三章 12/
三章 12/
「結局は、一週間音沙汰無しということだね」
「そう。今まで短い周期で来ていた分、不気味なんだがな」
朝威邸の一室。いつものロビー。窓から覗く空を見ると、少し薄暗くなっていた。
「君の場合、不気味に感じているというよりかは、寂しいのほうが大きいんじゃないかな?」
「はっ、そんな馬鹿なことあるか。彼女達は敵だ。なんで寂しいと感じる必要があるんだよ」
「それでもこの間嘆いていたじゃないか。あの二人が仲間になればー、って。僕としてもそのほうが良いんだけどねぇ」
はっはっは、と笑う識々。僕は溜息をついてソファーに深く体を埋めた。明らかに高級そうな感触で、ずぶずぶと埋まっていく。きもちいー。
「恋歌にもこの一週間警戒はしてもらっていたけどね。あの二人の反応はこの周辺では一切なかった」
「とはいえ、あいつらが目的を達成しているわけでもない。メルカは依然ここにいるのだからな。だから、いつか必ず、仕掛けてくる――と」
そう。蓬と薊、その両方と戦闘を行ったのはもう一週間も前だ。それ以来彼女達は顔を見せていない。
この一週間に僕がしたことといえば、また犯罪者を裁いただけだ。
「まあそうなるね。もう一つの可能性として、メルカちゃんを諦めて退散した可能性も挙げられるけど――そうでもないようだ。ちょっと待ってて」
そう言って、識々は立ち上がった。まあ、何を持ってくるかは大体想像はついている。識々はキッチンのほうに歩いていった。すぐに戻ってくる。
ソファーに座りざま、テーブルに何かを投げた。ぱさり、という紙の音。
一枚の画用紙だ。けれど、それは白くなく、少し灰色ががった紙で埋め尽くされていた。
「ここ一週間の、この町、それと町周辺での――殺人事件《、、、、》だよ」
「……おう」
やっぱり。
画用紙には、新聞紙の切り抜きが貼られていた。作業の丁寧さを見る限り、識々がやったわけではないだろう。恋歌かメルカか。
その切り抜きは、全て、殺人事件……この町での殺人事件だ。
僕はそれを取って、膝の上に置いた。
「蓬は、あの時、僕を殺らなければ衝動が限界になる、と言っていた……そして結局、殺し損ねた。それが意味するのは、つまり、別の人間の死」
呟きながら、目を通していく。
「魔具使いじゃなくても喰えるタイプの二人だ。この町に根を張ったままでも補給は行える」
「まさしくその通り」
そしてその結果がこれ。
二人との戦闘が一週間前。その翌日――つまり、六日前の六人殺害が皮切り。そしてその三日後、現在からすれば三日前にさらに六人。
死因は十二人全員刺殺と書かれている。どれもこれもが発見された時はズタズタのボロボロだったらしい。何か鋭利な刃物による――と。
被害者は老若男女節操なし。
「どう思考を転ばそうとも、彼女達の仕業だな」
「うん」
識々は頷く。僕はまた溜息をつきながら、画用紙をテーブルに戻した。
「〝絶対法律〟には、こう記されている――『魔具による一般人への死傷は断罪に値する。但し、例外も存在する』、とね」
「その例外こそが、彼女達のような魔具使い……」
「けれどね。……あの二人は殺しすぎた」
お手上げ、と言いながら諸手をあげる識々。確かにお手上げだ。
「〝大統合ギルド〟から正式な命令がきたよ。彼女達を拘束――不可能ならば殺せ、と」
「だろーよ」
僕の推測。
例えば、魔具使いの衝動に至るまでのゲージを十とする。そして、時間が経つごとにそのゲージは減っていく。それを補給するために、別の魔具使いを倒す。それが一人当たり六回復するとする。対して、一般人は一人当たり二回復だとする。ならば、魔具使い一人と一般人三人が同じ回復量。
そんな風に考えれば、こんなに人が死んでいるのも、納得出来ないでもない。
まあ、結局は推測で、当事者じゃない僕にとってはどんな感覚なのかも知りえないわけだけれど。
けど、その推測で正しいとすれば、彼女達が断罪に値するまで人を殺したのも理解できる。なにせ、この町で根を張っている魔具使いは一期一会のメンバーぐらいしかいないのだから。殺しても何ら問題のない魔具使いにありつけず、結果、この状況に至った――。
「損な役回りだなあ……折角良い調子で戦えてたっていうのに。水を差すようなことは、正直、してもらいたくなかった」
「雷兎らしいねえ」
識々はまた笑みを零した。僕はその顔を見て、思わず舌打ちを出した。
「嫌らしい笑みだな……どうせ、」
「仕事は仕事だから」
「ほら……見たことか」
こう見えて識々は割と五月蝿いのだ。理由は自分の信用にかかわるから。
「まあ、あいつらと決着をつけることは、必然だ。だから話題を移そう」
「うん。じゃあ時事ネタ……」
「お前に聞きたいことがある。何で勝手に正式な戦闘を許可していたんだ?」
「はっはっは」
じゃねぇよ。
こっちはおかげで死にかけた。
「まあ、いいんじゃなかったのかな? いずれ受けなきゃならない戦いだったし。すでに違法行為を行っていたんだ。二回目なんざ、だからどうした、で済む問題だった」
「だからと言ってもな……それなら先に言っとけよ」
「いやあ、驚かしてやろうと思って」
「嘘でも思うなそんなこと」
僕が言っているのは、他でもない蓬と薊と戦った時のことである。
識々の所為で、帰るに帰れなかった。
「たまにはこういったアクシデントもないと」
「作為的なのはアクシデントと呼ばねえよ。そういうのは罠という」
「わなわな……」
「何を言っているのか全然分からん!」
多分、怖がっているときの擬音語だろうけど。
シチュエーションに合ってねえ。ちなみに、シュチエーションじゃなくて、あくまでシチューエーションな。こっちのほうが正しいらしい。
「とにかく……ああいうのはやめてくれ。心臓に悪い」
「おや、それは困るな。唯一の働き手なのに」
「さっさと新メンバー見つけろ。お前の仕事だろうが、情報使い」
「それはそうだけどね……良い人材ってのは、割と少ないんだよ。うちは少数精鋭で気張ってくつもりだから、なおさらね。真剣に見逃さなければならない」
「それをいうなら見抜かなければならない、だろう。見逃してどうする。それこそ他所にとられるぞ」
「全くだ。――けどね、候補がいないわけでもないんだ」
「……ほう? 誰だ」
「メルカちゃん……だよ」
沈黙。
メルカを――だって?
「けど、あいつはまだ記憶が戻っていないんだぞ」
「分かっているよ。だから、それが戻ったらの話だ。考えても見てくれ――特殊、且つ強力な魔具を愛でる魔具蒐集戦線に彼女は居たんだよ? それも、その戦線から追われていたんだ。それだけでも――彼女の実力が垣間見える」
「……なるほど。道理だ」
いわれて気付いた。
あいつは――メルカは、恐らくかなり強力な魔具を所持している。僕の〝白ウサギの目〟よりも強力な。
「しかし――それにしても、僕は反対だ。メルカは……せめて普通でいさせてあげたい」
「君は甘いねえ」
識々が溜息をついた。そして、ソファーから立ち上がりテーブルに乗り上げ、僕の目の前まで迫ってきた。
「甘いよ、甘すぎる。雷兎君は――ミルクと角砂糖と蜂蜜をどっさりぶち込んだミルクティー並みに甘い。そんなんだから、あの二人も仲間に出来ればいいのにとか言っているんだ。いいかい? この仕事は甘い奴には務まらない。死ぬ。死んでしまう。それなのに、雷兎君はそれを理解していても理解しようとしていないんだ」
「…………」
「君は、甘すぎる」
まくしたてる識々だった。――その目は、真剣そのものだった。
瞼を閉じ、浅い深呼吸を一つして、識々は元のソファーに戻る。
僕は……何も言い返さなかった。
そのまま、何分かが過ぎる。長い。長い――静寂。せめて、恋歌かメルカがいればよかったのに。恋歌は部屋に篭っていて、メルカはどっかに出かけている。
僕は、彼の言葉を反芻した。
甘すぎる――ときたか。
確かに、そうかもしれない。識々の例えは……まあ置いておくとして、それくらいに甘い性格をしているというのは、言い逃れできない現実。
「なあ、識々」
けれど、だ。だからといって――。
「甘いからといって――どうしたっていうんだ」
「…………?」
「確かに僕は甘ちゃんかも知れない。てか、実際そうだ。……けど、僕は、だからどうしたって、言える」
「……それは、何で?」
「何でもこうしたもないよ。僕は――この甘さを、貫く。敵に優しくして、それで不意打ち喰らったとしても構わない。生憎、僕は天邪鬼で我侭で自分勝手だからね。この生き方を、貫き続けようと思うんだ。自分に正直に、戦い続けるよ」
ある意味、それは、決意の言葉だった。
「……いきなりだなあ。そんなことを言うなんて、考えてもみなかった。――何に影響されたんだい? テレビか? マンガか?」
「違うよ。――メルカだ」
識々は、僅かに苛立たしげを含んだ口調だった。無理もないか。僕は、死んでやる、と同じようなことを言っているのだから。
「この前メルカに一つだけ聞いたことがあってね。その言葉が、妙に染みてきたんだ。何でだろうね?」
「……僕は知らないよ」
今度は深い溜息を漏らして、ソファーに凭れかかっていた。
「まあ、君がそう言うのなら、そうなんだろう。自由にしなよ」
「言われなくともそのつもりだ」
言われても、そのつもりだ。
「……さて。話すようなことももうないや。今日は帰るよ」
「逃げるの? 追求が怖くて」
にたり、と笑う識々。やっぱり、さっきの言葉は蛇足だったか。メルカについて何を聞かれるか、知りたくも無い。
「あはは、ばいばい」
適当にごまかして、帰ることにした。