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【王域の軍師】シリーズ

首席と次席

掲載日:2026/10/22

本作は、長編ファンタジー『王域の軍師』の関連短編です。


エテルナ士官学校で出会った、首席レオン・アイゼンと次席エラスムス・ヴォイド。


二人の学生時代を描いた物語です。


本編未読の方でもお楽しみいただけるように書いています。

 エテルナ士官学校の本館前、掲示板の周りには朝から人だかりができていた。


 前期考査の成績順位が、貼り出されたのだ。


 首席、レオン・アイゼン。


 次席、エラスムス・ヴォイド。


 人垣の後ろから、囁き声が聞こえてくる。


「また首席はアイゼンか」


「そりゃそうだろ。軍務局長の息子だぞ。教官だって点を甘くするさ」


「次席は……ああ、あいつか」


「近寄らない方がいいぞ。あいつの隣にいただけで、医務室送りになった奴がいるらしい」


 エラスムスが一歩踏み出すと、目の前の人垣が、潮が引くように左右へ割れた。誰かが小さく息を呑み、誰かが肩を引く。目を合わせようとする者は一人もいない。


 いつものことだった。


 異能のことが知れ渡ってから、エラスムスの周りには、常に人一人分ほどの空白がある。最初の頃はそれなりに煩わしく思ったが、今では便利だとさえ思っている。おかげで掲示板の前まで、誰ともぶつからずに辿り着ける。


 首席との総合点の差は、僅か三点だった。


 前回は七点差だった。この調子なら、次は届くかもしれない。


 不意に、背後の空気が変わった。


「アイゼン、おめでとう!」


「さすがだな。また首席か」


 振り返ると、人垣がもう一度割れていた。今度は、愛想のいい笑顔と一緒に。


 その間を、背筋の伸びた青年が歩いてくる。差し出される手を一つずつ握り返し、掛けられる言葉に丁寧に礼を返していく。祝いの言葉を口にする顔ぶれの中には、ついさっき「教官だって点を甘くする」と囁いていた学生の顔もあった。


 エラスムスは、冷めた目でその光景を眺めた。


 同じように割れる人垣でも、自分の周りの空白の方が、まだ正直だ。


 青年は人の輪を抜けると、真っ直ぐこちらへ歩いてきた。


「君がエラスムスですね」


「そうですが」


「レオン・アイゼンです。よろしくお願いします」


 青年は、ごく自然に右手を差し出した。


 エラスムスは、その手を見下ろした。


 この男は、自分の異能を知らないのだろうか。周りの学生たちが息を詰めてこちらを窺っているのが、視界の端に映る。だがレオン本人は、その視線にも足元の空白にも気付いていないかのように、手を差し出したまま待っている。


 知らないのなら、そのうち誰かが教えるだろう。そうすれば、この手もすぐに引っ込められる。


 エラスムスは、その手を握り返した。


「こちらこそ、首席」


 レオンは穏やかに微笑んだ。周囲のざわめきなど、まるで耳に入っていない顔だった。


「……変わった人ですね」


 思わず漏れた言葉にも、レオンは小さく首を傾げただけだった。


 それが、首席に対するエラスムスの第一印象だった。


◇


 十日後、救出演習の実地試験が行われた。


 演習場の一角に、崩れた市街を模した区域が設けられている。半壊した壁、積み上がった瓦礫、入り組んだ狭い路地。その奥に、負傷者に見立てたダミー人形が横たえられていた。


 試験官が、学生たちの前で条件を読み上げる。


「二人一組で、人形を救出地点まで運べ。人形は成人と同じ重さがある。一人で運べるとは思うな。経路には攻撃用の仕掛けを多数配置した。訓練用だが、当たれば痛いし、多少の怪我もする。人形を抱えている以上、全てを避けられるとも思うな。制限時間内に運び終えれば合格だ」


 試験官は手元の板を閉じた。


「以上だ。組を作れ」


 号令と同時に、学生たちが動き出した。顔見知り同士が声を掛け合い、次々と組ができあがっていく。


 エラスムスの周りだけが、動かなかった。


 エラスムスの異能は、自分が受けた損傷を、最も近くにいる人間へ転嫁する。転嫁された損傷は相手の身体へ直接届く。学生たちが身に着けている訓練用の胸当てなど、何の役にも立たない。


 人形を二人で運ぶ以上、最も近くにいるのは相棒だ。相棒は自分に当たった攻撃に加えて、エラスムスに当たるはずだった攻撃まで、その身で受けることになる。


「誰があいつと組むんだよ」


「自分の分だけでも大変なのに……」


 空白の向こうから、ひそひそとした声が届く。


 エラスムスは腕を組み、それを聞き流した。


 予想どおりの反応だった。自分が彼らの立場でも、同じ判断をするだろう。損をすると分かっている相手と、好んで組む理由はない。合理的な判断だ。責める気にもならなかった。


 問題は、試験の方だった。相手がいなければ、人形は運べない。いずれ最後に余った誰かと、試験官の指示で組まされることになるのだろう。その誰かは、今頃組み損ねた自分の不運を嘆いているに違いない。


「では、私が組みましょう」


 空白の向こうから、穏やかな声がした。


 レオンが人垣を抜け、こちらへ歩いてくる。


 周囲が一斉にざわめいた。


「アイゼン! お前、そいつの異能を知っているのか!?」


「ええ。知っていますよ」


「だったら、どうして!」


 レオンは、なぜそんなことを聞かれるのか分からないという顔で答えた。


「二人でなければ、負傷者を救出できないのでしょう?」


 問い詰めた学生が、言葉に詰まる。


 レオンはエラスムスへ向き直った。


「優秀な君と組めば、課題を達成できますね?」


 エラスムスは眼鏡を押し上げた。


「可能でしょう。ですが、私が異能を使えば、貴方は二人分の損傷を受けることになりますよ」


「承知しています」


「……構わないのですか?」


「それで負傷者を救出できるなら、問題ありません」


 気負った様子は、どこにもなかった。身を差し出す覚悟を語っているというより、試験の手順を確かめているような口ぶりだ。


 エラスムスには、それが理解できなかった。


「私の異能を、恐ろしいとは思わないのですか?」


 レオンは少しだけ考えた。


「危険な異能だとは思います」


 そして、続けた。


「ですが、君は好きでその異能を選んだわけではないでしょう?」


 エラスムスは、言葉に詰まった。


 恐れられたことはある。避けられたことは数えきれない。だが、そんなことを言われたのは初めてだった。


「どんな異能を持っているかと、その人がどんな人間なのかは、別の話だと思います」


「……随分と甘い考えですね」


「そうかもしれません」


 レオンはあっさりと頷いた。言い返しもせず、引き下がりもしない。


 それが、妙に癇に障った。


 この男は、分かったつもりになっているだけではないのか。二人分の損傷がどういうものか、知識として知っていることと、その身で受けることは違う。


 一度、受けてみればいい。


 そうすれば、この甘い考えも少しは改まるだろう。


 そんな考えが頭をよぎり、エラスムスは小さく息を吐いた。今は試験が先だ。


◇


 開始の笛が鳴った。


 周りの組で、学生たちの瞳が淡く光り始めた。異能で瓦礫を持ち上げる者、風を起こして砂袋を払い落とす者。区域のあちこちで、異能を使った攻略が始まっている。


 隣のレオンの瞳は、光らなかった。この場面で役に立つ異能ではないのだろう。エラスムスはそれ以上考えず、人形へ目を向けた。


 二人は試験区域へ踏み込み、人形の傍らに膝をついた。レオンが肩の側を、エラスムスが脚の側を抱え、短い合図で持ち上げる。ずしりとした重みが、腕から腰へと伝わった。


「右の路地から入りましょう。正面の広場は見通しが良すぎます」


 レオンの提案に、エラスムスは短く頷いた。


「同意します」


 路地へ入ってすぐ、レオンが顎で前方を示した。


「三つ目の角の先、壁の上に何かあります」


 エラスムスは目を凝らし、壁の上で揺れる丸太の動きを数えた。


「振り子式の打撃でしょう。……およそ六拍ごとです」


「では、次の振りに合わせて抜けます」


 言葉は、少なくて済んだ。


 レオンが前方の進路と仕掛けの位置を拾い、エラスムスがその仕掛けがいつ、どこへ動くかを読む。どちらかが口を開けば、もう一方は説明を求めずに動いた。


 首席と組むのは悪くない、とエラスムスは思った。少なくとも、余計な確認に時間を取られずに済む。


 だが、区域の中ほどを過ぎた辺りから、仕掛けの密度が一気に増した。


 左右の壁から木杭が突き出し、足元の板が跳ね上がる。頭上からは砂袋が落ち、崩れた瓦礫が進路を塞ぐ。人形を抱えたままでは、身を捻ることすらままならない。


 右から振り出された木杭が、レオンの肩を打った。


 鈍い音がして、レオンの身体が大きく傾ぐ。だが、人形を支える腕は緩まなかった。


「大丈夫です。進みます」


 顔をしかめたのは一瞬だけだった。レオンはすぐに体勢を立て直し、前へ足を運ぶ。


 エラスムスは、その様子を冷静に眺めていた。首席が一撃を受けた。速度は落ちていない。進路にも支障はない。それだけのことだ。


 次は、自分の番だった。


 左手の壁で、留め具の外れる乾いた音がした。振り出される角度からして、狙いは自分の脇腹。人形の脚を抱えたこの体勢では、避けようがない。


 普段なら、考えるまでもない場面だった。


 異能を使えば、損傷は最も近くにいる人間――レオンへ移る。自分は無傷で済む。


 レオンも、それを承知のうえで隣に立っているのだ。


 木杭が迫る。


 脳裏に、あの声が蘇った。


『ですが、君は好きでその異能を選んだわけではないでしょう?』


 甘い。


 あまりにも甘すぎる。


 エラスムスは、異能を発動しようとした。


 しかし、その瞬間。


 なぜか、ためらった。


 使えばいい。


 それだけのことだ。いつもと同じように。迷う理由など、どこにもない。


 それなのに、どうしても発動できなかった。自分が何に引き止められているのか、エラスムス自身にも分からない。


 眼鏡の奥の瞳は、光らなかった。


 木杭が、脇腹を打った。


 息が詰まった。衝撃が肋の内側まで響き、視界の端が一瞬白む。膝が折れかけ、それでもエラスムスは、人形の脚を放さなかった。


 鈍い痛みが、遅れて脇腹に広がっていく。


 自分の身体で痛みを受けたのは、いつ以来だろう。


 顔を上げると、人形の肩越しに、レオンがこちらを振り返っていた。その視線が、エラスムスの眼鏡の奥へ一瞬だけ留まる。


 何か言われるかと思った。


 だが、レオンは何も尋ねなかった。


「行けますか」


「……問題ありません」


「では、進みます」


 レオンは前へ向き直り、再び人形の重みを引き受けた。


 救出地点を示す旗が、瓦礫の向こうに見えてきた。


「残り三分!」


 試験官の声が、区域の外から響く。


 最後の通路は、それまでで最も狭かった。両側の壁から木杭が交互に突き出し、足元には跳ね上がる板がいくつも並んでいる。突き当たりには、崩れた壁が胸の高さまで積み上がっていた。


 レオンが人形の肩を抱え直し、重心を低く保ったまま足元を確かめる。


「板は、左端を踏めば作動しないようです。杭の方は」


「右、左、右の順です。最後の右の後に、少し間が空きます。……三つ数えたら」


「お願いします」


「一、二……今です」


 二人は同時に踏み出した。右の木杭がレオンの背中をかすめ、左の木杭が戻っていく。その僅かな隙間を、人形ごと抜ける。突き当たりの壁はレオンが先に乗り越え、エラスムスが下から人形を押し上げた。


 旗の下に、人形をそっと横たえる。


 ほとんど同時に、終了の笛が短く鳴った。制限時間内だった。


「やりましたね」


 レオンが額の汗を拭いながら言った。打たれた肩の辺りで、制服の布地が薄く裂けている。


「ええ。予定より少々時間が掛かりましたが」


「十分な結果でしょう」


「首席と次席が組んだのですから、当然です」


 レオンは穏やかに笑った。


 エラスムスはその顔を一瞬見つめ、それから目を逸らした。


 脇腹が、まだ鈍く痛む。


 あの時、なぜ異能を使わなかったのか。その答えは見つからなかった。


◇


 試験を終えた学生たちが、教官室の前で演習記録を受け取っていた。


 記録用紙には、経過時間と被弾の回数が書き込まれている。レオンの欄には二回、エラスムスの欄には一回。


 隣で用紙を覗き込んでいたレオンが、口を開いた。


「君は、異能を使いませんでしたね」


「ええ」


「理由を聞いても?」


 エラスムスは少し考えた。


 本当の理由は、自分でも分からない。分からないものを、話すつもりもなかった。


「必要ありませんでしたので」


「君なら、もっと楽に突破できたのでは?」


「結果は変わらなかったでしょう」


 エラスムスは、平然と続けた。


「それに、首席の貴方が足を引っ張るようなことになっては困りますので」


 皮肉のつもりだった。


 だがレオンは、気にした様子もなく頷いた。


「そうですね。ありがとうございました」


「……何のお礼ですか?」


「君のおかげで、無事に救出できました」


 エラスムスは、一瞬言葉に詰まった。


 異能を使わなかったことへの礼ではない。この人は、演習の最中に自分が読んだ間合いや、伝えた拍のことを言っているのだ。異能の危険ではなく、次席としての判断を見ていた。


 空白の向こうから自分を眺めていた学生たちとは、まるで違う。


「……変わった人ですね」


「またそれですか」


「何度でも言いますよ」


 レオンが小さく笑う。


 エラスムスは、なぜかその笑顔から視線を外した。


◇


 その日の夕方、エラスムスが校舎を出ると、石段の下でレオンが待っていた。


 演習の講評がまだ話し足りないと言うので、並んで校舎の壁沿いを歩く。西日が中庭の芝を斜めに照らし、二人の影を長く引き伸ばしていた。


 ひとしきり講評を終えたところで、エラスムスは足を止めた。


「貴方は、本当に私の異能が恐ろしくないのですか?」


 レオンは、演習の前と同じように答えた。


「危険だとは思っています」


「それでも、私と組んだ」


「ええ」


「理解できませんね」


 レオンは少しの間、西日の方へ目を向けていた。


「アイゼンの息子だから首席になれた、と言われることもあります。でも、それで私の実力が決まるわけではありません」


 掲示板の前で聞いた囁き声が、エラスムスの耳に蘇った。


 レオンがこちらを向く。


「君は、私が父の力だけで首席になったと思いますか?」


「いいえ。貴方の実力は認めています」


 考えるより先に、答えが口から出ていた。三点差の悔しさは、誰より自分がよく知っている。ただ、それだけのことだ。


 レオンは微笑んだ。


「ありがとうございます。私も君の実力を認めていますよ」


 エラスムスは、思わずレオンを見返した。


 この人は、異能で相手を測らない。父の名で測られることを嫌うのと同じように、こちらの異能ではなく、こちら自身を見ている。


 だからこそ、余計に理解できなかった。


「……私は、貴方の理想論が嫌いです」


「君とは意見が合いそうにありませんね」


「ええ。今後も一致することはないでしょう」


「ですが、君の能力は頼りにしていますよ」


 エラスムスは一瞬黙り、視線を逸らした。


「……期待されましても困ります」


 二人の考えは、少しも重ならなかった。


 それでも、互いの力だけは、確かに認め合っていた。


◇


 救出演習から、しばらく経ったある日のことだった。


 昼下がりの中庭で、エラスムスは木陰の長椅子に腰掛け、書物を開いていた。異能の作用について記された古い研究書で、図書館から借り出してきたものだ。


 少し離れた芝の上では、レオンが同級生たちと話していた。あの演習以来、エラスムスを遠巻きにする学生たちは相変わらずだったが、レオンの周りには、いつも誰かがいる。


 エラスムスは頁をめくった。


 そして、同じ行を何度も目で追っていることに気付いた。


 視線が、いつの間にか書物を離れている。


 レオンが笑っている。誰かの肩を叩き、何かを言い返す。名を呼ばれ、振り返る。そんな何でもない仕草を、気が付けば目で追っていた。


 エラスムスは慌てて書物へ視線を戻した。


 レオンは首席だ。自分にとっては、超えるべき競争相手でしかない。だから気になるのだろう。相手の癖や振る舞いを観察するのは、次の考査に向けて合理的なことだ。


 そう結論づけて、頁の続きを読む。


 数行も進まないうちに、またレオンを目で追っている自分がいた。


 教官に呼ばれたのか、レオンが輪を離れて歩き出したところだった。その背中が遠ざかるのを待っていたように、残った学生たちが顔を寄せ合う。


「いいよな、親の七光りは」


「教官まで、わざわざ呼びに来るんだもんな」


 笑い声に混じった囁きが、風に乗って木陰まで届いた。


 レオンは、振り返らなかった。


 ただ、中庭の端で一人になったその横顔が、一瞬だけ、ひどく寂しげに見えた。回廊の向こうから別の学生に呼ばれると、レオンはまた、いつもの穏やかな顔で振り返った。


 誰も気付かなかっただろう。


 ずっと見ていた自分以外は。


 人の輪の真ん中にいながら、この人もまた、一人なのか。


「……馬鹿馬鹿しい」


 エラスムスは吐き捨てるように呟き、書物を閉じた。


 眼鏡を押し上げ、足早にその場を後にする。中庭の笑い声が背後へ遠ざかっていくのを、聞かないようにしながら。


◇


 時が流れ、卒業式の日が来た。


 最終成績は、首席レオン・アイゼン、次席エラスムス・ヴォイド。


 二人の順位は、一度も入れ替わることがなかった。僅かな差は、最後まで埋まらなかったのだ。


 式を終えた校庭で、レオンは今日も人の輪の中心にいた。


「アイゼン、卒業おめでとう!」


「軍務局長にも、どうかよろしく伝えてくれ」


「配属が決まったら、口を利いてくれよな」


 レオンは一人ひとりに丁寧に礼を返していた。だが、掛けられる言葉のほとんどは、レオンではなく、その後ろにいる父へ向けられたものだった。


 やがて輪がほどけ、レオンが一人になる。エラスムスは、その背中へ声を掛けた。


「おめでとうございます、首席」


「次席にそう呼ばれても、然程嬉しくありません」


「それは残念ですね」


 いつもどおりのやり取りだった。


 レオンが尋ねる。


「君は、これからどうするんですか?」


「研究を続けます。私は軍人より研究者に向いていますので」


「君らしいですね」


「貴方は?」


「父のような軍人になりたいと思っています」


 エラスムスは、少し意外に思った。


「父親の名前で判断されるのが嫌なのでは?」


「ええ。ですが、幼い頃に憧れた父の姿まで否定するつもりはありません」


 レオンは校門の方へ目を向けた。


「目の前の人を守れる軍人になりたいんです。父の息子としてではなく、私自身の力で」


 エラスムスは眼鏡を直した。


「相変わらず、理想論がお好きですね」


「君も相変わらずですね」


 二人は、小さく笑った。


 それ以上、言葉は続かなかった。レオンは軽く会釈をすると、校門の方へ歩き出した。


 エラスムスは、その背中を見送った。


 ふと、救出演習の日のことを思い出す。


 誰も、自分と組みたがらなかった。空白の向こうで、誰もが自分を避けていた。それなのに、あの人だけは、何のためらいもなく隣へ立った。


 気が付けば、遠ざかっていくその後ろ姿を、いつまでも眺めている自分がいた。


「……首席」


 思わず、呼び止めていた。


 レオンが振り返る。


「何でしょう?」


 エラスムスは一瞬、言葉を探した。


「貴方の理想が、いつまで続くのか楽しみにしていますよ」


 レオンは穏やかに答えた。


「では、見届けてください」


 そう言って、再び歩き出す。


 エラスムスは、その背中を見つめていた。


 やがて眼鏡を押し上げ、自分も歩き出した。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、レオンとエラスムスの士官学校時代を描いてみました。


考え方も価値観も違う二人ですが、互いの実力だけは誰よりも認め合っていたのかもしれません。


二人の関係をどのように感じたか、ぜひ感想で聞かせていただけると嬉しいです。


本作は、長編ファンタジー『王域の軍師』の関連短編です。


本編では、成長した彼らが生きる世界と、その中で繰り広げられる物語を描いています。


ご興味を持っていただけた方は、ぜひ本編もお楽しみください。


▼『王域の軍師』本編はこちら

王域の軍師 ー世界はまだ、私に嘘をついているー

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