2-1 列車騒動
列車に乗り換える前に買った購買のアイスを食べながら、ノアは上機嫌に外を眺めていた。向かって座るシレーヌは既に食べ終わったアイスカップを両手で包んでおり、その表情は凪いでいる。
「実際の所、上手くやっている気するのシレーヌ?」
「するわけないだろう。不安しかない」
ノアは意外そうにシレーヌに視線を移した。
舌に乗ったバニラアイスが溶ける頃、ノアは問いかける。
「なぜ?」
「……」
シレーヌは周囲に視線を向けた。一番奥の席に座るシレーヌとノア以外に車両にいるのは、上質なスーツを見に纏った主人とその妻と子供だろうか。
視線を彷徨わせ、シレーヌと目が合ったので互いに咄嗟に逸らした。
他にいるのは同じ歳くらいの中年男性の三人組。格好はまばらで、話し声から旅の途中だと言うことが察せた。
あとは若い男女ペアであった。
「……あれ、騎士団だな」
「え」
シレーヌはノアの隣に座り、足を組む。
通路側に座ったシレーヌは肘掛に魔術式を指で描けば、目に見えない防音結界がシレーヌの直径一メートルの範囲内に貼られる。
幸い、この車両に客はそうおらず、距離も離れていた。
「奥の人物は見たことがある。第三部隊の人間だ」
「女の方も?」
「嗚呼。話したことはあるが、顔はバレていないから気付くこともないだろう」
騎士団は大きくわけて三部隊に別れる。
王宮や宮廷に勤める第一部隊。外交や国際交流の場で活躍する部隊で、要人の護衛なども担当する。首都にだけ属する部隊だ。
対魔獣の第二部隊。首都だけでなく地方にも分布しており、各地方で勤務する部隊だ。近年では北の地にて遠征が多いという噂がある。
対人の第三部隊。事件が起きた際現場に駆けつけるのが、この第三部隊である。治安維持の為の巡回や、魔術師のトラブルが起きた際の宮廷や機関への仲介役。最も人が多く、仕事量が多い部隊である。数多いる人員の中で首都に配属されるのは非常に難しい。
「___まぁ関係ないだろう。話を戻すぞ」
「うん」
「不安が無いわけじゃない。実際の所、聖女候補と関わる必要があるんだからな。私に出来ると思うか?」
「……無理じゃん。天象の賢者様の餓鬼共たちともお友達になれてねぇのに」
自分で聞いたことだが、実際にそう言われると傷付くものだ。シレーヌは気を取り直し、話を続ける。
「だからこそだ。これから先、色々な年代の人と交流をする必要がある。いい機会だと思ったんだ」
「アヴィスは今頃さめざめと泣いてんじゃねーのか」
「平気だろう。あの人精神的にも強いし」
薄情なのか信頼なのか分からない言葉を吐き出すシレーヌをノアは見下ろす。
ダンッと列車が大きく振動する。
窓から差し込む光が薄暗くなり、シレーヌが顔を上げればへたりついた何かがいた。
窓にへばりついていたのは、カエルであった。
ダンッと大きな手のひらが窓を力強く叩く。
ただのカエルではない。全長三メートルはありそうな魔力で身体を構築する魔獣、ハナスイガエルだ。
女性の劈くような悲鳴が車両に響く。
「そこのお二人、離れてください」
髪をオールバックにセットした中年男性が二人に声を掛ける。
「騎士団の者です。危ないですので離れてください」
騎士団の男と名乗るのも納得の風貌だ。コート越しでもわかる身体の厚みに疲労が見え隠れする顔は若干不健康に見える。
「……ふぅ」
ある程度距離をとったあたりで、魔術式を解く。結界が無くなったことに気が付いたハナスイカエルが窓を強く叩いた。振動で車両が大きく左右に触れる。
車輪の引き攣った音が響き、異常事態を察した前後の車両から三名ほど入ってきた。同じ車両にいた男女と同じくらいの年齢の男たちだ。
「大丈夫かシレーヌ」
「嗚呼。それよりも可笑しいと思わないか」
「なにがだ?」
「ハナスイカエルだろう。腹から腕にかけて花の模様が描かれているし、色も同じだ。特徴が合うから間違いないはずだ……だが、あれは北の地の自然豊かな場所で生息する生き物のはず。気性もそんな荒くない」
しかし、現状のハナスイカエルは温厚とは程遠い。
何度も硝子を叩き続けたせいで、窓にヒビが入っている。
「思ったより不味い状況?」
「引き剥がした方がいいかもな。それか」
「倒しちゃう?」
「あまり推奨はできん。下手に刺激を与えると毒霧を吐く、はず」
ノアと顔を近寄らせながら話をしていれば、再び車両が揺れた。
小さい娘の悲鳴が上がる。
「ノア、列車の上まで運べるか」
「___勿論」
自信満々にノアは応える。
ノアは近くの窓を開け、シレーヌを軽々と抱える。俵抱きなのは不服だが、文句を言う状況ではないのでシレーヌは舌を噛まないように口を閉じた。
「……!ちょっと君たち何を」
女性がシレーヌ達に声を掛けるが、ノアは無視して窓枠に足をかけ段差に手を伸ばす。そのまま飛び上がったかと思えばあっという間に車両の屋根へと辿り着いた。
「……ん〜?なんかおかしくねぇかアイツ」
「だからおかしいという話はしただろう」
「いや、なんか……あれやばいぞ」
語彙のない言葉ばかり発するノアに、下ろしてもらったシレーヌは眉を顰める。
しかし、ノアの次の言葉でシレーヌは絶句した。
「魔術式が汚染されてる」
「は?」
「だいぶ深部まで入ってるけど、ありゃもう自我がねぇ」
魔術式の汚染。
魔獣に対して知見をあまり持たないものでも安易に想像が着く最悪の状態である。
身体を魔術式で構成する魔獣にとっては生体情報とイコールで繋がっているものだ。少し変化させればノアのように人型に姿を変化が出来る。
正常な場合ならば、の話だが。
「それで、屋根に上がるように指示したシレーヌはどうする気?」
「……一応、策はある。上手くいくかはわからんがな」
息を飲んだシレーヌは髪を束ねる。風が吹いて視界を遮るものは出来ればない方がいい。




