三章 19/
三章 19/
白い閃光が見える世界を覆い尽くし、何が起きたのかも分からないまま、僕は吹き飛ばされた。壁に衝突して、肺から空気が押し出される。
「メ、ルカ……ッ!?」
視界が白い。瞼を閉じても同じだ。そして、激痛。脳と繋がっている神経が焼ききれたかのように痛い。けど、痛みを感じているということは、僕の目がまだ生きているってことだろう。
そう、強引に解釈し、壁で体を支えて立ち上がる。
それより――何が起きたかだ。
視界が正常に戻ってくる。まだ辛いけど、現状を見る。
そこは、真っ赤だった。
「メルカ――」
……最悪か、それに限りなく近い事態かもしれない。
目の前に広がるのは、赤い炎。何色よりも鮮烈な、炎色。
それの中から、影が現れた。影は徐々に輪郭を成し、こちらへ歩んでくる。
それが何か、なんて、分かっている。
「意識はあるのか?」
「あるわよ」
即座に返ってきた言葉。
「けど、身体は私のものじゃないように、自由に動かない」
「それは……僕も経験あるよ」
魔具の暴走。
三年前の事件。
メルカは、あのときの僕と同じ状況に置かれている。
「私は……どうすればいい。この衝動が、私には抑えられない」
言いながら、両手で頭を抱えて膝を突く。
「…………」
僕は無言で歩き出した。メルカへと向かって。
「来ないで」
鋭く突き立つ、彼女の言葉。けどそれは、氷のように、先の見えない不透明で殴れば割れるほどに脆い。
「行くよ。行って、君を助ける」
その氷を溶かすのは、僕の役目だろう。その考えはエゴかもしれないけど。それでも僕は、彼女を助けたい。
「何故、そんなに私を助けようとする――?」
「それは――」
「あッ……ああああぁぁぁぁぁ!!」
答えようとしたとき、いきなりメルカが叫びだした。間もなく、どこかから異音が聞こえてくる。
否、それはどこか――ではなく、メルカの体からだ。
何かが軋むような音。悲鳴を上げているのは、心か、身体か。
出づる――
「あああぁぁ――――」
叫びが静んでいく。メルカの背中から光が漏れる。
まるで、蝶が孵るかのように。
その背中から、光をまとった何かが生える。
「――は、はっ……こんな醜い私でも、助けてくれるというのか」
それを包む光は、闇に呑まれていく。
驚きの息が口を出る。何も、言えない。
現れたのは、翼だ。光を纏わずとも白い、穢れなき色。細く長い、十四枚、七対の羽。一枚の長さは、伸ばせば五メートルはあるだろう。それが左右に広がり、周りを炎に囲まれているメルカは、さながら戦場の天使のようだ。
美しく恐ろしい、白い天使。
僕はこんな美しい悪魔の武具を、見たことがない。
「醜くなんか……ないよ」
「醜いよ。こんな、力」
メルカは立ち上がった。そして右手を軽く振るう。
「――ッ!」
それだけで、僕の左側の地面が炎に包まれた。
「逃げなさい。そうしないと、私はあなたを殺してしまう」
醜いこの力で、と。自嘲するように。
――彼女は、何をその翼と炎に見立て、背負ってきたのだろう。
戦線を抜け、逃げた先に何を見たのだろう。
今の僕には分からない。彼女が何を考えているのか、何を見、何を感じ、何のために生きているのか。
僕は僕で、メルカはメルカだから。
僕にメルカを想う資格なんて無いのかもしれない。僕らは赤の他人で、何の関係も関連も無いのかもしれない。
けど。
けど、僕らの人生は交錯した。絡み合い、結果、同じ世界を見ている。
あの日、虚衣蓬からメルカを守ったとき、それが始まりだ。それまでも、正宗メルカという人物がいることは知っていた。何せ同じクラスの同級生だったのだから。でもそれまでは、話したことも無かった。僕にとって、メルカとの本当の出会いは、そこなんだ。
そして、終わらせない。こんなところで、こんなことで。僕が死ぬことも、メルカを殺すことも、あってはならない。
後悔は――しない。壁にぶち当たった時、本気で、全力で、全霊を掛けて達成してみせる、と。もう誰も、大切な人は死なせない、と。
そう、彼女たちに誓ったんだ。
あの事件に、流血をもってして、誓った。
だから、僕はメルカを守る。
たとえそれがエゴだとしても。他の誰かに、命を狙われようとも、
一歩――一歩踏み出す。
「…………どうして」
二歩。
「……寄るな」
わずかに逡巡して、メルカは言い放った。けど、三歩目。
「寄るな!」
もう一度右手を振るう。火線が地を這うが、それは僕を狙ってはいない。四歩。
「――――」
今度は無言で、炎を放つ。さっきよりは近いが、当たってはいない。五歩。
「……寄らないで」
もはやメルカは睨むだけだ。その目には、微かに雫が浮かんでいた。あと少しで、彼女に手が届く。六歩目。
「寄らないで、よ」
一雫。涙が伝い、落ちる。それが分かるほどに、距離は縮んでいる。
もう一歩進んで、僕はメルカの元へ辿り着いた。手を伸ばして、彼女の涙を拭い取る。
「どうして……そんなに、助けようとしてくれるのよ……」
「――惚れた弱み、じゃねーの」
「……惚れたら、死ぬ覚悟をしてまで助けようとするの?」
「そんな、もんだろ」
メルカは泣き止まない。それどころか涙は増すばかりだ。まるで子供のように泣きじゃくる。
「だって……本当に、殺しちゃうかもしれないのよ。今だって、何とか疼きを抑えてるけど、いつ爆発するか分からない。もし、今そうなったら……」
「大丈夫だよ」
もう一歩、進んだ。そして両手を伸ばす。
抱きしめた。
彼女の身体は思っていたよりも華奢で、けど柔らかくて、そして壊れそう。いつもはああやって暴言吐いているけど、それはきっと、自分を守るためで。
だから、僕はメルカが好きなんだろう。
「僕は、大丈夫。メルカを助ける。策はちゃんとあるんだ、これでも」
「……本当に?」
「ああ。だから、いいよ」
「――じゃあ、離れて。――私は、あなたを信じることにするわ」
メルカにしたがって、僕は後ろへ引いた。
「――出でよ、〝白ウサギの目〟」
漆黒から純白へ。
漆黒から真紅へ。
その様相を変える――戦いに備えて。
「ごめん雷兎、もう無理――ああああぁぁぁッ!!」
メルカの叫びに、赤眼が反応する。今まで経験したことが無いような、強烈な疼き。出会った魔具使いの中でダントツの強さを誇るだろう相手を前にして、気持ちはいやでも昂ぶる。
けど、相手はメルカだ。戦うのは助けるためであって倒すためじゃない。
魔具の高揚に流されず、かつ全力で戦う――そうしないといけない。
「出来るだろうか、僕に」
それはとても難しい。試したこともない。
「はぁっ……いくよ、雷兎!」
でも、やるしかない! やって、救う!!
メルカが動く。
右手をふりかざす。感じた殺気に、横へ飛び退る。直後に炎の柱が三本、立っていた場所に突き刺さっていた。
メルカの心は、今、ここにはない。彼女の身体を動かしているのは、魔具を欲する血の渇き。
「戦う前に、やらなきゃな……」
何をやるかというと、
メルカの追撃。両手の動きに合わせ、うねる炎が迫る。横へ。
薊を避難させることだ。
薊を殺されることは避けなければならない。もしそうなると、僕の計画も潰えるし、多分敵わずに死ぬ。
踏み込む。一瞬で肉薄し、腹部を蹴り上げる。浮いた身体に、もう一撃。メルカは簡単に吹っ飛ぶ。
「今のうちに……っ」
方向転換して、座り込んでる薊に近づく。
「お前は逃げないと」
「……別に、今死んでも困らないし」
「こっちは困るんだよ!」
薊を抱え上げ、走る。小さな悲鳴が聞こえた。無視。屋上の端で、へりから飛び落ちる。
着地して、薊を下ろす。
「早く逃げて!」
「よくもまあ、敵を助けるつもりになるもんだね」
「それも仕事のうちだしな」
「本当にそれだけ?」
「……うるせ」
踵を翻し、上を見る。足に力を溜め――
「……優しい人だね。せめて、死なないように」
「お前もな。ちゃっちゃと捕まって、さっさと更正しやがれ」
飛ぶ。へりに手を掛け、屋上へ舞い戻る。
「――――ッ!」
目線を上げるとそこには白い何かがあった。腰を屈め、それが風を切る音を聞く。
もう一撃、来る。今度は飛び上がりながら前進、メルカへと。白が足元を通過した。
右手を左太腿にやり、ネイルナイフを三本指の間に挟んで抜き取る。メルカはもうすぐ前だ。
右手を突き出、
「効かないよ」
メルカの唇が言葉を紡ぐのが見えた――が、何かが視界を遮った。
視界だけではなく、ネイルナイフまでも。
それは、翼だ。
メルカの身体から生えた翼だった。
さっき僕を攻撃してきたのもこれか。
四枚の羽が交差して、メルカの身体前面を守っていた。ナイフはそれに突き刺さっている――ようだが、効いていないだろう。ナイフを手放し、後退する。……しまった、ナイフを拾っとくべきだった。もう……ない。
「私の魔具――〝獄炎響鳴十四翼〟」
「口は動かせるんだな――っと!」
二枚の翼が左右から伸びて、襲い掛かる。避ける。まだ来る。
「今の私は、正宗メルカだが、本人ではない。彼女は私がこんなことを喋っているのも知らないし、今は眠っている状態だ」
(……!? なんかそれは、まるで……)
僕の魔具と似ている。
僕の、暴走の状態と似ている――。
そのとき、一瞬だけ認識に遅れた翼が、避けられないほど近くに迫っているのに気づいた。上空から迫る、白。横へ飛び退く。かすった。
「ッ!」
「何を考えているのかは知らないが、反応が遅かったな」
かすったのは右足か。確認すると、そこはカーゴパンツごと切られ、血が滲んでいた。
あの翼、切断系なのか。防弾耐刃性能をもった戦闘服ごと切るとは思わなかった。だが、痛みに呻いている暇は無い。次々と翼が迫る。
――圧倒的に手数が多すぎる。なにせあっちは十四枚の翼。それに、腕を振るうことで発生する炎にも気をつけないといけない。しかもその両方の間合いも僕よりはるかに広い。
見たことも無いような魔具に、見たことも無いような強さ。
メルカは――強い。
「ところでさっきのことだが、虚衣薊を逃がしたのは正解だったな。隙あらば私は奴を殺して魔具を喰うところだったし、もしいれば私の特殊能力が発動していたところだった」
「特殊……能力? 薊がいることで発動する?」
「そう。私の特殊能力は――近くにある魔具の数だけ強くなる――共鳴能力」
……なんつー、規格外の能力だ。
正真正銘の化け物かもしれない。
「ちなみに発動してない装備型の魔具でもカウントする」
「さらに嫌だな。――で、何でそれを僕に教えた?」
十四の死を司る刃を潜り抜け、メルカに肉薄する。
「僕に教えることに、何の得があると?」
「得? 馬鹿を言うな。雷兎は、私を救いたいんだろう? ――ならば、私を負かさないといけないじゃないか」
「……まさに、そのとおりだよ」
右拳、左拳、右、右、右フック。ボクシングの要領でメルカを打つ。メルカはわずかに後退しながら掌で全てを受け止め、最後のフックを受け流しながら左の拳で思い切り僕の腹を殴りつけた。
予想外の威力で、数メートル飛ばされる。直撃ではない。
「……焦げてる」
服の表面が軽く焼けている。おそらく、拳で殴るときに炎を出していたんだろう。
「ほら、本気にならないと、死ぬよ」
間断もなく、次が来る。
右側の七枚の翼が並んで薙ぎ払われる。すり抜ける隙もやり過ごす隙もない、完膚なきまでに僕を殺すつもりで放たれた死線。
本気にならないと――か。
分かるもんなんだな。
そうだ――本気にならないと、メルカを倒せるはずもない。救えるはずもない。
出来るだろうか、矛盾する二つを。
「――やる、か」
こんなとこで死ねないから。
やってみせるしかない。
「やれるか――俺」
僕は俺に問いかける。
俺は大丈夫だろ、と答える。
「いくぞ――――」
視界が鮮明に、そして迫り来る翼の動きがだんだんとスローになる。実際にそうなっているわけではない。俺の眼が動きに追いつき始めているんだ。
そして、僕は俺に身体を明け渡す。
僕は間もなく暴走し、俺になる。
弾けとんだ――
◆
速い――と、メルカが思う暇もない。
雷兎の身体は一瞬――正に一瞬でメルカの眼前に現れ、右足でメルカの足を払う。バランスを崩した身体に、回し蹴り。だがメルカは攻撃に使わなかった左側の翼を羽ばたかせることで後退した。
「一気に速くなったな……どんな裏技を使った」
「お前と一緒だよ」
今、織神雷兎の意識はここにはない。
雷兎の身体を動かしているのは、魔具そのものといってもいい。
「まあ、主役交代っていったところだ……覚悟しな」
奔る。
メルカは身体を回転させて翼で牽制するが、雷兎はとまらない。僅かな間を見つけ、潜る。翼の全てを牽制に使ったメルカは隙だらけだ。雷兎の掌底を何とか両腕でガードした。
舞うように、雷兎の腕が、足が、動く。逃げる隙もない、敵を叩き尽くすための攻撃。メルカが防げるのは二発に一発くらいだ。
「どうした? そんなもんじゃ俺は喰えねぇぞ」
「ふん……」
メルカの右腕が、閃光のように鋭く走る。雷兎の左手首を捻り上げながら、上空へと放り投げた。さきほどまでとは全く違う動きに、雷兎は追いつけなかった。
上空の雷兎へ向かって、メルカの翼が放たれる。その数、八。まさに四方八方から迫る。
だが、雷兎が思ったのは、割と危ないな――程度だった。
器用に身体を捻り、八枚の翼刃をかわす。
着地と同時に残りの四枚が振り下ろされる。後ろでも横でもなく、斜め前へ。メルカへと接近。
再び接近戦に持ち込もう――と考えた雷兎だが、メルカは新たな策を講じる。
右手を、地面に叩きつける。掌が地面と触れ、メルカの身体を中心に炎が上がった。雷兎は立ち止まるしかない。急ブレーキをかけ、横へ飛ぼうとした雷兎だが、その前にメルカの左腕が迫る。再びかすった――が、やはり炎傷が雷兎の身体を蝕む。
「やるな……」
思わず呻いた出た言葉は、単純な、相手への賞賛だった。今の雷兎――いや、〝白ウサギの目〟にとって、戦いとは楽しむものだった。
しかし織神雷兎本人の意思の強さが、彼に戦いに没頭することを許さない。
彼は、僅かな苛立ちを覚えながら戦っている。
「面倒くせえ」
雷兎は再び走る。メルカは翼を動かさない。迎え撃つつもりか。
二人がぶつかる直前、雷兎は動きを変えた。急停止して、足を思いっきり踏み込む。廃病院の朽ちたコンクリートは、大きな衝撃についに壊れた。
二人の立っている地面が崩れる。
「なるほど、確かにそのほうがやりやすいのかもしれないな」
メルカは即座に気付く。雷兎は、屋上の見晴らしがいい状態より建物内の地形を生かすつもりだ。そのために屋上を破壊し、屋内に逃げ込んだ。
実際、メルカが着地したとき、すでに雷兎の姿は見えるところにはなかった。それに、暗い。屋上よりも暗く、目が強化されていないメルカには慣れるまで少しは時間がかかるだろう。
メルカは眼を閉じる。何が彼女をそうさせるのかは分からない、ただ答えるならば勘としか言いようがない。
――きた。
それも勘でしかない。だが、メルカは自分のそれを疑わない。眼を閉じたまま、右腕を振るう。炎の刃は何も焼かない。だが、その時聞こえた足音が、雷兎が接近していたことを知らせた。
一方雷兎は、暗闇の中で動きを読まれたことに対し驚愕していた。
――姿を認識できるはずもない。俺を牽制できたのは、彼女の潜在的な直感か。
やはりメルカは化け物だ。正宗村正の血は、彼女の身体に濃く流れている。
今、雷兎は、病室の中に潜んでいる。この階は、どうやら病室の並んでいる所らしい。メルカが居るのは広い廊下だ。
暗闇に眼が慣れていない今が、仕留めるチャンス。
視力があてにできない今、彼女が頼っているのは――聴力。
雷兎自体は〝白ウサギの目〟によって暗黒も視認できる。
雷兎は、音を立てずに動いた。
メルカは次に雷兎が何をするか検討をしていた。その時、がさり、と何かが動く音。
続いて、瓦礫が崩れた。さらに別方向から石が転がる音。そしてメルカの背後から、今度は壁をぶち抜く音。
予想通りだ、とメルカは内心ほくそ笑む。
耳を混乱させるために、攪乱しようとしてくることは予想していたことだった。
そして、その対抗策もある。
「見えないなら、聞こえないなら、ぶっ潰すだけよ!」
十四の翼が、はためく。壁という壁を、切り裂き、ぶち壊し、崩壊させていく。
「さあ、出てきなさいよ」
――予想通り、と笑ったのは雷兎も一緒だった。
敢えて陳腐な、最初に考え付くような作戦をし、メルカを動かす。彼女はあっさりと引っかかった。
雷兎は既に階下に逃げている。上ではメルカが障害物を薙ぎ払う音が聞こえる。
その音の中心、メルカの真下に雷兎はいた。
「建物が脆いなら、その脆さを利用すべきだよな、見習うぜ、メルカ」
そして、飛び上がる。天井を突き破って、メルカの眼前に。
――なるほど、そうきたか。
――終わらせれるか。
メルカは音で雷兎が下から出てきたことを知った。遅かった。
雷兎の右手がメルカの首に伸びる。細い首を捕らえ、雷兎は彼女の身体を叩きつけた。
「何、の、つもり――?」
「窒息させる」
一部が崩れさらに脆くなった床が崩れ落ちる。下の階に、メルカは受身も出来ずに、もう一回叩きつけられた。
「お前を……〝獄炎響鳴十四翼〟とかいう大仰な名前をしたお前の意識を刈り取る」
そういって、雷兎は左手も首に添える。そして両手でメルカの首を絞めた。
もちろんメルカだって、何もしないわけではない。炎を宿した両手で雷兎の腕を掴む。焦、と肉の灼ける音がする。
「う、があああ、ぁぁぁ!」
それでも雷兎は手を離さない。悲鳴を上げながら、痛みに耐えながら、それでも。
それは、織神雷兎が望んだことだ。
「さっさと――眠りにつきやがれ!」
炎が勢いを増す。延びる。肩までが炙られ始めた。雷兎は絶叫しながら、メルカを見る。
メルカと雷兎の――〝獄炎響鳴十四翼〟と〝白ウサギの目〟の瞳がかち合った。
「家に、帰るぞ」
そして。
そして、メルカは意識を失った。
雷兎は両手にこめた力を抜き、そのまま倒れこんだ。
炎は止み、翼はなくなっていた。
「痛……っ。こりゃ、数週間はこのままだな」
〝白ウサギの目〟の意識も、同じように眠りに着いた。使命を果たして、魔具使いへと身体を渡し終え。
純白の髪は漆黒に戻り、真紅の瞳も漆黒へと戻った。
雷兎は身体を半回転し、メルカの上からその横へと転がった。腕は動かない。足も動かない。
「はっ――俺も、無茶してくれる」
ははは、と、乾いた笑みを浮かべた。
そのとき、脳内に声が響く。
『雷兎……! やっと繋がったの!』
「恋歌、か……何やってたんだよ」
『いいから、場所を教えるの! それより、どうなったのなの!』
「…………僕もメルカも、大丈夫だよ。場所は分かるだろ」
恋歌はまだ何か言っていたが、僕にはもう返す言葉も気力もなかった。
そのまま、眠りに落ちる。
ついに決戦が終わりました。
次は四章ですが、四章はサイドストーリー的な内容です。
第一幕はあと四話。もうしばらく、お付き合いお願いします。