1-5 巣立ちの時期
前提条件が違うだろうと思いつつ、シレーヌは届いた書類を眺めて安堵した。
特待生試験合格
太字で書かれた文字にシレーヌは肩の力を抜く。いくらシレーヌとはいえど、これからの任務に影響を及ぼすのなら緊張しないわけが無かった。
「おめでとうシレーヌ」
「ありがとう。父さんたちのおかげだ」
事実、魔術試験では文句なしの得点を叩き出している。筆記試験では得点のみで何を間違えたか分からないが、問題ない範囲だ。
「それじゃあ制服とか、教科書類買わないとだ。急いで作ってもらえばまだ間に合うだろうしね」
「そういえばそうだったな。あと一月もないし、値は張るな……そこまで考えていなかった」
「ふふ、仕方ないよ」
アヴィスはシレーヌの頭を撫でる。骨角張った手で撫でるのが下手であったが、シレーヌにとっては嬉しい褒美だ。
「それにしても寂しくなるなぁ。四年間、休暇中しか帰ってこれなくなるだろうし」
「餓死するなよ」
「うっ」
「三食ちゃんと食べてくれ父さん」
「わ、わかってる」
とてもじゃないが、アヴィスのセルフネグレクトに絶大な信頼を向けてるシレーヌは信用出来なかった。
近所の人に頼むべきだろうかと本気で悩み始めるシレーヌとは裏腹に、大丈夫だろうと高を括るアヴィスは話を切り替える。
「それじゃあ首都にもう一回行かないとかぁ」
「いや、今回は一人で行くから大丈夫だ。お金だけ貸してほしい」
「え」
シレーヌは娘からの拒絶に石になった父の事など露知らず、身支度を始めた。
市井の学校にシレーヌは通ったことがなかった。アヴィスと行動を共に過ごす事が日常で、同い年の人間と関わる機会はそう多くない。
憧れがなかった訳ではない。ただ、そちらの方が父の役に立てるかもしれないと無邪気な子供心で考えたのだ。
シレーヌはここまでやってきた自分を自嘲する。それは傲慢な考えでしかない。
アヴィスは強い。
特訓で実力の差をありありと思い知らされた身だ。
受ける身になればわかる。一発受けただけで防衛魔術が破壊されるのだ。
近接に持ち込まれれば攻撃魔術を打つ前に体制を崩され、為す術もなく負ける。
何度も何度も転がされたのだ。おにぎりとてここまで転がり回らないだろうというくらい。
今回一人で行くと言ったのはちょっとしたいじわるであった。それくらいは許されるだろう
「あ、危ない!一人での移動はさすがに」
「任務で身分を偽るんだ。仮に父さんの娘だとバレたら任務が最初からオジャンになるんだぞ」
「うっ、で、でも一人は危険だよ」
「大丈夫だ、今回はノアを連れていく」
アヴィスは是が非でもついて行きたい様子だったが、黙り込んで見つめれば大人しく観念した。金貨の入った袋を受け取り、シレーヌはアタッシュケース片手に家を出る。
「ノア、出てこい」
魔術式を空に描けば、魔力に反応して光を帯びる。
簡易的に召喚できる隷属魔術の召喚方法だ。
「はーい。今回は男の姿でいい?」
「嗚呼、そちらの方が都合がいいからな」
「りょーかいさん!」
ノアと呼ばれた魔獣は、人型の姿で顕現する。
銀色の長髪に虹色の虹彩を持つ瞳から人外であることは明らかだ。しかし長身とガタイのよい男の姿ならば人避けにちょうど良い。
巣立ちを祝福するかのように、風が背中を押す。
首都まで数日。使い魔であるノアとシレーヌの二人旅が開始した。




