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四章 21/


   四章 21/



     ◆ (2) ――○○蓬



 逃げる。ひたすら逃げる。


 夜は暗い。暗いは怖い。怖いは、嫌だ。ビルとビルの間を走り抜ける。途中でころげたり、ゴミ箱にぶつかったりしながらも。無様に不器用に、駆けるしか私には無い。

 逃亡して逃走して逃避して、それでも何も変わらない。


 人間の結末は死《、》だと気付いたのはいつ頃だっただろう。そうだ、確か、二年前。小学四年生のころ、クラスでいじめられていた子が自殺して、それからだ。その子と特に繋がりがあったわけではなかった。だけど、私は、その子の自殺現場に遭遇してしまった。青い空白い雲燦々と照る太陽をバックに、逆光で顔の見えない人影が屋上に現れて、飛び降りて。落ちた後、その子はぐちゃぐちゃになった。結局、顔は見えずじまいだった。

 五階まである校舎の屋上から飛び降りて五体満足でいれるわけもなく、その子の体は、ぐちゃぐちゃになっていた。


 当然のように――必然のように。


 そのグロテスクな光景を直視して、それが死だと気付いた。死とは、こういうものだ。死とは、ぐちゃぐちゃになることだ、と。


 その対象が、肉体であれ、精神であれ。直接的であれ、間接的であれ。


 必死に逃げる途中でこんなことを思い出したのは、走馬灯だからだろうか。けど、その出来事以外は、頭の中で回ることは無い。ただ、ぐちゃぐちゃの死体が残滓のように残っている。

 背後から男の声が聞こえた。気付かれた。ただでさえ限界の体力と足を酷使して、もっと速く、と自分を急かす。

 走りながら、後ろを見た。男が二人。


 視線を前へ戻す――と、躓いて転げた。

 派手に転んで、右半身を打ちつける。顔面や露出した手足がささくれ立ったコンクリートに侵食され、裂け、流血する。止まるわけにはいかなかった。すぐに四肢を動かして、這い上がりながら走る。けど。


 雷が走った。

 急速に足から力が抜け、再び転ぶ。動かな――い。


「手間取らせやがって」

「――――――――ぁっっっ!」


 声にならない叫びがノドから空中へ放り出された。微かな声が、空気のなかで分解されて消えた。

 体を反転させる。目の前には、ビルと同じくらいに見える、男達。一人の手には刃物――刀らしきもの。もう一人は、何も持っていなかった。


 刀を持った男の、右手が掲げられた。


 あ……死ぬ。

 いや、死にたくない。


 刀の切っ先が妖しく光る。光は尾を曳いて、迫る。


 死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくな



    ◆



 途方もなく彷徨う。

 とりあえず最初に立ち寄ったのは、近くの公園だった。誰もいない真夜中。むしろ都合が良い。

 真っ赤な衣服を見られないから。


 ふらふらと、おぼつかないと自分でも思うほどの足取りで歩く。ぺた、ぺた、と、足が地面に触れる音が一定の速度で生まれ、同時に足の裏に冷たさをもたらす。そういえば、裸足だったんだ。靴も履かず出てきたから、当然だ。


 このままではふらふらしてる内に倒れてしまいそうだったので、ベンチに座る。倒れこむように。どっちにしろ倒れていた。頭がぶつかって跳ね返った。


 私はこのまま死ぬのだろうか。

 それでもいいかもしれない。

 私が倒れたせいで、持っていたものも地面に跳ねた。


 金属音。それは、槍だ。いや違う、薙刀。頭の中で声が聞こえる。

 私はこれを使って、生き延びた。薙刀の先には、赤い赤い、雫。血、鮮血。


「私、は…………」


 初めて人を殺した。この手で。あの二人を。


 振り下ろされた刀を、私は左手で受け止めた。狙ってそうしたわけじゃない。どうにもならない現実を振り払おうともがいて、そうなった。刀は私の掌を易々と貫通して、地面に縫い付けた。


 刀を持っていた男は引き抜いた。

 途端に、生み出されるかのように血が溢れる。痛い、痛い痛い痛い――


 絶叫して、何がなんだか分からなくなって、でも、死にたくはないという思いが私の身体を動かしたのだろう。右手から光が迸って、いきなり薙刀が現れて、刀を持っている男を貫いた。私は、無感動だ。崩れ落ちる男の後ろを見る。そこにはもう一人。――獲物。


 引き裂く。

 左手を持ち上げ、見る。

 そこからは今も真っ赤な命の源が垂れ流されていた。


「止めないと……死んじゃうよね……」


 死にたくないと思って人を殺したのに、安心したらすぐにこれだ。情けない。情けなさ過ぎて、自分で自分を刺したくなる。


 そうだ。

 私はまだ死んじゃいけない。

 殺したあの二人の分も生きないと、と思った。


 私は、これからもきっと人を殺す。ぐちゃぐちゃに、する。そうしないといけない。それは単なる予感だけど、大きな確信でもある。

 立ち上がらないと。

 右腕を地面に付いて起き上がろうとする。身体は痛い。でも、動かないと。

 狂ってしまいそう。この力に。


「……大丈夫……?」


 その声は誰のものなのか。

 私は顔を上げた。二人、そこには立っていた。力を振り絞って、立ち上がった。


「……誰だ」


 電灯が、二人の顔を浮かび上がらせる。その顔は、全く一緒だった。少女だ。


「何か……同じこと、してたみたいだね」


 右側の少女が言った。二人の服装を見ると、彼女たちも赤く染まっていた。しかも破れていたりして、元がどんな服だったのかも予想が付かないほどに原型がない。


「…………腕……」


 驚いたのは、左側の少女に対してだった。

 その左腕が――いや、本来左腕があるべき場所が、なかった。


 左腕がない。そこからは、私とは比較もできないほどの流血。

 ショッキングな映像が、胃から食べ物を押し出した。その場に吐く。


「そうだよね、そりゃびっくりするよね。でも、私は感覚が麻痺っちゃったのか、吐くことすら出来ないんだよ」


 ひとしきり吐いて、口の端についたものを手の甲で拭った。

 血まみれの少女が三人、そこにいる。

 現実とは思えないほど異様な光景だった。


「ねえ、助けてよ……私、もうどうしたらいいのか分からない……」


 見ると、右側の少女は、涙を流していた。無表情の上を、雫が伝う。


「このままじゃ、薊が死んじゃう……」


 どうやら、さっきから一言も喋らない左腕を失った少女は薊と言うらしい。


「何が、あったの」

「……いきなり、変な事が起こって、薊がどこからかナイフを出したの。その時は気味悪く思うだけだったけど、家へ帰ったら、お父さんとお母さんが死んで、て……怖い人が居て」


 ……私と同じように、襲われたのだろうか。

 そして、多分、薊っていう子の左腕が――。


「……助けてほしいのは、私もだよ」


 自然と言葉が口を出た。


「ならば、助けてあげようか」


 突如、別方向から声が上がる。私たち三人は、同時にそっちへと向いた。

 そこには、男がいた。顔は暗くて見えない。けど、かなり背が高いことは分かる。


「傷も治療してあげるし、身寄りのない君たちに宿も食料も提供してあげられる」

「……薊は、助かるの?」

「助けられるよ」


 走り出そうとした少女の手首を掴んで止めた。少女はこっちを見る。

 私はこの子と違って、疑り深い、嫌な女の子だから。


「その保障は?」

「保障? そうだね……俺が君たちと同じ、ってことじゃ駄目かな?」

「同じ?」

「そう。俺も、君たちと同じ――悪魔に魅せられ天使に魅せられ、悪魔に憑かれ天使に憑かれた魔具使い。それだけじゃ、信用できない?」

「……魔具使い……」

「あ、それに、俺はとある集団の一人なんだ。そこでは、俺や君たちと同じ魔具使いが生活している」


 魔具使い、というのか。私は、人間じゃなく、魔具使い。


「一緒に来ないかい? ただ、俺と一緒に来るならば、それなりの覚悟をしないといけないと思うよ。働かざる者、食うべからずってね。それでも、来るかい?」

「…………」


 私は、無言で歩き出した。二人の少女と一緒に。男の下へと。


「最後に、もう一つ聞いていい?」

「いいよ、何?」

「その集団の、名前」

「ああ――」


 魔具蒐集戦線と。彼は呟いた。


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