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三章 15/


   三章 15/



 薙刀を紙一重で避けながら前進。石突で牽制してきたけど、意味はない。その石突を左手で掴み、ナイフを突き出す。――刺さった。

 しかし、急所は外れた――それどころか、致命傷さえにもならない。咄嗟に体をずらされた。

 刺さったままのナイフ。すぐには引き抜けないと判断し、手放す。腹を蹴飛ばしてその勢いで後退。


「……ふふ、やっと殺す気になったか」

「とっくになってたさ。おまえが気を緩めただけだ」


 本当は、蓬の言うとおりだった。

 僕は、たった今、初めて、蓬を殺す気になった――。

 蓬は左手でナイフの柄を握った。何をするのか思いきや、無造作に引き抜いたのだった。


「…………」


 流石に唖然である。

 わざわざ抜かなくてもいいのでは……?


 蓬は僕の視線に気付くそぶりも見せず、ナイフを放り投げた(おい)。それから右の袖を引きちぎり、包帯代わりに刺さった箇所に巻きつけた。ただ、引きちぎりかたも巻き付けかたも割と不恰好で、慣れていないことが一目瞭然である。顔も真剣で、微笑ましかった。

 当然、和んでいい空気じゃないけれど。


「……さて、と。会話を再開するか」


 一連の処理を終えた蓬が、ぺろりと上唇をなめてこちらの表情を窺い見る。僕はもう一本のメインのナイフを取り出した。指で回しながら、逆手に掴む。


「再開するものは既にないよ」

「そうか? じゃあ行くぞ」


 まるでこともなげに、蓬は走り出した。僕は迎え撃つ。薙刀の斬り上げ――と見せかけての、跳び回し蹴り。予想外だった大技に反応が遅れる――が、大技だからこそのモーションの大きさ。避けられた。蓬は着地しながら回転、地面を抉りながら弧を描く。

 薙刀の進行方向と同じ方向に、同じ速度で回る。薙刀は僕の後を追いかける形となって、必然、その刃は僕には触れない。そして僕は蓬の後ろへ回り込む形となる。

 左拳を背中の中心に打ち込む。呻き声を僅かに漏らしながら、蓬は逃げる。追いかける。逆手に持ったナイフを高く上げて、振り下ろす――。


「――うううぅぅぅっ!」

「――!」


 まるで獣のような唸り声。いや――これは、呻き声か。

 首筋に突き刺さりかけた一撃は、僕の右手首を蓬の左手首が掴んでとどめられていた。


「そういや――前にもあったな、このシーン」

「そう、だっ、たかな……。そう、いえば……あったな……」


 脂汗を流しながら答える蓬。その瞳は強気だが、だからこそ、異常を訴えかける。

 ……本当に、何か、トラウマでもあるのだろうか。

 互いの膂力が拮抗する。だがそれも長くはない。向こうの方が筋肉の量は高いと思ったからだ。後ろに飛び跳ねて距離を取る。蓬は追ってこない。見ると、両手を膝について、上半身を折り曲げていた。荒い息まで聞こえる。


「くそ、またか……また、お前は手加減をするか」


 答えない。

 その代わりに、前進して蓬に肉薄した。――ナイフを、懐に戻して。


「格闘戦でも演じるつもりか? この私と?」


 蓬は既に息が戻っている。まだ表情は辛そうだが。

 踏み込みながら腹を狙って拳を突き出す。左手で掴んでガードされる。掴まれた右手を動かせて、蓬の左手首を掴み返す。右手で引き寄せてその華奢な首へと左手を伸ばす。


 首を掴んだ。今度はこっちから押し返すように、更に踏み込む。踏み込みながら、左手の動かす方向を、斜め下へと変える。

 蓬の背面全体を、地面へと強かに打ち付ける。ぶつかる威力を逃せない状況だ、結構痛いだろう。蓬は右手の薙刀を振り回して僕を遠ざけようとしたが、上手くはいかない。当然だ、ほぼ密着しているのだから。


 ナイフを振り回せる間合いは、薙刀を振り回せる範囲に僅かに被っていた。だが、体術なら、そうはならない。それがナイフを収めた理由だ。

 そしてもう一つのナイフを収めた理由は、そのほうが、殺さずに済むから――だ。

 左足を腹のほうへ引き寄せ、右の二の腕あたりにのせる。これで右腕も封じた。左手に籠める力を、一層強くする。


「殺すつもりか? お前に、殺せるのか?」

「どうだか」


 適当な相槌で、蓬の言葉をかわす。

 視線が合う。硬直する。それも数瞬の束の間、僕は蓬の腹を両足で蹴って、飛び上がった。

 五、六メートルくらいの上空。〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟の能力があれば、こんなことも出来る。本気で跳べば、三階建ての建物くらいには登れる。

 空中で体を捻って、スローイングナイフを三本、指の間に挟んで抜き取る。それを下方へと投げつけた。

 僕のメインの武器である大型コンバットナイフと同じ製作者の作品。形はメスにも似ている。それが蓬へと迫る。


 蓬は――その三本を、全て防いだ。

 いや、防いだと言うのは間違いだ。防いだなど、口が裂けてもいえない。

 だって、三本全部、左腕で受け止めたの――だから。


「――!」


 言っておくが、あのナイフは相当の鋭さを持つ。正に凶器だ。刃渡りは十センチもないが、それでも人間に致命傷を与えるのは容易だ。蓬は、その凶器を、三本、その体でもって受け止めた――。

 立ち上がりながら、薙刀を振るう。半円の死。僕は、そのとき、落下していた。

 体を捻って、直撃を避ける。直撃を避けれただけで、攻撃を避けたとは言い難い。下腹部を横真一文字に、衣服ごと切り裂かれた。

 放っといても死にはしない。だが、血が結構出た。……冷静に分析してどうする僕。


 だが、体を捻ったことで、着地が不恰好になった。隙だらけだ。どうしようもないほどに、隙だらけだ。

 体を折り曲げた体勢。横合いから何かが視界に入り込む。それは急速に迫ってくる。


 やばい死ぬ。


 死ななかった。


 石突のほうで打ち上げられた。どういうことだ、と判断する前に、次が来た。もう一度石突が迫る。今度は薙ぐように。また同じ場所を打たれ、真横へと吹っ飛ぶ。


「ぐう、あああぁぁ……」


 アスファルトを転がりながら、右手で踏ん張って立ち上がる。左手は、腹部を押さえている。切られたところの近くを殴られた。相当痛い。やばい。

 蓬は、悠然と佇んでいる。その左腕に、歪なものが生えていた。


「痛くねえのかよ……」

「痛いさ。けどな、この左腕が命の代わりになるというのなら、いくらでも差し出してやる」

「自分の体ぐらい大切に扱えよ」

「それには同意だ。だがな、私はどうも、左腕というものを疎かにする傾向があるらしい。どうしてもな……この左腕が自分のものには思えんのだ」


 自嘲するように、あるいは哀しむように微笑みながら、左腕を掲げる。夥しい出血が今なお続いていた。腕を伝って赤い液体が地面に落ちる。この公園は、一日で三人の血を吸ったことになるな。どうでもいいけど。


「それはまた、どうしてだよ?」

「どうして……か。いや、理由は分かっている。分かりすぎているよ。けど、教える義理はないよな」

「全くもってその通りだ」


 今はまだ、傷に対して出血は多くないけど、ナイフを抜けばそれこそ滝のように溢れ出るだろう。

 それを蓬も理解していたのだろう、引き抜かずに放っていた、それでも十分危険だけれど。他の人間に与える視覚への刺激的に。


「だが、治療でもしなければこの腕も駄目になるだろうな……それもいいかもな」

「よくねえよ。さっさと治療してくれ。頼むから」

「加害者にそんな事を言われるとは、私も堕ちたものだな」

「酷い物言いだな!」


 そんなに嫌か。お前はそんなプライド高かったのか。

 しかし、そこで蓬は――地面にへたり込んだ。どうしたらいいか迷っていると、ふふふ、と笑い出した。


「しかしまあ、これで……この戦いも終わりだな」

「……何?」

「私はな。単なる囮だったんだよ。時間稼ぎだ」

「……何?」


 訳がわからなかった。彼女は、何を言っているのだろう――と、それだけが頭をぐるぐるぐるぐる廻り廻っていた。


「……一体、何の時間稼ぎだ。お前が知っていて僕が知らないことがどこでどんな風に起こっているんだ。一から十まで説明してもらうぞ、蓬」


 次いで頭をよぎったのは、不安だった。どうしようもないほどの不安。周りから地面が消失していくような、自分が落ちていくような、どこまで落ちるかわからないような、不安。

 その不安を押しのけて現れた次の感情は、焦燥。何とかして抗おうと、何としてでも抗おうと、ナイフを鞘から抜いた。蓬との会話を円滑に進めるツール――だ。


「焦るな。ちゃんと話すよ。だがその前に一つ聞きたい。何故ここに薊は居ないんだ思う?」

「…………っ!」


 思わず息を呑んだ。

 そうだ。その通りだ。どうして僕は気付かなかった――。

 薊は、どうしてここに居ないのか。


「……あいつはどこに居るんだ」

「今、正宗メルカと交戦中だ」


 あっさりと伝えられたその言葉。

 メルカと――交戦中。

 それはつまり、メルカが戦っていることだ。あの、狂気の塊と。


「どこで」

「そうだな――どこか、は知らないよ」


 そういえば――そうだ。蓬と薊の反応が出る前の朝威邸に居る時、メルカはいなかった。散歩だと識々は言った。その散歩か――? その散歩のときにか。

 確か、反応は虚衣蓬だけだと恋歌は言っていた。だから薊はここ(、、)にはいないと踏んでいた。それは合っていたが――合っていたからこそ、おかしかった。


「そうだ――恋歌、恋歌!」


 叫ぶ。恋歌は戦闘中は常に魔具を解放している。いつでも僕と連絡が取れるようにだ。だが、今この時、恋歌は何の反応も示さなかった。


「何で――なんでこんな時に!?」

「雷兎。落ち着いて、少し話をしよう」


 恋歌と何故連絡が取れないのか――それを考えていた時。蓬の声が、横から割り込んできた。


「話す……? お前と話すことなんかないし、話している暇もない!」


 激情に流されたまま叫ぶ。それは、蓬には、どう聞こえたのだろう。

 そのままか、それとも、悲鳴か。


「話すことはいくらでもあるさ。例えば、メルカについてとか」

「……お前が、それを知っているのか?」

「知っているさ。だからこそ、伝えておかねばと思ってな」


 僕は何も言わなかった。沈黙で了承を伝えた。


「メルカはな――魔具蒐集戦線の頂点のギルド、〝零番隊(ジオス・レギオン)〟の一人だ」


 そして僕は、蓬の話に耳を傾けた。


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