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三章 13/


   三章 13/



 そして、家についた直後だった。

 識々に反論して気持ちよかった。風も丁度良くて気持ちよかった。気温も涼しかった。

 さて、また華音を愛でるか、と思ったときだった。

 恋歌から――連絡がきたのは。



     ◆



「何処だ――?」

「北を十二時として一時三十分方向。突っ込んでればそのうちつくの」


 耳元で囁くような声は、恋歌のものだ。幼い雰囲気を持った声で耳元で囁かれるのは、結構こそばゆい。今はそんなこと考えてる時間はないけど。

 現在、午後七時。薄暗いと暗いの中間ぐらいの暗さの中を、一陣の疾風となり駆け抜ける。ああ、風が気持ち良いや、なんて考えてる時間も、当然ない。ちなみに、〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟状態ではありませぬ。


「……確かに、あったんだよな」

イエスなの。確認なんかしてる場合かぼけー」

「……眠たそうに言うな。なんだか、こっちまで眠くなる。お前の声にはどんな成分が含まれているんだ」

「たっぷりの悪意とちょっぴりの好意なの」

「逆だとありがたいな」

「ちょっぴりの好意とたっぷりの悪意なの?」

「丸ごと逆にするな」


 それじゃあ意味がない。


「というか、何でこんなときまで呑気に会話してるんだよ」

「こっちの台詞なの。実際現場に出るのは雷兎なの。私関係ないのなの。それに、結局着くまですることないんだから別にいいじゃんなの」


 ――事の発端は、恋歌からの連絡だった。

 虚衣蓬の魔具の解放が確認されたのー、という恋歌の言葉に、泣く泣く出動することになった僕。家の目の前だったから丁度良いと思い、戦闘用の服にも着替えてきて、今は蓬のところへ行っている。

 ちなみにその戦闘用の服というのは対刃対衝撃性能に優れたコートとインナー。それとカーゴパンツに、鋲付きのブーツ。色はご想像にお任せします。しないけど。黒だけど。

 装備は、いつもの大型コンバットナイフが二本。それに予備の一回り小さめの短刀。スローイングナイフが五本。


「む……! そろそろなの」

「了解。正確にはどこら辺? 特徴的な建物を教えてくれれば分かりやすい」

「噴水なの」

「噴水? ……てことは、公園か?」

イエス


 この町には二つ公園がある。そのうちの一つが、蓬の居場所だということだろう。


「しかし、人払いはどうなっている? まだ七時だ、人もいるんじゃ?」

「大丈夫……っぽいの。ていうかそもそも、普通人前で神器なんて出さないの」

「だとしたら何でだ? ……まさか、向こうが手配していたのか?」

ノーとは言えないの。それぐらい手が回っていたとしても何らはおかしくはないの」


 確か、噴水があるほうの公園は西公園。割と広かった気がする。特徴としては、噴水と、敷地を囲むように生えている木々か。敷地の半分くらいは林に近い木々の群れだ。


「……と、そうだ、着く前にもう一つ確認したい。反応は本当に蓬か?」

「勿論、イエス

「オッケー。だとしたらちょっと厳しいかな」


 前と同じように。攻撃範囲が僕より圧倒的に広い蓬だ。それに、以前の戦闘から期間があったこともあり、幻影は使用できると見て間違いない。そこも気を引き締めないと。

 要するに、苦戦必須。

 あんなゴツい武器の直撃を喰らおうものなら一撃で死ねる。その点、特殊能力の幻影が非常に厄介だ。


「そのペースで走っていると、あと十秒で着くの」


 そして。

 その西公園に、着いた。


「……ふう……ふう……」


 若干息が切れている。公園の手前で呼吸を落ち着けてから、右手を後ろ腰に忍ばせて。

 ゆっくりと、歩いていった。



     ◆



 そこに蓬が居たかと問われれば、居たと答える以外には選択肢はないだろう。

 見るのは三回目になる黒袴も、彼女らしい意志の強そうな瞳も、長いポニーテールも、得物である薙刀も、いつもどおりだった。

 ただ、一つだけ違うのは。


 彼女が、血塗れだということだけだ――。


「よお、蓬」

「久方だな、織神雷兎。一週間ぶりとなるか」

「ああ。あんたらが姿を現さなかったからな」


 僕は既に武器を抜いていた。大型のコンバットナイフ。黒の分厚く長い真っ直ぐな刀身と、革を巻きつけただけの簡素な柄。刀身の側面には複雑な意匠を携えている。僕の知る限り、魔具を除くとすればあらゆる面で最も強い武器。

 蓬の頬を血が流れ、顎から滴り落ちる。


「うーん……どう言ったらいいのか分からないけど、悲惨な姿だな」

「そうかな? 私は血化粧が似合っていると思っていたのだが」

「じゃあ言い換えよう。悲惨じゃなくて、凄惨だ。凄絶で、美麗」

「素晴らしい褒め言葉になっているぞ、最後の言葉は」


 頬の血を人差し指の腹で拭う。それを口許にやり、唇をなぞる。その動作に、ぞくり、ときた。


「違うな……今の蓬に一番似合っているのは、妖艶だ」

「かもしれないな。……だがしかし、言葉で飾るのは私は好きではない。今まで散々訂正を求めておいてだが、な。許せ」


 ……よくよく見れば、蓬の足元には、何か(、、)が転がっていた。その何かが本当は何なのかなんてのは、考えなくても分かっていたけど。

 死体。


「……また、貪ったか」

「仕方なかったんだ」

「念のため確認しとくが、ここ一週間の十二人連続殺害はお前らの仕業だな?」

「然り。私と薊で半々だ」

「……オッケー」


 違っていたらよかったのに。そんな都合のいいことはないと知っておいて。


「殺人があったのは六日前と三日前。てことは、今日も……ということか」

「……まあ、私も、そこまで正確に周期を刻む必要はないと思っていたのだがな」


 なら何故、と聞きたくないわけではなかった。むしろめっちゃ聞きたい。


「まあ、一つ言い訳をさせてもらうとすれば、私達が殺した奴は人間の屑だということだ。ちんけなヤンキー集団や、万引き主婦、不正していた会社員などな。……私は、自分で言うのもなんだが、正義漢だからな」

「その言い訳には概ね納得出来る。しかし屑とはいえ人間だ」

「人間とはいえ屑だよ、雷兎君」

「……むぅ。しかし、以前に『魔具使いも普通の人間も、|等しくただの人間だ』なんて言ってたからなあ、僕。いまさら撤回するのは男じゃないというかなんというか」

「じゃあ、こうしよう。――人間は全て、ただの屑だ」

「ははっ、言うね。けどそれじゃ、何も変わらないよ蓬。ただ、人間という生物そのもののランクが丸ごと下に落ちただけだから。中身は変わらない」

「それでもいいんじゃないかな?」

「……そうかよ」


 じゃあさっきまでの会話は一体なんだったんだ。教えてくれよ。


「ま、それはともかく。……二人か」


 僕が言った人数は、蓬の周りに転がっているものの数だった。


「いや、二体だよ。それとも二個というべきかな? 私――いや、私達のような化物に殺された奴は、既に人じゃないよ」

「まあ、見た目もそんな感じだな。いかにも肉塊だ」


 傍から見ればかなり物騒な会話だと思う。傍には誰もいないのだけれど。

 蓬は、薙刀についていた血を、薙刀を振るって落とし、肩に担いで歩いた。どこに行くのか、と慎重になり構えたけど、必要なかったようだ。蓬は傍のベンチまで行って座った。


「……と、そうだ。もう一つ確認しておきたかった。〝大統合ギルド〟には連絡しているのか? 人払いをしているということは」

「勿論だよ。これから殺し合いをするというのに、人なんか邪魔で仕方ない」

「そうか。そりゃなにより」


 僕は蓬が座った後も動かない。最初は蓬の横に座ろうかとも考えたけど、やめておいた。


「殺し合い……なあ。確かにそうだ、僕はここにお話をしにきたわけじゃない。紛れもなく、闘争を演じるために来ていたんだ」

「何を今更」


 まったくだ、と心の中で嘆きながら、思った。せめて、伝えておきたいことは伝えておくべきなんじゃないかと。


「……なあ蓬。提案だが――僕のギルドに、入る気はないか?」

「……何を言ってる?」


 怪訝そうに眉を寄せ、こちらを見る蓬。僕は動じない。


「私はお前の敵だぞ? しかも、今は断罪を待つ犯罪者だ。私が入るかどうかを検討する前に既にいくつも障害がある」

「関係ないさ。障害は一つ一つ潰せばいい。敵対関係はその気になれば解消できる。その犯罪者扱いだって、識々に頼めば、きっと何とかなる」

「私は戦線の所属だ。裏切ればお前も狙われる」

「大いに結構。どうせ僕らは戦う運命さだめだ」

「……障害が取り除かれたとして、私が、薊が、納得するとでも?」

「そうだとありがたい」


 僕の気持ちは本当だった。本当に仲間になってもらいたいし、本当に一緒に戦いたい。

 蓬は暫く何も言わなかった。気持ちを整理しているのか、呆れているのか、どっちでもよかったけど、前者であって欲しい。

 やがて、蓬が口を開く。


「――魅力的な提案だ。それは否定しようもない。……けどな雷兎君。私達にも信念というものがある。私と薊――は。一生、一緒に、私達だけで戦おう、と決めたんだ。くだらない、くだらなさすぎる信念だけど、私達にはそれしかない。だから、な――答えは、却下、だ」

「……そっか」


 それは残念だ。

 だって、もう、殺しあうしかないのだから。


「まあ、聞けただけでも良しとするか」

「そうしてほしい。――それでは、もう、話しておくべきことはないな?」

「ああ。……十分だ。十二分に、話せた」

「私もだ。……いや、そうではないのかも、しれないが」


 目覚めろ、〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟。気分が高揚する。五感が蜂起する。視界が一気に開け、風が肌を撫で、木の匂いが鼻をくすぐり、脳が覚醒する。

 真紅の虹彩が目覚めた時、僕の闘争は始まる。


「いざ、勝負!」

「掛かって来い、〝白ウサギの目(ラピッドファイア)〟!」


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