なんとも綺麗な空でした。
[Side.私]
その日、学校の屋上への鍵が壊れていることを知った私は、放課後に好奇心を大いに抱えてそこに踏み入った。
屋上と地面を隔てるフェンス以外何もない。
がらん、としたコンクリート地面が広がる空間。
それでも、そこは空に近かった。
ガラス玉に絵の具を薄く引き伸ばしたような綺麗な青。
雲ひとつ無い綺麗な青がそこにあった。
「うわぁー…」
感嘆の声を上げる私はふとそれに気付いた。
フェンスにもたれ掛かるように、顔を伏せて座る人影があった。
黒い学ランを着た少年は幼い顔立ちだった。
「君、1年生?」
私が声をかけると、少年はパッと顔を上げた。
「うわっ!えっ、そんな驚かせちゃった?」
慌てて言った私に対して、少年は訝しげな表情をしながらも首を振った。
なんとも陰鬱とした空気に耐えかねた私は、努めて明るく話した。
「何かあったのー?私で良かったら聞こうか!」
普段からこんなことを言う訳ではないけど。
なんとなく、その時はそう口にした。
驚いたような、何とも言えない表情をした少年は少しずつ口を開いた。
クラスで些細なことからいじめにあっていること
暴力はないが、小声で話されるのが辛いこと
毎日無くなる文房具について、母に言いづらいこと
思っていたよりも深刻な悩みに私は内心で焦っていた。
てっきり、友達と喧嘩したとかそんな話だと思っていた。
悩んだ末に、私が発した事は。
「空を見てみな!」
だった。
やっちまった!と焦って、更に口走る。
「何かさ!世界が灰色に見えたら、空を見ると良いよ!」
少年は世界が灰色に見えるなんて一言も言っていない。
ぽかん、とした表情でこちらを見る少年。
「だって、空がこんなに綺麗なんだよ!」
最早引っ込みがつかなくなった私は手を広げて言った。
少年は黙って私を見ていた。
いつも、親にも友達にも先生からも、考えて喋りなさいと言われる。
本当にごもっともだと私はひしひしと感じていた。
「ほら!曇り空も絶対に晴れで青空になるじゃん?」
我ながら、だから?と言いたくなる。
何が言いたいか、まとまらない。
ただ、
「世界にはこんなに綺麗なものがあるんだよ」
苦し紛れなその言葉。
少年はしばらく黙った後に、泣き始めた。
私は、あわあわと少年の背を撫でて「変なこと言ってごめん!」だとか「悪気はなかったの!」だとか言い訳を重ねた。
泣き止んだ少年は、「親に話してみる」と言った。
そして、私に向かって本日はじめての笑顔を見せた。
何ともぎこちない、綺麗な笑顔だった。
****
[Side.少年]
暗鬱とした気持ちで僕はそこに居た。
何がきっかけだったか、もう覚えていない。
多分、認めたくないが、多分――…。
僕はいじめられている。
誰だって、自分がいじめられっ子だなんて認めたくないんじゃないか?
突然周りが敵になる、何でと言う気持ちと自分が悪かったのか…でも…という何とも気持ちが悪い、堂々巡りな思考。
僕はこっそり侵入した学校の屋上でフェンスにもたれ掛かり、コンクリートの地面を見つめて座っていた。
世界から音が無くなった気分になる。
自分が独りになったみたいな。
そんな孤独な静けさは一瞬で壊れた。
「君、1年生?」
いきなり振ってきた声に僕は頭を上げた。
ショートヘアで少しマルシーズーとかいう犬みたい女生徒。
おそらく、上級生なんだろう。
「うわっ!えっ、そんな驚かせちゃった?」
わざとかと思うくらいに大袈裟に慌てる彼女に、冷やかしか?と訝しみつつも首を振った。
どんよりとした空気に、ため息が出そうになる。
そんな空気をものともせず、明るいテンションの高い声が響いた。
「何かあったのー?私で良かったら聞こうか!」
いや、そんなものは求めていない。
いきなりなんだ、この人。
そう思いつつも、鼻息荒くこちらを見る彼女の視線に耐えかねた僕は自分の状況を話した。
話し終わってから彼女を見ると、それはもう焦っていた。
顔にありありと「どうしよう」と描かれていた。
話は終わりかな、と思った。
なのに彼女は食いぎみに言った。
「空を見てみな!」
なんで???
薄々気付いていたが、このセンパイやばいんじゃないか?
しかも、また「やっちまった!」という表情をして目を泳がしている。
「何かさ!世界が灰色に見えたら、空を見ると良いよ!」
まだ続ける気か!ある意味凄いな!
ぽかんと彼女を見ながら内心は突っ込みまくりだった。
そもそも、世界が灰色に見えるなんて…言っていない。
でも、そう感じることはある。
色褪せて、何も見たくない、見えない…そんな時がある。
「だって、空がこんなに綺麗なんだよ!」
知ってか知らずか、多分知らずに彼女は続ける。
そら、空…?
空なんて、いつからみてない?
見てはいるけど、そうじゃなくて…。
腕を広げた彼女が更に言う。
「ほら!曇り空も絶対に晴れで青空になるじゃん?」
それは、そうだ。
そういうもの。
だけど、
「世界にはこんなに綺麗なものがあるんだよ」
彼女の後ろに青があった。
透き通るような、明るい青。
何も、考えていないだろう彼女の言葉で。
僕は泣いていた。
再び慌てふためく彼女が可笑しくて。
そんな彼女が綺麗だと言った空が、何とも綺麗で。
僕はいじめのことを親に言うと決めた。
この綺麗な青を、綺麗だと思えないのは嫌だった。
まだ慌てている彼女に笑う。
泣いて引きつった、ひどい笑顔だったと思う。
そうして、青の中に居る彼女が笑った。
何とも嬉しそうな、明るい笑顔だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




