三章 16/
三章 16/
「〝零番隊〟のことは知っているかな? まあ、知らない人間はいないだろう。あの巨大組織、魔具蒐集戦線の頂点にして始祖なのだからな。戦闘メンバー自体は三十人ほどだが、その全員が超級の魔具使いだ。そして、超級の変人でもある。魔具を最上とし、以外を最下とする、自身さえも魔具を振るう道具としてしか認識しない奴らだ。私は、彼らのことはあまり好かないのだけどな――。
そして、そのギルドの末席が、正宗メルカだ。先に説明しておくが、メルカはその種類の変人ではない。あの中では浮いているほどの――迫害されかねないほどの、普通の性格だ。魔具は道具と考える、ごく一般な、平凡な魔具使いだったそうだ。しかしな、その普通さを、あの変人どもが許すと思うか? 思わないな。だとしたら何故彼女はそのギルドに居続けられたのか、気になるよな。それは、彼女があの変人どもを凌駕するほどの力の持ち主だったから――ではない。ただ単に、そのギルドに親族がいただけだ。その親族こそが、頂点のギルドの頂点たる、正宗村正氏だ。『妖刀』と呼ばれる男。メルカは、その男の娘だ。……ちなみに、断っておくがこの村正氏は変人ではない。ただ強すぎるから頂点に立っているだけで、変人ではない。その男の血を継ぐものだ――誰も、メルカに手を出そうとは思わんよ。
そしてメルカ自身だ。メルカは、ギルドの中では一番下だった。いや――下、というより、序列にさえ含まれて居ないというのが正直なところだな。何しろ、魔具の覚醒はまだだったんだからな。知っているだろう、血は何よりも濃しということを。魔具使いの子は、高確率で魔具使いとなる。〝一賊〟系のギルドがいくらか存在するのもそのせいだからな――」
「――待て。その話が本当だとしても、その話だと幾らか矛盾が残る。まず、何故覚醒してもいないのに追われるようなことをしたのか。何故今まで生き残れたのか。そして――蓬。何故……お前らのような奴らがメルカを狙う? 頂点の男の娘を――何故、お前らのようなギルドが追う? どう考えてもおかしい。少々言い方が悪いが、お前らのような弱小ギルドには、荷が重すぎるもいいとこだ。不相応だ。もっと優秀なギルドは、幾らでもあるだろう?」
「知りたいか? 一つずつ教えて言ってやるつもりだよ。まず、最初、何故覚醒してもいないのに――か? 簡単だ。既に覚醒していたから――だ」
「……どういうことだ。それこそさっきの話に合わない」
「より正確に言うならば、覚醒した直後に逃亡した――ということだな」
「――なるほど。全てに納得できたわけじゃないけど、概ねは理解できた」
「なら二つ目だ――何故、今まで生き残れたのか。それを言うには、メルカの最近の動きを話す必要がある。まず、一ヶ月前だ――一ヶ月前に、メルカは覚醒し、そして逃げた。その日に追手が出されたが、そいつらは帰ってこなかった。まあ、栄養になったんだろうな。そしてそれからは音沙汰なし。あまり餓えないタイプだったんだろう。次の〝衝動〟の時に、仕留めよう――と、そういう魂胆だった」
「――これも、なるほど、だな。しかし、だ。別に衝動を待つ必要はないんじゃないか――とも、思うね。それに、三つ目の問題もある。まあ、お前らがここにいた理由は、分かったけどな。第二の追手――か」
「そういうことだ。それと、衝動を待っていた理由は、どうやら彼女をスキルアップさせるため――だったみたいだ。少なくとも私はそう聞かされている。餓えのときにこそ野性は目覚める、とかなんとかな。同意はできるが」
「スキルアップ――ね。なるほどなるほど……お前らが狩り出された理由が分かったよ」
「スキルアップ――」
「――生贄」
「……三つ目の理由も、分かっただろう」
「よぉー……く、分かったよ」
お前らは、哀しいということが。
とてもとても。
「……けど、分かったのは、メルカが何かだけだ。依然として、あいつの居所は教えてくれない。……さっさと教えてくれないか」
「焦るな。元から教えるつもりだったよ」
あっさりと、蓬は答えた。さっきまでの態度とは、全く違う。何よりも、『元から教えるつもりだった』――か。
「何が目的だったんだ、お前らは、一体」
「さあな」
蓬は、溜息を吐きながら立ち上がった。その右手に、薙刀はもうない。既に魔具を収めていた。
「メルカは――この街のはずれにある、廃病院にいるよ。今現在、薊と交戦中だ」
「……そう」
薊がなんでここにいないのかは――
――メルカと一緒にいたから、ということか。
「なら、急がないとな」
「そうだね。早く行くといい」
それだけ残して、蓬は踵を返した。その背中を見送りながら、翻そうとして――止まる。
まだ――蓬に言ってないことが、あったから。
「……蓬」
「何だ、もう話すことはないぞ」
「お前には無くても、僕にはある」
蓬が振り返る。目が合った。
「お前、前言ってたよな。正義とは何か、そこに意味はあるのか――って」
「…………それがどうした。もう一度問うて欲しいか? ならばもう一回言ってやる。
――お前にとって、正義とは何だ? そこに何の意味があるというのだ?」
彼女は、再び問う。炎の瞳を伴って、ただ僕を見据えて。
正義――それは、多分、酷く漠然として茫洋として曖昧模糊としたものだ。万人にとってそうか――というわけではないけれど。少なくとも、僕にとっては。
考えたことくらいは――ある。何か。意味。理由。けど、答えられたことなんて、一度もなかった。自分にとっての正義は何か――答えるのが、怖かったから。答えると、それに縛られそうな気がしていたから。
けれど、それは――虚像だった。
虚ろな――像だった。移ろいゆく、幻影だった。
正義なんてものは――。
「僕にとって、正義とは――
――正義とは正義であって正義でしかない。そこにあるのは意味ではなく、意志でしかない」
正義とは何なのか、それをしっかりと定めていたメルカ。
この事件の中心にいたメルカ。
そのメルカの言葉を借りて。
メルカの――力を、貰って。
そう、答えた。
蓬は、頭を垂れていた。かすかに見える口許は、三日月形に歪んでいた。
「はは、ははは……そうか、ならば私は、お前の――お前の正義に負けたということか」
顔が上がる。薄く笑った口許と、意志の強い瞳。
「ならば、私は、いつか、お前を負かしてみせよう。お前を、正義を――意志を」
「ああ……待っているよ」
答えて、まず最初に考えたのは、蓬に下される罰のことだった。一般人を殺した罪――魔具の特性のせいだといえばある程度は罰も軽くなるだろう。魔具蒐集戦線のコネも使われるかもしれない。それは、可能性としては低いけれど。
けれど、死にはしないだろう。
僕としても、その方が良い。
「……じゃあ、行くよ」
そして、僕は、踵を返して駆け出した。一刻も早く、一瞬でも早く、メルカの許にと。
行くなら早く行け――と、覚醒した聴覚に、そんな声が聞こえたから。