2-7 聖女候補
時計台の異常事態は、内々で片付けられることとなった。表向きはあくまで時計台の異常とし処理され、アリアたちの事は伏せられる事となった。
騎士団駐屯地で保護され、アリアは無事両親の元まで帰る。
怪我もなく精神的にも問題の無い様子のアリアに、シレーヌは安堵を覚えた。
「とりあえず今日はこちらで休んでもらう事となります。聴取は明日でも良いでしょうか」
「嗚呼。わかった……その前に用事を済ませたいんだが」
「今出歩くのは少々危険かと」
ジークの言い分は最もである。
十中八九失踪事件に関与していたであろう時計台での出来事。狙いはモンドとアリアの両者だった。
運良く騎士団の人間も転送出来たら吉の腹積もりであの脅迫状を出したとすれば、相手はそれ卸す実力を持つと考えていいだろう。
結果的に誘拐は失敗した。他でもない聖女候補のおかげである。
「相手がこちらの状況を認知していた場合、一人で出歩くリスクが高い。せめて警備に誰か付き添わせよう」
アーベルがそう発すれば、一人が手を挙げた。
「あたしが行きます」
「聖女様」
「聖女じゃなくて、聖女候補です」
アスターが否定すれば微妙な顔で反応をするアーベルは、小さな声で返事を返す。
対してアスターは涼しげな顔でシレーヌを見ていた。
第一印象は快活そうな女の子であるが、存外感情の起伏が目立たい子供というのが今の印象である。
今も表情が読めない翠色の瞳が、シレーヌを見上げる。しかし、目力が強いせいか見下ろされているような感覚さえ覚えシレーヌは眉を下げた。
「……とりあえず、彼女と共に行かせてもらう。アーベル部隊長の判断はどうだ」
「まぁ、聖女様、いやガラシア様なら問題ないはずだろうし許可する。ただしあまり遅くはなるな」
「嗚呼。勿論、寄り道をするつもりはない」
淡々と告げるシレーヌはアタッシュケースを持ち、アスターと共に駐屯所を後にした。
父親への弁明を考えながら道を真っ直ぐ進むシレーヌの後ろを、アスターは口を閉ざしたままついて行く。
まるで雛鳥だ。
若干失礼な感想を抱きながらアスターを見て、ふとシレーヌは足を止め振り返った。
突如立ち止まるシレーヌにアスターは目を丸くする。肉付きのない顔にしてはアンバランスな大きな瞳である。もう少し食べさせたら、可愛らしくなるのではないだろうか。
「どうかしたのバレットさん」
「さん付けは止めてくれ、仮にも貴族のご令嬢だろう」
「?貴女は貴族じゃないの、その見た目で」
「どういう意味だ」
華美だと遠回しに言われたのだろうかとシレーヌが眉を顰めれば、アスターは首を横に振った。
「貴女みたいな綺麗な人、初めて見た。綺麗な人は貴族の人に多いから、だから貴族だと思ったの」
「うっ」
「耽美な顔立ち、というのが正しいの?ごめん、人の顔について上手く表現できない」
こうも正面切って容姿を褒められる事は少なくないが、子供のような無垢な目で見つめられると流石のシレーヌとて気恥しさが勝ってしまう。
「で、どうかしたのバレット」
「ああ、いや。手を怪我してないかと思ってな。あの時足場を勢いよく破壊しただろう?」
妖精達の憩い場は崩壊し、時計台の歯車も静止状態。モンドは衝撃で地面へと落下して地上で砕けていた。
ノアは聖女の白魔法に反応したのか知らぬうちにシレーヌの中へと戻ってしまい、帰り道には足場と頭上に気を付けながら降りる羽目になったのだ。
「手なら平気だけど」
「そうか。怪我が無いならいい」
「……?」
訝しげな視線をアスターが寄越す。
されど視線に気付かないシレーヌはゆったりとした足取りで制服店まで再び向かい始めた。




