1-4 父の暇潰し
首都エーヴィケ。
アヴィスは紺色のマントをはためかせながら宮廷を闊歩していた。
陰鬱とした容貌の彼が、おっかない顔をして出歩くので職員たちは「愛娘に何かあったのではないか」と噂をする。
職員たちの考えは何も間違っていない。
愛娘が学園に通うための試験を受けている現在時刻。
シレーヌと合流するまでの間、宮廷にて暇を潰そうとしても落ち着かない様子で彷徨いているのだ。
「なにを怖い顔しているイスキオス」
後ろから声をかけられ、振り返る。
アヴィスの視線が明らさまに下がったのは声の主が誰か知っていたからだ。
「リーゼさん……」
「着いてこい。どうせ暇だろう」
まだ幼童にしか見えぬ彼女は、アヴィスの返事を聞かずして歩を進めた。大人しく着いていく姿は、普段の冥界の賢者らしさがない。
幼い少女の後ろを、まるで飼い慣らされた子犬のように後ろを歩くアヴィス。見る人が見れば異質だが、職員達は特に気にする素振りもなく二人に頭を下げた。
「ここならば人も来ないだろう。珈琲を淹れるから待っていろ」
連れてこられた温室で、アヴィスは肩を窄めながら席に着いた。鮮やかな花で彩られる温室は、職員達の憩いの場でもあり、リーゼの管理下でもある。
「……」
「ほら、飲め」
「あの、私苦いの苦手でして……」
「知らん。飲まないならそのままにしておけ」
リーゼは淡々と告げ、カップに口をつけた。
法の賢者、リーゼ・コープス。
年齢不詳、宮廷魔術師歴不詳、賢者歴不詳の謎めいた魔術師だ。
灰色の頭を覆う大きな帽子に、丸い空色の瞳。頬は丸みを帯びておりシレーヌよりも遥かに小柄な体型は、成人済みなのかどうかも怪しい容姿だ。
だがアヴィスが知る限り、この国で最も王族に信頼され、最も民のために尽くし、最も公平で、最も博識なのはリーゼだ。
「シレーヌは今頃ルミナス王立学園で試験か」
「……はい」
「あの子ならば問題ないだろう。昔から教え甲斐のあるこだった。物覚えが特段良い訳では無いが生まれながらの冷静さは才能だ。どんなキチンと思考を回すことができる」
「そんなの、私が一番知っていますよ」
実際シレーヌは特別秀でた存在という訳では無い。ただ人よりも遥かに冷静なのだ。慌てたり、驚いたりはするけれど考えの螺が緩むこともキツく締まることもない。
アヴィスの特訓でも、そうである。
魔力量でいえばアヴィスに遠く及ばない。だが使い方はうまいのだ。もとより魔術適正は高く、やり方を身体が覚えられないだけで才能はある。
アヴィスに多方向攻撃にも冷静に防衛魔術を使い、全体でなく、一ずつ捉えて弾いた。その方が魔力消費量が少ないと知っているからだ。
突発的な攻撃にも反応がいい。反射神経は誰よりも優れているだろう。
ただやはり動きが遅い。出来るはずなのに、出来ないと何処かでロックが掛かったように複数同時発動を行えない。その隙を何度も狙ったのだから、わかる。
「心配する必要はないだろう。シレーヌはガレットによく懐いている。だからこそ、加護の魔術は勿論防衛魔術も得意だろう……それにいざとなったら隷属魔がいるのだから利用すればいい」
「ムカつきますけど、腹立たしいけどそうなんですよね。ただ、攻撃魔術の切り替えがやっぱり遅いんだよなぁって感じでして」
「攻撃魔術なら、君がいるじゃないか」
「私は感覚派なので、イマイチシレーヌは理解できてないみたいなんですよ。詠唱ありきじゃないと使えないみたいですし」
特訓で何度も教えたのは攻撃魔術の展開だ。
しかし天才肌のアヴィスの説明は、シレーヌには理解されない。言語化をできないアヴィスはもう習うより慣れろで攻撃しまくったが、結局の所今日までシレーヌは攻撃魔術の無詠唱高速展開をものにできなかった。
シレーヌの名誉の為に記すが、無詠唱魔術は高度な展開方法である。
賢者クラスならば出来て当然レベルで、宮廷魔術師の中でも出来る者はほとんど居ない。
もっとも、十に満たない時点で可能にしていたアヴィスはやはり異質な魔術師なのだ。
「才能はあると思うんだけどなー」
「それは君の娘だからか?」
「……ただの勘ですよ。それに私と血が繋がっていない事知ってるでしょう」
「有能な魔術師の子供の七割はある程度有能だ。そこに血は関係ないだろう。戸籍上君の娘であることは確かだしね」
リーゼは珈琲を飲み尽くすと席を立った。
花の傍まで近寄り、自然の音に耳を傾ける。
王に平伏するように、花たちがリーゼの方へと体を向けた。
子供が花畑で花冠を作るような無邪気さはなく、ただ聞き取っているだけだ。子供らしさなどどこにも無い。
彼女にあるのは魔術師としての成熟さだけだ。
「あまり過保護だと嫌われるぞ。なにより、水を与えすぎれば育たない」
「……はい」
「美しい花を育てたいなら、キチンと育て方を理解するべきだ」
アヴィスは、お小言と一緒に珈琲を飲み干した。
これを飲みきらなければ温室から出さないあたり、底意地の悪さを感じる。
「ほんと、アイツによく似てますよ」
「彼は私の弟子だからね。あの子が似たんだろう」




