1-3 父親と娘
【聖女候補の監視役】。
文字だけでは分かりにくいが、国の将来を左右する大役である。
聖女マリーから続き、長い歴史の間空白の期間はありながらも、アリーオン王国を守護し続けた。いないから国が滅ぶわけではない。
ただ、いれば魔獣被害が格段に減り、国の繁栄が約束されるとされる。神業とも呼べる奇跡の力を御身に宿し、国を厄災から守る守護者とも呼べる存在だ。
もし聖女がこの場にいるのなら、シレーヌは是非とも希ったかもしれない。
「ぜっっっったいダメ!お父さんは許しませんからね!」
この父親をどうにかして欲しいと。
アヴィスが眉を顰めながらドアの前でとうせんぼをする。
カンパネラはこれがわかっていたから眠らせようと酒を持参したのだろう。既に帰った婦人に恨み言を零したくなる。
「第一、そんな仕事受けなくたっていいでしょうが。私が稼いでるし、不自由はさせていない。学校に通いたいなら通わせてやるし、好きなことをしたっていい。一言言ってくれれば入学するのに文句の言わないのに」
「別に私は学校に通いたかったわけじゃない。先生たちのおかげで知りたいことは知れているしな」
「じゃあ、なんで」
「……父さんだって、いつまでも独り身というわけにはいかんだろ」
アヴィスはシレーヌの言葉に目を丸くした。
アヴィスは娘の贔屓目なしで見ても良い条件を兼ね備えた男だ。
宮廷魔術師の中でも賢者という称号持ちで、一般的な賃金よりも遥かに高い給与であるし社会的な信頼度も高い。頭がよく回るし、見目も整えさえすれば悪くはないのだ。
人間的にだらしなさ過ぎるのが玉に瑕だが、アヴィスの嫁になりたいという女性ならば献身的に支えてくれるだろう。
条件ならば悪くない。ただ、未婚で子持ちというのがアヴィスに対して手を伸ばしにくい要因となっているのをシレーヌは知っていた。
ようはシレーヌは、自分が父の幸せの邪魔をしているのではないかとほんの少しだけ考えたのだ。
なにも結婚が幸せと等号で結ばれているわけではない。それでも、結婚が幸せの一つだとは分かっている。
「……シレーヌ」
「それに、父さんだって不死身じゃないんだ。命を掛ける仕事をしている以上いつ殉職するか分からないだろ。金を稼ぐ為にも社会に出ておいた方がいい」
「私はシレーヌが死ぬまで生きるつもりだよ。お金の心配はしなくていい」
「私が嫌なんだ。他でもない私が。このまま父さんの脛を齧る生活を続けるのは、したくない。父さんの娘だと周りに認められるようになりたいんだ」
アヴィスは目を伏せた。
自分よりも小さい娘。七つの頃に拾った可愛い娘は、いつの間にか大きくなっていた。
まだ十六なのに立派になった。あの雛鳥のように父の後ろ姿を着いてきて、人見知りをしていたシレーヌが。
走馬灯のように、娘との思い出が脳裏を駆け巡る。
小さく息を吐いたアヴィスは息を飲む。それでも耐えられそうになかった。
「!?なぜ泣いてるんだ父さん……そ、そんなに嫌だったのか?」
「い、嫌だよ。嫌だけど、嬉しいんだ」
ホロホロと、オレンジの目から零れ落ちた。
アヴィスは年甲斐も無く、いや歳をとったからこそ泣いたのかもしれない。
鼻を啜りながら、アヴィスはシレーヌを抱き締めた。父親からの突然の抱擁に戸惑いつつも背中に腕を回し、幼子を落ち着かせるように優しく叩く。
「別に今生の別れじゃないだろ」
「ううう……うぅう……大きくなったねシレーヌ」
「健康的な生活を心掛けているからな」
「ううん、そうじゃないんだけど。まぁいいか」
アヴィスがシレーヌから離れ、目元を拭う。
情けない姿を晒したと冷静になるが、普段からだらしない姿を見せている以上シレーヌが気にする事はないだろうと今更照れることはなかった。
「学園は危ないとこだよ」
「ああ……ああ?」
「聖女候補とはいえ、監視は大役だ。接触する必要がある任務な以上余計なやっかみを受けるかもしれない」
「ああわかっている。それくらい承知の上だ」
「……本当に行くんだね」
シレーヌは真摯な顔で頷く。凛としたかんばせは戦うアヴィスに似ていた。
義理とはいえ、二人は親子なのだ。
「わかった。わかったよ。もう私は何も言わない。ただ一つだけ約束して欲しい」
「守れる範囲ならいいだろう」
「死なないで、絶対に」
父親としての願いはシンプルだ。ただ健やかに生きて欲しい。
「わかった。約束する」
シレーヌは力強く返事をする。
力強いアクアブルーの瞳が、アヴィスを見る。
満足をしたアヴィスは目元を乱雑に拭い、空気を断ち切るように手を合わせた。
「それじゃあ特訓をしようか」
「え」
「学園でもし喧嘩を売られても返り討ちに出来るように叩き込むよ。勿論、正当防衛の範囲内で処理出来るよう手加減の仕方も教えるけど、身を守る術は増えた方がいいだろう。大丈夫!」
アヴィスの提案にシレーヌは口角を引き攣らせる。
拒否しようにもやる気を出して杖まで現した父親を止める術をシレーヌは持っていない。
「……よ、よろしくお願いしよう」
可愛げのない返事が口から零れる。
これから入学するまでの数ヶ月。シレーヌは死ぬほど厳しいメニューを熟す事となる。食事メニューを見直した方がいいかもしれないと、遠い目で空に視線を寄越した。
清々しい程の晴天だ。
雨降ればいいのに、と思ってしまったのは許して欲しいとシレーヌは心の中で乞うた。




