緒だと思うんだけど。

 静かな怒りを滾らせる、意志の強そうな瞳。

 蓬は、もう私の目の前にいた。その手にもったものを、振り上げ――


「――動けッ!」


 私は、もう一度開放する。

 背中を中心に光が渦巻く。確信する。今度は成功だ。


「ちッ!」


 蓬が一回のステップで端まで後退した。


 力が私を包む。忌まわしき力だけど、私にはこれしか無い。これを背負って生きなければならない。


「――くぅっ!」


 けど、また。

 力は纏まりきらず、霧散した。残ったのは疲労感だけ。……失敗、した?

 その瞬間、再び力が集まる。


「あ、ああああぁぁぁぁッ!」


 無理矢理な開放、その代償が身体を蝕もうとしているらしい。

 集まった光は、爆発した。


「暴走……したか?」


 蓬の声が聞こえる。暴走? そうかもしれない。意識がはっきりしない。私は今どうなっているんだろう。明るい。さっきまで夜だったのに、と思ったらまた暗い世界が訪れた。

 私は崩れ落ちた。


「冷や冷やさせる……不安定だな」


 蓬が何か言っている。どういう意味だろう。私のこと?


「さて。連れ帰るか」


 身体は動かない。

 このまま捕らえられ、家へ連れ戻されるのか。

 悔しさに唇を噛み締め、一方で諦めかけたとき――空気が一変した。


「そこの!」


 第三者の声。若い男の声。

 蓬はそっちの方向へ走っていく。何か二人で話している。

 けど、私はもう意識を保てない。


 誰なんだろう――と、そう思いながら、私は落ちた。


 ついに次回、終章です。

 もう少しの間、第一幕をお楽しみください。

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