1-2 宮廷からの手紙
こうなるとシレーヌは薄々予想はしていた。
しかし相手はいい大人だと、目を離したのが不味かったのかもしれない。
シレーヌは籠を持つ力を強めて、リビングに足を踏み入れた。
「あっれぇ。帰るの早かったねぇシレーヌ」
「んふふふふ、おかえりなさ〜いシレーヌちゃん」
空の酒瓶が一つ机の上に置かれている。二人の手にはグラスが握られており、アヴィスのグラスは既に空っぽだ。
「昼から酒盛りか……」
「ん、怪我とかないか?」
「ない。全く酒に強くない癖に好きだから面倒だな。寝るなら上に、もう寝てる……」
先程まで起きていたと思えば、あっという間に爆睡した父の姿に呆れる。
せめて飲むなら夜にして欲しかったが、釘を指して置かなかったシレーヌにも非はある。
いや、あるわけないなと冷静な部分が否定するが起こってしまったことを変えようはない。
そもそも可愛らしい風貌に反してザルなカンパネラと飲むこと自体間違っているのだ。いつまで経っても学ばない父親にシレーヌは頭を抱えるしかなかった。
「相変わらず下戸ね〜コイツ」
「わかっていて酔わせるのは出来ればやめて欲しい。カンパネラ様も、いくら酒に強いとはいえ身体にいいもんでもないだろ」
「まぁまぁ、アタシはちゃーんと量を調整してるし平気よー」
カンパネラはあくまでちょっと楽しくなる程度にアルコールを摂取しているだけだ。酔う訳でもなく、ただ少し気分をあげるだけに留めている。
まだ酒の入ったグラスに小さく口をつけ、満足げな表情をした。
「まぁシレーヌちゃんと話したかったから、アヴィスが早々に寝てくれたのは好都合だったしね。コイツ睡眠薬とか入れたら匂いでわかるのよ」
「……」
カンパネラの目的はアヴィスでは無かったのかとシレーヌは驚く。彼女が訪れる際は基本仕事の話だけで、残り一割はアヴィスの体調を心配している時だけだ。
「シレーヌちゃんも座って座って、あたしの隣ね」
隣を叩くカンパネラに促され、シレーヌは籠を机の上に置き席につく。
もう三十代後半とは思えない可憐さを持ったカンパネラがニコリと笑う。その笑みに薄ら寒いものを覚えたのは気の所為であってほしかった。
「はい、これ」
杖を空から取り出し、床を叩くと手紙が光を弾かせて現れる。そのままシレーヌの膝まで葉っぱのように落ちた。
「開けても?」
「いいよ」
封蝋を外し封の中身を確認する。
シレーヌはまず最初に息を飲んだ。次にカンパネラに顔を向ければ先程より口角の上がった笑顔でシレーヌをみていた。
王家の紋章が押された手紙。
その価値が分からないほどシレーヌは鈍感ではなかった。
「……はぁ。つまり、なんだカンパネラ様。私にに聖女候補の監視をして欲しいと王から直々に手紙を?」
「うんうん、大出世だねぇシレーヌちゃん。名誉な事だよ〜」
「そもそも聖女候補ってなんだ」
「あ、そこからの説明が必須かぁ。あの馬鹿話してなかったんだね。七百年前の戦争で君臨した聖女については勿論知ってるよね」
「はい」
七百年程昔起きた戦争にて現れた白魔法の使い手、マリー。当時魔術全盛期で戦争に魔術を用いる中現れた、奇跡の使い手。それが聖女マリーである。
以来聖女マリーの生まれ変わりとし、白魔法の使い手は聖女となるきまりだ。
「でも、問題があまり力使いこなせていないのよ。だからあくまで候補として扱っているわけ」
「はぁ」
「あのガラシア家だしねぇ。何を考えてランスさん彼処に預けたんだろ」
ガラシア家といえば研究者輩出率ナンバーワン。変わり者ばかりの伯爵家と呼ばれている貴族。名前と実績は有名であり、専門書ではだいたい名の載る一族だ。
「一応一般常識は身についているらしいけど、社会と関わることが無さすぎて外に出すには不安らしいのね。だから監視、というか指導係が欲しいみたいなの」
「不安というのは、ガラシア伯爵がか?」
「いや、司教の方。勉学の方は問題なし、寧ろ優秀みたいなんだけど時折出る思考が野蛮人なんだって」
「はぁ」
「だから学園に通う子で、出来れば平民で、魔術が使えて、真面目な、同性のおともだちが欲しいみたい」
おともだちなんて可愛らしい言葉で包んでいるが、要は仲介役だ。聖女をきちんと飼い慣らすための矯正役で、いざとなれば人質ともなる。
今回はアヴィスに対してもだろうと、カンパネラは理解していた。
冥界の賢者アヴィス・イスキオス。歴代の中でも最年少で称号を賜った異例な人間。魔術師としては法の賢者にすら並ぶ実力者だ。
そんな彼に首輪を掛けたいと願う貴族は少なくない。
カンパネラは話を聞いた時、心底呆れた。
シレーヌが危害を加えられたらどうなるかなんて目に見えている。それがわかっていてカンパネラはシレーヌに手紙を差し出した。
「……わかった。引き受けさせてもらおう」
「元々拒否権なんてないもんだしね……でも、アヴィスに頼めば断ることもできる。嫌なら受けない選択肢もシレーヌちゃんならあるのよ」
カンパネラの言葉にシレーヌは目を瞬きさせる。
「いや、折角だ。父さんから自立する良い機会だろう」
「……そう」
「ところでカンパネラ様」
「ん?」
「学園に通うとは、なんのことだ」
そういえば抜けていた所もあった。
安請け合いしない様に言い聞かせる必要があると、カンパネラは頭を抱える。
「ほーんと、困った親子ね」




