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カラミティ・シークレット  作者: 雪村蓮
第1章:賢者と娘
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1-1 賢者の娘

 アリーオン王国の東部。

 山岳部と隣接したリヒトの川沿いに住まう親子が一組。ログハウスに丁寧に手入れされた庭と薬草を育てる畑がポツンとある。

 魔術式を組み込んだ魔導具の作用により許可をしない者の侵入を拒絶する家宅の中で、父親であるアヴィス・イスキオスはソファーに倒れ込んでいた。


 その青髪に似合う陰々とした有様に、娘であるシレーヌは呆れてものも言えない。

 死ぬわけではないとあえて刺激することはせず、シレーヌは掃除を再開した。


 つい一週間ほど前まで、イスキオス親子はリヒトよりも北西部の森へと魔獣退治へと赴いていた。

 宮廷魔術師であるアヴィスへの定期任務である。


 弱冠十五歳にて賢者の称号を賜ったアヴィス。

 その実力と戦いの現場を見た者は「冥界の賢者」と畏怖の念を込めそう呼んだ。

 以降二つ名が固定されてしまったアヴィスは、恥ずかしながらもその二つ名で周知される宮廷魔術師である。


 そんな歴代の賢者の中でも魔術の天才と謳われるアヴィスの娘がシレーヌだ。

 

 青髪でオレンジの目を持つ陰気臭い中年であるアヴィスと、クリーム色の髪にアクアブルーの目を持つ美麗な少女のシレーヌ。

 容貌が全く異なる二人は傍から見ても親子とは思えないが、戸籍上間違いなく親子である。


「ねーしれーぬー、おなかすいた」


 甘ったれた声を無視しながらリビングの掃除を行う。埃を放置し続け清潔感を失えば、シレーヌの天敵である奴らが家に入ってくる可能性があるのだ。


「ねーねーシレーヌ」

「パンがあるから勝手に食べればいいだろ父さん」


 素っ気ない返事を返せば、アヴィスは不貞腐れた様子でクッションに顔を埋めた。猫がザラりとした舌で慰めるが無反応な事に飽きたのか肉球を頬を何度も叩いた。


「このバカ猫め〜」


 体勢をひっくり返し猫を抱きしめれば驚いた猫がジタバタと暴れ出す。

 いくら使い魔とて無体を働かれるのは許されないのだろう。アヴィスから飛び降りた猫は液状化してドアの隙間から外へと出た。


 遠くにいったとて、夜までには戻ってくるだろう。アヴィスもそう思ったのか放置し、ソファーで昼寝に励もうとする。


「父さん、また夜寝れなくなるぞ」

「うぐぅ」

「ただでさえ隈が酷いのにこれ以上濃くしてどうするんだ。第一やる事も沢山あるだろう!また宮廷から催促の手紙が来たら今度こそ先生に告げ口するからな」


 先生という単語にアヴィスは飛び跳ねる。


「いやだね、アイツだけには面倒臭いから言うな」

「それならば仕事に取り掛かることだ」

「む……アイツにそっくりで嫌になるよ」

「私は今の私が好きだがな」


 そのまま掃除を再開するシレーヌの姿に溜息を零す。

 自己肯定感が高く育ったのは父としては嬉しい。しかし、それがアヴィスの嫌う人間に似なければもっと喜んだ。父親心は複雑だ。



 それから少しして太陽が天高くまで昇る時刻となった。

 

 仕事部屋に籠るアヴィスを呼ぼうとシレーヌがキッチンから出ると同時に、ドアをノックされる。

 玄関の向こう側で誰かがリズミカルにノックするので、シレーヌは訪問者の顔がすぐさま脳裏に浮かんだ。


「はーい、急な訪問ごめんねシレーヌちゃん」

「カンパネラ様、久しぶりだな。前回の会議以来だ」

「そうね。また可愛くなっちゃって〜」


 自分よりも背丈のあるシレーヌの頭を撫でながら再会を喜ぶのは、アヴィスの同僚であるカンパネラ・シュトラール。瑞星(ずいせい)の賢者の二つ名を持つ宮廷魔術師の一人だ。


 

「これ、お土産のマカロン。首都でちょっと前にまた流行ったみたいでね、ハート型とかもあるわ」

「おお、ありがとうございます」

「ふふ、あとお酒持ってきたわ。これはあいつ用ね」


 

  「モーリス」と描かれた箱を受け取る。

 チャーミングにウインクをするカンパネラに、シレーヌは苦笑した。

 

 きっと今日の夜にはどんちゃん騒ぎの酒盛りが始まる事だろう。ツマミになるようなものはあったかと保冷庫の中身を思い出しながら、シレーヌはカンパネラをリビングに案内した。


「で、何の用だ」

「相変わらず陰気な顔してるわね。根暗が顔から滲み出てるわ」

「五月蝿いババア」

「あたしがババアならアンタはジジィよジジィ」


 サンドイッチを片手に罵り合う二人を傍目に、紅茶を淹れる。今日は甘党二人に合わせアッサムを選んだ。 

 普段より長めの抽出時間に、多めの茶葉。渋みが増した紅茶にミルクを流せばミルクティーの完成だ。

 白磁のティーカップに浮かぶ柔らかな色をした紅茶は会心の出来である。


「いい匂いね」

「味は保証しよう。散々リーゼ様に教えてもらったからな」

 

 ティーカップと角砂糖の入った瓶を二人の前に置く。

 我先にとアヴィスが三個もミルクティーに角砂糖を入れたのを見たカンパネラは呆れ顔だ。


「ありがとうねシレーヌちゃん」

「私は買い物に行ってくる。喧嘩をして破壊しないでくれれば基本何をしててもいいから、父さんはちゃんともてなせ」

「はぁい」

「わかったわかった。知らない人について行っちゃ駄目だぞ」


 アヴィスの心配に適当に答えながら家を出る。

 晴天が広がるこの頃、買い物に最適な天候でシレーヌとしては有難いことだ。

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