序章 2/
序章 2/
「……どうも、戦闘中はドライになっちまうな」
木に背を凭れかけて、呟いた。その声は誰に届くことも無く、木々に吸い込まれる。
先ほどの戦闘地点からは離れた場所だ。これ以上死臭と血肉に纏われなくてもいいだろう、と思って避難していた。処理は勝手にやってくれるだろう。今は休憩を取っている状態だった。
手に持った大型ナイフについた血を丁寧に拭う。
片刃のサバイバルナイフ。全長約四十センチメートル、刃渡り三十センチメートル。最早ナイフとは呼べないほど長い。柄は片手で持てるほどしか無く、革をぐるぐる巻いた簡素なものだ。分厚い刃は全身が黒い。黒尽くめの中に、一つだけ、銀色がある。これを作った鍛冶師の意匠だ。刀身に刻まれている。
ナイフを一回転させ、腰の鞘に仕舞った。
そして、さて帰ろうかと腰を上げた時、
――轟音が、森に降り注いだ。
「んだよ……!?」
魔具使い関連だとしたら――その音を聞いて見過ごすことは出来ない。
クローザーズは……断罪者であって、警察官でもあるのだ。
何かあった場合は、現行犯逮捕――である。
僕の肉体に寄生された魔具を、呼び起こす。高揚感とともに、身体能力が増大するのが分かる。
方角。北を十二時と捉えて、十時方向。
距離。勘でしかないが、一キロメートルも無いだろう。
そして、疾走。
木々と草々の狭間を縫って、音源へと駆け抜ける。轟音は一度きりで、今度は何も聞こえていない状態だ。
その間にも、つまらない思考は働いていた。
疑問点は三つだ。一つは、何故大音声が一度だけだったのか。戦闘が始まった、もしくは始まっていた、とするなら、一撃だけで済むはずがない。しかし現実には一撃だけ、と。二つ目は、そもそも戦闘が行われていたのか。〝ギルド〟は、〝絶対法律〟により規定されている。その中には、無用な被害と混乱が起こらぬよう、近い場所での二つの戦闘が起こるのは否とされていたはずだ。クローザーズにもそのルールは働いている。
そして最後の一つは、それが正規の戦闘なのか――ということだ。
定められた闘争じゃないのなら、戦闘地点が重複するのはありえる。つまり、二つ目の疑問は解決される。一つ目の疑問は自分で確かめることしか解決のしようもない。
しかし、重複がありえるのは、ありえるだけで――実現する確率は、絶対的に低い。
地球がそんなに狭いわけが無いのだからな。
つまり、これが非正規の戦闘だとすれば――なんたる巡り会わせ。
「…………運命?」
しかし、まあ。非正規なら、余計見逃すはずも無い。
そして、突然視野が広まって、
二人の少女を、眼にした。
一人は、黒の袴を着た少女。見た目は高校生くらいで、長い髪の毛を一つに束ねている。そして、その右手には、薙刀を持っていた。もう一人は、片膝をついて荒い呼吸を繰る少女。こちらも高校生程度で、制服らしきものを着ていた。
……って、おい。
うちの制服じゃねぇか……!
一体、何故こんなところに、何故こんな状況に!?
「そこの!」
叫ぶと、反応したのは薙刀を担いだ少女だった。こちらを一瞥し、唇を軽く歪めて――
――こちらに、突進してきた。
「うぉいっ……!」
薙刀が縦に振り下ろされる。断頭台の刃のような鋭い一撃――咄嗟に腰から二本のナイフを引き抜いて、掲げて交差する。
遠心力、重力、その他諸々を含めた重い一撃が、ナイフの交差点で火花を鳴らす。
後ろに飛び退く。薙刀がナイフの抵抗を失って振り下ろされる――が、地面に当たる前に止まった。
少女が顔を上げる。端整で凛々しい顔立ちをしている。特に、瞳。瞳が特徴的だ。意志の強い――静かなのに燃えているような瞳だ。
「……見られたからには、逃しておけないね」
「そんな古典的な台詞、初めて聞いたぞ」
「うふふ」
と、少女が後退する。左手を口に添えて、薄く笑っている。
「この状況を聞かずに帰れるか」
「そうかい。それなら、お兄ちゃん、殺さなきゃならないね」
びくり、と体が反応する。しかし無理矢理抑えて、反論する。
「そういう訳にもいかないさ。僕はこれでもクローザーズなんだよ。それに……そっちの子、僕と少なからず係わり合いがありそうでね……」
「そ。残念だけど、お話は出来ないよ? 大人しく帰ることも出来ないのなら……」
少女が薙刀を構える。左半身を前にした基本姿勢だ。
「闘争――も、厭わない」
「…………」
やっぱりこうなった。
非正規で何かをやっていたのだとしたら、口封じくらいはするだろうと思っていたが……予測どおり。クローザーズであるとも言ったのに、どうやら無視のようだ。
闘争も厭わない――か。
「名を問おう。あなたは――何だ?」
「お先にどうぞ」
「うふふ、それもそうだな」
少女は苦笑して、より一層意志の強い瞳で見据えてきた。
「私は、魔具蒐集戦線が一部隊、ギルド〝瀧夜叉〟の双翼の一人――虚衣蓬」
虚衣蓬――か。そして――僕も、礼儀に倣って名乗り返す。
「僕は、〝大統合ギルド〟の〝断罪者〟にしてギルド〝一期一会〟の一人――
――織神、雷兎」
序章の後半部分です。